きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.4.25 柿田川




2008.6.25(水)


 米国留学している姪が帰国しているので、妹夫婦の家に行ってきました。前回通り黒人の彼氏も連れて来ていて、まあ、仲の良いこと。彼氏は2回目の来日ということもあってか、ずいぶんとリラックスしているようでした。
 私が初めて黒人に接したのは、今から30年以上も前の20歳の頃です。米軍の基地が御殿場にあって(今でもありますけど)、その近くは呑み屋街。小学校以来の友人と2人で、英語の勉強と称して呑み歩いたものです。黒人兵が相手でしたし、当時はベトナム戦争も始まっていて、ちょっと殺伐として雰囲気がありました。
 そういうわけで黒人には兵隊というイメージしかなかったのですが、彼氏は大学院で音楽を専攻している男ですから、全く雰囲気は違います。まだ日本語は出来なくて、私も英会話はダメですから、もっぱら姪の通訳で話をするだけで、それほど突っ込んだ話題にまで行きませんでした。次に会うときまで英会話の勉強でもしておくか!とも思いましたけど、やらないでしょう(^^; それなら御殿場で再び英会話の勉強を…。その呑み屋街は今ではすっかりさびれてしまって、これもダメですね。英会話はやはり若いうちに真面目にやっておくのが肝要なようです。



谷口ちかえ氏訳詩劇『オデッセイ』
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2008.5.22 東京都板橋区 国書刊行会刊 2400円+税

<目次>
第一幕
プロローグ 15               第一場 トロイア 17
第二場 イタカで 25            第三場 ピュロスで 46
第四場 スパルタで 55           第五場 船上で 66
第六場 スケリアで 76           第七場 アルキノウスの宮殿 83
第八場 キュクロプスの島 96        第九場 夕食のテーブル 106
第十場 キルケの島 112           第十一場 赤い室内装飾 118
第十二場 内部 123             第十三場 庭 134
第十四場 黄泉の国 138
第二幕
第一場 正午。筏。 149           第二場 たくさんの袋と共に 160
第三場 オデュッセウスが岩の下で 174    第四場 宮殿の厨房 180
第五場 宮殿内の一部屋 191         第六場 宮殿 204
解説/谷口ちかえ 231
あとがきにかえて/谷口ちかえ 255



 第一幕

 プロローグ

    寄せる波の音

ビリー・ブルー(歌う)
 あの男のことを歌おう。その話はわれわれを楽しませてくれるから。
 トロイア戦争の後、十年もさまざまな試練と海の嵐を見てきた男だ。

 わしは盲目のビリー・ブルー。話の主人公は、海の知恵者オデュッセウス。
 海の神は、彼を狂わせ、めちゃくちゃにしようとしたのさ。

 あの男のことを語ってくだされ。ムーサよ。数多くの苦難の旅をした男の話を……
(1)
 この海岸線に、海の杼
(シャトル)は行ったり来たり

 夜通し、寄せる波のように機(はた)を織り、眠りに落ちることはない。
 それから暁のバラ色の指で、夜のデザインを解
(ほど)いてしまうのさ。

 こんな和音が聞こえたとき
    (和音)
             つばめの翼を探してごらん。
 使者
(メッセンジャー)のように海の彼方へ、矢になって飛ぶ一羽のつばめを。

 それは青く煙る島々を過ぎてゆく、トロイア戦争の王たちが故郷へ向かい、
 十年にわたる包囲戦も終わったので嬉しそうだよ。

 わしの憂鬱のブルースは、戦火から昇る煙のように漂う、
 アキレウスが灰になって消えるや、事態はたしかに狂っていった。

 ヘクトールを呪うアキレウスが、ゆっくりと大股で立ち去り
 トロイアでは今、一羽のつばめがさえずっている。われわれの話はそこから始まる。
   (退場)

