きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2008.4.28 富士・芝桜 |
2008.5.23(金)
特に予定のない日。いただいた本を終日読んで過ごしました。
○個人詩誌『Quark』31号 |
2008.5.31 川崎市麻生区 奥野佑子氏発行 非売品 |
<目次>
シスター・スパイダーのプロローグ 一
THE MORNING AFTER 六
巣の上で 九
ぶらぶら 十二
シスター・スパイダーのプロローグ
男であろうが 女であろうが
若者だろうが 年寄りだろうが
そこでは
性別も年齢も何も 語られることなく
おまえの名前を おまえの故郷を
問うものすら 誰もない
もしかすると そこでは
けものであろうが ヒトであろうが
木々であろうが 魚であろうが
何者であることにも 縛られることなく
風に流され 雨に打たれ 日に照らされて
ああ すべての生命が等しく
ただ 呼吸 を くりかえす
すさまじいほどの 天衣無縫さで
そこでは
わたしは一匹の小さな蜘蛛
八つの目と八つの足を持つ生命体
ただ ひたすらに 銀色のコトバの糸を吐き
吐き 吐き 吐きつづけ
休むまもなく 織りつづける
「何のために?」
そんなことなど 考えたこともないな
ただ生まれ落ち 呼吸を始めて
ふと 気がつけば そうしていただけ
物心ついたときに 初めて感じた
ねばつく糸
自分自身の自由すら奪う
この 処刑者のような感覚
コトバで織り成す 私の巣は
私が私を私と意識し
知る その前からあって
何も知らずに 自分が織ったこの窮屈な巣から
私は 何度逃げようとしたことだろう
だが
そのあいだにも 呼吸 は くりかえされ
どんなにひどく地上に身を投げても
私は死なず
私は自分の吐いた糸で
絶えず ゆらゆらと 天空とつながったまま
風にゆらぎ
ある日 気づく
わたしは どうしても蜘蛛なのだ と
完璧なタペストリーは 精緻に編みこまれ
仕掛けられた 銀の罠に 今日も
うつくしい いきものが
みにくい いきものが
ためらうことなく 落ちてくる
ああ かかった獲物が何であろうと
稲妻のような速さで
むしゃぶりつき 食いちぎる
おぞましいほどの 無邪気さで
身の毛もよだつ 無心さで
シスター・スパイダー
その営みは
まるで 沈黙の行に のめりこむ
修道女のよう
狂ったように 憑かれたように
ただ一途に吐かれてゆく うつくしいコトバのあやが
月の光に 青白く光り
獲物をむさぼり 体液をすする しめやかな音だけが
静かな森に響き
夜風が その音を 無造作にかき乱す
そこでは
すべてのものが等しく くりかえす
呼吸 だけを
みんな 自分が 何者なのか
ほんとうは 誰も 知らない
シスター・スパイダー
ねばつく銀のコトバの聖堂で
おまえにできる 唯一の祈りを
今夜もむさぼるがいい 食い尽くすがいい
シスター・スパイダー、成すべきことを成せ
キリストのように ユダのように
存分に!
