きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
tsuribashi
吊橋・長い道程




2007.12.22(土)


 午後から新宿・天神町の日本詩人クラブ事務所で『詩界』の編集委員会が開かれました。『詩界』は年に2回出している日本詩人クラブの機関誌で、詩論や詩人論、研究会・例会の講演録などを載せています。今回は252号の原稿チェック、253号の内容検討などを行いました。
 252号は3月末から4月初めにお手元に届くと思います、お楽しみに。253号では何人かの会員へ執筆依頼が行くと思いますので、依頼された方はぜひお受けください。原稿料を出せるわけではありませんけど、日本の詩史に遺る雑誌ですから力作をお待ちしています。



詩誌左岸』31号
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2007.12.24 京都市山科区
左岸の会発行  非売品

<目次>
新井啓子
 夏の曲線…4    湖…8        ゼフィルス…10
広岡曜子
 潜り戸…14     南禅寺界隈…16    秋の楽隊…18
山口賀代子
 蘇苔…22      茅屋…24       臨終…26



 湖/新井啓子

しめった落ち葉を踏みしめて
旅の歌人が越えたという峠は
七曲がりの夕暮れの奥にあった

その辺りでは川が緑に澄んでいる
峠を下りて もうひと曲がり ふた曲がり
笹のあいだを分け入って 持たない地図を広げてみる

地図のかなたには馬の背のような稜線が見える
異臭がたちこめて ところどころに湯気がたつ
その薄らいだり濃くなったりするあいだを 上へと導かれ
釜という名のくぼみを身を乗り出して覗いてみると
暗がりのなか うっすらと碧いのだった

直径300m、
水深30m、
世界で最も酸性度の高い湖。
その中では身動きができない 何も住めない
溶けてしまう その底から

梢のためいき 骨の歌声
落武者の持っていた
溶け残った金属の勝ちどきが聞こえてくる
カーブの数はいくつあったか その半径は
出没するのは熊か カモシカか
雲はどちらへ流れてゆくか
誰が呼ぶのか いつ終わるのか
山頂の湖はなぜなくならないのか
果てない謎解きがはじまって 曲がり曲がり
入り組んだ等高線の深みにはまっていく

その辺りでは鳥のように蛙が鳴く
海抜
2160mの高さから
ぽろぽろと転がり落ちた小石のあいだでなにかが光った
弱アルカリ性のひとしずくが
波立つ水面に吸い込まれ
残照の湖はふたたび どこまでも静かである

 女性3人の詩誌ですが、12年ぶりの復刊だそうです。紹介した作品の「湖」は、群馬県の
白根山の山頂(2160m)にある湯釜のことだと思います。pHは1前後という強酸の「世界で最も酸性度の高い湖」で、「その中では身動きができない 何も住めない/溶けてしま」います。「うっすらと碧い」美しい湖ですが、その反面、怖ろしい湖でもあります。この詩は、その美しさと怖さを余すところなく伝えていると云えましょう。「持たない地図を広げてみる」、「落武者の持っていた/溶け残った金属の勝ちどきが聞こえてくる」、「鳥のように蛙が鳴く」などのフレーズも佳いですね。写真でしか見たことのない湖ですが、臨場感がある作品です。



写真と詩の個人誌『休憩時間』2号
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2007.12.20 千葉県八千代市 星清彦氏発行 非売品

<目次>
夏の雲は正直である 2           燃焼される時間 3
明確な目的 4               どこまでも夕焼け 5
未来へ 6                 寒い朝 7
編集後記 8



 燃焼される時間

七年もの
永きに渡る我慢ゆえに
解き放された開放感は
その一瞬に燃焼される
今やるべきことを
生命の燃やし方を
教えてくれる
振り返れば人生も
ホンの一瞬の出来事
ホンの一鳴きの出来事

 タイトル通り「
写真と詩の個人誌」で、写真の下に詩が組まれていました。紹介した作品には樹に蝉が止まっている写真が使われています。ですから「七年もの/永きに渡る我慢」は蝉の幼虫時代を指しますね。「振り返れば人生も/ホンの一瞬の出来事」であり、蝉にとっては「ホンの一鳴きの出来事」という部分に共感した作品です。
 細かいことですが「解き放された開放感」という表現は絶妙です。「開放感」は解放感≠ニも書けますが、ここではもちろん「開放感」が正解でしょう。何気ないところにも作者の文字に対する息遣いが聴こえてきます。



