きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
tsuribashi
吊橋・長い道程




2007.12.1(土)


 午前10時から、日本詩人クラブの「オンライン現代詩作品研究会」を開始しました。メーリングリストに登録されている80人ほどの会員・会友が対象で、非公開です。提出された10人ほどの作品に対して議論します。明朝10時までの24時間、参加の皆さまの活発なご意見をお寄せください。



三鬼宏氏著『井上靖の詩の世界』
生誕百年記念
inoue yasushi no shi no sekai.JPG
2007.10.20 東京都新宿区 文芸社刊 2200円+税

<目次>
第一章 第一詩集『北国』のキーワード 11
――「千葉県詩人クラブ」の講演から
――作品「さくら散る」22 「ある旅立ち」26 「猟銃」30 「比良のシャクナゲ」40 「漆胡樽」49
第二章 第二詩集『地中海』について 65
――旅、未知との遭遇
――作品「落日」75 「白夜」79 「天壇」84 「コリントの遺跡」90 「少年」96
第三章 第三詩集『運河』について 105
――外部世界と詩人の内部世界、日本と中国その他
――作品「川明り」111 「雷雨」115 「ホタル」121 「菊」127 「褒の笑い」131 「秋のはじめ」137
第四章 第四詩集『季節』について 149
――作品の構造の変化、日本への回帰、沈潜
――作品「雨期」156 「象」164 「青春」170 「某月某日」176 「挽歌」181 「二月」187
第五章 第五詩集『遠征路』について 201
――変化(老い、遺跡、なだらかな表現)と不変(夕映え、家族)
――作品「坂道」208 「夕映え」214 「夏」222 「盗掘」229 「カスピ海」233 「ビストの遺跡」242 「五月」248
第六章 第六詩集『乾河道』について 261
――外国(中国と西域)、沙漠、展示された詩、先人の言葉
――作品「立秋」272 「再び友に」278 「石英の音」285 「あの日本人は?」290 「鎮魂」297 「乾河道」305 「胡旋舞 二」309 「パミール」314 「精絶国の死」319
第七章 第七詩集『傍観者』について 331
――中国、多様な外国、中国の古書、病気、似通った作品
――作品「ある酒宴」340 「木立の繁み」346 「ヘルペスの春」352 「白夜」358 「魃」367 「年の初めに」373
第八章 第八詩集『星闌干』について 407
――遺書(最後の詩集)、「昭和」と戦死者への挽歌、論語、病気・老い
――作品「渡り鳥」416 「星闌干」422 「椿」430 「雪が降る」437 「天」445 「新年有感 ――風の音――」451



 盗掘

天子が即位すると、盗掘団は直ちに、その日から、その
天子が将来葬られるであろう想定の墓所に向って、秘密
の地下の道を掘り始めるという。もちろん古い中国の話
だ。作り話にしても、私はこの話が好きだ。この話を思
い出すと、いつも勇気を感ずる。私もまた掘り始めなけ
ればならぬと思う、死者の静けさと、王冠の照りの華や
ぎを持つ何ものかに向って。たとえば、私の死後五十何
年目かにやってくる、とある日の故里の落日の如きもの
に向って。


 死後五十年後にも照り輝く作品をめざす

 第四章の「象」の項(一六七頁13行目)及び同じ章の「井上作品の構造の変化」(一九五頁12行目)において、私は井上の知的好奇心を刺激する特異な外部情報と、井上の強固な内部世界の結びつきということを言っている。「盗掘」は、この構造を保持している作品である。
 冒頭の「天子が即位すると、……もちろん古い中国の話だ。」が外部情報であり、それ以降が井上の内部世界ということになる。

 盗掘団の話は「作り話にしても、」面白い。天子の死去はいつの事か。事故、急病、戦争等によって短命かも知れない。戦争に負けての死亡であれば、墓や副葬品どころの話ではない。幸い長命を得た場合は、盗掘団の主要メンバーはもう死んでしまっているかも知れない。
 天子は、広大な土地を所有しているだろう。秘密の地下道の入口は、彼の所有地の外でなければ発見されやすい。従って、地下道は計り知れない長さを要し、膨大な時間と労力を要することになる。
 天子の墓所は、従来の墓苑の近くかも知れないし、全然別の場所かも知れない。新しく取得する土地に造るかも知れない。
 要するに実現不可能な話なので、「作り話」である。できもしない夢物語を考え出す人がいて、これを面白がって語り伝える人がいるのが、人間の面白さである。

