きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.4.28 富士・芝桜




2008.5.31(土)


 地元の西さがみ文芸愛好会では、この秋に『文芸作品に描かれた西さがみ』という本を出そうとしています。小田原・箱根・湯河原を含めた西相模地方は、気候もよく、山あり川あり海あり、そして日本有数の温泉ありで、昔から多くの文人が住んだり滞在したりしています。作品の中でこの地方が出てくる場面も多くありますから、それらを一冊の本にまとめて、文学好きの皆さんの便に供しようではないか、という趣旨で始まった企画です。
 場面の抽出や解説は愛好会の会員で分担しますが、著者略歴はネットで調べた方が早いので、私が責任者となって3人で手分けして収集しました。そのまとめを今日は一日かけてやりました。ほとんどをお二人が調べてくれていますので、私は形式を揃えてまとめるという程度でしたので、思ったより早く終わることができました。ご協力いただいたお二人に感謝!です。
 当愛好会の会員は120名ほどですが、ご年配の方が多いので、ネットを使っている人はたぶん10人、多くても20人ぐらいだろうと思います。本作りにもネット情報が欠かせなくなった現在、その10人、20人の皆さまには今後もご協力をお願いするようでしょうね。覚悟しておいてください(^^;



詩とエッセイ36号
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2008.6.1 石川県金沢市
中村なづな氏方・祷の会発行 500円

<目次>

おぼろぎん/朝 中村なづな 2       溶ける魚/美しい国 霧山 深 6
眼の仕業/生命
(いのち) 宮内洋子 10     梅の木の下に/雪解け前線 江田恵美子 14
母のまいだま=^青い炎 池田瑛子 18
小文
五番街 宮内洋子 22            街は再建されるが 江田恵美子 22
丘の溝 中村なづな 22           わが町のイメージ 霧山 深 23
大欅のある町 池田瑛子 23
あとがき 24



 美しい国/霧山 深

青々とした芝生の起伏のなかで
子どもらは嬉々として転げ戯れ
遠巻きに 鴉は黙々と地を歩む
既に傾いた秋の光のなか
おお 漂う雲よ 無垢の羊の群れよ
国家とか 民族とか 国境とか
それら 万人の生存の基礎概念の希薄さ

――いっそモンゴル大草原の遊牧民に紛れ
住もうか あるいは中国のどこか 竹林に
囲まれた僻村で 前世のような自給自足の
日々を送ろう      いいえ むしろ
あらゆる人の営みから遠く ポリネシアの
孤島の透明な海に潜る暮らしがいいわ…
 極地とジャングルと砂漠はまっぴらだが
地上の楽園は未だあちこちに忘れられてる

美しい国が国であるかぎり
それは友愛の絆が結ぶ人間の共同体
だからこそ いつか死を賭して
それを護らねばならなくなる運命だ
詩人よ 君の美しい国はどこ
そう問うのは生真面目すぎるのだろう
白い異郷の流亡の民よ 君はだから
鴉のように不毛の地面を啄むか

美しい国ははかない
滅びゆくものこそが永遠に慕わしい

 「国家とか 民族とか 国境とか」いうものは何かを考えさせられる作品です。「国が国であるかぎり/それは友愛の絆が結ぶ人間の共同体/だからこそ いつか死を賭して/それを護らねばならなくなる運命だ」という指摘は重要でしょう。さらに「詩人よ 君の美しい国はどこ」と問うところにこの作品の眼目があり、最終連の「美しい国ははかない/滅びゆくものこそが永遠に慕わしい」というフレーズが結論なのでしょう。この作品の是否は別として(私は是としますが)、一般の人以上に、詩人にとっての国家観は、その詩精神と深く関わっていることを示唆しているように思った作品です。



詩誌『たまたま』16号
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2008.6.1 東京都多摩市
小網恵子氏方・たまたま本舗発行 300円

<目次>
■詩
李  美子 オクスン姉さん・わるい癖 2  丸山 緑子 橋のたもとで・夏草 7
皆川 秀紀 塩と月光・あ、あのうすいません 12
吉元  裕 音速の騎士団 16        おのめぐみ キックオフ 18
富山 直子 ガールズ不協和音・花粉 21   松原 みえ 隣の背中・待っていないのに 26
小網 恵子 ジャムの木 30
●エッセイ
懐かしのメロディー ―松下育男さんの詩集を読んだ頃― 山岸光人 32
飲み物いろいろ おのめぐみ 50       間違い電話 松原みえ 52
未知との遭遇 吉元 裕 54         枇杷 李 美子 57
パノラマ函館 富山直子 60         あいさつ 丸山緑子 62
■詩集紹介
宮田登美子詩集『竹薮の不思議』を読んで 小網恵子 64
表紙・吉元 裕



