きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.3.12 湯河原町・幕山公園




2008.4.17(木)


 伊豆の下田に行きましたが、雨。私は晴れ男なので、出先で雨に降られることはほとんどありません。とは言っても100%晴れるなんてことはありませんから、本当の晴れは6割ぐらい、3割は曇りで、残り1割が雨というところでしょうか。その1割に当たってしまいました(^^;

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 写真は、雨に煙る下田の海。暗いですね、陰鬱ですね。でも、伊豆の雨というのは好きなんです。これは負け惜しみでもなんでもなくて、伊豆の雨は細いように昔から感じています。伊豆に行き始めたのは18歳のときからですから、かれこれ40年通いつめているわけですけど、やさしい雨だなという印象が強いのです。たぶん温暖な気候のせいなんでしょう。伊豆では真冬のキャンプもだいぶやりましたが、雨が降っても一向に気にならない…。もっとも、降られた記憶はありませんけど…。そんなわけで、暗い、陰鬱だと言う割には楽しんできました。



上杉輝子氏詩集『光と影』
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2008.5.15 東京都新宿区 文芸社刊 1000円+税

<目次>
二十世紀の神話・08             名護 辺野古沖・10
川の間の土地・12              断層・14
籾・16                   異変・18
一枚の写真・20               夏至の日に・24
つくりものの世界・26            草の根、もたず・28
沈下橋 四万十川・30            冬至の日に・32
五色塚古墳・34               黴 キトラ古墳・36
神々の戦い キトラ古墳・38         文楽人形 道行・42
壁・46                   坪庭・48
朝・50                   遠い日の記憶 車椅子・54
路地空間・58                ゆりかもめ・ 60
十二支 狛犬・62              階段・64
言葉・66                  私の見た土偶・68
仮面のおどり 西アフリカ・マリ共和国・72  砂漠への思い・76
しか踊り・80                雪さらし 通夜・84
あとがき 88



 つくりものの世界

 私の実家は、小さな町工場で薬品の製造業で暮らしを立てていた。住
み込みの男の人たちが箱膳で食事をしていたのを覚えている。
 国家試験をすませて就職口の見つからない私は、せっせと小説を書い
ては出版社に送っていた。父は、学校を出たのに、何も家の仕事をせん
と、嘘ばかり書いてなにになる。朝夕、父が私にこぼす愚痴であった。
 文学がつくりものの世界なら化学もつくりものの世界なのである。(大
雑把な言い方なのだが)
 Aという物質にBという物質を加える。そしてまったく異なった物質
がえられることがある。勿論、理論も構造式も反応の過程も熟知しての
ことだが。実験装置をくみ、試薬を揃え反応を見守るあの気持ちは、詩
をつくる時の一つのテーマから、どのように取りくみ、思想をもりこみ、
イメージをこしらえてゆくかという気持ちと全く同一なのである。
 私は書いていて、どこまでがフィクションであり、どこが現実なのか
解らないときがよくあるが、それは真実にどれだけ追っているかという
ことで書き終えるのだが。
 文学も化学もつくりごと。今になって私はその言葉を繰り返しながら、
硝酸で黄色く変色した父の指をなつかしく思い出すのである。

 私も化学と文学については共通のものがあると思ってきましたから、この作品は謂わば同志を得たような気分で拝読しました。「文学がつくりものの世界なら化学もつくりものの世界なのである」というのは、その通りだと思います。私の分野は「薬品の製造」ではなく、高分子製造の化学工学と呼ばれるもので、大きな「実験装置をく」むことから始まって、生産可能な工場を造るという分野で、「理論も構造式も反応の過程も熟知して」いないと出来ないものでした。もちろん工場全部を私一人が造ったわけではなく、そのごく一部を担当したに過ぎませんけど、「詩/をつくる時の一つのテーマから、どのように取りくみ、思想をもりこみ、/イメージをこしらえてゆくかという気持ちと全く同一なのである」のでした。ヒトに安全で、かつ作業しやすいという「思想」、将来の増産や減産にも対応できるという「イメージ」、微力ながらそんなことを前面に出して議論したことをなつかしく思い出しています。

 本詩集中では、拙HPで
「異変」をすでに紹介しています。初出から若干の改変はありますが、ハイパーリンクを張っておきました。合わせて上杉輝子詩の世界をお楽しみください。



詩誌25号
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2008.4.10 埼玉県所沢市
書肆芳芬舎・中原道夫氏発行 700円

<目次>
詩作品
須走の夕日…忍城春宣 4
留守番電話…築山多門 6          眠りの森のバラード…青野三男 8
丘の上・寺の庭・冬の道…門林岩雄 10    オキナワにて(おばあたち・ろんさんの話)…平野秀哉 12
桜…江口あけみ 14             風をくぐる日…浅野 浩 16
小便…中原道夫 18             夕焼け…河野昌子 26
宇宙(そら)…菅野眞砂 28          マダム・バタフライの墓…圓航瑠眞 30
ヒガンバナ…香野広一 32          霧…肌勢とみ子 34
紙のちからと電子のちから…月谷小夜子 36  不安と期待…竹下義雄 38
帰り道…北村朱美 40            深まる秋の朝に…二瓶 徹 42
ニースのカーニバル…向井千代子 44     自殺志願…小野正和 46
白羽の矢(その二)…後藤基宗子 48      歳月…みせけい 50
観音竹…浅井たけの 52           おおたかの森…吉見みち 54
ひろしまへ…長谷川昭子 56
エッセー
肌勢とみ子詩集『そぞろ心』について…中原道夫 1
波のように寄せてくる詩――肌勢とみ子詩集『そぞろ心』に寄せて…相馬 大 20
美の裏に潜むものの正体――門林岩雄詩集『道しるべ』を読む…横田英子 22
複眼の視線で須走をうたう――忍城春宣詩集『須走界隈春の風』…村山精二 24