 後半はさらりと書かれているが、いろいろ重い主題がひそんでいる。できる筈のない夢物語の実現に向かって、「私もまた掘り始めなければならぬと思う、」。彼が掘り進めなければならないのは、もちろん、自分の文学の追求、深化だ。目標、到着点ははっきりしている。「死者の静けさと、王冠の照りの華やぎを持つ何ものかに向って。」である。
 しかし、それがどこにあるのか分からない。盗掘団の「地下の道」のように、どちらに向かっていけばいいのか、いつ到達できるのか分からない。詩人、作家にとって、手探りで闇の中を掘り進む、ほとんど絶望に向かって進んでいるように思えることもあるだろう。文学作品の一作一作は、書き上げられてみなければ、どちらの方へ、どれほど歩いたのか分からない。
 それで、盗掘団の「この話」に惹きつけられるのである。(後略)

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 目次で判りますように、井上靖の生涯の全8詩集についての論考です。1詩集あたり5〜6篇の詩を採り上げて、そこから井上靖像に迫るという労作です。紹介したのは「第五章 第五詩集『遠征路』について」の中の「盗掘」です。散文詩「盗掘」が井上靖作品、その後の「死後五十年後にも照り輝く作品をめざす」が著者の論考部分です。

 私はそれほど多く井上靖作品を読んでいるわけではなく、日本文学全集を別にすれば、詩集は新潮文庫の『北國』のみです。ですから、この「盗掘」は初見でした。実に「盗掘団の話は『作り話にしても、』面白い。」ですね。それを著者が的確に解説してくれることで、ますます井上靖詩が引き立つように思いました。特に冒頭の「私は井上の知的好奇心を刺激する特異な外部情報と、井上の強固な内部世界の結びつきということを言っている」という部分は卓見と云えましょう。井上靖ファン、研究者には必見の著だと思います。

 なお、解説部分の原文は45字改行となっていましたが、ブラウザでの読みやすさを考慮してベタとしてあります。ご了承ください。



詩誌『胴乱』66号
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2007.11.1 青森県青森市  300円
伊東宣治氏編集・小山内弘海氏発行

<目次>
「ぽわー」とした一日 願掛け/吉田とも子 2
無力/柴崎昭雄 4
葦 馬鹿川幻想 旅のパロディー/吉崎光一 4
八百三十一羽の黒雁/倉谷弘孝 6
捨て子ラーフラ こがらしととうがらし/泉田敏子 8
街へ/佐藤真里子 10
リリの肖像 5・蚊帳 6・木/小笠原弘文 12
長月彼岸黒猫屋 その1/乗田貞蔵 14
身体の旅 −暗黒舞踊 福士正一の踊り−/未津きみ 18
カウンセリング/福井 強 20
ちちははのいた昭和−事物魔館逍遥− 1・蚊帳 2・番小屋/小山内弘海 24
オンリー・イエスタデイ(ホラーやっぱり)/伊東宣治 26

消息 小山内弘海 46
受贈誌御礼
次号予告・66号合評会のお知らせ



 街へ/佐藤真里子

海底を走る電車に乗って逢いに行く
鎖国が解かれたときの開港の街へ


石畳の急な坂道をのぼっていくと
砂時計の砂が凍りついたままの通りに出る
一階が和風で二階が洋風の家の窓がひらき
青い目をした少女の人形が微笑む
…あなたの遠い過去を探しに来たのね…と
公園に建つ街の功労者六人の群像は
なぜかみな不機嫌で
なかの一人は
確か行方不明のままの大伯父だ
庭の噴水に誘われて入った旧英国領事館
港に望遠鏡を向けて
物語を積んだ母国からの船を待っている
蝋で作られた大使にたずねると
いきなり振り向いて
…夜にまたここへ来てごらん…と


