きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.7.11 玉原高原




2008.8.15(金)


 63回目の敗戦記念日。犠牲になった方々のご冥福を改めてお祈りいたします。
 朝のうちに実家のある町の役場に行ってきました。父親の介護認定の継続依頼です。その足で実家に行って、父親の通院に付き添いました。そのあとは以前から頼まれていた庭の除草。本当は一本一本手で毟りたいのですが、父親の希望もあり、私の時間も足りないことから、やむなく除草剤を散布しました。虫たちが逃げること逃げること。虫にはなるべく除草剤をかけないようにしましたけど、まあ、無理な相談ですね。1時間ほどで何匹の虫たちが犠牲になったことか、ちょっぴり胸が痛みました。
 この短い文章でも〈犠牲〉が2度出てきています。生命は等価なのかもしれません。



斎藤恵子氏詩集『無月となのはな』
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2008.7.31 東京都新宿区 思潮社刊 2200円+税

<目次>
 T
無月 8                  月光海道 12
甘露 16                  感傷 20
くねらせるもの 22             海餐 26
みずうみ 30                芒種 34
枕 38                   野帰り 40
春の石 44
 U
箒星が弧を描いて墜ちてゆく 48       交叉 54
青火 58                  八月の馬 60
砂山 64                  流れる 68
入り海 72                 海辺の子牛 76
うまのあしがた 80             雨 84
なのはな 90
あとがき 95                装幀=思潮社装幀室



 無月

目印の屏風岩のちかくに
ちいさな萱葺き屋板の家があった
わたしは今夜の宿になる家をたずねていた
坂戸の節から明かりがこぼれている
こぶしでかるく叩いた

戸を引き顔をのぞけたお爺さんは
綿のはみでた縞の半纏を着
落ち窪んだ目をしばたいてわたしを見た
 形代
(かたしろ)を舞わしんさるか
乾いた唇からつぶやくようにもらした

わたしは首をふった
人形をあやつることなどできない
お爺さんはだまって目をそらし
禿げた頭をふりふり戸をしめた
もの言う間もなく
内側から錠をおろす音がした

山はねむりはじめ
夜はしじまに添って走ってくる
つめたい露草が脛にまとわりつく

数百メートル先のくらい木立に
わたしを誘うように
ぼんやりした灯が見え隠れしていた

なにかに誘われなければ
歩きすすむことはできない

たずねた家家では
お婆さんがでてきたり
主人らしい壮年の男がでてきたり
赤ん坊をだいた若い女がでてきたり
でてくるひとは違ったが一ように訊いた
 舞わしんさるか
わたしが首をふると
鼻先で音をたて戸をしめるのだった

雲に隠れた月から
十三夜の
にぶい薄明かり

夜も更け家はあと一軒しかなかった
 舞わしんさるか
白髪の小柄な痩せた男がでてきた
 舞わします
夜風がつめたく頬をなで
髪がしめっていくのがわかる
わたしは荷物を片手に突っ立っていたが

手まねきされるまま内に入った
奥から火を焚く匂いがする

 2年ぶりの第3詩集です。詩集タイトルは巻頭詩と最後の詩のタイトルを合わせたものになっていますが、そこに特段の理由はないとも思えますし、この2つの詩によって文字通り他の詩群を内包しているとも思える面白い構成になっています。ここでは巻頭の「無月」を紹介してみました。この無月について、あとがきでは、
〈無月とは、月が雲に隠れて視えない状態を表すことばで、これを生みだした古人の感覚を素晴らしいと思いました。視えなくてもあるということ、ひとの生きていくこともそうだと思います。忘れられたひとびとの耐えた思いが、いちばん忘れやすい日常にひそんでいます〉
 と述べています。詩集の性格や意図を示す言葉と捉えてよいでしょう。「無月」は、ようやく〈手まねきされるまま内に入った〉ところで終わっていますけど、これがこの詩集で展開される物語≠フ始まりだと私は思いました。そして「なのはな」で締めくくるのです。〈視えなくてもあるということ〉を実感させる好詩集です。



青木ミドリ氏詩集『びんの底で』
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2003.2.14 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊
2000円+税

