きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
080711.JPG
2008.7.11 玉原高原




2008.8.17(日)


 特に予定のない一日。終日いただいた本を読んで過ごしました。



詩誌『山形詩人』62号
yamagata sijin 62.JPG
2008.8.20 山形県西村山郡河北町 500円
高橋英司氏方編集事務所・木村迪夫氏発行

<目次>
詩●あいつ/阿部宗一郎 2
詩●花びらの中・蜘蛛について/近江正人 6
詩●二百二十九段/高橋英司 10
詩●ピペット奇譚/佐藤伝 12
評論●超出論あるいは洞察の彼方 吉野弘詩集『北象』論/万里小路譲 16
詩●夢の島/木村迪夫 21
詩●二〇〇八年の歌/大場義宏 24
詩●小詩集 いろはにほへと/菊地隆三 26
詩●涙痕V/佐野カオリ 31
後記 41



 あいつ/阿部宗一郎

こんちくしょうと
何度つぶやいたことか

いつの日か必ず捕っつかまえて
首ねっこおさえつけ
ぎゅうぎゅう言わせてやりたい

きょうこそと思って立ちあがる
いまだと思い手をふりあげる
だが
ひらりと逃げる
ぐにゃりとすりぬける
あげくがふりむきざまにあのにやりだ
にやりと笑う
いや にやりと嗤うだ

一体あのにやりは何のにやりだ
グレー色の憐憫
濃紫色の侮蔑
それとも純白色の清廉潔白

ちかごろは
昼はおろか夢の中にまで出てきて
前方斜右上から見おろし
前方左上からのぞきこみ
後方肩越しからはしなだれかかり
時には聖者の顔に化粧して真正面からにやりだ

私の書きものの升目のメークや
私の弁説の粉飾や
私のペンのインクの色の使い分けまで
あいも変わらずやってますな
と吐かしてにやにやだ

それが近頃は
私の左脳のひだひだに染みついた
昔の昔の澱のどろどろまでを曳きだして
あれはどうするのなどとの目付きをする
始末をつけずに灰になる気ですかなどとだ
くたびれた右脳の隅の紅い染みだって
そのまま風にする気ですかなどとだ
こちらの細胞の再生が老いて白くなり
フェロモンの分泌が薄くなりだしたので
近頃はいささかあせり出したのか
目つきばかりか声まで幻聴のオクターブだ

何度か破魔矢を買って射てはみたけれど
もうその筋力も失せた
干柿のように日干しにしてやろか
蟻地獄のすりばちに蹴落としてやろか
裏山のの木の百舌鳥の生け贄にしよか
電波の十字路に素裸を晒してやろか
とブログに書けば
どうぞどうぞとあの又にやりだ

そろそろ入梅
雑草の中にねじ花が咲いた
あいつが
ことさらねちねちまとわりついては
胃の腑あたりを
ちくちく千枚通しでつつく

西洋の国の天にまします主に救いを求めたら
汝ノ敵ヲ愛セと言うし
仏陀に聞けばそれを己れと受け入れよと言うし
神に助けを祈ったら
それは「死ナナキャ直ラナイ」だって

誰方か方法を教えてくれませんか

 〈あいつ〉とは何かがこの詩の生命なのでしょうが、他のことをやりながらですが、3時間考えて確信に至りませんでした。せいぜい煩悩≠ョらいしか思い浮かびません。それでもこの詩は楽しめました。作者には失礼かもしれませんが、それでもいいのだと思います。全てが判ればそれに越したことはありませんけど、なんだろな、と考えさせるのも良いものです。ときどき思い出す詩でしょうね。
 〈笑う〉と〈嗤う〉の違いについては辞書で調べました。〈笑う〉は喜んで笑うこと、〈嗤う〉はあざけり笑うことだそうです。今まで何気なく使い分けていたように思います。この詩によって調べてみる気になりました。そういう気にさせる詩でもあります。