詩誌『濤』17号
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2007.12.28 千葉県山武市
いちぢ・よしあき氏方 濤の会発行 500円

<目次>
広告 川奈静詩集『ひもの屋さんの空』 2
訳詩 願い 他/フイリップ・ジャコテ 後藤信幸訳 4
作品
いのちの重み/川奈 静 6         半鐘泥棒/伊地知 元 8
ただひたすらの/鈴木建子 10        切なさ/山本彩冬 12
メロポエム・ルウマ/いちぢ・よしあき 14  ナミブの蜘蛛/いちぢ・よしあき 17
詩誌・詩集等受贈並びに受信御礼 20
濤雪 吾が家の事情(6)/いちぢ・よしあき 22
編集後記  23
広告 山口惣司詩集『天の花』 25
表紙 林 一人



 半鐘泥棒/伊地知 元

 彼を皆半鐘泥棒という 長すぎる脚を机の底にぶつけ
ながら 左手で茶碗の酒をチビチビ嘗める 右手を見れ
ばせっせと仕事をこなしているのだが なぜ仕事の最中
に呑むのか と問えば 腕が震えるからだ と答える

 一心不乱に仕事をこなしているはずなのに ちらりち
らりと周りに眼を走らせる 周りはハッとして眼を伏せ
る 眠が合ったら最後だ 彼は立ち上りつかつかと寄っ
て来て一九〇糎を超える巨躰で圧倒しながら言う タ
バコ銭を切らした千円貸してくれ

 彼はよく若い者を掴まえて説教する お前は気が弱す
ぎるもっと強気になれ 周りばかり気にするな自分の信
念を貫いてみろ と言った具合だ 説教されたものはも
っともだと思うのだが その都度飲み代を支払わされる
のでは堪ったものでない

 彼が入院した 肝硬変だそうだ 見舞に行くと上機嫌
だった 今さっきまで昔の仲間が来ていたのだ 彼は
礼文島の英雄だ 島でたった一人の国立大出身であり
その上無名のメンバーを率いて 無敵日鋼バスケットの
七〇連勝を阻んだからだ 面目を施した会社は俺に借り
がある アル中の俺をクビにしなかったのはそのせいさ
 ベッドの上に 胡座
(あぐら)をかいて愉快そうに笑った

 あれは健康体だよ あんなに元気じゃ直ぐに退院して
くるぜ 早く出て来ない方がいゝんだがな 勝手なこと
を話しながら 病院を退出した

 その晩彼が死んだ 頸静脈瘤の破裂だそうだ
タバコ銭切らした千円貸してくれ=@そう言って今に
も現われそうで 彼の死を誰も納得出来ないでいた

 でも本当なんだ 奥さんが泣いているもの
                    07・10・27

 「彼を皆半鐘泥棒という」のがなぜか判りませんけど、「一九〇糎を超える巨躰」であることから、そのままでも半鐘に手が届くというような意味なのかなと思っています。それにしても魅力的な人材です。小説は人間を描くこと、とはよく言われたことですが、詩も同じでしょう。「彼」という人間がよく出ていると思います。そして、それを取り巻く人間たちは「彼の死を誰も納得出来ないでいた」という一言で表現し切ったと云えます。最終連もたった1行置かれただけで見事に締めくくられました。



詩誌『光芒』60号
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2007.12.15 千葉県茂原市
斎藤正敏氏発行  800円

