きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
080312.JPG
2008.3.12 湯河原町・幕山公園




2008.4.9(水)


 夕方から日本ペンクラブの会館に行ってきました。「クロアチア作家を囲む会」というのが開催されて、それに呼ばれました。昨年は日本詩人クラブの例会で、詩人でクロアチア共和国駐日大使のドラゴ閣下に講演をしていただきました。その仲介を私がやったことから呼ばれた、というものです。大使もおいでになるのかと思って、スーツで行ったのですが、私の早とちりだったらしく、残念ながら大使はお見えになりませんでした。でも、クロアチアの現役の詩人たちと交流できて良かったですよ。

080409.JPG


 写真は自作詩を朗読する詩人・クロアチアPEN会長のズヴォンコ・マコヴッチ氏。他に詩人・クロアチア作家協会事務局長のソニャ・マノイロヴィッチ女史、クロアチアPEN副会長のシビラ・ペトロヴスキ女史、若手作家のロベルト・ペリシッチ氏の4人が来訪してくれています。ロベルト以外は詩人というのも、詩人の大使がいるお国柄なのかもしれません。

 参加者は40人ぐらいだったでしょうか。英語に堪能な人が多くて、最初のうちは日本人会員が翻訳していましたけど、そのうち翻訳なし。詩は英文と翻訳した和文のプリントがありましたから何とか理解できましたが、スピーチは私にはキツカッタですね。

 朗読は最初、英語でやりましたが、日本側で天童大人さんや白石かずこさんが日本語でやったせいか、クロアチア語の朗読も聴かせてくれました。以前にドラゴ大使の朗読を聴いていましたから、クロアチア語の美しさは知っていましたけど、改めて4人の朗読を聴いて、同じ感慨に捉われました。お腹の底から響いてくるような柔らかい音声とリズムは、クロアチア語の特色なのかもしれません。うっとりと聞き惚れてしまう言語です。京都弁の、ある種の棘を抜いた音声、あるいは奈良弁に喩えられましょうか。

 料理は、日本で唯一という銀座のクロアチア料理店からのもので、シェフ自らが解説をしてくれました。ワインはクロアチアの白ワイン。以前、日本詩人クラブの講演のあとの懇親会で差し入れられた赤ワインよりは、数段おいしかったです。私は立食の料理は食べない主義ですので、料理の味は判りませんでしたが、白ワインは充分に堪能させていただきました。ワインの本数が少なかったので、事務局員から「村山さんは、そこまで!」と釘を刺されましたけど、彼女の眼を盗んでしっかりと呑ませてもらいました(^^;

 2次会はいつもの「浜町亭」。こちらにも20人近くが流れて、にぎやかでした。私はズヴォンコ会長と同席させてもらいました。今回、訪日したメンバーは、会長も含めて私と同世代ということもあって、気楽に会話できたように思います。もちろん、私の言葉は誰かがいつも翻訳してくれましたけど、お酒が入っているせいか、会長の言葉は判り易かったです。会長とは名刺交換もして、ペンクラブ用の名刺を渡しましたけど、やっぱり英文の名刺も必要かなと感じましたね。名前だけ英文で書いた名刺では、やはり失礼かなと思い始めています。

 今回は日本詩人クラブからも会長、理事長を始め7人ほどが参加。こういう機会にはどんどん出てもらって、日本ペンの中での存在感を出してもらいたいと思っています。それがいずれ詩人の立場を高めるものになるとも考えています。
 佳い夜でした。ドラゴ閣下と会えなかったのは残念ですが、クロアチアの詩人たちと直接話し合えた意義は大きいと思います。あと2日の滞在だそうですが、日本の良いところもぜひ観ていってください。ありがとうございました。



