きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.2.26 河津町・河津桜




2008.3.31(月)


 3月最終日は雨。終日読書で過ごしました。



季刊詩誌『竜骨』68号
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2008.3.25 さいたま市桜区
高橋次夫氏方・竜骨の会発行 600円

<目次>
〈作品〉
梢を焦がすハレの日に/木暮克彦 4     春のエスキス/高橋次夫 6
舌一枚/松本建彦 8            千両と侘助/島崎文緒 10
つり橋/今川 洋 12            死ね、死ねるか/松崎 粲 14
十九年秋・戯れ歌/森 清 16        黒いトランク(二)/河越潤子 18
薔薇のつぶやき/上田由美子 20       赤い花びら/内藤喜美子 22
冬のキュウリ/横田恵津 24         あの世に人を送るには/庭野富吉 26
海と物語と/対馬正子 28          天徳寺龍が淵/長津功三良 30
こころのおに/高野保治 32         うな丼/友枝 力 34
特集 高橋次夫詩集『雪−尺』
原初の記憶へ/森 常治 36         『雪一尺』の底のそこまで/松本建彦 38
羅針儀
宝物の記憶/上田由美子 42         本所・深川、隅田川/高野保治 43
失われた世代の詩/木暮克彦 47
書窓
南邦和詩集『望郷』/森 清 50       高松文樹詩集『時計』/高橋次夫 51
海嘯 あだ名の効用/友枝 力 1
編集後記 52                題字 野島祥亭



 千両と侘助/島崎文緒

この冬は どうしたわけか
庭の千両が
ただの一粒も実をつけなかった
年々ふえて四方に枝を張り
小粒ながら艶やかな真紅の実を
いつもびっしりとつけていたものを
しかたなく
貧弱な一枝を買って飾ったが
長過ぎた夏の異常な酷暑のせいか

その代り とでもいうように
侘助は 見事な花を咲かせてくれた
秋の終り頃から
ふくらんだ蕾が次々に開いて
丸味を帯びた一木全体に
いつになくたくさんの花をつけ
夕暮まで
ほの明るい一台の花車のよう

夫が生前何より好んだ庭木は
椿や山茶花のような華やかさはないが
白にごく淡い紅を含む花の色
全開しても広がり切らない
つつましやかな花形は いかにも
わび・さびの茶花に相応しい

全く実らなかった千両
いよいよ お金には縁遠くなっても
この侘助を見習い
清雅に生きよ ということかな

 お金に縁があるような名の「庭の千両が/ただの一粒も実をつけなかった」が、「その代り とでもいうように/侘助は 見事な花を咲かせてくれた」、という作品ですが、侘助を「夕暮まで/ほの明るい一台の花車のよう」と表現したところは見事だと思います。そしてここでは「わび・さびの茶花に相応しい」としながらも、「全く実らなかった千両」のように「いよいよ お金には縁遠くなっても/この侘助を見習い/清雅に生きよ」と締めて、花の名と生活態度を結びつけています。花を生活に採り入れた佳品だと思いました。



詩誌『さよん・V』3号
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2008.4.1 神奈川県高座郡寒川町
冨田民人氏方事務局・さよんの会発行 500円

<目次>

《ゲストのページ》夕暮れる荒川/李美子…4
手続きの後で/全美恵…8          無防備都市/風間妙子…12
水/風間妙子…14              鳥がいない/冨田民人…16
森/冨田民人…18
韓国の詩 尹東柱「おねしょ地図」/全美恵…22
エッセイ
戦場詠逍遥〜山西省から/冨田民人…24    奇跡の映像 100年前のカラー写真/風間妙子…30
近況・雑記…32
表紙写真・TT



 鳥がいない/冨田民人

きょうは鳥がいない

どんよりとした流れに
か細い脚を浸して
姿をさらす一羽の白い鳥
コンクリに囲まれた川
近づいて見おろすと
人の眼におどろいたか
とたんに羽を広げ
はばたいて行くかに思われたが
斜め上の電線にとまった
歩をすすめながら見あげると
太陽が悪ふざけをした
突然黒く塗りつぶされたのだ
白くて愛嬌のあるお嬢さまは
影だけを残して消えた

