きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2008.4.28 富士・芝桜 |
2008.5.25(日)
明日は渋谷で、ある詩誌の講師を務めます。2時間なにを話してもよいとのことですから、高村光太郎の戦前・戦中・戦後の詩についてしゃべらせてもらおうと思っています。今日はその最終的なまとめをやりました。お陰さまでいろいろな人がいろいろな資料を貸してくださったので、なんとか形になったかなと思います。しゃべる機会を与えて下さったことといい、資料を貸して下さる方がいらっしゃることといい、本当にありがたいことです。感謝!
○星野典比古氏詩集『天網』 |
2008.6.22 東京都板橋区 コールサック社刊 2000円+税 |
<目次>
第T章 天網
天網 10 天との干渉 12 境界線 14
鮭の遡り 16 聖域 20 閃光 22
新緑 24 偽り捜し 26 蚊帳の外 28
からくり人形 30 秘策 32 生命の道 34
激励 36 涙 40 清廉潔白 42
跫音 44 聖誕 48 鎧 50
征伐 54 弔い 56 核心 60
愛 64 犠の一穴 66 希望の録画係 70
和平へのレクイエム72 諸行無常 74 勇者 76
未練 78 満開 80 幸福列車 82
星屑 84
第U章 滴ちてゆくもの
滴ちてゆくもの 90 母の哲学 92 御出来 94
棘 96 心の花 98 御蔭さま 100
幽玄 102 鮭の切り身 104
仏前 108
委ねられるもの 110 花の道 112
解脱 114
生者の微笑 116 負い目 120
あとがき 122
天網
私の瞳の奥底には 怯え がある それを見抜く者は私を 弱
虫 と言うかもしれない 瞳という泉の深部は覚られぬ場所と
信じ 空き瓶や空き缶を放り投げてしまったのだ しかしゴミ
拾いはしない 怯え こそが悶絶する魂の真実の輝きなのだと
解釈していた
もう何年泣いていないだろうか 憂いや悲しみがないのではな
い ゴミが放出するという醜態を晒したくないのだ 血も涙も
ない という者は非情なのではなく 人一倍 怯え を宿して
いるのだと思えてくる 真実の哀訴には涙が必要であることは
最大の葛藤なのだ
今日も 嬉しい土産話を持って 家族の元へ帰宅する 冗談を
言い合って 爆笑の渦 一歩一歩 絆が深まって行く そして
私はまた 一つ 一つ ゴミを放り投げて行く これが現実だ
真実だと 自らを慰撫する そして 霊峰富士でさえその実
態はゴミの山ではないか と自らを正当化する その悪態に当
然の如く天から反発が来る お前は直叙だけしていればいい
嘘吐き! 汚名を着せられればこちらも反発したくなる お前
が泣かせてくれないから!
天網恢恢疎にして漏らさず 網目を掻い潜れる者よ さような
ら 私は己のゴミの中から 天の網を引き裂くナイフを探し出
し 震える手で握る
昨年の第1詩集に引き続きの第2詩集の刊行です。おめでとうございます。
ここではタイトルポエムであり、かつ巻頭詩の「天網」を紹介してみました。最終連で「天網恢恢疎にして漏らさず」から採っていることが判りましたが、鈴木比佐雄氏の解説によれば『老子』第73章に出てくる言葉だそうです。無為自然に基づく天の理法とか天の法網のことだそうで、この詩集の性格をよく表していると思います。もちろん、それに素直に従うという意味ではなく、「私は己のゴミの中から 天の網を引き裂くナイフを探し出」すという立場です。しかし、そういう立場を採っても最終的には「天網」を認めると、私は読み取りました。前詩集にも増して精神性の高い詩集と云えましょう。
○詩誌『地平線』44号 |
2008.5.18 東京都足立区 銀嶺舎・丸山勝久氏発行 600円 |
<目次>
水についての一章…金子以左生 1 大罪…福榮太郎 3
猫石…野田新五 5 マニキュアを塗って…飯島幸子 7
異物…沢 聖子 9 犬さらい…秋元 炯 11
◇詩人伝シリーズ(その3)偏奇の愛『釈道空詩集』…山川久三 13
浦島太郎…小野幸子 15 ここはどこ…大川久美子 17
鷺…樽美忠夫 19 冒険…杜戸 泉 21
あした…川田裕子 23
◇夜のガスパール…金子以左生 25
初恋…山川久三 27 歯科医院にて…田口秀美 29
時空 甲斐…中村吾郎 31 臨界点…いわ・たろう 33
広場…山田隆昭 35 上野駅…丸山勝久 37