(1)原文は
Andra moi ennepe mousa polutropon hos mala polla... ホメロスの『オデュッセイア』は朗誦の開始に「ムーサ=詩神への祈り」としてこの句が冒頭に置かれている。話を始める重要な宣言で、ここではローマ字に置きかえられたギリシア語の表現が採用されている。

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 カリブのノーベル賞詩人、デルク・ウォルコット(1930〜)による詩劇「オデッセイ」の翻訳です。「オデッセイ」はご存知の通りギリシャ叙事詩の名作ですが、ウォルコットは英国のロイヤル・シェイクスピア・カンパニーによってシナリオ化を委託されたそうです。彼はそれを現代風にアレンジして、カリブの問題も含めたシナリオとしました。訳者は日本での上演に関係してシナリオを入手。日本上演は残念ながら実現しませんでしたが、手元に残ったシナリオを今回翻訳するに至ったということのようです。

 正直なところ「オデッセイ」の原作を読んでいるわけではありませんので、この翻訳と原作のどこに差異があるのかを述べることはできませんけど、上述のようにカリブの歴史に言及した部分などは明らかに原作と違うわけで、そこは面白く拝読しました。原作を知らずともこの翻訳で近づけるというメリットも感じています。「オデッセイ」研究者はもちろん、今まで親しんだことのない人にもお薦めだと思います。ここでは冒頭の「プロローグ」のみの紹介ですが、ぜひ一度読んでほしい本です。
 なお、この本には目次がありませんが、私の備忘録としても便宜上記載してみました。本著の中身が少しでも伝わればいいなと思っています。



今猿人氏詩集『夢見峠』
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2008.6.17 和歌山県和歌山市
編集工房MO吉刊 1000円

<目次>
T
方位−西 8                夢見峠 11
空夢 14                  蟻琢 17
帰る所 20                 梅庵  24
方位−北 28                舟歌 31
幸を思う 33                女・父 そのイメージ 36
子猫 39                  錯誤・錯誤…… 42
U
方位−東 46                即身仏 49
ポチの夢(または奪回の唄) 52       夢殿追想 56
待つ 60                  うみの苦しみ 63
方位−南 67                戦争と鉛筆 70
犬の生活 72                模型 75
ナッシングの風 78             人形(ひとがた) 81
あとがき 84
ゴブゴブ 86



 夢見峠

夢のトポス あるいは死すべき場所
登る 母の涙を振り払い
登る 自制の声を背中に聞いて
秋には一面の彼岸花 血の色に染められたトポス
絶望の地図を折り畳み 「夢見峠」へ

ここは夢を産み出す磁場
喪失した生が夢に癒される場所
目の前を流れゆく雲が その具象だとも仮象だとも
しかし 僕には夢はない
そしてただ一つある 抽象の思い
「辛」お前はまだここにいるのか

赤い珊瑚のボタン 手の内にある唯一の物証
昨日 母はこのボタンに狂気し
僕は二十年前の光景を映写した
あの日 お前のブラウスに絡まっていた藻
それはお前の首にも 手にも足にも絡みつき
深夜 僕は身悶えた
「辛」これは あの時お前の胸から千切れて飛んだ あのボタンだよ

眼下に広がる龍神の池 無情に響く架空のトポス
しかしあのほとりに 確かに僕らは住んでいた
「幸」覚えているか あの池の周りで遊んだ日々を
お前はいつも僕のあとをついてきた
名にし負う 妹のほほえみで

覚えているか「幸」
僕の映写機は昨日すっかり壊れてしまったが
あの日 撲らは家路を急いでいた
何度も足を滑らせながら 二人は池の端を歩いていた
その時だ ノスリが急に舞い下りてきたのは
あの鋭い嘴が二人に襲いかかってきたのは
僕は握っていた手を振りほどき お前を押しやった
ノスリから守ろうとして 池の方へと
そして「辛」お前は見えなくなった
僕の手に 赤い珊瑚のボタンを残して

