きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.2.26 河津町・河津桜




2008.3.26(水)


 昨日から始まった上野・東京国立博物館の薬師寺展を観てきました。ご存知のように日光菩薩立像、月光菩薩立像の光背が取り外されたのは初めてのことで、それを真後ろから観られたわけですけど、さすがに圧倒されました。雄々しい男性的な背中の日光菩薩、柔らかく女性的な背中の月光菩薩。普段は光背で隠れてしまう背中をこれほどきちんと表現するのかと思って、唖然としてしまいました。古人の律儀なまでのこだわりに、芸術の深奥を見た思いです。

 像までのアプローチもよく計算されていて、良かったです。遠くから像を見つづけて近づいていきます。アプローチはつづら折りを模しているようで、左に見、右に見して像に近づき、そして正対したときの圧倒的な迫力。参りましたね。像高が3メートルを超え、1メートル近い台座の上に乗っていますから、全高4メートル近くなります。4メートルといえば標準的な平屋の高さになりますから、その威容はお判りいただけるかと思います。しかし、お顔はあくまでも優しく、かつ威厳に満ち、威圧するものではありませんでした。

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 館内はもちろん撮影禁止ですから、ここでは正門横の看板を紹介しましょう。携帯で撮影しましたのであまり画質がよくありませんけど、「博物館でお花見を」のキャッチコピーが泣かせます。桜はちょうど満開。花見がてらの鑑賞でした。
 薬師寺展は6月8日までやっています。普段、仏像には興味がなく、唯一、興福寺の阿修羅像だけが興味の対象だった私も感激した仏像展です。お薦めです。



曽我部昭美氏詩集『記憶の砂粒』
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2008.4.8 大阪市北区 編集工房ノア刊 2000円+税

<目次>
 T
タクト 8      歩き神 10      ことば 12
白い湖
(うみ) 14    バケもん 17     けったいな景色 20
麻痺 22       貸衣装 24      飛翔 26
船出 28       風景 30
 U
川原の学校 56    先取り 41      虫の声 44
ビーンズ 47     武丈の桜 50     花桃 52
一条の光 56     背広 58
 V
ある記憶 62     軍旗 65       元一等兵トシやんの話 68
青葉 72       ある歌 74
 W
揺れる灯 78     探しに 80      追っかけて 84
帰る 88
 V
いしづっつぁん(石鎚山) 94         ガマズミ 97
躑躅科 100      エール 104      垢
() 106
壺 108
あとがき 110     装幀 森本良成



 先取り

その人の話は長くて退屈だった
なにしろ始めに勅語の奉読があったりするから
どうしても長くなる
おまけに途中でよく え−と詰まるので
いよいよ長く感じる
一刻も早く終わって欲しいのに

だがそんな時間の中にも
一つだけ慰めがあった
言葉を先取りする級友がそばに居て

えーとその人が詰まると
次に出てくるであろう言葉を
つぶやいてみせたいたずら坊主
壇上から続いて同じ言葉が届くと
周りの者はくすくす笑う
大体接続詞が多いが
それ以外の言葉だったり
その同じ言葉を
頭の中に浮かべていた者の笑いは
やや大きくなる
産めよ増やせよだから
講堂はぎゅうぎゅう詰め
教師の目に留まることはなかった

幾度も聞かされて
呑み込んだ言葉の癖を
先取りすることで憂さを晴らした生徒は
同時にわらったのだった
いつの世にも
どこか胡散臭い大人というものを
小動物のように素早く嗅ぎ取って

 1931年生まれという著者ですから、「勅語」を聞かされた最後が1945年とすると、当時は14歳の中学生となりましょうか。主にその当時の「記憶の砂粒」を集めた詩集です。「産めよ増やせよ」でこの世に生を受け、軍事教練に明け暮れた少年時代の回想は歴史的にも貴重なものと云えましょう。そんな中から「先取り」を紹介してみましたが、最終連の「いつの世にも/どこか胡散臭い大人というものを/小動物のように素早く嗅ぎ取って」というフレーズが生きていると思います。大人では見過ごしてしまうものを、あるいはあえて見ないようにしているものを、敏感に感じ取る少年の姿を映し出している佳品だと思いました。



文芸誌『兆』137号
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2008.3.10 高知県高知市
林嗣夫氏代表・兆同人発行 非売品

<目次>
金色ヒメ(落穂伝・4)…石川逸子 1
「兆」代表詩選…10
石川逸子…10     大崎千明…17     清岳こう…24
小松弘愛…36     林 嗣夫…45     増田耕三…51
山本泰生…60
武田弘子(特別参加)…69          西方郁子(特別参加)…72
詩の周辺…林 嗣夫 74
後記…83                  <表紙題字> 小野美和



