きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.5.3 前橋文学館




2008.7.2(水)


 その2



大塚理枝子氏詩集『かぜくさの中で』
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2008.5.10 東京都東村山市 書肆青樹社刊 2200円+税

<目次>
 T
椰子の葉の歌 10   かぜくさ 一 16   水と森の国で 18
怒涛を越えて 20   あとでね 24     ピースボートに乗って 28
こんなふうに 30   かぜくさの中で 32
 U
美しいものは何 36  マリー 38      海 40
青いリズム 41    海と空の間に 42   人魚の瞳 44
秋 48        風が吹く日 50    飛ぶ 52
 V
きのうとあすの間に54 雛の季節に 58    春愁い 60
鶯 64        隼人池公園の早春 68 六月の詩 70
メダカ 72      溶けた季節 74    過ぎてゆく時の中で 76
桜通り 78      晩秋 82
 W
さくら紅葉 86    私のクリオネ 88   地図 92
かぜくさ 二 96   小船を造ろう 98   卯の花 100
水平線を求めて 104
跋文 伊藤桂一 108
あとがき 116



 かぜくさの中で

メキシコはテオティワカン遺跡の周り
風草の花穂が揺れ
淡い紫色の風が茫々と流れている
その中に独り座していると

収穫祭の祝い歌に合わせて
大地を揺らす足踏みの音が
風に乗って聞えてくる
素朴で敬虔な古代人の踊る雅な姿が
雲になって流れる

積み重ねた石に未だに残る紅い色は
カイガラムシの血の色
数えきれない小さな虫の命が
部族長の威力を示すための色に
今 石の割れ目に生える風草の
か細い茎の紅色が哀れ

仲間たちはどこへ行ってしまったのか
ここにいるのは
限りない時間をかけて遠い国から旅をしてきた人たちばかり
そして
これからそれ以上遠いところへ行く私だけ

風草がひたすらにさやぐ
ふと 古代の人の物語が聞こえて
私も古代の人になる
大いなる遺跡の上は淡い紅色の風が渡って

 13年ぶりの第2詩集のようです。ここではタイトルポエムの「かぜくさの中で」を紹介してみましたが、他にも「かぜくさ 一」、「かぜくさ 二」があり、「風草」への思い入れが強い詩人のようです。では、かぜくさとは何かとネットで調べてみましたら、
 <
イネ科の多年草。路傍に普通に見られる。葉は線状。秋、小穂が多数集まって高さ30cmほどの紫褐色の円錐花序をつくる。ミチシバ。カゼシリグサ。風知草(ふうちそう)
 という記事が見つかりました。植物には疎いので咄嗟にどんな草か分かりませんけど、路傍に普通に見られる≠ニ思っていてよさそうです。
 作品は「
メキシコはテオティワカン遺跡の周り」の風草をうたっていますが、世界中どこでも路傍に普通に見られる≠ニいうことが作者の姿勢と通じるように、詩集全体からも感じられました。「ふと 古代の人の物語が聞こえて/私も古代の人になる」ことで人間の永遠性をも表出させた作品だと思いました。



詩誌『飛揚』47号
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2008.7.7 東京都北区
葵生川玲氏発行 500円

<目次> 特集・数字のある詩
作品
ひとつ−りょう城 4            ぬけがら、または1/2−北村 真 6
五の月−青島洋子 8            二月の雨の中で−土井敦夫 10
食べたい−伏木田土美 12          眼光−葵生川玲 14
チチの棺−みもとけいこ 16         アウシュビッツの残された数字−くにさだきみ 19
エッセイ 日々のこと−りょう城 24
書評 詩を見つめる眼(土井敦夫詩集『真夜中の自画像』)−米川 征 25
●編集後記 28 ●同人刊行詩書 2 ●同人住所録 26
装幀・レイアウト−滝川一雄



 ひとつ/りょう城

パッと駆け出したかと思うと
まぁーーーーーー
るく走ってうしろから現われ
ぎゅうと抱きついてくる 数
を ひとつという

あなたの脱ぎ散らかした服はあなたか
肺の中の空気は
摘出した石は誰かにもらった肝臓は
愛する人
喋った言葉
古着屋に売った服は
あなたはまあるく広がっている
ほかのひとと重なっている

息をすったり
吐いたりすること
思う存分
しあわせだったり
死にたくなったりする
ふくらんでは
しぼむこと
傷ついたらなおすこと
まあるいひとつを
ひとつひとつ転がすこと

おむすびは齧られ
かじられて御飯粒
そして炭水化物は本日のもと
ぐるぐる前からまわっている
渦を巻いて
くっついたり離れたり
いつもあたらしい

あなたは起き出して
水道の水をのみ
揺れて揺れて
ぶつかり合い
からみ合う
それで
ひとつだ

 「特集・数字のある詩」の巻頭作品です。この詩のおもしろいところは、「まぁーーーーーー/るく走ってうしろから現われ/ぎゅうと抱きついてくる 数」は0だと思ったのですが、そうではなく「ひとつ」だというところです。何もない0ではなく、0という形のものが「ひとつ」と採れ、ちょっと意表を突かれました。そして、この「ひとつ」は「しあわせだったり/死にたくなったりする」のですから「あなた」という人間と採ってよいでしょう。最終連も見事に決まった作品だと思いました。



個人詩誌『玉蔓』46号
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2008.6.30 愛知県知多郡東浦町
横尾湖衣氏発行 非売品

<目次>
◆詩「天国と地獄」
  「鎌柄」
  「時代の航海」
  「ひとつばたご」
◆御礼*御寄贈誌・図書一覧
◆書作品
◆あとがき



 鎌柄

コデマリのような
白い花
花弁は五枚で
丸く可愛らしい
花弁に合さっている
つぼみも真ん丸で

通りすがりの僧侶が
この花の名を教えてくれた

材が堅く丈夫なため
鎌の柄に用いたことから
「鎌柄」というそうだ

そしてもう一つ
怖ろしい名を教えてくれた
「牛殺し」という別名を

バラ科の落葉小高木
葉は楕円形で
縁は細かく鋭い鋸歯がある
長枝と短枝が
比較的はっきりと分かれている
長枝は
毎年長く伸びていき
葉は互生で
まばらについている
短枝は
毎年ほんの少ししか伸びず
葉は輪生状に
集まってついている

こんなに愛らしい
清楚な花に
あんなに怖ろしい
名があるなんて

材は粘り強く
折れにくいため
むかし
牛に鼻輪を通すとき
この木で
穴を開けていたとも
牛の鼻輪に使っていたともいう
この木に毒はなく
春先の若葉や
秋に赤くなる果実は
食べられる

この木に
あんな物騒さは
見当たらない

そういえば牛は
鼻輪をつけると
途端におとなしくなるという
「牛殺し」の殺しは
従わせるということだろうか

姿形ではなく
実用的に命名された植物
それほど
生活に密着していた
ということだろう
今でも鎌の柄に
使われているのだろうか
それとも……

白い花が静かにゆれ
木漏れ日に
僧侶の低い声が木霊する

 私も子どもの頃「牛殺し」の木というものがあることを聞いたような記憶がありますが、潅木が牛を立ち往生させて殺してしまうことのようで、この作品の「鎌柄」とは違うようです。ここでは「姿形ではなく/実用的に命名された植物」として扱われていて、「それほど/生活に密着していた/ということだろう」という見方は卓見です。「『牛殺し』の殺しは/従わせるということだろうか」という指摘にも安心させられますね。「僧侶」が上手く配された作品だと思いました。



   
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