きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.4.25 柿田川




2008.6.10(火)


 午後から小田原駅近くの伊勢治書店にあるギャラリー「新九郎」に行ってきました。拙HPでも紹介させてもらっている文芸誌『扣の帳』20号記念講演会「今明かされる小田原の文学風土」がありました。サポーターと呼ばれる購読会員を中心として50名ほどが集まったでしょうか、狭いギャラリーですから立ち見も出るほどの盛況でした。
 講演は「白秋を飛躍させた小田原」と「辻村伊助の発見」の2本でした。

 「白秋を飛躍させた小田原」は、元南足柄市郷土資料館館長の杉山博久氏によるもの。白秋の小田原時代は文学史的にも有名ですが、小田原で新境地を開拓したという論旨で、新しい見方ではないかと思います。新境地とは、小田原で童謡と新民謡を完成させたいというもので、よく知られている白秋の童謡のほとんどが小田原で創られたというのは意外でした。小田原の子どもたちが歌っていた童謡に想を採ったものもあったようで、なかなか面白い講演でした。

 「辻村伊助の発見」は、小田原市の東泉院住職・岸達志師によるもので、あまり知られていない辻村伊助の興味深い講演でした。辻村伊助という名前に記憶がなくても、地元の人には辻村農園≠ニ言えば通用します。個人で大きな庭園を開放していた一族で、今は小田原市に庭園を寄付して市立公園になっています。その5代目の次男が伊助でした。日本初の山岳文学『スゥイス日記』を書いて、日本山岳会の創設時のメンバーだったようです。1高、帝大農学部卒の秀才で、明治45年にはヨーロッパ遊学もやったそうです。スイス人の女性と結婚して帰国、小田原の自宅では生まれた2人の子たちも含めて英語で会話、当時としては稀有な家庭だったとのこと。しかし、残念ながら関東大震災で一家は全滅。ドラマチックな生涯だったと結びました。

 『扣の帳』は全国的にもユニークな文芸誌だとは思っていましたが、こうやって地元に光を当て続ける活動には脱帽です。これからも30号、40号と記念号のたびにこんな催しをやってくれるのではないかと期待しています。お呼びいただき、ありがとうございました。



文芸誌『扣之帳』20号
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2008.6.10 神奈川県小田原市 500円
青木良一氏編集・扣之帳刊行会発行

<目次> ◇表紙  木下泰徳
     ◇カット 木下泰徳/宮本桂子/中野亜紀子
小田原の文学発掘(14) 山岳文学のさきがけ−辻村伊助のこと−岸 達志 2
遥かなる竹林−茂木光春 20
酒匂だより−町田紀美子 27
尊徳を研究した宣教師アームストロング−尾上 武 28
新城城と亀姫−小田原谷津の永久寺と桃源寺−今川徳子 32
狐火幻想−佐宗欣二 39
竹の子−宮本佳子 42
カルメン日記−桃山おふく 43
来大連的信(大連からのたより)(6)−水谷紀之 49
足柄を散策する(11) 文学遺跡を尋ねて 我が産土の町・小田原(7)−杉山博久 51
疎開が来た−中野文子 57
戦時に残された記憶と巡りあうこと−平倉 正 59
「狩川」に関するヘンな話−木村 博 62
足柄周辺の碑文を探る(4) かつて英霊と称えられし時あり−忠魂碑考−平賀康雄 63
「通りゃんせ」なぜ帰りは恐いのか−石口健次郎 79
安叟宗楞(18) 安叟和尚の伝記を読む(10)−青木良一 86
編集後記 92
『打之帳』第二十号記念講演会−96
ギャラリー情報(新九郎)−78



 竹の子/宮本佳子(小三)

竹の子ぐんぐんのびてゆく
風でハラッとかわぬげた
ハラッパラッとかわぬげた
かわをぬいだらああさむい
けれど大人の仲間入り
りっぱなりっぱな一人前
竹の子とはもうおわかれ
りっぱな竹になりましょう

 上述、『扣の帳』20号です。今号では小学校3年生の詩を紹介してみました。地面から頭をちょこんと出したものから、2mほどに成長したものまで4本の筍の絵も添えられた詩です。「風でハラッとかわぬげた/ハラッパラッとかわぬげた」というフレーズがとても良いと思います。大人では書けない詩語でしょうね。小学生から中学生、そして大人へと成長する自分自身への応援歌のようにも感じた秀作です。



詩と評論『操車場』13号
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2008.8.1 川崎市川崎区 田川紀久雄氏発行 500円

<目次>
■詩作品
ひとをいのちへはこぶ詩 鈴木良一 1    帆柱に 金子啓子 2
小春日和 池山吉彬 4           カンパ 田川紀久雄 5
会わない時間 長谷川忍 6
■エッセイ
新・裏町文庫閑話 井原 修 8       詩人の声(4)(小川英晴) 田川紀久雄 9
瀬沼孝彰のこと 坂井信夫 10        逸見猶吉の「悪霊」 尾崎寿一郎 12
わが扁桃腺(後) 野間明子 14        アザミ アブラムシ テントウムシ (2) 坂井のぶこ 16
もっと自分を大切にするために 須藤美智子 18 逆さ円錐はペン先である−つれづれベルクリン草(3)− 高橋 馨 20
末期癌日記・五月 田川紀久雄 23
■後記・住所録 35