同人名簿…39 編集の窓…39 編集後記…41
異物/沢 聖子
−その部分に関しては異常ありません
セリフを読むように医者は言う
わかっている
あの男の骨だと思うのだ
胸を圧迫する痛みは
ふいにやってきて
日常の均衡を
一時揺るがしていく
如齢のため骨を溶かせないのか
骨が同化することを拒んでいるのか
−おぼえとけ
男の馬鹿と
女の利口は同じくらいだ
時折 夜中に香ばしい匂いを漂わせ
帰宅する娘に
父は何をさとしたかったのか
父から故郷の話しも家族のことも
聞いたことはなかった
その一言と本二十七冊が
父から私に贈られた全て
手のなかの
ちっちゃな私達家族を守る事もなく
雪駄で風に乗り
自分だけをいきた
焼かれたら
骨は一体となってくれるだろうか
どうせなら 焼かれてもなお
男の骨よ
私を悩まし続けよ
父娘の葛藤、と読みました。「自分だけをいきた」「父」と「その一言と本二十七冊」が印象的な作品です。女性からは叱られるかもしれませんが、「男の馬鹿と/ 女の利口は同じくらいだ」という「その一言」には私も記憶があります。85歳になった私の父から聞いた言葉です。昔はそういう言い方で女性を蔑視していたんですね、この国の男は。
最終連の「男の骨よ/私を悩まし続けよ」がよく効いています。詩人ならではの矜持だと思いました。
○季刊詩誌『GAIA』24号 |
2008.6.1 大阪府豊中市 上杉輝子氏方・ガイア発行所 500円 |
<目次>
青山/竹添敦子 4 春の不安/横田英子 6
深夜の蛇口/横田英子 7 女の子/熊畑 学 8
コブシの花/熊畑 学 9 映画/海野清司郎 10
わたしの一日/前田かつみ 12 わたしのスーパーチューズディ/前田かつみ 13
草/国広博子 14 言ってみれば/立川喜美子 16
まあ いいか/猫西一也 18 最後の日本狼/小沼さよ子 20
杏仁水/上杉輝子 22 さよなら/春名純子 24
ある火災事故/水谷なりこ 26 手を合わせる/水谷なりこ 27
湖北/中西 衛 28 時代は遠く/中西 衛 29
蜃気楼の旅/平野裕子 30
お知らせ 32 同人住所録 33 後記/平野裕子
杏仁水/上杉輝子
底いじの悪い冬のつめたさを秘めたまま、春
の陽気は突然私の声帯に膜をひろげた
声が出ない
母音がこの膜に吸着されて外に出てこない
試験室の試薬が私に反乱を起した
分子量をなくした濃硫酸の瓶は無表情にかる
く
無臭のアンモニアは春のさわやかな風にゆれ
フラスコに滴下した醋酸は、合わせ酢の様な
まろやかさで室内をみたしていった
呆然とすわりこんだ机の上の携帯ラジオ迄が
愛のセレナードを流し始めたのである
処方された杏仁水はなつかしかった
濃いアメ色の静かな薬液を口に含む毎に
大学の薬草園で咲いていたアンズの花
始めての生薬実習で、堅い種子を乳棒で砕
き、組立てた蒸留装置から一滴一滴、フラ
スコに落ちた杏仁水は宝の様に思えた
小さい時から虚弱児童だった私は、どこか
痛むと、母はえたいのしれない草の根や、
葉、茎を煎じては私にのませた。麻の葉模
様の浴衣をきた私の体に手をそえて、ひと
しきり呪文のような言葉をつぶやくのであ
る。麻の葉につつまれて私は草の根のよう
にねむった。
目がさめた時、痛みはふしぎに気にならな
かった。
その母もいない
麻の浴衣もない
私は一羽のカラスのようになって庭に出た
早春の大気を深くすいこみ
母音を舌の根から先に広げるようにして
大きく カーカー カアーと叫んだ
作者は薬学の学徒だったのでしょう。私は会社勤めをしてからの化学実験でしたが「堅い種子を乳棒で砕/き、組立てた蒸留装置から一滴一滴、フラ/スコに落ちた杏仁水は宝の様に思えた」というフレーズに共感を覚えます。冷却には、なつかしいリービッヒ・コンデンサーなども使っていたのではないかと想像して、ひとり楽しんでしまいました。
ここでは、そんな私の甘い回想ではなく「声が出ない」という切羽詰った内容ですが、「母」の「えたいのしれない草の根や、/葉、茎を煎じては私にのませた」記憶と、最終連の「母音を舌の根から先に広げるようにして/大きく カーカー カアーと叫んだ」がよく効いていると思います。第1連の「底いじの悪い冬のつめたさ」という詩語もおもしろく拝読した作品です。
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