きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
tsuribashi
吊橋・長い道程




2007.12.4(火)


 横浜市中央図書館に行ってきました。「ヨコハマ発!文学賞の世界」という企画展があって、その見学です。
 以前、その図書館から拙詩集『帰郷』の寄贈依頼がありました。その企画展には歴代の横浜詩人会賞受賞詩集も展示するので、ついては寄贈を、ということでした。もちろんお贈りしました。お贈りしたからにはちょっと覗いてみるか、という気になったものです。

 見学して驚いたのですが、横浜関連の文学賞って多いんですね。直接、横浜発祥の文学賞は15、横浜ゆかりの作家の文学賞は4つもありました。創設順でいくと1954年の横浜市民文芸祭賞、続いて1968年の横浜詩人会賞など2005年の「心にのこる最高の先生」エッセイコンテスト賞まで数年おきに新しい賞が創られてきたようです。横浜ゆかりの作家の文学賞では、長谷川伸賞、吉川英治文学賞、大佛次郎賞、山本周五郎賞がありました。

 それぞれの賞ごとのコーナーがあって、そこに受賞本が展示されていたり、賞の解説があったりしたわけですけど、まあ、それだけのことです。拙詩集もありました。ああ、あったか、という程度で特に感激もなし(^^; 一応、確認してきました、ということですかね。
 展示してくれた横浜市中央図書館にはお礼を申し上げます。いろいろ企画するのは大変でしょうけど、私が覗いたときには数人の来場者がありましたから、まあ良かったのかなと思っています。ありがとうございました。



阿部堅磐氏著『鈴木亨の詩』
詩歌鑑賞ノート(11)
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2007.12.1 愛知県刈谷市 私家版 非売品

 サブタイトルに<「無頼の系譜」と「遊行」について>とあり、鈴木亨氏の1973年の第1詩集『鈴木亨詩集』からの作品「無頼の系譜」と、1986年の第2詩集『遊行』から作品「遊行」を論じた力作です。「無頼の系譜」はTからXまでの章があり、最初に全編を引用したあとに、各章ごとの鑑賞を試みるという手法が採られ、「遊行」も同様に詳細な論評が加えられていました。
 著者が「無頼の系譜」を初めて読んだのは20代後半で、作品中の芭蕉・立原道造にのめり込むきっかけになったそうです。それから30年を経た現在でも意識は変わらないというのですから、鈴木亨さんも泉下から喜んでいることでしょう。佳い作品は良い読者を持つということなのでしょう。勉強させていただきました。



文藝誌『セコイア』32号
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2007.11.25 埼玉県狭山市
セコイア社・松本建彦氏発行 1000円

<目次>
曼陀羅随筆(20)…松本建彦…2        箪笥町抽斗横丁(中)…篠崎道子…7
夜刀の神の祭り(20)…友枝 力 32      <森のばあば>とはずがたり(1)…原田道子…42

孤性の骨格…高橋次夫…50          迷画をみる…千葉 文…52
影たちの墓碑銘…長津功三良…76       判決…長津功三良…88

残響…内藤喜美子…54            父の鞄…木暮克彦…70
さわやかな秋へ…内苑竹博…72

おおえど・ぶるうす(1)…高野保治…91     おんそろそろとあとを見て(1)…堀池郁男・‥122
回国の岸辺の眼(]U)…吉川 仁…104
<魚眼>…128  同人名簿…表3  広告…121



 判決/長津功三良

報告いたします。

広島で「国際民衆法廷」の判決公判が開廷され、以前から広島、長崎への「原
爆投下」の違法犯罪性が問われていましたが、全員有罪と判決されました。

これは法的拘束力はありませんが、判事団は、国際司法裁判所の勧告的意見な
どをもとに「戦争犯罪」「人道に対する罪」などで有罪としました。

「有罪の」判決要旨は、被爆者の証言や米公文書など多くの資料証拠にもとづ
いて下されました。

二〇〇七年七月一六日(月)午後一時
原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島 判決公判 開廷
場所  平和記念資料館 メモリアルホール
判事  レノックス・ハインズ カルロス・バルガス 家 正治
検事  足立修一 井上正信 下中奈美 秋元理匡 崔 鳳泰
    アミカス・キュリェ 大久保賢一
原告  被爆者 広島市民 長崎市民 その他被爆者を支援する市民

被告  フランクリン・D・ルーズベルト米大統領
    ハリー・S・トルーマン米大統領
    ジェームズ・F・バーンズ国務長官
    ヘンリー・L・スティムソン陸軍長官
    ジョージ・C・マーシャル陸軍参謀長
    トーマス・T・ハンディ陸軍参謀長代行
    ヘンリー・H・アールド陸軍航空隊総司令官
    カール・A・スパーツ陸軍戦略航空隊総指揮官
    カーティス・E・ルメイ第二〇爆撃軍司令官
    ポール・T・ティベッツ・B二九エノラ・ゲイ機長
    ウィリアムス・S・パーソンズB二九エノラ・ゲイ爆撃指揮官
    チャールズ・W・スウィーニーB二九ボックス・カー機長
    フレデリック・L・アシュワーズB二九ボックス・カー爆撃指揮官
    レスリー・R・グローブズ、マンハッタン計画総司令官
    J・ロバート・オッペンハイマー、ロス・アラモス科学研究所所長

原告  被爆者
    広島市民
    長崎市民
    その他被爆者を支援する市民の会

 この法廷は、アメリカ合衆国が、本訴訟における被告として、また被告人ら
を代表するものとして、充分認識しながら、出廷を拒否、ないし怠ったので、
被告人らに対して欠席裁判が行われた。

