きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.3.12 湯河原町・幕山公園




2008.4.13(日)


 日本詩人クラブ元会長・筧槇二氏の葬儀に出席してきました。JR横須賀線衣笠駅近くのセレモニーホールでの開式は、午前10時半。拙宅からは1時間半ほど掛かりますので、今朝は珍しく6時半に目覚ましをかけて、けっこう眠かったです。
 葬儀委員長は同じく詩人クラブ元会長で筧さんの盟友・石原武氏。詩人葬らしく日本詩人クラブ会長・佐久間隆史氏と、日本現代詩人会会長・大岡実氏(斎藤正敏氏代読)の弔辞が読み上げられ、寺田弘さんや新川和江さんからの弔電もありました。

 昨夜のお通夜は、日本詩人クラブ3賞贈呈式と重なったため、詩人クラブの理事はほとんどが今日参列していました。私は筧さん主宰の詩誌『山脈』には20年もいましたから、受付などをやっていた同人とは顔なじみ。なつかしい人たちにもお会いできました。
 セレモニーホールには、霊柩車が出るまで居て、そのあとは特に誘いもなかったので、まっすぐ帰宅しました。とても寒い日で、コートを着ていかなかったのが失敗でした。陽も差さず、天も筧さんを悼んでいるようでした。改めてご冥福をお祈りいたします。



詩誌『花筏』15号
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2008.4.20 東京都練馬区
花筏の会・伊藤桂一氏発行 700円

<目次>
〈詩の勉強〉私の詩的体験(十三)
 *現代詩の考え方…伊藤桂一 42      *花筏通信…58
〈エッセイ〉
青い目の人形…谷本州子 50         歌に非ずしては…在間洋子 52
土笛の音色を作る…小町よしこ 53      靖子ネーダーコールンのこと…唐澤瑞穂 54
本との出合い…小原久子 56         雪と西瓜と小禽と…秋山千恵子 57
〈表紙・扉絵)…帆足まおり         〈カット〉…谷本州子
〈挿画)…伊藤桂一
〈詩〉
(扉詩) 干鰈…藤本敦子 1
目玉焼き…住吉千代美 2          木のごとく…宮田澄子 4
かじかの里…在間洋子 6          つうと…月村 香 8
「息」と「線」…唐澤瑞穂 10         布施……小町よしこ 12
頬杖…山名 才 14             満月のイブの宵…竹内美智代 16
冬耕…谷本州子 18             年賀状…田代光枝 20
春宵…小西たか子 22            刻の太鼓…中野百合子 24
魔法使いに…門田照子 26          大きく小さな歴史…帆足みゆき 28
ゴール…秋山千恵子 30           式の日…山田由紀乃 32
冬に咲く花…中原緋佐子 34         桃の花…小原久子 36
石庭…上田万紀子 38            あたたかな土…彦坂まり 40
*〔連詩〕左手に海を 捌き(伊藤桂一)…58
あとがき…表紙の三             住所録…表紙の四



 干鰈/藤本敦子

いいことをしようとしないで下さい
できることをして下さい
寄り目の干鰈はそう言いました

もう平べったくなっていて
骨がどんどん透き通っていったのでした

わたしは干鰈の言葉に頷き
判を押して
回覧板を回しました

 今号の扉詩です。ここで言おうとしていることは、冒頭の「いいことをしようとしないで下さい/できることをして下さい」ということだけだと思います。それも、死んでいる「寄り目の干鰈」の言葉ですから、散文的には「わたし」の独り言、あるいは頭の中で作られた言葉としか採りようがありません。それが詩として迫ってくるのは、創作という前提を読者も了解しているからでしょう。しかも童話ではない、空想ではない、「判を押して/回覧板を回しました」という日常生活の中の、あり得ないけど認めたいという物語≠ネのです。「もう平べったくなっていて/骨がどんどん透き通ってい」く干鰈の現実。その現実を百も承知の上で「干鰈の言葉に頷」く「わたし」は、現実と頭の中の創作とのあわいで「いいことをしようとしないで下さい/できることをして下さい」と、己に命じているのだと思います。素晴らしい扉詩だと感銘しました。



詩誌『砕氷船』16号
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2008.4.15 滋賀県栗東市
苗村吉昭氏発行  非売品

<目次>
詩  眼球蟲彷徨/森 哲弥…2
   キオレ/苗村吉昭…18
小説 脳髄の彼方(最終回)/森 哲弥…28
随想 プレヴェールの詩をどうぞ(9)/苗村吉昭…36
エッセイ 「民」という響き/森 哲弥…42
     詩とは何か/苗村吉昭…43
表紙・フロッタージュ 森 哲弥