冬の夜 龍神の池に吹き渡る風
あれは水底に横たわるお前の泣き声だったのか
−反転するトポス 狂う磁場−
その声に似て 今もどこかで僕を呼んでいる
「に、い、さ、ん」
「に、い、さ、ん」とそれは耳底に響く

白い雲が一つ 龍神の池に消えようとしている
僕の手から 赤い珊瑚のボタンが零れ落ちる
まるであの日のように
−絶望を透かして見る大団円−

春には一面の菜の花が咲く
「夢見峠」
再生の場所 あるいは 再び死すべきトポス

 30年以上書き溜めてきた詩編のうち、第1詩集と合わせて1割ほどを陽の目を見させることができたという、24編からなる第2詩集です
ここではタイトルポエムの「夢見峠」を紹介してみました。詩作品ですから実際に起きたことと読み取る必要はありませんが、それでも「ノスリ」の「鋭い嘴が二人に襲いかかってきた」ことから「幸」を守ろうとして、結果的には「水底に横たわ」らせてしまったというストーリーは衝撃的です。「夢見峠」という美しい地名の裏にある物語は、実は日本中どこにでもあり、私たち一人ひとりが抱えている物語なのではないかとも考えさせられた作品です。



呉美代氏詩集『大樹よ』
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2008.6.20 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<目次>
 T
雪(一) 8                 失われた海 12
おいしい男に 16              雨の夜に 20
あの人は待っていた 26           花しょうぶ園で−八潮南公園 30
アメリカン・チェリー 34          あじさい(一) 40
冬のすすき 46               富士霊園で 50
大樹よ 54                 かわせみ 58
終焉 62                  枇杷の実 66
あなたの土に 70              雪(二) 74
 U
若葉のころ 78               生きもの哀歌 82
水辺で(一)−草萌える 86          水辺で(二)−葦の原 90
静かな目−水元
(みずもと)、かわせみの里で 94  池のほとりで 98
水辺の秋 102                墓地で 106
青磁の鳩 110                ひぐらしの声・敗戦のとき 116
残月 122                  路地で−亡き友を悼む 128
投身 132                  朝顔 134
爽竹桃と百日紅
(さるすべり) 138         白梅の花 142
紅の波 146                 どくだみ 150
あじさい(二) 154
あとがき 158



 おいしい男に

粕漬けの魚の切り身を
火に焙る
酒の香気が立ちのぼり
ほどよく焼けた魚の切り身を
舌にのせると
なま臭みが消え
切り口に酒の味がなじんで
いうにいわれぬほどおいしい
日々を酒粕のふところに抱かれ
寄り添われていた魚
しぼられるだけしぼられ
カスなどと呼ばれながら
なお魚に尽くし
魚の持ち味をいっそう深くした
寄り添う人を仕上げた女房のような
酒粕よ

わたしもこんど生まれ変わったら
「苦労」という酒に
しぼられるだけしぼられよう
そんなわたしのふところで
海から上がったばかりの
ぴちぴちした魚のような男を
じっくり育てたい
そして
深海の藍より深いわたしの海へ放ち
前世で出会ったあの人に優るとも劣らない
とびきりおいしい男に仕上げてみたい

 著者の亡夫は詩人・作家として名高い土橋治重さんです。この詩集は亡くなって15年という土橋さんへの鎮魂詩が多く収められていました。作品「大樹よ」も、同名の詩集タイトルも土橋さんのことです。ここでは、土橋さんへの思いを詩化した中ではちょっと変わった「おいしい男に」を紹介してみましたが、「しぼられるだけしぼられ/カスなどと呼ばれながら/なお魚に尽くし/魚の持ち味をいっそう深くした/寄り添う人を仕上げた女房のような/酒粕よ」というフレーズが見事だと思います。最後の「とびきりおいしい男に仕上げてみたい」というフレーズは、日本女性ならではのものかもしれません。今の若い女性からは得られない感性を感じた作品です。



   
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