  原告兼私設検事 長津功三良

  求刑 無期懲役 全員放射能を照射し一切治療せず放置すること

  (参考物件−「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」実行委員会より配布されたチラシ、パンフレットなどより)

 ここに書かれた「被告」たちはすでに亡くなっているでしょうか。生前にこの「判決」を受けることもなく、核という地球滅亡の悪魔の子を遺して旅立つとき、彼らは人間としてどんな気持だったのかと改めて問い糾したいものです。「原告兼私設検事 長津功三良」氏もそんな気持からこの作品を作ったのではないかと思います。「全員放射能を照射し一切治療せず放置すること」という「求刑」には、同じ目に晒された「被爆者」の怨念を感じました。



季刊詩誌GAIA22号
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2007.12.1 大阪府豊中市
上杉輝子氏方・ガイア発行所 500円

<目次>
衣替え/横田英子 4            ひと夏の/横田英子 5
蜘蛛/春名純子 6             時代/熊畑 学 8
日本のどこかに/熊畑 学 9        狼考/小沼さよ子 10
誰かが欲しい/国広博子 12         削る/竹添敦子 14
有無を言わさず/平野裕子 16        晴れた朝/立川喜美子 18
栗拾い/中西 衛 20            文字/中西 衛 21
宿/海野清司郎 22             男爵たちは語った/猫西一也 24

「猫産まで」春名純子詩集−言葉の働きの多様性−/上杉輝子 26
朝夕思うこと/上杉輝子 27
白い光−一片の絵−/水谷なりこ 28
マリア・ハルさんの昇天の日に/水谷なりこ 29
同人住所録 30
後記 水谷なりこ



 削る/竹添敦子

時間にやり繰りができなくなって
私は考える
暮らしの中で削れるのは何だろうか

家事はとっくに削った
そのせいで家は崩れ始めている
庭は草にまみれ
車に蜘蛛の巣がはった

社交も削った
手紙の返事を書かなくなった
お金にルーズになって
貸借が混乱した

外出も――
必要なものさえ買いには行かず
出かけたとしても
そそくさと戻る

そして睡眠
四時間もすれば目が覚めて
朝焼けを見るようになった
それからはもうどうしても眠れない

母はむかし
私が心配で寝られないと言った
眠れないから考えたに違いないと
今はわかるのだが
結局母は
命を削った


私は考える
暮らしの中で削れるものは
あるのだろうか

 これは共感できる作品ですね。「時間にやり繰り」もそうですが、私はお金のやり繰りで削りに削っています(^^; 「私」は「家事」「社交」「外出」「睡眠」と、いろいろなものを削ったわけですけど、詩作品としては第6連の「結局母は/命を削った」がよく効いています。現実にはそうあってもらいたくないものですが…。
 「暮らしの中で削れるものは/あるのだろうか」と「考える」ことは、時間やお金のためでもありますけど、生き方そのものを考えることなのかもしれません。シンプルライフをも考えさせられた作品です。



詩と文tab7号
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2007.11.15 横浜市鶴見区
倉田良成氏発行  非売品

<目次>
詩篇
後藤美和子‥水の林/01           石川和広‥精神の木/永遠/02
長尾高弘‥机上の水練/05          野村龍‥オレンジ/07
鈴川夕伽荊‥鯨幕/09            倉田良成‥ねがってはいけない夢/12
高野五韻‥光台・追放/14

木村和史‥普通の人/17           倉田良成‥詩、憑依、道徳−佐々木果歩詩集『姉妹』について/20
あとがき集/23
画‥和田彰



 机上の水練/長尾高弘

思いがけず泳げと言われた。
今までに泳いだことは確かにあったはずだが、
どうやって泳いだらよいのか、
正式に教わったことはないのだ。
だから、いざ泳ぎ始めたときに、
泳ぎ方を思い出せるかとても不安だ。
今のうちにちょっと思い出してみようか。
でも、水に入る前に思い出せなかったら、
恐くて水に入れなくなってしまうだろう。
余計なことはしない方がよいのではないか。
案ずるより産むが易いともいうぞ。
過去にはそれでうまくいったこともある。
問題は泳ぎ出してから声をかけられたらどうするかだ。
接客業の常として、
明るい笑顔でハイと返事をしなければならないところだ。
そのときに泳ぎ方を忘れたらどうしよう。
それとも、接客業はもうやめたんだっけ。
今でも思い出せないのに、
泳いでいるときに思い出せるのだろうか。
まあいい。
最悪の場合を想定しておくのが社会人の常識というものだ。
泳ぎ始めてしまったのに、
途中で声をかけられて返事をしたばかりに、
泳ぎ方を忘れたとする。
前に進めなくなっても浮いていた方がいいのか、
それとも沈んだ方がいいのか。
接客業的にはどうなのか考えておこう。
それとも、接客業はもうやめたんだっけ。
そういったことどもを十秒ほどのうちに考えて、
地面から足が離れたのが今の状態だ。
ところで、水があるのを確かめたっけ?

 机上演習や座学という言葉がありますから、「机上の水練」も当然あるのでしょう。この作品はそれを書いているわけですが、「接客業」がよく効いていると思います。ここは他の商売では駄目でしょうね。接客業だからこそ、この可笑しさが出てくるわけです。最終部の「地面から足が離れたのが今の状態だ。」という時間の限定も奏功していますし、最後の1行には思わず笑ってしまいました。健康で明るい作品の中に現代を感じさせてもらいました。



   
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