「シスター・スパイダー」は蜘蛛の修道女≠ニ訳してよいと思いますが、4編とも同一テーマの連作と採ってよいでしょう。着眼点のおもしろい作品です。ここでは冒頭の「プロローグ」を紹介してみました。「ねばつく糸/自分自身の自由すら奪う」のは「コトバで織り成す 私の巣」のことですが、これはそのまま言葉に「むしゃぶりつき 食いちぎ」られている私たちの姿そのものと受け止めました。最後の「キリストのように ユダのように」「成すべきことを成せ」は、キリストとユダの対比でそれぞれの立場の存在性を謂っていると思いました。
○詩誌『路』17号 |
2008.6.5 東京都小平市 小林憲子氏方・路の会発行 500円 |
<目次>
特別寄稿 紀の国にて/伊藤桂一 2
詩
いやしの郷へ/伊藤順子 4 うさぎのポット/ねもとよりこ 6
記憶のなかから/小島仁美 8 ギャラリー/森田勝世 10
五月にやってくる猫/市川紀久子 12 祝福/本間雪衣 14
なんじゃもんじゃ/石渡あおい 16 変身/小林憲子 18
マグノリア/植木百合子 20 モスクワの朝/小倉和代 22
流星/山崎恵子 24
随想
北風と太陽と/小倉和代 26 充中流いけばな展/ねもとよりこ 26
天王寺動物園を訪れて/市川紀久子 27 変わった子/山崎恵子 27
横顔/小林憲子 28 骨董品/森田勝世 28
言葉/植木百合子 29 純白/本間雪衣 29
ひな祭り/伊藤順子 30 岬/石渡あおい 30
<コラム街路樹> 31
<編集後記> 32
マグノリア/植木百合子
白もくれんが 咲く季節になった
むかし 少女小説の『花物語』*で
「おゝ マグノリア けがれなき
真白なる もくれんげ の花よ」
と ゆめみながら 読んだ
その後 宮沢賢治に
「マグノリアの木」という童話があることを知った
ときおり思い出しては
ゆきずりの図書館で 検索してみるが
どこにもなかった
<ガラス絵の宮沢賢治>
と 副題がついている
――草の根出版会の本
もう捜さないことにした
ないものは ないままでいい
手のとどかないものが あってもいい
真白なる もくれんげ の花よ
* 吉屋信子著
「ないものは ないままでいい」というフレーズに惹かれます。私たちは多かれ少なかれ近代科学に毒されている部分があって、知らないことは罪、探求しないものは悪のような印象があります。特に私のような化学系の仕事をしてきた者には強いのかもしれませんが、小学校・中学校と、結果としてそんな教育を受けてきたよのではないでしょうか。それはそれで大事なことで、真っ向から否定するつもりはありませんけど、時々は「手のとどかないものが あってもいい」と立ち止まることも大切なことかもしれません。考えさせられた作品です。
○野地安伯氏歌集『風の通る道』 |
2008.5.24 東京都千代田区 ながらみ書房刊 2600円+税 |
<目次>
T 平成十五年
雲あり 11 早春箱根駒ヶ岳 15 筍 18
潮鳴り 22 たやすく言ふな 27 清見寺仲秋 30
鬼柚子 34
U 平成十六年
光 41 稽古 44 はなびら 47
湿生花園 50 若葉 53 風の通る道 55
聴き拾はむよ 59 さみどりの 62 せんなきことを 65
喪の葉書 72
V 平成十七年
青天 77 命よみがへる 81 長江仲春 84
グラス 102 大欅 106
生田原川 110
揺れてゐるなり 114 海の中道 120
W 平成十八年
路面をたたく 127 かまくら 131
瓢湖きさらぎ 135
十郎 139 猫 142
哀愁列車 146
新盆 150 今も待つなり 154
かにかくに祭 158
芒が靡く 163
X 平成十九年
強羅駅まで 169 透谷 173
少し驚け 176
境 179 春の雪 182
君ありしより 187
秋山郷 191 夕顔 202
虎 206
鮎 210 てがみ歌 214
木の葉 218
静かなる藍 221
あとがき 226
カバー画・装幀 武井好之
風の通る道
生け垣の根方は風の通る道時には白き野良猫
も通る
あさあめ
堆の葉の雫となれる朝雨の音かすかなりわが
傘のうへ
群雲は夜空に白くもつれつつ箱根に向きてひ
はや
たすら迅し
今もなほ意識に澱み聞こえくる一度浴びにし
嘲りのこゑ
屈辱の代償として何ありし かの高校に勤務
みとせ
の三年
銘柄の異なるビール幾缶か供へて足らふ思ひ
はかすか
たぎ さかわ
幅狭き激ちは海に混じりゆき酒匂の河口暮れ
残りたり
西さがみ文芸愛好会の先輩会員から頂戴しました。第5歌集になるようです。ありがとうございました。
私は短歌の門外漢で、紹介の任ではありませんが、タイトルの「風の通る道」を転載させていただきました。「生け垣の根方は…」は、風も通るし野良猫の通る、異質なものが通る≠ニいう同じ動詞でむすびつけられたところに面白みを感じました。「屈辱の代償として…」を拝読すると、著者は高校教師だったことが分かります。「三年」勤めた高校での「屈辱の代償として何」があったか、というのは誰にも共通する思いなのかもしれませんね。短歌の妙を味読させていただきました。
← 前の頁 次の頁 →
(5月の部屋へ戻る)