路地裏をさがしても
塀の上をさがしても
庭の小屋をさがしても
なまいきそうな猫とか
優雅に連れられて行く
犬どもばかりが目立つ
彼らは空を飛べない
影にもなれない
私と同じ

河が流れる住宅街に
並んだ建物を
いっせいに倒すと
向う側に広がるはずの
水田にもう水はない
賞味期限切れの
季節があるばかり

きょう、鳥はいってしまった

 「きょうは鳥がいない」、その理由は「太陽が悪ふざけをし」て「突然黒く塗りつぶ」したからだ、と採りましたが、その喩は様々に考えることができると思います。「なまいきそうな猫とか/優雅に連れられて行く/犬どもばかりが目立つ」ばかりで、真実≠ヘ「いってしまった」、などのように読み取りました。「河が流れる住宅街に/並んだ建物を/いっせいに倒す」というフレーズ、「賞味期限切れの/季節」という詩語も佳いですね。地球温暖化で狂ってしまった季節の「賞味期限切れ」を起こさせたのは、他でもない私たちだと考えさせられた作品です。



詩誌『濤』18号
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2008.3.31 千葉県山武市
いちぢ・よしあき氏方 濤の会発行 500円

<目次>
広告 川奈静詩集『ひもの屋さんの空』 2
訳詩 アグリジェント 他/フイリップ・ジャコテ 後藤信幸訳 4
作品
風の道/村田 譲 6            夜間パトロール/鈴木建子 8
こころ 他/桐谷久子 10          ダツラ/伊地知 元 12
メロポエム・ルウマ 他/いちぢ・よしあき 14
詩誌・詩集等受贈御礼 22
濤雪 吾が家の事情(7)/いちぢ・よしあき 23
編集後記 24
広告 山口惣司詩集『天の花』 25      表紙 林 一人



 メガエルニーニョ/いちぢ・よしあき

 ペルー沖の片口鰯は数年置きに姿を消す そのとき南
米西海岸にたっぷりと雨が降り 農作物は豊かに実る
天候の変化は決ってクリスマスの頃 その訪れを土地の
者は エルニーニョ(男の子またはキリスト)とよんで
喜こぶ
                   
ながあめ
 ジュニファー・シーグレーブは 異常な霖雨に恐れを
なしていた エルニーニョは本当に怖い これじゃあ悪
魔の仕業としか思えない 神の恵みなんかであるものか
…… 住処は嵩の増した水に取り囲まれ生きた心地がし
ない もうこれまで と 彼グレンの居る台へと逃げ
た これで一安心だね と彼が言う その真夜中のこと
だ 裏山でコロコロと小石の転がる音がした そしても
う一つ 更にもう一つ…… 山が鳴った 山が突然吠え
ると 土石流が襲って来た 気が付けば八〇〇米も崖の
下―― 何が安心なものか ジュニファーは立ち上って
グレンを探す グレン グレンッ……
グレンは三日後土砂の中から遺体で見付かった

 ギルベート・ウォーカー スケート好きの科学者だ
十九世紀末の大英帝国に生れた 数学が好きでスケート
の軌跡まで数式化しようとした変り者だ 一八八八年・
一八八九年と植民地印度は モンスーンにずたずたにさ
れた 死者も農作物の被害も尋常でない 何故なんだ何
故こんなことになるんだ 政府は変人ウォーカーに調査
を命じる ウォーカーは数学の得意な印度人を雇い 計
算機代りにして調査を開始した 目を付けたのは海だ
ウォーカーは出来得る限りのデータを探り出し 項目別
年代順に積み上げてゆく 気の遠くなる作業だったが
一九〇四年 見えて来たものがある 気圧だ 気圧が波
打つのがみえた 〈スマトラ沖がいときアフリカの東
海岸が低い〉〈スマトラ沖が低いときアフリカの東海岸
がくなる) この繰り返しのリズムがまるとき異常
が生じる ウォーカーはこれを南方震動とよんで理論を
展開した 人々の中にはあんぐりと口を開け そんな馬
鹿な 偉大なる自然が振り子なんかに変身するものか
とウォーカーの大風呂敷を嗤う者が居た