<目次>
 T
林檎の重み 8     びんの底で 12     静物 I 16
静物 U 18      螢石 T 20      螢石 U 22
月長石 26
 U
トマトの日 30     本が凍る 34      再生 
REPLAY 40
ぼくにそむく僕 44   わたしに向かない朝 48 確かなものは 52
記憶 56
 V
白日夢 60       発掘作業員の午後 62  祭祀の夏 66
海の博物館 68     夏の葬列 72      夏を弔う 76
冬キャベツ 80
 W 空気くらげの謎
出会い 84       産卵 88        潜伏 90
(きざ)し 92      浮遊 94        捕獲 96
朝食 98        好きなものは 100
跋 104
あとがき 110      イラスト 緑川明子   表紙絵 著者



 静物 T

びんの底に たまった夜を
絵筆の先で 洗っている

画布
(キャンバス)の 黄色い林檎
見かけほど うぶではなくて
指で押すと ほら
ずぶんと 向こうへ へこむのだよ

行ったきりの わたしの指よ
帰っておいで
待っているわけでは ないけれど
待っていたい心の あるうちに

林檎に ぽっかりと あいた穴
見開いた 夜を注げば
はがれた 夜明けが 浮いてくる

 5年前に刊行された第1詩集です。絵もお描きになるようで、表紙の絵は著者自身の作でした。紹介した作品でも絵描きさんであることが判ります。〈びんの底に たまった夜〉〈はがれた 夜明け〉という詩語も佳いですし、〈指で押すと〉〈ずぶんと 向こうへ へこむ〉〈黄色い林檎〉の造形も見事です。〈待っているわけでは ないけれど/待っていたい心の あるうちに〉という心理も巧みに織り込まれて、著者の詩人としての才能を見せつけられた思いです。今後のご活躍を祈念しています。



詩誌SPACE81号
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2008.9.1 高知県高知市
大家氏方・
SPACEの会発行 非売品

<目次>

膝を抱えた/近藤弘文 8          現代の山とへりくだった猿/豊原清明 9
夜の魚になって/葛原りょう 12       エンドレス/かわじまさよ 14
終わりがあるから始まりもある/大石聡美 16 T氏のカルテ/近澤有孝 18
言の葉スケッチ/弘井 正 20        五丁目電停札所/萱野笛子 21
独り歩き/さかいたもつ 24         ネコ/山川久三 26
主張する/中口秀樹 28
 §
ぶらぶら男たち/中上哲夫 50        葉あもにい/日原正彦 52
真夜中の掃除夫/利岡正人 54        日々/内田紀久子 60
回り燈籠の絵のように(6)/澤田智恵 62   『美術館異変』/南原充士 68
作家以前 他三篇/秋田律子 71       鏡/山下千恵子 80
砂浜(四)/指田 一 84           白い犬/ヤマモトリツコ 86

エッセイ 風に揺れるタチアオイ/山沖素子 4
俳句 (六月)(七月)/秋田律子 6
翻訳詩 チベット情歌/ダライ・ラマ六世倉央嘉措 内田紀久子訳 58
詩記 夏色の風が吹くいちにち/山崎詩織 81
小説 ワイルド・ラブズ(一)/豊原清明 2
   行列 その一/大家正志 88
評論 連載XIV『<固我意識と詩>の様相』〜補遺(1)〜/内田収省 30
編集後記・大家 102



 夜の魚になって/葛原りょう

風鈴を
がらんどうの六畳の窓に吊るしたら
風が 生まれた

たばこをくゆらせると
ひとしきり 過去が星と明滅して
やがて来るだろう明日が
子供のように挨拶してきた

鳴らないピアノが交響曲に出逢うとき
その安らぎはいかほどだろう
視界にうつる全てがやさしいとき
息詰まった心臓が
ライフ ライフ と脈打ちしだす

明日 喪にふす夏だとて
生きうる限り考える
世の哲学は愛することで
生きうる体を眠らせる

風が風鈴と出逢って
風に音が生まれるように
わたしは幾千の言葉を放す

すると夜の魚になって
言葉は星に向かって遡上する

あるかなきかのか細い星まで
くまなく手と手を繋ぎあって

 第1連の〈風鈴を/がらんどうの六畳の窓に吊るしたら/風が 生まれた〉というフレーズが佳いですね。第5連の〈風が風鈴と出逢って/風に音が生まれる〉とも相俟って、この詩人の造形の深さを知る思いです。〈幾千の言葉〉が〈夜の魚になって〉〈星に向かって遡上する〉という情景も美しいものです。小説でもエッセイでも出来ない、まさに詩の世界を見せられました。



   
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