 眼球蟲彷徨/森 哲弥

  1・視力喪失区

どこの地区かということは政治的配慮の下で
伏せられた。アメリカ合衆国の東部、上層階
級が中世の都城さながらにフェンスを巡らし
プライベートポリスを常駐させているような
地区いわゆるゲーティッド・コミュニティで
あろうことは即座にわかったし、情報ネット
ワークが張り巡らされている今日、その政治
的配慮そのものがパフォーマンスであること
をだれもが見抜いていた。風評は、その輪郭
がぼやけているといういつもの形とは違って、
堅牢な箱につめられて川に流されたという感
じで人々に伝わっていった。しかし最初のう
ちは本気にはされなかった。それがダウンタ
ウンでの出来事であれば昔から諸事の元凶の
発祥地としてすり込まれた潜在意識と、もた
らされた具体的な恐怖や艱難の経験によって
人々は身近なものとして感じたであろうが、
ハイソサエティ地区での出来事はその中身の
奇異さが自分たちの恐怖として直接結びつか
なかったからである。
異変は物音一つたてずに、しかし突如として
起こった。その朝眠りから覚めた人たちは一
瞬当惑した。意識は覚醒した。周囲の音も窓
辺でさえずる小鳥の声も聞こえる。が、眼が
覚めない。夢の続きか、いや絶対に覚醒して
いる。覚醒したのに眼が見えないのだ。これ
はいったいどうしたことか。
著名な眼科医、感染症専門の病理医が派遣さ
れた。視力を失った人たちはみな両眼の目尻
から絹糸のように細い血の筋が耳介の辺りま
でついていた。その外は何の所見も見られな
かった。外傷も、細菌やウイルスの感染もな
かった。この出来事の直後、老人が一人急病
でなくなった。家族からの申し出で眼球の解
剖が行なわれた。一見したところ顕著な異常
はなかったが、顕微鏡での精査の結果、網膜
に紡錘形の極微の欠損が認められた。網膜の
欠損が視覚に悪影響を及ぼすことはあるとし
ても失明までは考えられない。謎は深まった
そしてこの悍ましい出来事はアメリカ合衆国
東部の一地区だけでとどまらなかった。アジ
ア、ヨーロッパ、アフリカ、インド、オセア
ニア地区、そして地球から遥か彼方の月面静
の海居住地区からも同様の報告が届いた。
この出来事の生起の特徴は疫病の感染のよう
に感染源から徐々に蔓延するのではなく、一
定の区域に突発的に起こることである。そし
て都市部に集中することであった。原因究明
は遅々として進まず、したがって治療の手立
てもまったく見つからなかった。

 「プロローグ」「1・視力喪失区」「2.原因不明」「3.異端の魔書」「4.眼球蟲由来」「5.帰趨」「エピローグ」という7章立てになっている長篇詩です。ここでは「1・視力喪失区」を紹介してみました。「覚醒したのに眼が見えない」人々。しかも「アメリカ合衆国/東部の一地区だけでとどまら」ず、「アジ/ア、ヨーロッパ、アフリカ、インド、オセア/ニア地区、そして地球から遥か彼方の月面静/の海居住地区」にまで蔓延する奇病。このあと、次第にその怖ろしさが語られていきます。驕る人類への警告の詩と云えましょう。おもしろいですから、機会のある人はぜひ全編を読んでみてください。



季刊詩誌『現代詩図鑑』第6巻1号
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2008.4.1 東京都大田区 ダニエル社発行 600円

<目次> 表紙画『悲しみのマリア』…来原貴美
森川雅美/詩と散文の狭間…2
阿賀 猥/風の中の悪魔…7         布村浩一/品川…11
新延 拳/点滅する時間…14         岡島弘子/瀋陽の胃袋…17
高木 護/日向・わたしだった・石ころ…21  山岡 遊/夢みるショベル・とばくのなぎさ…25
枝川里恵/ソメイヨシノ…29         高橋渉二/クムランと虹…33
山之内まつ子/流れる少女…37        大木重雄/匂う…41
倉田良成/秋の歩行…44           小野耕一郎/死んだ母へ…48
松越文雄/かぼちゃの話 1・2…51     國井克彦/詩の方法又は空蝉…57
眞神 博/言葉の素肌(惜別)…61       佐藤真里子/野菜の卵ソースグラタン… 64
岩本 勇/大体のひと・ゴー! ゴー!…68  海埜今日子/四季、くびざかって…72
森川雅美/山越…76             春木節子/小児科にY先生を訪う…79
支倉隆子/未知ゆき…84



 点滅する時間/新延 拳(にいのべ けん)

店の防犯カメラに映る己の顔のように鈍で
鯉の餌を横取りしようとする鳩のように
あさましい一日だった
荷物一時預かりにいったん預け
必要があって取り出し
また戻し
最終的に持ち帰られる荷物のような自分自身
時間だけが漂白されてゆく
セミの声を聞いているつもりが
かなかなかなと鳴きだしているのは
いつのまにか自分だった

一個の爆音そのものになり
原野を疾走した記憶を反芻し
そして半ばあきらめながら
そのまま静かに師走の街で出番を待っている
中古のオートバイのようにはなれそうにない

夕空にはぺたんと月のシールが貼ってある
今宵は鬼でも集めて酒盛りをするしかないか
めずらしく早く帰宅すると
まるでたまにしか見ないホームドラマを
見ているような居心地

画面に点滅するものの
点の時間がだんだん短くなり
やがて滅だけになる

 「己」を描いた作品ですが、その喩の豊饒さに驚かされます。「鯉の餌を横取りしようとする鳩のように/あさましい一日」、「最終的に持ち帰られる荷物のような自分自身」、「中古のオートバイのようにはなれそうにない」自分、などなど、どれを採り上げてもおもしろいですね。月を描くのに「夕空にはぺたんと月のシールが貼ってある」という表現には初めて出会いましたし、「まるでたまにしか見ないホームドラマを/見ているような居心地」というフレーズには現代社会で働く男の姿が表出しています。最終連の「点滅」も見事。「点滅する時間」を生きざるを得ない現代人を捉えた佳品だと思いました。



   
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