薬師川虹一氏詩集
『疲れた犬のいる風景』
tsukareta inu no iru fukei.JPG
1994.12.15 京都市南区 文童社刊 3000円

<目次>
T 疲れた犬のいる風景
疲れた犬のいる風景 8           怠惰な時が流れる 12
街路樹に凭れて 14             拾う 17
骨がうずく 20               不透明な部分 22
道程 24                  あの時 26
つまらない一刻 29             還暦 32
地下道の風景 34              太平楽 36
案山子 38                 三月三十一日 42
鬱鬱 46                  砂の頭 48
砂の頭U 51
U おれんじ色の月
おれんじ色の月 56             十字路 58
懺悔聴聞室 60               夕暮 62
寒い朝 65                 夜の散歩 68
お正月風景 70               庭 72
関西学研都市の風景 74           京阪奈丘陵地帯 76
「近鉄」が地下に乗り入れる日 78       旧い町 82
小豆粥 86                 寒気 88
魚と彼岸花 90               蜘蛛のいる風景 92
夢 94
V 通路墳墓
通路墳墓 98                泣く 100
西と東 102                 もう止めようではないか 104
主役 106                  ある悲しみ 109
手 112                   踵 114
道化無残 116                肩 121
深呼吸 123                 泥水の頭 126
針 129                   スカトロジー 132
バスの中 136                けさらん ぱさらん 138
W 十四行詩
階段 142                  階段2 144
見慣れた…146                男の子 148
バーコード 150               天気予報 152
ジェット・エンジン 154           時差の街 156
慮過紙 158                 逃走譜 160
疲れた地図 162
X 鬼火が一つ
鬼火が一つ夜の廊下に転がり出た 166     不本意な旅立ち 168
骨 170                   彼岸の中日 172
風の声 174                 レインコート 176
最後の晩餐 179               突然のでき事 182
階段3 185                 階段5 188
人形の唄−パロディ− 190



 疲れた犬のいる風景

疲れた犬の足音が
牛乳の皮のように道に貼りついている
そんな昼下りの白い通りで
私は人を待っている
そこで逢うことにしたのは
その男の方であって
私の方ではなかった
あそこでお会いしましょう と
あの男が言ったので
私はただなんとなく
ここで逢うのだと思ったのだが
こんなに待っても来ないところをみると
ここではなかったのかもしれない
心もとない気持ちが
私の背中に貼りついてくるようで
私は頭の中の私と声を交わしてみた
しかしそれは文章構成法にかなわない
無意味な音のつながりなのに
それでいて何となく会話になっている
牛乳の皮のような会話であった。

私はその会話の皮をそっとつまんで
持ちあげてみた
使用済みのスキンのように
だらしなく垂れ下った会話の皮から
言葉になりそこねたものが
とろりと垂れて落ちていった
私は私と言葉をかわすことを諦め
白くて静かな街角に黙って立つことにした
そのうちにあの男も現れるだろう
なんとなくそう思った時
反対側の歩道を疲れた犬のように
歩いてゆくあの男の姿が見えた
それは一向に私を探している姿ではなく
私など一向に意識していない様子なので
傲慢な奴だな という気持が
釣り糸についた浮子のように
ぴくりと動いて波紋がゆっくり拡がった
しかしそれだけのことで不思議なことに
私の方も一向に
あの男を呼び止める気にならないのだった

街はますます白く静かになっていった
私は街路樹に毛虫のいないのを確めてから
ゆっくりと背中を木の幹にもたせかけた

 14年も前に刊行された第3詩集を頂戴しました。ここではタイトルポエムでもあり、かつ巻頭詩を紹介してみましたが「反対側の歩道を疲れた犬のように/歩いてゆくあの男」が風景に溶け込んでいるようで、おもしろい味を出していると思いました。それに対する「私」の感情も「釣り糸についた浮子のように/ぴくりと動いて波紋がゆっくり拡がった」と、巧みな表現です。最終連の「私は街路樹に毛虫のいないのを確めてから/ゆっくりと背中を木の幹にもたせかけた」というフレーズも「私」の性格を端的な表出させているように思います。全体にどこか日本とは違う雰囲気を感じさせるのは、著者の生業としてる英米文学から来ているのかもしれないなと感じた詩集です。



会報ヒロシマ・ナガサキを考える91号
hiroshima nagasaki wo kangaeru 91.JPG
2008.4.15 東京都葛飾区 石川逸子氏編集 200円

<目次>
詩・長津功三良 P2             ある被爆体験(塚本文) P5
靖国合祀イヤです訴訟 P9          短歌・深山あき P14
42通の軍事郵便 P16            歌の国T(千早秋一郎) P22
日本の右傾化・金勝子 P27



 帰ってください/石川逸子

夕暮れの海近く
きょうも呼んでいる

 けえすけー
 ひろしいー

夕顔が白くほっかり咲き
おおまつよい草が
つぎつぎ花弁をひろげていき

お母さんは海辺で
二人を呼びつづけて

夕顔も おおまつよい草も
お母さんのそそぐ涙で育ち

 岩角にギヤマンの瓶を打ちつけて砕きて
 みたき衝動を覚ゆ
   −けいすけ・ひろし母(小谷和子)

