きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.3.12 湯河原町・幕山公園




2008.4.16(水)


 午前中は実家に帰って父親の通院の付き添いでした。いつもは丸2時間かかりますが、今日はなぜか空いていて1時間ほどで終わりました。病院も1時間で済めば楽なものですね。

 午後からは湯河原町の「グリーン・ステージ」で開かれた櫻井千恵さんの朗読会に行きました。前回2月はサボりましたから、4ヶ月ぶりということになって、ずいぶん久しぶりだなという印象を持ちました。

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 朗読作品は道尾秀介作「流れ星のつくり方」。道尾氏は1975年生まれだそうで、ホラーサスペンス賞やミステリー大賞を受賞している実力派です。「流れ星のつくり方」は、同級生の友人の両親が殺されたという、小学生が考えた流れ星のつくり方≠軸に、その小学生自身の意外な面が出てくる、サスペンス仕立ての作品でした。最後のドンデン返しが、やはりおもしろいと思いました。
 次回はまだ決まっていないとのことでしたが、おそらく6月でしょう。お近くの方は是非おいでください。惹きこまれる朗読が楽しめます。



加藤幹二朗氏詩集『塔の鐘』
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2008.4.5 東京都豊島区 詩人会議出版刊
2000円

<目次>
プロローグ 海からの風
T 飢餓陣営
飢餓陣営 10     小屋の位置 13    風がおもてで 16
サキノハカ 19    経埋むべき山 22   土になる 26
U 塔の鐘
ウマイヤド・モスク 30 サラディン 33    パルミラの残照 36
アレッポの城砦 39  ジハード 42     塔の鐘 46
V 川向こうのべタニヤ
ユーフラテス 50   キメラの霊獣 53   回心の地 56
川向こうのべタニヤ59 イルビットの風 62  ネボ山頂 65
W マケロの砦
ガダラ 70      ニンファエウム 73  銅板の巻物 76
流浪のガイド 79   マケロの砦 82
X 巡礼の道
巡礼の道T 86    跪くコロンブス 89  ゲルニカ 92
風車の村 95     巡礼の道U 98    アルハンブラの噴水 101
Y 碑文
秘儀 106       碑文 109       沈黙 112
交響曲 115      愛の冷え 118     招聘 121
故郷を離るる歌 124
エピローグ フランシーヌ 129        後書き 133



 プロローグ 海からの風

アンドリュー・ワイエスの「海からの風」という
古びたカラー写真のような絵がある
アメリカの農村の屋根裏部屋のアトリエで
風通しの窓を開けた その一瞬の涼風を
レースのカーテンが揺れて受け止めていた

彼の水彩スケッチは丸沼芸術の森に収蔵され
今年の春 福島県立美術館で展示された
そこにはあのレースが様々に揺れる姿を
執拗に描いた幾枚ものスケッチが展示されていて
私は文字通りその前に釘付けになっていた

彼が写生していたものが判ったからである
彼はレースではなく 風を描こうとしていたのだ
私は初めて この画家が肌で感じ取った風を
レースという見えるものを通して描こうと
苦闘している姿に気が付いた

見えないものは 見えるものを通してしか
描けないのだと腹を据えて 自分の表現を
その写実の一筋に懸ける 豊かな孤独の営みに
私も招かれていた。絵に打たれるということは
そういう心を共有する営みのことだった

私は自分の言葉を模索していた。聖書という
見える言葉を通して 見えない神を語るすべを
詩を書けば 常に同じ主題をなぞっていた
納得できる一点に辿り着いて初めて解放される
そこまでは徒労のメビウスの環

平日の 観客もまばらな美術館の壁に貼られた
アーマスト大学付属ミード美術館にあるという
小さい写真版の原画と それに辿り着くまでの
一瞬の風の表情を翻るレースの姿で捕えようと
一枚ごとに 微妙に違うスケッチが伝え

遂にあのさわやかさに満ちた一枚に凝縮し
そこで止めた画家の緊張感が私にも伝わって
天啓を受けたように 私はその風を感じていた

 会社を定年退職後、牧師になったという異色の経歴をお持ちの著者の詩集です。牧師になってから訪れた、中東への巡礼の旅を中心に編まれていますが、ここではプロローグの「海からの風」を紹介してみました。「アンドリュー・ワイエスの『海からの風』という/古びたカラー写真のような絵」は非常に印象的な作品で、私も昨年観ています。場所は東京・南青山の青山ユニマット美術館。丸沼芸術の森所蔵、アンドリュー・ワイエス水彩素描展という企画展です。そのとき求めた図録の「海からの風」の「執拗に描いた幾枚ものスケッチ」を、今も眺めていますが、「彼はレースではなく 風を描こうとしていた」のが確かに感じられます。