 遺跡探検家ヤコブ・ビヤークネスは 土地の者がメガ
エルニーニョと発音するのを聴きとがめた メガエルニ
ーニョとは何か と問うと 土地の者が応えた 旦那
何てことはない エルニーニョの一寸長いのを称ぶんで
さあ ビヤークネスははっと閃めいた そうだ氷河だ
氷河に訊くのが一番かも知れない 彼は長いパイプを氷
河に突き刺して アイスコアを作り成分を分析した
 ビヤークネスのアイスコアは モチ文化の滅亡を 西
暦六五〇年と特定した

 その時代中東の都市国家ウルが滅びた 残された難解
なシュメール語を繙いた書によると 旱魃と熟波に見舞
われていたことが分る 〈砂嵐がもうもうと立ち上り
雨は降らずひたすら暑いだけだ 空は真っ赤に焼けただ
れ そのくせ何日も太陽を見ていない 川は干上りオア
シスは涸れ植物は茶色にちぢれ立ち枯れる 熱砂が家の
隙間から入り込み舌はざらざら 人も家畜も飢えと渇き
に苦しみながら 骨と皮だけになって 死躰は累々と道
端に積み重ねられていく〉 とある
 この時代からメガエルニーニョと中東の大気とが連動
してしまっているのだろうか……

 例えば 北東貿易風が弱まり インドネシアの暖水が
ペルー沖に達するとき 温もった赤道海域は 上昇気流
が活発化して 次第に北太平洋気圧が強まる そして
大規模な空気の変化が 出始める
 アンデスは温多雨 中北米東部は洪水 インドネシ
アとオーストラリアは旱魃と熱波 東アジアは集中豪雨
 と諸処方々で大騒ぎだ
 隣り印度洋も呼応して 東風が弱まれば暖水塊がアフ
リカから印度以東に集って来て モンスーンに入る 印
度周辺は雨期南アフリカは旱魃と熱波というように 中
東にも砂嵐と熱波が襲ってもおかしくない

 太平洋と印度洋は常に連動して 冷水と暖水とが東西
に入れ替る お互いリズムを刻みめながら次第に 海
面水温と雲量の分布が二極化するのだ タヒチとダーウ
ィン・印度洋の東西 二つが振り子のように南方震動を
かもし出し共鳴して エンソまたはダイポールという
現象へと成長していくのだ 同じ海だ 大西洋に同じ現
象が起ってはいないのだろうか…… ドイツの洪水 フ
ランスの熱波 ニューヨークの寒波 思い当る節はある

 俺は寝ながら妄想する エルニーニョは赤道を越え
北へ北へと上って来ているのではないか 化石燃料に加
熱され 牛の大群の吐き出すゲップに噎せる地球の上で
 エルニーニョは数ヶ月のものが半年となり半年のもの
が一年となり一年のものが二年三年……となって メガ
エルニーニョに変貌してゆくのだろうか そしてその後
に起る悲惨……
 地球はいつか俺達を捨てにかゝるだろう
                    08・1・29

 地球規模の壮大な作品ですが、スケールの大きさを楽しんでばかりはいられません。いわゆる異常気象のメカニズムを分かりやすく詩言語にしているところに怖さがある作品です。科学解説とは違って「牛の大群の吐き出すゲップに噎せる地球の上で」などのフレーズは詩的ですけど、同じ詩的な表現でも「数ヶ月のものが半年となり半年のもの/が一年となり一年のものが二年三年……となって」というフレーズは怖さを倍化させていると思います。このような表現は科学論文では出てこないところでしょう。科学と詩が見事に融合された作品だと感じました。



   
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