きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.12.11 浜離宮・中島の御茶屋




2008.1.19(土)


 先日亡くなった隣組のおじいさんの四十九日。村落唯一の寺に30人ほどが集まって法要、墓参り、食事と、2時間ほどで終わりました。食事には日本酒も出てきましたけど、あまり美味しくなく、法事でしたたかに酔うのも顰蹙ものですから、ほどほどに控えました。昼酒というのはあまりやらない方ですので、それはそれでまあ良かったのかなと思っています。しかし、一度呑みだして途中で控えるというのは口淋しいものですね。
 それはさて置き、おじいさんのご冥福を改めてお祈りいたします。



進一男氏詩集『美しい人 その他』
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2007.12.22 大阪府箕面市 詩画工房刊 2000円+税

<目次>
山路 8       道が消える 10    夢の中の風景 12
石 14        未完 16       早春賦 18
車輪梅 20      樹木よ 22      デパートで 24
独り言 26      ある一日 28     烏 30
不意の場所 32    美しい人 34     詩の彼方へ 36
出口が無い 38    若い日の想い 40   何でもない日 44
夜は明けない 48   ささやき 50     胸の中のある秘事 54
猫の別れ 58     コスモス 62     答のない問 64
愛は要りませんか 66 スイトピー 70    朝の白い月 74
またも縮む 78    何を 私は 82    秘められた木 84
歩く 86       告白 88       楽園 90
作品年譜 93     あとがき 97



 美しい人

幼い私の遊び場所は
路地裏の空き地だった
空き地の横には
小さいけれども綺麗な家があった
その綺麗な家には
一人の美しい人が住んでいた
私の記憶では
美しい人は何時も古風な大島紬の着物を着て
高く上げて結った髪には
大きな玉珊瑚の簪が差されていた
その頃ではまだ珍しかったが
森永のキャラメルを上げるからと呼ばれて
縁側に腰掛けて待っていると
傍に来た美しい人は何だか芳しい香がして
私は急に怖くなって
森永のキャラメルを握ると
逃げるようにして帰ってきた
私の次の記憶からは
綺麗な家の美しい人の姿は消えている
記憶の一個所に閉ざされてしまった私の
美しい人よ

 タイトルポエムを紹介してみました。時代は戦前、市井はまだ平和な頃だったのかなと思います。「傍に来た美しい人は何だか芳しい香がして/私は急に怖くなって」というフレーズに男の子の心理が良く出ています。私にもそんな感覚がありました。それにしても、この作品のような「美しい人」は見かけなくなりましたね。最近の若い女性はスタイルも良くなって、化粧もうまくなったようですけど、この時代の美しさとはたぶん違うと思います。この美しさは奥ゆかしさなのかもしれません。



楓川あけみ氏歌文集『鳥に会う道』
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2008.1.13 神奈川県小田原市 西さがみ文芸愛好会刊
1500円

<目次> 装丁・挿画 峯岸弘子、題字 西田トミ子
[歌集]
T 身近の風景
街の音…12      オレンジ色の月…15  振り子の時計…17
黄花コスモス…20   「山谷ブルース」…22  幼き車掌…24
銀杏降りしく…27   二〇〇一年…29    テロップ…31
秩父の旅…33     散策のみなとみらい35 さいはてのエトピリカ…37
行旅死亡人…40    爆弾低気圧…42    少年の海…44
利休梅…46      年賀状…48      挽歌…50
あなたのアドレス…53
U 春から夏へ
人も春いろ…56    鳥に会う道…58    春の鼓動…61
朽ちゆける梅…63   あおき棘…65     天女の衣…68
クレソンの花…71   せっかちな春…73   梔子匂う…76
峡のオオルリ…78   飛べない蛍…80    紫陽花の裡…82
夢のいくつか…85   七月の雨…87     花の海…89
焔の夏…92
V 秋から冬へ
涼気わき立つ…96   足柄平野の蝗…98   夜の吾亦紅…100
鮎の終局…102
.    木犀の闇…104.    野火奔る…106
冬の花火…108
.    ミレニアム…110.   冬苺…112
冬の蟷螂…114
.    吹き飛ばされたビニール…116
W 野鳥観察
さくら雨…120
.    中州の鳥たち…122.  レンズの彼方…124
五月の夕ベ…126
.   黒き雹…128.     発ちゆくサシバ…131
冬陽うごかす…133
.  酒匂の白鳥…136
X わがDNA
落ちてゆく雪…140
.  昨日と異なるわたし…142
小さき街…144.    三歳の記憶…146.   薄れし記憶…148
形見の着物…150.   古布の痛み…153.   ニトロは重し…155
母の姿…157.     母とゆく旅…159
[随想集]
矢佐芝…165
.     空似…167.      手渡された包み…170
香りの記憶…171
.   鷹の渡り…173.    お雛様…175