 そんな個人的なことはさて措いて、「見えないものは 見えるものを通してしか/描けないのだ」というフレーズに、私も「釘付けになって」しまいます。またまた私事で恐縮ですが、ハンググライダーやパラグライダーというスカイスポーツを楽しんでいた頃、見えない風をいかに見るかはフライヤーの腕の見せ所でした。雲の動き、木々のそよぎ、煙突の煙の流れ方、果ては声の通り方で湿度や風の動きを判断するわけですけど、結局は「見えるものを通してしか」見ることはできなかったのだなと思います。

 ここでは、そういう即物的なことではなく「聖書という/見える言葉を通して 見えない神を語」り、「納得できる一点に辿り着いて初めて解放される」という高度な精神性のことを謂っているわけですけど、実はこの見方は詩集に一貫していると思います。「画家の緊張感が私にも伝わって/天啓を受けたように 私はその風を感じていた」という感性が詩集を貫いています。高度ですが、読み易い詩集です。お薦めの1冊です。



詩誌『パレット倶楽部』5号
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2008.3.29 埼玉県三郷市
植村秋江氏方・パレット倶楽部発行 非売品

<目次>
植村秋江…営業時間は日没まで・雪鍋…2
重永雅子…返事のない手紙・誰からの?…6
笠間由紀子…名残の苺ジャム・五月…10
藤本敦子…八月の山の中で・その目は宙と繋がっている…14
熊沢加代子…愛という詩が書きたくて…18
<エッセイ> 藤本敦子…どろんこワールド…22
<スケッチノート>…24
あとがき



 八月の山の中で/藤本敦子

寝袋にくるまって
夜じゅう星を見ていたことがあった
星がいっぱい
星は場所を動いたり
同じところで光ったり消えたりする星もあった
時折キラッとして
白く強い星が流れた
まわりの木々も刻々と色を移し
深い夜の中に入って行った
大きなものに包まれていた
その夜空を 一本の杭が受け止めていた

「目をつぶるとあなたはいないみたい
 自然の中に溶けてしまったよう」
傍らのひとは言った
最も濃くわたしがいるときに
わたしはいないのだった

わたしは わたしを出てわたしに会っていたから

 私にも「寝袋にくるまって/夜じゅう星を見ていたことがあ」り、なつかしく思い出しています。「八月の山の中」は「星がいっぱい」、その中で「わたしは わたしを出てわたしに会っていた」という最終連がよく効いていると思います。そのときを「最も濃くわたしがいるとき」と素晴らしい言葉で表現しています。「その夜空を 一本の杭が受け止めていた」というフレーズは、ちょっと判りにくいのですが、夜空が一本の杭のようであった、または星が大きな一本の杭のようであった、と採ってよいのかもしれません。あるいは天の川なのでしょうか。これから迎える夏の夜を、わくわくしながら待ちたいと思わせた作品です。



詩誌『りんごの木』18号
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2008.4.1 東京都目黒区
荒木寧子氏方・「りんごの木」発行 500円

<目次>
扉詩 武田隆子
夜明け/栗島佳繊 4            人恋う/尾容子 6
過去への手紙/横山富久子 8        冬の日/さごうえみ 10
三月/藤原有紀  12            さくら さくら/東 延江 14
えム/山本英子 16             この星に生まれて/川又侑子 18
夜の庭/田代芙美子 20           一月の中に/宮島智子  22
樹林/青野 忍 24             卵/峰岸了子 26
自画像 春T/荒木寧子 28
表紙写真 大和田久



 三月/藤原有紀

花屋の店先に置かれた
パンジーやチューリップが
庭や公園に植えかえられ
先を争うように花々が咲き始める
三月
君は生まれた

三月生まれには何処かに冷たいところがあるんだってさ
と 君が寂しく笑うので
冷たいと感じさせるのは
三月には早春の風が吹いているからかも
と 私は君のための言い訳を用意する

早春の厳しさから晩春のけだるさまで
ひと月で変わる風の速さを確かめるように
君は時折
遠くをじっと見つめている
見つめている先にあるものは
憧れだろうか
希望だろうか
それとも
いつも 君が感じてしまうという
夏が秘める君への憎悪だろうか

桃の花が山里を灯しはじめ
桜の花が町に咲き始めたら
三月は終わり

新しい門へと続く桜並木を
君はぐんぐん歩いていく
歩みが増す度に
君の後ろ姿がだんだん大きくなる
そうして
君は
私からどんどん遠い存在に変わる

 「君」は中学生か高校生の息子さんなのでしょうか。作品からは息子さんは中学生で、「新しい門」は高校の門のように感じられます。その「君が感じてしまうという/夏が秘める君への憎悪」というフレーズは、現実の生活の中では大きな問題でしょうが、詩の言葉としては魅力的です。それらを含めて、「私からどんどん遠い存在に変わる」「君」への愛情が、「私は君のための言い訳を用意する」などのフレーズに表出している作品だと思いました。



   
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