きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2008.2.26 河津町・河津桜 |
2008.3.2(日)
終日、書斎に籠もって原稿書きでした。ある詩集の書評を頼まれて、7枚書きました。まだまだ読みの浅い面があるかもしれませんが、掲載させてもらう詩誌の面目を潰すようなものではないと思います。そういう場合は、私の面目が潰れるのは仕方ないとしても、好意で載せてくれる詩誌まで後ろ指を刺されるのが辛いですからね。依頼原稿の不出来はいろいろなところに迷惑を及ぼしますから怖いです。
もう一つ、日本ペンクラブの電子文藝館に送稿しました。詩人の会員作品で、私からご本人にお願いしていて、ようやく今日、送稿となったものです。実際に皆さんが見られるようになるには、もう少しかかります。文藝館委員の校正を経ますので、あと1ヶ月後ぐらいでしょうか。文藝館もたまには訪れてくださると嬉しいです。著作権をクリアーした現役の文学者などの作品を提供しています。旬の日本文学をお楽しみください。
○土井敦夫氏詩集『真夜中の自画像』 |
2008.2.10 東京都北区 視点社刊 2000円+税 |
<目次>
(2002年〜2007年)
真夜中の自画像 6 空白の朝 10 人のいない街 14
化石となる日 18 イグジスト exsit 22 夜の犬 24
白い蝶 28 故郷 30 沈黙のあとに 32
見果てぬ夢 34 A・K君に 38 タワー 42
一影(いちえい) 46 桜 48 レインボーブリッジ 50
闇の中で 52 水脈 54 朝が来るまで 58
(1967年〜1972年)
夜桜 61 緘黙(かんもく) 62 隅田川 64
夢 66 暗い存在 70 解体 72
夜の祈り 74 失意の果てに 76 星 78
暗い予感 80 埋葬 82 夜の懸橋(かけはし) 86
脂粉の街 88 乾燥の季節 90 暮春 92
彼岸への道 96 光 100
*
跋 水橋 斉 青春の自画像 102
跋 葵生川玲 体感のように 106
*
あとがき 108 著者略歴 111
装幀・滝川一雄
真夜中の自画像
モディリアーニの絵のように
首を少し傾けて
君は暗い大きな森のほうを見ていた
君の瞳の暗い穴と 森の暗さが
一つに溶け合っていた
森の中には生者と死者が眠っている
闇は森の入口まで来ていた
生きてきた長い時間が
背後に点在する街の灯りとなって
こぼれている
星はなかった
凍りついた夢と共に
海のかなたに落ちてしまった
鼓動のように波の音が聞こえてくる
目覚めのあとの虚しい空白
煙のように漂い 消えていった
さまざまな残像への問いかけは
いつも少し遅れて
君の体内を霧のように濡らして
独りにする
君は森の中を歩き始める
ここには全てがあって 全てがない
森の中には湖がある
自らの存在の芯のあたり
はためく湖面に そっと触れてみる
この先 何が待ち受けているのか
枯渇した喉元
握りしめている手が
こんなにも乾いている
「(1967年〜1972年)」の5年間詩作を続け、その後30年に及ぶ沈黙のあとに、再び「(2002年〜2007年)」の5年間に書いたものを詩集にしたそうです。したがってこれが第1詩集です。ご出版をお祝いいたします。
30年前の作品群に色褪せたものはなく、そこから紹介したい誘惑にも駆られましたが、ここはタイトルポエムでもあり巻頭作の「真夜中の自画像」を掲載してみました。第5連の「さまざまな残像への問いかけは/いつも少し遅れて/君の体内を霧のように濡らして/独りにする」というフレーズがよく効いていると思います。「君」の存在性が形而上詩として見事に結実している佳品と言えましょう。今後のご活躍を祈念しています。
○詩と批評『幻竜』7号 |
2008.3.20 埼玉県川口市 幻竜舎・清水正吾氏発行 1000円 |
目次
<作品> こたきこなみ 星狩…2
清水 正吾 葬送 ショパン ピアノソナタ…4 幻蝶の記…6 レッドリスト…8
<イラスト> 梅沢 啓 「惑いの構図」…11
<作品> 村川 逸司 いつ柿は熟すのか…12
いわたにあきら 竜は去年の終わりの冬に命を削った…14 綻び…16
<エッセイ> 舘内 尚子 未知の星を射る…18
こたきこなみ 隠れ記憶…19
<コラム> 清水 正吾 G茶房・ゲノムにてZ…21
<作品> 弓田 弓子 寒さ…22 曲がり角…23 仕立物…24 ひっかかる…25
斎藤 充江 劇場異聞…26 干からびた存在…28
梅沢 啓 ノンシャラン詩篇 物…30 そして今日も…32
舘内 尚子 センチメンタル・ジャーニー…34 生卵の割れ方…36
梅沢 啓 都市不在…38
<評論> 村川 逸司 鮎川信夫の逆説−敗北とは何か−…40
◆特集◆追悼川杉敏夫 川杉敏夫 断念の美学3…43
編集手帳
表紙デザイン・本文レイアウト/ネオクリエーション
いつ柿は熟すのか/村川逸司
しんとした青空に
すずなりの柿がある
樹は季節を一生のように
私たちは一生を季節のように生きる
いつ柿は熟すのか
イキな言葉が充ちてくる
あの絶妙な時機を誰がいうことができるのか
築山の中の
植木屋が切った
松葉を掃き青い梅をとる
庭の入り口の井戸に半身を入れると
冷たい水がとどく
姉が突然叫ぶようにいった
「こんな柘榴があるからお父さんが妾をつくるんだ」
私の柔若な欲情はとめどなく
大柄な女のような枇杷の葉根を抱いていた
酒好きの父は
隣家との間の甘柿をとり無造作にほおばった
柿の陽の透けたやわらかな互葉
草笛とともに
雄しべの根元が脹らみはじめる
柿よ
どう意志しようとも
お前はその成熟を止めることはできまい
夏のさわやかな風
樹の中を走る水
神すらもそれを拒絶できない
やがて冬空が
お前の雀斑のような果影を連れて行く
とおい竹林の彼方に
姉は逝った
アナキストの詩人への愛は報われなかった
その姉と
私は私なりに
熟しきれないままに憎しみの青い核を抱いている
桑丘を拓いた都邑
路肩に生けられた一握りの花
姉は黒い稲妻を穿く
凝然とした窓 高く銃架が重なりあう
夕陽がなだれる中を
一羽の鳥のように
近代の碧眼が横切っていく
「樹は季節を一生のように/私たちは一生を季節のように生きる」、「どう意志しようとも/お前はその成熟を止めることはできまい」などの魅力的な詩語に溢れた作品ですが、それだけではない時代≠表現したところにも惹きこまれます。「アナキストの詩人への愛は報われなかった」「姉」、「凝然とした窓 高く銃架が重なりあう」というのは戦争の影のことでしょうか。最終連の「近代の碧眼が横切っていく」というフレーズも佳いですね。戦争の時代を背景とした家族の肖像を、「いつ柿は熟すのか」という自然現象と重ね合わせた佳品だと思いました。
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