詩誌『木偶』74号
deku 74.JPG
2008.8.15 東京都小金井市
増田幸太郎氏編集・木偶の会発行 500円

<目次>
そうしよう/天内友加里 1         相棒/野澤睦子 3
警鐘/荒船健次 5             嫉妬 他/乾 夏生 7
北米中西部の田園地帯の騒々しい虫たちの鳴き声を聞いたあとで/中上哲夫 11
「火の木」見るということ/広瀬 弓 13    母のうつわ/土倉ヒロ子 17
啓蟄がすぎたので/川端 進 19       リベラ・メ(我を解き放ち給え)/田中健太郎 21
流しのウスさん/沢本岸雄 25        行為/落合成吉 27
船/仁科 理 29              ほたる/藤森重紀 32
奇妙な天体 われらが大地/増田幸太郎 35
読む 石坂洋次郎「リヤカアを曳いて−死−」についての覚え手き/馬渡憲三郎 41
受贈誌一覧 48



 警鐘/荒船健次

見えない苛立ちに
揺さぶられ はじかれ
神経のつま先まではじかれ
街をさまよい
郊外の緑地帯に漂着
俺は草の上を転げる

俺の居場所はどこなのか
見えていた雲がいつのまにか
空に呑みこまれてしまった

俺も緑地帯を脱け出し
よそ者の憤怒で
ネットに蝕まれ苛立つ
ビル砂漠を浮遊する

俺は聞く
ネットに絡まれ
尿路を詰まらせた激痛と
二酸化炭素の直撃を受けた
空の呻きを

粉塵に爛れた
俺の瞼の裏側に
亀裂を深める青い球根
解ける氷上に死を宣告された
無垢の獣の叫びが聞こえる

地球よ
あなたの崖淵の深刻さに較べ
俺の悩みの何とちっぽけなことか

ネットに蝕まれた世界と発熱する地球よ
滅びを点滅させるあなたの警鐘が
俺には聞こえる
この警鐘を俺だけの抒情として
胸に納めてはならない

 〈ネット〉とは網なのかインターネットのことなのか、私には採りにくかったのですが、〈ネットに蝕まれた世界と発熱する地球よ〉とありますから、インターネットのことなのかもしれません。それは措いても第6連の〈あなたの崖淵の深刻さに較べ/俺の悩みの何とちっぽけなことか〉というフレーズに作者の真摯さを感じます。最終連の〈この警鐘を俺だけの抒情として/胸に納めてはならない〉も優れた表現だと思いました。



個人誌『ぼん』48号
bon 48.JPG
2008.8.25 東京都葛飾区
池澤秀和氏発行 非売品

<目次>
 詩 横線グラフ   2
随筆 刻の狭間で・48 4
 詩 ブランコ    8



 横線グラフ/池澤秀和

ゆるやかな下降線が すすみ
ひとつの目安を すぎると
これからの方針を
入れ替え 差し変え 目先を代える

波形は ゆるやかに
下限線を 上下して すすむ
もう 限界かな・・と
壁の 厚さ高さに
能力の 薄さ低さに つまずく

  よく似たグラフを ときどき新聞でもみかけるが・・

見えない壁の 視えている変化に
対応 できない

入りのパイプは 細くなるばかり
出の間口は 広がるばかり・・だが
失えば ふたたび もどらない
足下から 頭上へ 熱いものが 突き上がる

強気と弱気の 周期が
長短 入り交じる落ち込みの波形

  60年代の高度経済成長期 公衆浴場周辺に店舗12軒
       活気の渦と 弾んだ こえ
  2008年 夏 既に浴場はなく タバコ屋 精肉店 茶舗の3店

隙間風が 吹き抜け
人のこえも 会話も まばら

馴染客の 買い置きが 足りなくなる頃合は
なぜか 一緒で 来客の 出入りも増え
ときどき 吹く風に 背中を押され
電話口の こえも はずむ

今朝も また 定刻に シャッターを 上げる音
ガタガタマダマダ ガタガタマダマダ
ガタガタマダマダ ガタガタマダマダ・・と

 「後記」によると、作者は自営の商店主のようです。詩作品ですから現実のことと捉える必要はありませんけど、そういう前提で読むと、より深く読み込めると思います。〈強気と弱気の 周期が/長短 入り交じる落ち込みの波形〉である〈横線グラフ〉は、お店の経営状態を示していると採ってよいでしょう。〈よく似たグラフを ときどき新聞でもみかけるが・・〉については、政権や政党支持率と「後記」にありました。最終連の〈ガタガタマダマダ〉の〈マダマダ〉が商店主の心意気を表出させている作品だと思いました。



   
前の頁  次の頁

   back(8月の部屋へ戻る)

   
home