きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.5.3 前橋文学館




2008.7.4(金)


  その2



詩誌『光芒』61号
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2008.6.28 千葉県茂原市
斎藤正敏氏発行 800円

<目次>
◇詩作品
鈴木豊志夫 昆明湖にて 6         池山 吉彬 鳥打帽 8
藤井 章子 香ばしい幻想 10        小池 肇三 ある塔について 12
川島  洋 ジョギング 14         本田 和也 疎開家族 17
市村 幸子 岩田平治 20          立川 英明 月々のうた(三) 23
植木 信子 千の手のてのひら 26      植木 信子 つばめが飛ぶころ 28
中村 節子 趣向 30            中村 節子 念仏 32
金屋敷文代 はな・・・ 34         吉川 純子 お尋ねします 37
吉田 博哉 時計師 40           帆足みゆき 陽炎 42
山田ひさ子 エミューのように 44      武田  健 海を見に行く 46
山形 栄子 葉の無い柿 48         山形 栄子 言葉の絵 49
みきとおる 折鶴 50            松下 和夫 夕暮に −原爆忌に想う− 54
松下 和夫 すずらんの鈴 56
◇エッセイ
高橋  馨 賢治・法華経・ベルクソン 58  松下 和夫 土橋治重の自由 62
◇翻訳詩
本田 和也 シェイマス・ヒーニーの詩 68  水崎野里子 現在オーストラリアの詩 70
◇詩作品
清水 博司 俗諺
(ぞくげん) 72         奥  重機 抜け殻 75
奥  重機 防空壕 78           高橋 博子 冬日 80
高橋 博子 記憶 82            石村 柳三 石の孤存性 83
小関  守 夢の奏で 86          小関  守 石蕗
(つわぶき)の花《詩集晴嵐賦外聞》 88
水崎野里子 わたしは観音 90        川又 侑子 移ろう季節 93
橋 文雄 軌跡 96            石橋満寿男 活気を貰う 98
神尾加代子 月下美人 102          神尾加代子 師走の散歩 104
神尾加代子 二月の足どり 106        吉沢 量子 夜のとばり 101
吉沢 量子 逍遥 112            篠原 義男 コタツの中で 114
青野  忍 枯れ枝越しに 116        佐野千穂子 白い畑中
(はたなか) 119
佐藤 鶴麿 長篇詩『悪の光』の使徒たち 122 阿賀  猥 八不 126
斎藤 正敏 動物病院始末書 128       伊藤美智子 マグマのとき 133
伊藤美智子 小鳥の地軸に 134
◇言葉の広場
藤井 章子 みんな最後はひとりじゃないの135 中村 節子 この頃思うことのひとつ 136
みきとおる 換喩について 137        石村 柳三 郷愁小感 139
◇光芒図書室
吉田 博哉 その日々をたずねて 植木信子詩集『その日−光と風に』 141
奥  重機 精神の四季を詩う詩人 石村柳三詩集『晩秋雨』を読む 144
◇詩集評
T 斎藤正敏 148              U 池山吉彬 153
V 本田和也 156
◇詩誌評
T 橋 馨 165              U 鈴木豊志夫 169
◇受贈深謝 175
◇詩の窓【選者】武田健・吾川純子・斎藤正敏
志田 幸枝 話しておこう 179        松本 関治 思い違い 179
星野  薫 補助無し自転車 180       うえの知代子 未来へ 180
阿部  匠 はるの朝 181          さとう義江 ジェラシー 181
金綱あき子 蜘蛛 182            金森冨美恵 ハイ ポーズ 182
中山  操 ちいさな夢 183         大曽根満代 夜の星空 184
御園千賀子 朝もやの中に 184        鵜沢 洋子 セキキレイ 184
◇同人の近刊書一覧 186
◇ご案内
三隅浩詩集『痕跡』 189           草原舎の近刊書 190
茂原詩の教室 191             『広報もばら』の詩作品募集 191
光芒の会ご案内 191
◇編集後記 192              〈表紙絵/内海 泰〉



 白い畑
(はた)中/佐野千穂子

明け方から ひきもきらず「天からの手紙」が舞い まい降りてい
る あすは春立ち この雪は六十年余も前の節分をふる雪の畑へと
私をつれ出してゆく

戦争が終り やがて戦勝国による財閥の解体 農地解放の嵐も手加
減もなくおそった 畑中に立つ父と娘の私 此こもそこもあそこも
田も 他村に跨る山林も解放させられるのだ 千八百年代生まれの
祖父が各々に貸していた農地 その祖父は昭和初頭に逝き 父は東
京で会社勤めであったがため 不在地主だという思わぬレッテルの
元に不合法なまでの解放の憂き目に晒されてしまった