 わるい癖/李 美子

にりんそうを写した
あなたからのフォトレター
――あまり可愛らしかったので
  店主に撮ってもらいました
あなたはどれほどあわてていたのだろうか
手紙に宛名を書き忘れるなんて

にりんそう ひっそりと
ひとつの茎に二輪の花が咲いている
まるで働きどおしのあなたと娘さんのようだ
先に咲いても後に咲いても
たがいを気遣いゆれている

――ゴールデンウイークを待っています
  いなかの母に会いに行きます
宛名を忘れたフォトレターには
あなたの疲労がにじんでいた

にりんそう? まるで似てない
夢の中のあなたは口をとがらせる
何かにたとえたがるのは
あんたのわるい癖だよ と叱られた

なら 成金草はどうでしょう
南アフリカはナミビア産の低木の多肉植物
クラッスラ・ポルツラケア 金のなる木のことです
「厚いの意味」だとか 顔ではない
水をためている葉と枝のことです

たびたびの引越しにも耐えて四十年
ベランダの片隅に忘れられ
二月 小さな星型の薄桃色の花をつける
あ おまえそこにいたのか!

いまさらアフリカの大地に適応できない
すっかり日本になじんでしまったさびしさ
在日のわたし達のようじゃない
と たとえてみるのです

 「何かにたとえたがるのは/あんたのわるい癖だよ と叱られた」のは、「まるで働きどおしのあなたと娘さんのようだ」と譬えたからですね。しかし、(夢の中で)叱られても、「なら 成金草はどうでしょう」とまた譬えてしまいます。「『厚いの意味』だとか 顔ではない」は顔(つら)の皮が厚い≠ノ引っ掛けたフレーズで、ここは笑いを誘います。
 何かに譬えて叱られながらも、最終連では「にりんそう」が「すっかり日本になじんでしまったさびしさ」は、「在日のわたし達のようじゃない/と たとえてみるのです」が、ここがこの詩の主題です。何かに譬えながら精神の安定を保ってきたのかもしれません。「わるい癖」でも、それが必要だったのではないかと感じさせられた作品です。



文芸同人誌『槐』26号
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2008.6.1 千葉県佐倉市
槐編集室・遠野明子氏発行 600円

<目次> レイアウト/じけみつお
小説 母親/乾 夏生 50
詩  栄螺・赤梨/ 4
   不安な箱・庭園/野澤睦子 22
短歌 阿白
(あじろ)湖/中里眞知子 18
エッセイ 西国にて/倉田 茂 26
小説 居眠り/江時 久 7
   雨上がりのギャロップ/木下伊津子 32
編集後記 77  受贈誌御礼 49 76



 赤梨/丸山乃里子

梨畑の中央に大きなガラスの水槽が置かれ、半分ほどは
アオミドロで覆われている。その中に馬の首がぼんやり
浮いている。昔はそうだった。と村人は言った。(溶か
して肥料にするからね)それを聞いて以来梨畑は私の夢
の園になる。春、梨の白い花の下で馬の首が反転する。
優しい目を見開いたままで。夜、何かに引き寄せられる
ように厩を飛び出した馬が、汽車の明かりを目指して走
る。衝突し汽車の急停車。群がる人々。死んだばかりの
馬を我がちに解体する村人。脚、腹、背肉、皮、それぞ
れを分け合って、残る馬の首。梨畑の大きな水槽に沈め
られ浮く。白い花が咲く頃、首筋から溶け出し反転する
首。梨の花の匂い。たてがみがモグサのように立ち揺れ。
背を屈めて梨畑を歩きたかった。水の中の馬の目を見て
いたかった。部分なのに全体である首。反転しつつ溶け
てゆく。水槽を時々照らす汽車の明かり。梨の花。秋に
は甘酸っぱい匂いを固い皮で包んだ赤梨に取り囲まれる
首。最後に水に浮かぶのは一対の目だけだろうか。そし
てやがて、赤梨の木の下にゆっくりその目を閉じる。

 実際に「ガラスの水槽」の中に「馬の首」を入れて「溶かして肥料にする」ことがあるのかどうか判りませんが、凄まじいイメージです。「汽車の明かりを目指して」「衝突」することも、その「死んだばかりの馬を我がちに解体する村人」も、おそらく創作だろうと思いますが、ここには現実の世の喩があるのかもしれません。死を選ぶ馬、その死を食い物にする「村人」。年間3万人の自殺者を出すこの国の喩と採るのも、あながち間違いではないと思った作品です。



   
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