 けえすけー
 ひろしいー

お母さんの声は枯れるのに
早く帰ってあげればいいのに

  ひとりはビルマの湿地で
  ひとりは台湾沖で
  軍服着たまま腐っていったのです

もうお母さんの声は枯れて
髪は真っ白になってしまった

帰ってあげて帰ってあげて
せめて夢のなかでも帰ってきてください
「ただいまー」と白い歯を見せて

 紹介した詩は「靖国合祀イヤです訴訟」の最後に置かれた作品です。息子2人を旧日本軍に奪われ、「ひとりはビルマの湿地で/ひとりは台湾沖で/軍服着たまま腐っていった」「けいすけ・ひろし母(小谷和子)」さんの声を代弁した作品で、3頁半におよぶ「靖国合祀イヤです訴訟」の内容を端的に詩化していると思います。そして「帰ってあげて帰ってあげて/せめて夢のなかでも帰ってきてください」と、小谷さんと同化した最終連は見事です。
 小谷さんの短歌「岩角にギヤマンの瓶を打ちつけて砕きて/みたき衝動を覚ゆ」も内心の激しさが伝わってくる、佳い歌だと思いました。



詩と評論『操車場』11号
soshajyo 11.JPG
2008.5.1 川崎市川崎区 田川紀久雄氏発行 500円

<目次>
■詩作品
影のサーカス ――33/坂井信夫 1     総武線/野間明子 2
歩々を失って/金子啓子 4         生きる/鈴木良一 5
淡々と/長谷川 忍 6
■俳句 習作二十五句/井原 修 7
■エッセイ
新・裏町文庫閑話/井原 修 8       哲学者の生涯−つれづれベルクソン草(1)−/高橋 馨 10
H氏からの手紙(2) 12           詩人の声2(東淵 修)/田川紀久雄 13
末期癌日記三月/田川紀久雄 14       アザミ アブラムシ テントウムシ/坂井のぶこ 25
■後記・住所録 26



 影のサーカス ――33/坂井信夫

 よく知られているように二〇世紀初頭においてパブロ・ピカ
ソは、パリのメドラノ・サーカスに入りびたっては芸人たちを
描いていた。かれは二十代なかばにして、すでに画家たるすべ
てを身につけていた。その未来は輝かしく約束されていた。そ
れゆえ、かれの夢は名声とともに葬られた。ピカソにとってサ
ーカスは、ただの素材ではなかった。と同時にかれが描いた老
いたるオルガン弾きやサルタンバンク(放浪芸人)たちもまた、
たんなる風景ではなかった。おそらくピカソの内奥には、いつ
も自らが流民となってパリという街の底によこたわりたい願望
があったのではないか。あるいは無名のまま各地をさすらいた
い衝動をおし殺しながら巨匠への階段をのぼらざるをえなかっ
たのだ。おそらくその頂きに『ゲルニカ』という空虚もしくは
戦争のカリカチュアが位置づけられた、といえよう。いま、防
弾ガラスで守られたその絵は、いったいどのような破壊を思い
えがいているのだろうか。あれから百年、西欧およびアメリカ
の大規模サーカスが日本のサーカスに圧倒的な影響をおよぼし
た――それはそのまま〈明るいサーカス〉として定着した。戦
前から戦後しばらくは生きのびた〈暗いサーカス〉は、そんな
ふうに淘汰された。だが皮肉にも日本のサーカスは、かつての
支配地であった朝鮮半島において原形をとどめたまま残存され
ていた。写真家Mによれば、二〇世紀末の韓国では四つのサー
カス団が各地で公演しているという。植民地であった半島に数
十年たったいまも支配者の文化が生きつづけていることは、は
たしてアイロニーであろうか。「東春(トンチュン)サーカス」
では人気者だった象が死に、いまでは剥製にされて一座ととも
に旅をつづけているという。象は天幕のそとで、いまも降りし
きる雨にうたれている。もしかしたらそれは天皇の名による植
民地支配の〈なれの果て〉かもしれない。
                       〈連作・了〉

 連作「影のサーカス」も最終回となりました。改めて〈明るいサーカス〉と〈暗いサーカス〉との違いに思いを馳せています。「日本のサーカスは、かつての/支配地であった朝鮮半島において原形をとどめたまま残存され/てい」るというのは初耳でしたが、「植民地であった半島に数/十年たったいまも支配者の文化が生きつづけていることは」、やはり「アイロニー」なのかもしれません。
 この作品はいずれ1冊の詩集になるように思います。まとまって読める楽しみが残されています。数年に渡ったと思いますが、連載、お疲れさまでした。



   
前の頁  次の頁

   back(4月の部屋へ戻る)

   
home