本当の教科書…圓航瑠眞 26         大和田橋界隈と日常の詩…竹下義雄 28
三人の九十六歳…河野昌子 30        おほどかに…菅野眞砂 32
春のこころ…北村朱美 34          鎌倉彫…吉見みち 36
我がふるさと記…浅井たけの 38       ころり三観音…後藤基宗子 40
時間が飛び去る…小野正和 42        二月の暦…長谷川昭子 44
崩壊感覚と夢…向井千代子 46        ワンセグから地デジチューナーヘ…二瓶 徹 48
ああ飽食…月谷小夜子 50          猫のこと…肌勢とみ子 52
キツネと虎落笛…香野広一54         ビルマの難民…みせけい 56
の本棚(書評)…平野秀哉 59
寡黙で味わいのある詩が好きだ(詩誌評)…香野広一 61
の窓…63                 題字・表紙目次装画…中原道夫



 自殺志願/小野正和

向かいの席の老女がわたしをじっと見ている
 あなた早く死なないと
 すぐに私のようになってしまうわよ

そうだわたしはまだ綺麗だ
早くしないとたちまちああなってしまう

でも どうやったら死ねるの?

電車? 痛そ
それにぐちゃぐちゃになったわたしを
大勢の人が見ているなんていや

洗面器に水張って顔つけていれば?
出来そもないね

何も食べないでじっと寝てる?
お腹すいたの我慢できない

くすり?
そうだくすりだ

百錠
も少し多い方がいいか
じゃ二百錠

ああいい気持
ねむくなってきた

ん? いけね
あしたあいつに会う約束してたっけ
げえ げえ げえ
あ 良かった早く気がついて

あれはもう三十年も昔の話
いまわたしは若いきれいな娘
()に会うと
目話でこういってあげるの

 あなた早く死なないと
 すぐに私のようになってしまうわよ

 「自殺」なんて、もちろん褒められた話ではありませんけど、「早く死なないと」という呼びかけはおもしろいですね。長生きをしたいという人間の本性・欲望に逆らった視点ですから、この逆説に詩を感じます。そう思いながらも「あれはもう三十年も昔の話」となるところに安心感を覚えます。「綺麗」なときに死にたい、でもそれができないから、いつまで経っても綺麗でいたいと涙ぐましい努力をするのでしょう。「綺麗」は死へのアンチテーゼなのかもしれません。「目話」という言葉もおもしろいと思った作品です。
 なお今号では、忍城春宣詩集『須走界隈春の風』について書かせていただいた拙文も掲載されていました。ありがとうございました。



詩誌『帆翔』43号
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2008.3.31 東京都小平市
《帆翔の会》岩井昭児氏発行 非売品

<目次>
愛と海/吉木幸子 2            ひとりひとりの命について/大岳美帆 4
雪の降りそうな午後/坂本絢世 6      病院にて/三橋美江 8
くだを巻く/渡辺静夫 10          イルカになった日/岩井昭児 12
峠/長谷川吉雄 14             世の片隅に肩をすぼめて/荒木忠男 16
その後のルル/小田垣晶子 19
随筆
羽根突き/三橋美江 20           気持ちの力/大岳美帆 21
ポトスの声/坂本絢世 22          大友皇子伝承/渡辺静夫 23
「ありがとうございました。」/小田垣晶子 25
〔時代小説〕暁闇の星・後篇(2)/赤木駿介 26
 * * *
※受贈詩誌・詩集等紹介 2〜
◇あとがき 32
◆同人連絡先 32



 イルカになった日/岩井昭児

       「イルカになる日――」
       それが二人の合言葉だった

息はゆっくりと吐き出してから
背をそらして吸い込むのがコツという
二人きり他に誰もいないプールの底で
長々と仰向けになり目を開くと
青と銀に輝く網の目が伸びたり縮んだり
何だか魚たちの気分になってくる

それからゆらりと腹ばいになり
プクリプクプク睨めっこ
息を継いではまた飛び込むと
投げ入れた金ボタンを採りっこする
そう イルカみたいに泳いだっけ

毎土曜日 水換え日の夜
心躍った夏休みのあの一刻
本当にびっくりするくらい
長時間潜水が出来たあいつ
市営プール管理人の一人息子は
海軍を志願してやがて戦場へ行った
爽やかなカルキの匂いを残して
巡洋艦に乗り組みそれっきり
フィリッピン沖から帰ってこないという

今頃はきっと
島廻りの魚群の大将にでもなって
時折思い出したように通り過ぎて行く
日の丸タンカーの脇腹なんか
くすぐったりして 気持ちよさそうに
泳いでいるのだろうか
            (1945.12.10)

 最後に置かれた(1945.12.10)という日付が気になる作品です。通常は作品が出来上がった日を記入しているようですが、そうだとすると非常に新しい感覚の詩と云えましょう。1945年はご存知の通り敗戦の年。この作品はそれから数十年経って書かれたものかと思いましたが、「市営プール管理人の一人息子は/海軍を志願してやがて戦場へ行った」というフレーズからリアルタイムで書かれたと考えてよいでしょう。戦中にも「毎土曜日 水換え」をするような「市営プール」があったことを、浅学にして知りませんでした。しかし、リアルタイムとは言っても「巡洋艦に乗り組みそれっきり/フィリッピン沖から帰ってこないという」時系列から考えると、やはり8月敗戦の4ヵ月後ぐらいに書かれたのかなと思います。優れた作品は60年という時間を超越するということでしょうか、今も新鮮さを失っていない詩だと感じました。



   
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