<目次>
◇詩作品
清水 博司 虚数の時間 6         佐野千穂子 朱夏 8
帆足みゆき 貝殻抄 10           池山 吉彬 祭りのあと 12
本田 和也 新作法 15           武田  健 だまし絵 18
川島  洋 トーテムポール 20       吉川 純子 カ行の女 22
藤井 章子 家族的なひととき 25      横森 光夫 フジアザミ 28
植木 信子 岩間のこと 30         植木 信子 川べり 32
山田ひさ子 呼吸器外科医 O先生 34    みきとおる ある画家のひとりごと 37
小池 肇三 シラサギについて 42      奥  重機 朝青龍 44
奥  重機 烏賊の街 46          山佐木 進 ふりだしにもどれ 48
吉田 博哉 山男 50            阿賀  猥 叙州 52
松下 和夫 影について−三子の死− 54   松下 和夫 こわれた古時計 56
高橋  馨 熱烈の時代 59
◇エッセイ
松下 和夫 石原吾郎の森 62        山田ひさ子 忘れ得ぬひと(9) 66
◇翻訳詩
本田 和也 エミリー・ブロンテの詩 68
◇詩作品
立川 英明 月々のうた(二) 76       市村 幸子 記憶のシルエット 80
市村 幸子 悲しみ 82           高橋 文雄 風になって・夏 83
中村 節子 回覧板 86           中村 節子 ひとりの家 其の二 88
山形 栄子 何も言わない者たち 90     小関  守 風のように 92
小関  守 過去も 未来も 94       金屋敷文代 赤い午後 96
青野  忍 荒れる 99           山崎 全代 猫とおじさん 102
石村 柳三 石よ石よ《沈黙の石》よ 104
.  篠原 義男 拉(ヒシ)がれた闇の滴に 107
篠原 義男 闇のぬめりの温もりに 108
.   篠原 義男 病の沼は桜に媚びて 109
神尾加代子 山寺 110
.           神尾加代子 やさしい目 112
神尾加代子 朝 114
.            吉沢 量子 潤い 116
吉沢 量子 雑木林 118
.          石橋満寿男 六十年生きた歌 120
川又 侑子 はじまりのおわりのはじまり
.124 水崎野里子 屠殺 127
佐藤 鶴麿 長篇詩『悪の光』の使途たち
.130 鈴木豊志夫 烏瓜 136
斎藤 正敏 もしかして 138
.        伊藤美智子 夏 二題 141
◇講演記録
池山 吉彬 被爆詩人 山田かんについて
.142 川島  洋 シュペルヴィエルを、少々 146
◇言葉の広場
横森 光夫 来ぬ客を待って 154
.      阿賀  猥 山口賢人 155
◇光芒図書室
高橋  馨 永遠と郷愁の詩的宇宙 松下和夫詩集『虹』を読む 157
川島  洋 武田 健詩集『漂着』を読む 160
鈴木豊志夫 八歳・閃光のメッセージ 池山吉彬詩集『都市の記憶』を読む 163
◇詩集評
T 斎藤正敏 166
.  U 池山吉彬 171.  V 本田和也 175
◇詩誌評
T 山佐木進 181
.  U 鈴木豊志夫 183
◇受贈深謝 188
◇詩の窓【選者】武田健・吉川純子・斎藤正敏
松本 関治 愚痴 192
.           星野  薫 ふたりの奏者 192
上野知代子 ドラマ人間模様 193
.      阿部  匠 我慢の苗木 193
平田 靖彦 鎌倉へ来たけれど 194
.     さとう義江 妹の挑戦 195
中山  操 待つ 196
.           大塚 光江 魚精(オパール)のプリズム 196
金網あき子 平和な海で 197
.        大曽根満代 天から小鳥が 197
◇同人の近刊書一覧 200
◇ご案内
三隅浩詩集『痕跡』
.203           草原舎の近刊書 204
茂原詩の教室 205
             『広報もばら』の詩作品募集 205
光芒の会ご案内 205
◇編集後記 206
.              <表紙絵/内海 泰>



 虚数の時間/清水博司

虚数の1時間目だった
数学の教員が
アイは虚しい
といったとき
隣の
女子がこっそり教えてくれた

虚しいじゃなく
いやらしいのよね あの先生
おしえるふりして
セーラー服の胸元を
上から覗き見してるのよ

そういえば
教壇を降りてくるときは
たしかに
汗臭いおれらの
そばには
決して近づかない

結局その日
虚数がなんなのか
わからなかった

 今号の巻頭作品です。最終連では思わず笑ってしまいました。中学生の「汗臭いおれらの」悲哀が滲み出ていますね。「虚数がなんなのか/わからなかった」のは、「数学の教員」の教え方が悪かったのか、「隣の/女子」にうつつをぬかしていた「おれ」のせいなのかは判りませんけど、あまりにも「虚数の時間」というタイトルにピッタリの内容です。中学生時代の、なんでオレはこんなに頭が悪いのだろうと嘆いていた時間≠思い出してしまいました。楽しめた佳品です。



   
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