きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.4.25 柿田川




2008.6.7(土)


 午前10時から日本詩人クラブのオンライン作品研究会を開始しました。提出作品は12編。今回は海外からの参加がなく、ちょっと寂しい感じでしたけど、12編それぞれに力の入った作品だと思います。オンライン作品研究会はメーリングリストに登録されている会員・会友を中心としたクローズドの研究会で、一般の方は参加できません、悪しからず。

 午後からは新宿・天神町の事務所で開催された日本詩人クラブ理事会に出席してきました。今回も盛り沢山の内容で、予定していた時間を大幅に超過。来週、大阪での関西大会を控えていますから、まあ、やむを得ないことでしょう。議題としてはその関西大会の準備状況報告が主でしたが、現在のところ120名を超える参加です。主催者側としてはもっと多くの人に来てもらいたいところですけど、実は会場がそれでいっぱいなんです。毎回、もっと多くの人が集まれる新しい場所を、という要望が強いのですが、なかなか…。そのホテルはもう10年ほど使っていますから、無理も利きますし捨てがたいと個人的には思っています。建て替えてくれれば一番良いのでしょうが、リニューアルしたばっかりですからねぇ。
 私からは、現在、オンライン作品研究会を実施中であること、7月例会・研究会の案内状を作ることなどを報告しました。



菊地貞三氏選詩集『あの人』
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2008.6.10 東京都千代田区 花神社刊 952円+税

<目次>
 舌代 5       <序詩にかえて> ワルな男 6
揚羽蝶 12      ある男 16
祝い歌 20      鎮魂のための五十行 24
夏の雨 28      童話 30
あの人 32      「花の道」という題をかりて 36
女人哀詞 40     お茶の水の病院で 44
グッドラック 46   おキミさん 50
ブタの遺骨 54    Mに 58
後藤又兵衛の死 60
 蛇足 67



 あの人

伊豆半島宇佐美の入り海で終日舟釣りをした
二十年ばかり昔の夏
「そらかかった、ホラまた食った」
あの人は顔をくしゃくしゃにしてはしゃぎ通した
とうに飽きた私は寝そべって青空ばかり眺めていたが
舟の上で焼いた平目はとびきりうまかった

数年ごしに劇場のロビーで会い
駆け寄るはずみによろけた私を
おうおう、と手をのべて支えてくれたのは
痩身白髪のあの人の方だ
芝居の鬼といわれる人は
やさしい金壺眼
(かなつぼまなこ)を細めてよく笑った

胃を冒されて胃を切り、肺を冒されて肺を切り
わずかに残された筋ばかりの脛をひきずって
一座の先頭にノボリを押したて
山間、海辺の村に夢を配って歩いた
飄々と風に吹かれ、咳こみながら上機嫌だった

この世に〈精神〉というものが存在するならば
晩年のあなたは〈精神〉そのものだった
この〈精神〉は悲愴という言葉が大嫌いで
激痛を微笑に変え、顎をなでながら
車椅子で劇場に通い続けた

肉体のほとんどを削ぎ落とした〈精神〉は
最後の舞台のカーテンコールで立ちあがって言った
「また、お目にかかります」
――一九八八年一月九日、宇野重吉死去、七十三歳
私は泣いた

  詩集『金いろのけもの』1990

 詩集『無音歌』1954年、詩集『奇妙な果実』1962年、詩集『朝帰りの歌』1965年、詩集『おれの地球』1970年、詩集『ここに薔薇あらば』1985年、詩集『金いろのけもの』1990年、詩集『いつものように』1994年(第28回日本詩人クラブ賞)、詩集『モロッコのロバ』2001年、詩集『蛇がゆくように』2005年から抜粋した選詩集です。あとがきにあたる「蛇足」からは〈人〉を対象にした作品を集めたものであることが分かります。描かれている人で馴染みのある名は中桐雅夫、高田敏子、太地喜和子、安西均、そして宇野重吉と多彩です。
 ここではタイトルポエムの「あの人」を紹介してみました。宇野重吉との個人的なつき合いの中で〈精神〉をとらえていく詩人の姿を見ることができます。最終連に置かれた「私は泣いた」という、謂わば月並みな言葉が月並み故に生きていると云えるでしょう。勉強させていただきました。
 この選詩集は〈人〉という観点に絞ったものですが(それゆえに、でもありますが)、菊地貞三という詩人を知るには格好のテキストだと思います。値段も求めやすいものですから、ぜひ手に取って読んでみてください。お薦めの1冊です。



すみくらまりこ氏詩集『心薫る女(ひと)
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2008.5.20 大阪市北区 竹林館刊 1500円+税