農地委員会なる会が発足し 役場で会合の日はその都度父は夜汽車
で戻って話し合いをする「すべてを放さないというのではない 不
在というが家族は此こで暮らしている 人を苦しめて略奪した土地
ではない事は明白である 石ころのない畑地ばかりを先祖が乞われ
て貸した事は 誰よりもこの席に居る借り主は承知の筈であり 法
外な小作料を納めて貰っていない事も承知しているであろう 屋敷
続きの地所の半分だけは応ずるわけにはいかない 妻子の死活にか
かる」父は主張をするが「アメリカの方針でわしらはいはばアメリ
カの代理人だ」天下人の如きの顔をして小作人と顔を合わせ 不敵
な顔を父に向ける 借り主たちは借り地が自分のものになる事にほ
くそ笑みながら委員らにすり寄る賤しさ 父の傍でそのさまを見て
いる私は「お父さんもういい もうだめ 此こから出ましょう」

役場から戻るなり家には入らず裏門から父は畑に向かった 後を
追った私は畑中に立っている父の涙に泣けた
「情ない連中だ 国が敗れたからと言ったって心まであれらは破れ
てしまった アメリカをかぶったあの態度忘れてはならないぞ 賤
しい人間にお前はなってはならぬ 大黒屋(屋号)に生まれた事に
誇りをもって 先祖のように心厚く生きるんだぞ いいな」
弟たちの「鬼は外」の声が降る雪の中を遠くきこえた

東京で女学生時代をすごした私は 家族を守るためあれら人々と話
しても通じない無念の父と東京に戻った 戦後の復興の兆もみえ始
めた一九五一年一月三越劇場で俳優座が上演するチェーホフの『桜
の園』を観にいった 没落してゆく地主一家が所有の桜の園を放す
までの新旧世代の葛藤ラネフスカヤ夫人を演じた東山千榮子の豊や
かな風貌 千田是也の演出だった
没落していく階級と新興階級との対比 古きは新しい波に呑まれて
ゆく 小作人あがりの商人が切り倒す桜の木 急変の戦後にタイム
リーだったと思えた『桜の園』

夫人一家ほどの広大な領地の所有者でも 過去の栄えに酔うのでも
なかった一地主にすぎなかったわが家 それでもお大昼(じん)さま お大
昼さまなどと これからは言うまい まちがっても言わせない そ
う心に刻んだあの畑中 リルケよ あなたが詩われた「天からの手
紙」である雪は 父を母を私を凍らせた一ひらの手紙でもございま
した。

 敗戦直後の「農地解放」にまつわる作品ですが、これは「地主」側からの見方で、貴重な歴史の証言と云えましょう。ここで農地解放の是非を安直に述べることはできませんけど、「借り主たちは借り地が自分のものになる事にほ/くそ笑みながら委員らにすり寄る賤しさ」という観察は、いつの時代でも怠ることができないと思います。「国が敗れたからと言ったって心まで」「破れて」ならないのは言うまでもありません。しかし、そうなってしまうのが人間の弱さ。こういう事例を作品として読むことで人間のありようを考えなければならないと感じた詩です。



季刊詩誌『天山牧歌』80号
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2008.7.1 北九州市八幡西区
天山牧歌社・秋吉久紀夫氏発行 非売品

<目次>
(評論)
チベットの過去と現在−−その騒乱の背景とは−− 秋吉久紀夫…8
中東イスラム圏の詩(12) 現代イランの詩…秋吉久紀夫訳…18
 エムラン・サラシー
  大地の鎖 この辺りの海域 指輪の上の宝石 大門の閉鎖
  七重の空 愛の無人島 暗闇の洞穴 前世からの約束 他五篇
(詩篇)
奄美大島のヒカゲヘゴの林…秋吉久紀夫…26
あじさいの花に…稲田美穂…28
身辺往来…24
チベットの詩(イーダンサイラン)秋吉久紀夫訳…29
受贈書誌・編集後記…30



 奄美大島のヒカゲヘゴ林/秋吉久紀夫

南の島「奄美大島」と聞くと、いままでは、
直ぐにうす暗いジャングルの木立ちの中を、
赤い舌を出して獲物を狙っている
猛毒の蛇ハブを想い浮かべていたが、
来て見てはじめて、島の偉容さに驚いた。

着くや否や、息もつかずに跳び込む
眼に触れたことのない亜熱帯植物の大群が、
手を振り、笑みを湛えて迎えてくれる。
バナナやパパイヤの実は言うまでもない、
艶やかな葉蘭の姿をした白いサネンの花も。

岬には、いちめん自生する蘇鉄の群落と、
パインナップルと見ちがえるアダンの実も。
それに茎を絡ませ容易に解けそうもない
ガジュマルの樹と、その鬱蒼と茂った森に
でんと胡座をかくマングローブの巨木。