覚え書き…播磨晃一…178
あとがき…楓川あけみ…186



 発ちゆくサシバ

溝蕎麦
(みぞそば)の花食()む鴨を川べりに腰を下ろ
してずっと見ていた

旋回をくりかえしつつ上昇の気流つか
みて発
()ちゆくサシバ

いわし雲広がる中を見え隠れ点となり
ゆく一羽のサシバ

若鳥をともなうサシバの群れ去りて
足柄峠に秋風を聴く

凍雲
(いてぐも)の下を真白き羽かえし大鷹一羽が
空を奪えり

 地元の西さがみ文芸愛好会でご一緒させていただいている著者の、15年ぶりの第2歌文集です。紹介した歌は「W 野鳥観察」にありました。著者はバードウォッチングの専門家で、自然の多い私の居住地に観察にもお見えになり、ばったり出会ったこともあります。私は短歌はまったくの門外漢ですから、違っているかもしれませんけど、本格的なバードウォッチングの歌集というのは珍しいのではないかと思います。

 「旋回をくりかえしつつ…」の歌は、拙宅の近くの矢倉岳(標高870m)のことと思われます。ここは特に「秋風を聴く」ころに強い「上昇の気流」が起きる場所で、私もパラグライダーでよく飛んでいましたが、上昇気流は数百メートル、ときには千メートルに達するようです。未熟な私はせいぜい200mぐらいしか上昇できませんでしたが、プロ≠フ「サシバ」なら「旋回をくりかえしつつ上昇の気流」の頂点まで達して高度を得ることは、容易に想像できます。「随想集」の中の「鷹の渡り」では、
<矢倉岳を目指してきた四十羽の群れは、旋回しながら鷹柱をつくりぐんぐん上昇していった。やがて気流を掴むと、まるで大河に放たれていた魚のように次々と流れてくる>
 と書かれています。これは秋になって夜間に大地が冷え、日中の太陽によって大地が暖められて発生する、サーマルと呼ばれる熱上昇風の現象によるものです。サーマルは半径数メートルから数十メートルの円柱のように発生します。サシバが旋回するのは、その円柱から外れないようにするためです。ですから「鷹柱」になるわけですけど、私は目撃したことがありませんが壮観なものでしょうね。

 思わず本論から逸れてしまいましたが、そんなことも考え合わせながら読むと、より深く作品世界を享受できるのだろうと思います。最後の「凍雲の下を…」という歌も佳いですね。たった一羽の大鷹が空域を圧している様子が眼に浮かびます。歌人からすれば浅い読みしかできなかったでしょうが、楽しませていただきました。



文芸誌『びらん樹』9号
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2007.12.25 神奈川県小田原市  非売品
下田勝也氏方連絡先・びらん樹の会発行

<目次>
ササゲ/鈴木宣子 1            柿二題/奥津尚男 7
夏エビネの咲く島/小澤敬子 14       ある夜のこと/吉田美子 21
犬一匹と猫三匹(二)/いのうえくにこ 25   渚にて/鈴木英之 32
疎開せし頃−最終章/風間笙子 35      木曽三川の話(一)/下田勝也 41
アルビノーニが聞こえますか/高橋フミ子 53  宮小路界隈/小田 淳 65
表紙/杉山七恵



 夏エビネの咲く島/小澤敬子

 いつになく猛暑の続いた今年の夏――。その終りは、いったいいつ告げられたのだろうか……と思う間もなく、新しい季節は不意にやってきた。急な涼しさとともに、その深まりをみせたとある日、わたしは伯父の訃報を受け、ふるさとへ向かう航路の船内にいた。
 日本海に浮かぶ佐渡ヶ島が、わたしの生まれ育ったふるさとである。小さな島は、海峡を隔てた彼方に、ぽつんと寂しそうに浮かんで見えた。
 高速船で一時間足らずという距離にもかかわらず、何か考えるところでもあったのか
「フェリーで、のんびり行こうや」
 と言う弟の言葉に
「そうだね」
 と頷いていた。そういえば、弟と二人で帰省するというのも、これが初めてのことのような気がする。

 弟は、わたしと三つ違いで、双子として産声をあげた。わずか三歳のわたしが、その日の記憶などあるはずもないのだが、どういうわけかその光景が脳裏に焼きついて離れない。それは、ものごころついたある時期に、思いをめぐらせて作り上げた想像に過ぎないのかも知れない。納戸のような狭くて薄暗い部屋から赤ん坊の泣き声と、母の名をしきりに叫ぶ祖母の声がする中、幼いわたしはひとり、広い座敷をぐるぐると走り回っていた。
 母は双子を産み落したその夜、静かに息をひき取った。
 双子のうち、いま一人の妹の方は、生まれたその日から亡き母の実家である伯父夫婦の家で育てられることになった。そのいきさつを、父や伯父たちに直接問いただしたりはしないけれど、子どもの無い伯父夫婦より、若かった父に迫られた決断の末ということだったのでは……と思っている。
 伯父の家の暮しは、たいそう豊かなものであった。そのせいか幼いわたしには養女に行った妹が、子ども心にも羨ましく映った。
 そんな妹と私はほとんど交流のない姉妹として歳を重ねた。が、弟はちがった。一学年一クラスしかない田舎の学校で、同級生として過ごし、お互いに影響し合うことは多々あったようだ。何かにつけて相談するのも、もちろん私ではなくすべて弟。私は姉として、姉らしいことは何ひとつしてあげることはなく、妹の方もそんな私を頼るということはなかった。