<目次>
オパール 10     罪人
(つみびと) 11   朝露 13
  *
桜へ 16       浮遊−ガブリエル・フォーレに− 18
春の祝祭−リアに− 20
  *
綾絹
(あやぎぬ) 24   凍裂 27       万華鏡 28
  *
傷痕
(きずあと) 32    蜜蝋 34       こころ 35
  *
砂丘 38       砂蟹
(すながに) 40   帆船−クリスチャン・ラディック号に− 41
  *
トルコ素描 44    砂漠点景 47     誘蛾灯 50
  *
モビール 56     ファド 58      ギタリスト 60
  *
吹き硝子 64     夜光虫 66      幻日
(げんじつ) 67
  *
花づな 70      花火 71       桜吹雪 72
  *
ボクサー 76     ラブチャイルド 78  ペガサス 80
  *
紅さし指 84     椿 86
        さ・が・ら(玉縫い)−亡母(はは)ヘ− 88
  *
藻 92        芥子 94       心薫る女
(ひと) 96
  *
マーブリング 100   月下美人 102     砂時計 104
  *
真珠 108       影の影 110      折鶴 112
覚書 114
あとがき 125



 心薫る女
(ひと)

−摘まれる恋の蕾ほど痛ましいものはない−

大人しい乙女は
日がな一日丁子摘む。

−寂しい山里にまで幸福は訪うこともないのに−

想い摘み、憧れを摘み、
期待
(ねがい)摘み、失意(しつい)を摘み、
すでに籠は溢れている。

静かな女は
日がな一日丁子摘む。

想い出を摘み、夢を摘み、
諦めを摘み、虚しさを摘み、

香りは爪染め、身体染め−
やがて乙女は、心薫る女となる。

 詩集としては第1詩集になるようです。ご出版おめでとうございます。
 紹介したタイトルポエムに出てくる「丁子」はちょうじ≠ニ読み、
丁香(ちょうこう)とも呼ばれているそうです。フトモモ科の植物で、開花前の花蕾を乾燥させた香辛料の名でもあるようです。ここでは香辛料として摘まれる花蕾を「恋の蕾として表現していますが、「大人しい乙女」は「寂しい山里」に住み、「諦めを摘み、虚しさを摘」んでいると読み取れます。そして「香りは爪染め、身体染め−/やがて乙女は、心薫る女となる」のでしょう。一生を「丁子摘」みで終わる女性を詠んだ作品だと思いました。



詩誌『ぶらんこのり』5号
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2008.6.10 横浜市金沢区 坂多瑩子氏他発行
300円

<目次>
Poem
中井ひさ子 帰郷−2/世田谷線−5
坂田 Y子 ふーちゃん−8/くノ一とかあちゃんの春休み−11
坂多 瑩子 夏−14/母は−16
Essay〈ファンタジー〉
中井ひさ子 お花見−18
坂田 Y子 ファンタジー気分−19
坂多 瑩子 ファンタジーと私−20



 ふーちゃん/坂田Y子

近くのスーパーで
幼なじみのふーちゃんと
ばったり出会った
もうずいぶん会っていないのに
ああふーちゃんだと
すぐに分かった
ふーちゃんは
公園のそばの最近出来たばかりの
マンションに越してきたそうだ
−おいでおいで
 いっしょにお昼食べよう
 スーパーでお弁当買って
ふーちゃんの転居は最上階だ

高い所は苦手だったはずだけど
そう言うと
一度はこんな所に住んでみたかった
と笑う
そのくせ
外を見るのはこわいからと
窓のカーテンは閉めたままだ
ふーちゃんのふうがわりなところは
相変わらずだ

あれから数日たった頃
ちらしずし作ったから
というふーちゃんからのお招きで
好物の和菓子を手土産に
しだれ梅がきれいな公園を通り抜けて
ふーちゃんのマンションの
チャイムをならしたけれど
いつまで待っても
ふーちゃんは出て来なかった

しだれ梅を通り過ぎた所で
ふりかえってみると
そこには大勢の作業員が働いている
建設中の現場があるばかり
たった今最上階に住む友人を
訪ねたばかりだと訴えてみたけれど
関係者以外は立ち入らないでください
と追い払われてしまった

あれから何か月かたって
マンションは完成したけれど
ふーちゃんからは何も言ってこない

 今号のエッセイのテーマは〈ファンタジー〉ですが、紹介した作品もそれに含まれるように思います。「たった今最上階に住む友人を/訪ねたばかり」なのに、「ふりかえってみると/そこには大勢の作業員が働いている/建設中の現場があるばかり」というのは怖いですね。でも、第2連で「そのくせ/外を見るのはこわいからと/窓のカーテンは閉めたままだ」と布石は打たれていることに気づきます。都市の白昼夢、都市そのものも〈ファンタジー〉なのかもしれません。



   
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