坂道の石畳は月明かりに濡れている
砂時計の砂が凍りついていた通りでは
空に吸われ始めた砂の光る川が流れ
時々途切れるオルゴールに合わせて
踊る青い目の人形の影が窓に映っている
公園にあった六体の不機嫌な群像は消えて
一つの根元に六本の幹を出す奇形の樹が
葉のない冬枯れのままの枝々を
神経細胞のようにのばして丸い月を刺す
青白く照らし出された旧英国領事舘は
玄関の扉にまで蔦が絡みつき
錆びてしまった鍵を預かっているという
闇の隙間から現れた黒猫が一匹
ちらりとこっちを見て横切る

歩き疲れてふと気がつけば
砂時計の砂漠のなかにいるわたしの
背に響くなつかしい声
…おいで、ここだよ…と

 「海底を走る電車」でギクリとしましたが、詩誌の発行所が青森だということを考えると、青函トンネルのことだと思います。同様に「鎖国が解かれたときの開港の街」は函館で良いと思います。詩作品ですから、現実の場所に当て嵌めて考える必要はないのかもしれませんが、作者の意図に沿うように鑑賞するためには、それもまた可だと思っています。
 「昼」の「砂時計の砂が凍りついたままの通り」と、「夜」の「空に吸われ始めた砂の光る川」の対比が見事です。後者は天の川を連想させます。この作品の眼目は「蝋で作られた大使」の昼と夜の言葉の差にあるわけですが、ポイントは「なつかしい声」だろうと思います。昼から夜というわずかな時間差で懐かしく感じられる声、それが函館という「街」なのかもしれません。ちょっと妖しく、魅力的な佳品だと思いました。



文芸誌『墾』47号
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2007.12.1 長野県上田市
平野勝重氏発行  250円

<目次>
評伝 赤松小三郎(八)/片桐京介 2
明治・安筑蚕種売日記(2)/岩田 信 8
上田藩裁許留(二)/尾崎行也 12
上田写真館・青年藩主 14
こすもす/彫 毛利雪・詩 平野光子



 こすもす/平野光子

格子戸の暗いひかりの中で
こすもすの花は
やさしく哀しいかたち
せんちめんたるな
密かなひみつにあふれ
物語をつくりだす
はなびらのいちまいいちまいを
ぬきとりながら
この世のざんこくを数えあげてみる
野をこえ海をこえ
みえてくるものそれは
ひとびとのコドク
さまざまなコドクのカタチ

こすもすの花は
やさしく哀しいかたち
密かなひみつにあふれて

 今号も毛利雪さんの版画に合わせた作品のようです。版画は抽象化された「格子戸」に「こすもすの花」がアレンジされています。そこから想起されているでしょう「せんちめんたるな/密かなひみつにあふれ」た「物語」を感じさせます。「はなびらのいちまいいちまいを/ぬきとりながら/この世のざんこくを数えあげてみ」て、「みえてくるものそれは/ひとびとのコドク」と云うのですから、これはそのまま現代の「さまざまなコドクのカタチ」を喩えていると思います。著作権の関係で版画が載せられないのは残念ですが、詩単独としても味わい深いと云えましょう。