 両親を養父母と知りながらも、その愛情に一心に応え、甘えて、やがて妹は伯父の家から嫁いでいった。
 あれは妹が嫁ぐその年のことである。帰省の際、わたしは伯父の家を訪ねてみた。伯母は留守で、キーウイフルーツの棚の下に伯父は独りでいた。伯父と二人だけで話しをするのも久し振りだった。上京している妹は二、二日中に一度ここへ戻って来るということや、都内の式場へは三人で向かうということ、式が終わると伯母の手術が控えているということ……などなど。
 時折、浜辺から届く潮のかおりに、〈ああ、島にきているんだなあ〉と大きく、息を吸い込んだその時、目の前でひっそりと咲いている夏エビネに気づいた。それは何とも可愛らしい薄紫色の小花をつけ、ただ黙って潮風に身をまかせながら、伯父と私の話しに頷いているようだった。
「この花、めずらしいね。いい色してる」
 わたしが言うと伯父は、
「最近じゃ、この辺りの山でもなかなか無えからなぁ」
「小田原に持ってって根付くかしら?」
 まだ伯父の許しも得ないうちに、わたしは思わずその草花をねだっていた。
 伯父は、シャベルを持ち出してくると
「地が合えばつくと思うが……」
 と、二本のエビネをていねいに小さな鉢へ移し、とても大切なものを手放すかのように言った。
「向こうへ行ったら、大きい鉢にせんと……」
 わたしは、今度の夏にもきっと花を咲かせてあげたい思いでいっぱいになった。伯父の気持が娘を手放す思いと重なっているように思えてならなかった。
 妹の嫁ぐ日、わたしはこころから祝福をした。
「伯父さんのところで、こんなふうにしてもらえて良かったね」
 すると、妹は言った。
「私は、恵まれた、豊かな暮らしをさせてもらったことを、両親に感謝しています。でも、本当に欲しかったのは、自分の部屋や、洋服やレコードではなく、できることなら、お姉ちゃんやお兄ちゃんと暮らしたかった」
 伯父たちへは決して口にできないこの一言に私は瞬間、心の震えをおぼえた。

 十数年後、母となった妹が夫と共に娘を連れて、やはりふるさとの地に立った。わたしたちは、ひと足遅れて到着した。田舎特有の大きな家の、広い座敷に華やかな祭壇が設けられていた。
 わたしは歩み寄り、伯父の遺影に手を合わせると
「よう来たなぁ」
 と、にこやかに声をかけてくれるかのようだった。
 妹は?と目をやると、身体は動いているものの、意気消沈とした伯母に寄り添っていた。そして、わたしの知らない親戚の人たちへの、てきぱきとした対応がわたしを驚かせた。
 ふと、妹が嫁ぐ日にわたしに洩らした言葉を思い出した。
 しかしそれも、すぐに打ち消されてしまった。年老いた伯母の背に、やさしく手をまわす妹の後ろ姿を目の当たりにして。

 最後まで妹に大きな愛情をそそいでくれた伯父とのお別れの席であった。

                            (二〇〇七年 十月)

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 こちらも西さがみ文芸愛好会でご一緒させていただいている小澤さんの作品です。初の本格的エッセイのようです。初めてにしてはかなり骨格のしっかりしたものだと思います。冒頭の夏の終わりのくだりからは「その終りは、いったいいつ告げられたのだろうか……」と感覚の鋭さも窺えます。エビネが「伯父と私の話しに頷いているようだった」という描写も佳いですね。作者の情感豊かな視線に惹きつけられます。主要な登場人物は伯父と妹ですが、二人の人間像も短い文章にしてはかなり描いていると思います。

 モノ書く人間は、一度は出自を書かなくてはいけない、というのが私の持論なのですが、まずそれをやったことに敬服します。いわゆるプロの作家はどうなのか分かりませんけど、モノを書きたいという意欲は、その人間の影の部分から発してくるように思います。影を影のままでおくことも文学の一つの現れでしょうが、それではそこにとどまるだけだと思うのです。一度その影に光を当ててやることによって作者自身が解放される、次に進める、というように考えています。そこを作者は早くもクリアしたわけですから、これからは次々と書けるのではないかなと思います。安定した文体と感受性の豊かさも武器になるでしょう。早く次の作品も読みたいものです。



   
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