 ひとをいのちへはこぶ詩/鈴木良一

幸福論という一冊の詩集
吉田加南子という詩集
わたしは
たれか
さきのたいせんの詩を読む
さきのたいせんの詩を書いたひとの心根を
そのひとの心音を聞きたくて紐解く
さきのたいせんで書かれたたくさんの詩
その存在
その動機
その結果
幸福論を磁力として読む
戦争詩論を握力として読む
読むことはわかることだという思いが
わたしを虜にする
ひとをいのちへはこぶ詩という希望
それもまた枷
戦争、愛国、国民詩
戦場、翼賛、戦争詩
幸福論という数千行の一篇の詩が導く果てに
幸福論という一冊の詩のあわいに
ひとをいのちへはこぶ詩という希望が
生れ息づく
生きる
命へ
祈る
詩のいのち

 「ひとをいのちへはこぶ詩」という面白いタイトルの作品ですが、この作品からの言葉を借りれば「生きる/命へ/祈る/詩のいのち」ということなるのでしょう。あるいは、詩はヒトへ生命を吹き込む、というような意味に採ってよいと思います。それが「希望」へとつながっていると読み取れます。
 「幸福論を磁力として読む/戦争詩論を握力として読む」というフレーズは力強いですね。「読むことはわかることだという思い」も納得できるように感じた作品です。



詩誌『白亜紀』129号
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2008.4.1 茨城県水戸市
星野徹氏方・白亜紀の会発行 800円

<目次>
エッセイ
太田雅孝 神話と詩と歴史          大島邦行 引用と雑感
黒羽由紀子 新川和江詩集『記憶する水』   網谷厚子 JAPANポエムの向かう道
作品
石島久男 闇の中の犬            北岡淳子 森へ帰る
大島邦行 余白に2             広沢恵美子 点
網谷厚子 小夜子の夜            宇野雅詮 作品C・T
斎藤貢 デリラ               鈴木有美子 仮定法
橋浦洋志 夕暮れ              鈴木満 泡盛
平井燦 春雷                真崎節 鳥をおく
太田雅孝 飛蝗               黒羽由紀子 耳に籠る
溝呂木邦江 それでも 私は         近藤由紀子 ストックヤード
武子和幸 花の絨鍛             硲杏子 人喰橋
星野徹 交響詩〈ロシア帝国〉
装画 立見榮男 往交



 森へ帰る*北岡淳子

小さなものたちの眠りの場は 木々の根と根
の間に草を敷き 落ち葉を集めてしつらえた
簡素な寝床 だがどこにいても彼女たちは森
を失うことがない よく利く鼻が森の呼吸を
嗅ぎ分け 長椅子の上でも洗い立てのタオル
のなかでも とっておきの記憶を開き すぐ
に森に変えてしまう 求めるときにはいつも
森にいて ほうっと横になり 寝息をたてる

 ふくんふくんと息づかいを波にする腹に手
をあてると そこが私の森への帰路 ざらつ
く木肌のおおきな呼吸を 葉隠れの野ねずみ
と分かち合う 突然だが人と猿の遺伝子は八
二l チンパンジーとなら九八・八l同じだ
という イネでさえ四十l 寝息を立てる彼
女たちとも七五lは同じはず 深夜の明かり
にまだ寝ないのかと迎えに来る 彼女と森に
帰れば私たちの違いは もっと微少なものだ

 森の道はときに 思いがけない明るい日溜
まりを用意している 素朴な光が眩しく溢れ
て 自縛の縄を吹き飛ばす 向日性の気をふ
んだんに浴びると もはや長椅子のある部屋
の暮らしは遠い記憶 海馬の奥へ もっと奥
へ そうだ この先には岩戸の洞があって
その前でたき火を囲んだ と思い出している

寝入りばなの夢にいつも 風船のように膨ら
みながら現れる笑顔は 笑いながらまた次々
に遠ざかっていくが それがあのたき火を囲
んでいたものたちのおおらかな笑顔だったと
ようやく気づく 誘われて親しく笑いかえし
ながら いつの間にかふっくらと眠っている

 どこの「森へ帰る」のかと思ったら、「どこにいても彼女たちは森/を失うことがない」ということでした。「長椅子の上でも洗い立てのタオル/のなかでも とっておきの記憶を開き すぐ/に森に変えてしまう」というフレーズに、「私」の「彼女」へ寄り添う姿が見て取れ、ほほえましい作品です。第2連の「遺伝子」の話で、「彼女と森に/帰れば私たちの違いは もっと微少なものだ」という指摘は重要でしょう。自然の中では、遺伝子はより近しい関係になると言っているわけで、この見方は新鮮です。最終連の「たき火を囲/んでいたものたちのおおらかな笑顔」というフレーズとともに、森への回帰を新しい形でうたった作品だと思いました。



   
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