木々のあいだには、ギャーギャーと、
天然記念物のルリカケスが甲高く囀り、
ヒョヒョと頭の真赤なアカヒゲ鳥がうたう。
鹿児島の南、トカラ列島と沖縄とのあいだ、
エメラルド色の大海原に浮ぶ大嶋には。

なかでも、意表を突かれたのは、
ヒカゲヘゴと云う木性シダの樹林だった。
茎の頂に数本の葉を一本の傘のように展
(ひろ)げ、
かれはすっぽりと谷間を包み込んでいた。
幾百年間も島の被圧迫者を抱くかのように。(2008・6・27)

 たしかに「南の島『奄美大島』と聞くと」「猛毒の蛇ハブを想い浮かべて」しまいますね。しかし、そうではないとこの詩から教わりました。作品は「島の偉容さ」を描いていますが、「ヒカゲヘゴと云う木性シダの樹林」についての感慨が印象深く読み取れます。特に最終連・最後の「幾百年間も島の被圧迫者を抱くかのように」というフレーズは、この1行だけで島の歴史を物語っていて見事です。
 本号では、冒頭の「チベットの過去と現在−−その騒乱の背景とは−−」が特に勉強になりました。北京オリンピックを前に勃興したチベット問題。なぜ彼らが聖火リレーを妨害したのかが歴史的な経緯をもとに述べられています。機会のある方はぜひお読みください。



詩・エッセイ『天秤宮』28号
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2008.7.1 鹿児島県日置市
天秤宮社・宮内洋子氏発行 1000円

<目次>
■詩
接吻…羽島さち 6             画廊物語−M氏画廊にて−…茂山忠茂 8
干満…池田順子 13             さよなら…谷口元子 16
虎落笛…中村保子 19            穴/乾いた夏…八瀬生見 21
着メロ…泊 せつ子 25           姿態/愛后山…宮内洋子 27
妻の誕生日に/進路予報…宇宿一成 32    「審尋」が終わった日…中村なづな 39
■風紋 暈・輪
「暈」 三題…木佐敬久 42          虹の輪…岡田惠子 45
月の暈…谷口元子 46            花の街…養父克彦 48
猿回しの猿…池田順子 49          暈を拭って…宇宿一成 50
下緒(さげお)…満園文夫 51         暈という字…八瀬生見 53
輪と和…茂山忠茂 54            環天頂アーク…宮内洋子 55
■子供の詩について 子どもと自然…茂山忠茂 58
■エッセイ 鴎外との日々]U『綿考輯録』を追う…養父克彦 70
■表紙絵随想 青空の下の不安…木佐敬久 82
*表紙絵 〜歌川国芳「唐土廿四孝 曽参」〜 個人蔵



 愛后山/宮内洋子

魚屋さんは
エプロンの端で両手をふきふき
お山をみつめている
風向きを調べている
竹笹の靡き具合で
海が荒れているかどうか
わかるのだ
愛后山が大波をうけて
風と共に傾いている
時化か大漁か
雲行きの判断
長年の勘の冴えで
半里うしろにある海の様子が
目の前にひろがってくる

町の象徴だったお山が
ショベルカーやユンボで
崩されることになった
区画整理で住宅地になる
岩盤がゴッコッゴッツン音をたてて
削られていく

山の形がおぼろげに浮かぶ近所の老人は
頂上付近の日の出を拝んでいる

思い出と落ち葉の影はダンプカーに積み込んで
こぼさないように 砂捨て場へ
運んでいった
愛宕山は新地
(さらち)になった

魚屋さんは角度を変えて
北側の外の山で
潮の流れを見るようになった

温暖化で漁獲量は少なくなっていく
潮の流れを読む目は
ますます銀鱗のように光り
大漁の合図を捕獲する

 「お山をみつめている/風向きを調べている」というのは、いわゆる傍観天気のことですが、これが「長年の勘の冴えで」よく当たるのです。私もスカイスポーツをやっていた関係で、必要に迫られて傍観天気をやっていましたけど、科学的に説明がつくことが多いものでした。富士山に傘がかかると雨が近い、というのは湿気の多さと風向で説明できますし、太陽の回りに暈がでると雨、というのも同じ原理です。ですから「魚屋さんは角度を変えて/北側の外の山で/潮の流れを見るようになっ」ても読めるのです。
 ここでは「魚屋さん」の対応だけでなく「愛宕山は新地になった」こと自体もテーマですけど、この「愛宕山」は特定の地名だけでなく全国的なものでしょう。「町の象徴だったお山が/ショベルカーやユンボで/崩されることになった」ことを、声高ではなく、静かに語ることで抗議の深さを知ることができる作品だと思いました。



   
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