 湯気/石川逸子

駅前通りを
のったりと牛は歩いていき
尻からボタリボタリ
糞を落とした
インドではない
幼い日の東長崎商店街

近隣の畑から
どこへ帰っていく途上だったのやら
同類の骨粉を餌としてあてがわれることもなく
秣だけたっぷり食べた巨体は
悠々 にんげんたちを押しのけ
日暮れの街を歩いていた

おととい読んだ本のなかみは
もうあらかた忘れてしまったのに
あの 牛の糞はなぜ
ほっかり 今も湯気立っているのか
IT時代といわれる現在
(いま)
フム! と笑い飛ばすみたいに

 この春、高知で開かれた日本現代詩人会・西日本ゼミナールを記念した「兆」代表詩選特集号です。ここでは巻頭作品を紹介してみましたが、「同類の骨粉を餌としてあてがわれることもなく」というフレーズにドキリとさせられました。たしかに作者の「幼い日の東長崎商店街」時代には「秣(まぐさ)だけたっぷり食べた巨体」だったんでしょうね。「IT時代」を迎える頃から、牛は工場で管理される肉となってしまいました。「ほっかり 今も湯気立っている」「牛の糞」に「笑い飛ば」される時代になったのだなと考えさせられた作品です。



個人詩誌Quake30号
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2008.3.31 川崎市麻生区 奥野祐子氏発行
非売品

<目次>
コトバのバケモノ 一
まゆだま 六
便所に来いよ 九
恋 十三



 コトバのバケモノ

今日一日を終えて
布団に戻る
今朝 旅立ったばかりの
自分の体臭のする 四角い布の中に
そそくさと 体をすべりこませる
後ろから
ひた ひた ひた と
何かが私を追ってくる
終わってしまうよ
砂時計から滑り落ちる 最期の砂粒のように
今日の生命の時間が終わってしまうよ
いいのか?いいのか?それでもいいのか?と
もそもそもそと
私に問いかけるものがいる
四角い布に納まれば もう
死のように安らかな眠りの時間を待つばかり
それなのに
その降伏寸前のまどろみの中で
天井から 私に覆いかぶさり
顔を近づけんばかりに
ゆすぶり起こす何かがいる
おまえは誰だ?
全身が真っ黒なコトバで出来た
コトバのバケモノ
もぞ もぞ もぞ と
一分一秒止まることなく
ひっきりなしに形を変えながら
そいつは どんなものの形にも
定まることもできず
所在なげに 漂うばかり
ここから 出してくれ!出してくれ!出してくれ! と
真っ黒なコトバの剛毛に埋もれた
その奥の奥から
バケモノの本当の口が叫ぶ
ようやく ひらいたその小さな唇にも
たちまち うごめくコトバが たかり 塞ぎ
叫びは ささやきのように途切れてしまう
おまえは誰?
名前は何?
そう 名前さえあれば
おまえは たちまち
何かの形にきっと定まるはず
ああ だけど
おまえの口を楽にしてやろうと
ごわごわの毛を
かきわけ かきわけ かきわけても
それは すべて 名前!
この地上に存在する
ヒトのけものの植物の物や道具の
ありとあらゆる名前が
おまえの上に 立ち現れては 消えてゆく
コトバのバケモノ
どうしてやればいい?おまえを
思わず 布団を持ち上げて
バケモノを ふところに入れる
ひっきりなしに うごめくコトバごと
おまえを ぎゅっと抱きしめる
ゆっくりと触れる指先
おまえの ほんとうの姿の輪郭を ゆっくりと なぞる
ボロボロと名前がはがれ 私の指先からこぼれ落ちてゆく
現れたおまえは
まるまると太った裸の赤ん坊の形をしていた
薔薇色の 傷ひとつなく
満ち足りた うつくしい肌!
たしかに見た ほんの一瞬
赤ん坊のおまえの微笑みを
そして消えた
おまえは 私の視界から
眠りが 私に覆いかぶさり
おまえのことすら もう思い出せない
コトバのバケモノ
いとけない あどけない
ああ おまえよ!

 「ひっきりなしに形を変えながら/そいつは どんなものの形にも/定まることもできず/所在なげに 漂うばかり」の「コトバのバケモノ」。それは名前がないことに由来するのかもしれません。人間が名付けさえすれば、「そう 名前さえあれば/おまえは たちまち/何かの形にきっと定まるはず」。確認したわけではありませんが、言葉の中で最も多いのは名詞なのかもしれません。名付けることによって安心するという人間の特性がそこにはあるように思います。それが「コトバのバケモノ」だろうかと考えました。
 作者は「コトバのバケモノ」と言いながら、決して嫌っているわけではないことが、特に最終部の「現れたおまえは/まるまると太った裸の赤ん坊の形をしていた」というフレーズに出ていると云えましょう。言葉では表せない「いとけない あどけない」ものを書いた作品と思いました。



   
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