詩歌文藝誌GANYMEDE41号
ganymede 41.JPG
2007.12.1 東京都練馬区 銅林社発行 2000円+税

<目次>
巻頭翻訳 《石油》ほか アレクセイ・パール、ソチコフ たなかあきみつ訳 4
翻訳連載詩 原子時代の三つの詩 イーディス・シイットウェル 藤本真理子訳 32
小句集第一回・詠下し一〇〇句 田中亜美 心母 51
エッセイ 小笠原鳥類 動物、博物誌、詩――中桐雅夫と藤富保男の動物の名前 64
映画評 『あるスキャンダルの覚え書き』 藤本真理子 70
詩作品T
篠崎勝己 愛のように 生きてはいないものへ 73
中神英子 椿が原 76            山本美代子 舟 84
望月遊馬 晩餐めぐり 86          森 和枝 典拠‥「点」 90
吉野令子 差路の問題 94          飽浦 敏 潮騒 98
藤本真理子 岸辺 102
.           丸山勝久 地球怨断歌 いのち されど いのち 106
相良蒼生夫 追随者 110
.          岡野絵里子 SHADOWS 5 116
片野晃司 あぶらとみずと 122
句作品 鈴木 漠 愛染抄 126
短歌作品
森井マスミ 六〇〇〇度の愛 133
.      林 和清 雨のローマに残してきたもの 138
鳴海 宥 MASCHERA 142
.      沼谷香澄 白練の鎧 146
小塩卓哉 一英の秋 150
.          田中浩一 超・花鳥風月X 154
和泉てる子 「溶けてゆきたや」 158     森本 平 平凡 164
川田 茂 雲 170
詩作品U
粕谷栄市 大鴉 故吉田睦彦氏に 175
.    海埜今日子 線にて。 178
小笠原鳥類 版画、水中 183
.        浜江順子 薄氷からの実 190
中原宏子 大陸へ 193
.           平塚景堂 無題 196
進一男 行ってしまうんですか愛する人よ
.199 久保寺亨 「白状/断片」W 204
斉藤征義 八月の父の行方 209
.       紫 圭子 お玉 214
松下のりを 何処へ 219
.          小林弘明 旅の絵 222
野村喜和夫 言葉たちは移動をつづけよ、つまり芝居を、芝居を 225
山田隆昭 合戦・耳目之巻 234
.       渡辺めぐみ 神無月 241
岩成達也 ずれる(私的なメモ・その8)
.244   岡本勝人 幻影のひとびとは風景のなかにむれている 他一篇 250
山岸哲夫 花山さんの言ったこと
.他四編 257 平野光子 そうやって私は枯れてゆく 他二篇 268
川井豊子 連詩 眠る女 277
.        くらもち さぶろう ゴキブリ その ほか 284
松本一哉 シンガポール(東南アジア記A)
.295 梢るり子 ここは ハワイダヨ 他二篇 300
山田まゆみ 履歴 他二篇 308
.       中山直子 ドストエフスキーの聖書――旧ソビエト時代の教会を歌う 314
金子以左生 攪筆 326
.           舌間信夫 アイルランド幻視行 338
仲嶺眞武 四行連詩「宇宙世」 350      里中智沙 二〇〇七・夏・二題 364
歌壇時評 小塩卓哉 鑑賞の作法をめぐって
.375
詩壇時評 片野晃司「詩学」終刊/萌える詩集たち 383
編輯後記 391



 そうやって私は枯れてゆく/平野光子

窓を流れる雨
きょうも止まない雨
一日中流れつづける
あしたも流れ
海にまで流れつづける
窓ガラスの
さびしい匂いがする

都会の街角で
ふいに雨に遭った
とびこんだ画廊喫茶には
ルオーのピエロが待っていた
  坂道を枯木のような人が
  歩いてゆく
  十字架をかついで
  あのひとが歩いてゆく
  キリンのように細いあのひとは
  キリストの処刑のときの
  顔をしているのではないか
  雨にぬれてかなしみのあのひとが
  ふりむいて
  わたしをみている

窓ガラスに流れる雨が
あさっても止むことはなく
続いていくとしたら
ここで私はずっと
キリストについて
考えなくてはならない

あのとき
晴れていた空になぜ
ふいに雨がやってきたのだろう
やらずの雨だと言って
つぶやいてみたが
そのまま雨は止まなかった
窓ガラスに流れる雨の匂い
いまも
いまもずっと
そんなさみしい
ガラス窓の匂いがしている

こんな
思い出しても
仕方のないことばかりを
思い出して
そして私も枯れてゆくのだ

 最終連がよく効いていますね。私の場合も「思い出しても/仕方のないことばかりを/思い出して」いるのはいつものことですが、それを「私も枯れてゆくのだ」とまでは思い至りませんでした。そう云われてみると実感があります。巧い点を突いた作品と云えましょう。細かい点では、「窓ガラスの/さびしい匂い」、「窓ガラスに流れる雨の匂い」、「ガラス窓の匂い」という詩語にも魅了されました。詩に匂いが出てくるのは意外に少ないように思います。そういう面でもおもしろい作品だと感じました。



   
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