きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
080711.JPG
2008.7.11 玉原高原




2008.8.19(火)


 午前中、地元の西さがみ文芸愛好会の編集会議が持たれました。この秋に刊行する『文芸作品に描かれた西さがみ』という本に関するコアな関係者だけの会議で、初めて編集の業者さんもおいでになりました。本の体裁、レイアウト、版下などを専門に行う業者さんのようで、私は一般の印刷屋さんとのつき合いは長いものの、そのような業界との打ち合わせは初めてです。本来、印刷屋さんがやっていた範囲ですが、最近ではその分野だけ専門に扱っているのでしょうね。興味津々でお話しを伺いました。

 やはりコンピュータを駆使して編集しているようです。
Macを使っているということで、やっぱりなあと思いました。私がMacを使ったのは、大昔のカラークラシックUしかありませんけど、当時はその先進性に驚いたものです。その頃のマイクロソフトはMS-DOSの世界でしたが、Macはすでに現在のWindowsと同じでしたからね。プロの見る眼は違うのだと思いました。

 今回の編集会議は珍しくバーミヤンでやりましたが、早朝9時ではまだ客はおらず、快適でした。そんな打ち合わせも、時間帯によってはお薦めの店かもしれません。これ、別にお店から宣伝してくれと言われたわけではありません、念のため(^^;



詩誌『弦』42号
gen 42.JPG
2008.9.1 札幌市白石区
渡辺宗子氏発行 非売品

<目次>
論理と情緒8 −ことば遊びの楽しみ/畑野信太郎
詩 大きな暗い穴に/渡辺宗子
  鍵老人のマザーグース(十七)/渡辺宗子
童話のほとりY/渡辺宗子



 大きな暗い穴に/渡辺宗子
    
おそらく からではなかろうか※

薄芒の原で
勇払の原野で
光る無数
視覚の群れが まさぐっている
糸の切れた風船の頭が消えて
貌から索
(はな)れた自在
闇に放された獣の
眼球の純粋
星を播く
元始の眼であったのか

…そして頭を持たぬ眼が軟体動物の
  ようにただよっていた


森の精霊がうごめくとき
ひと科の植物が呻く
空白の窪みで
夢の種をひそやかに落とした
匂い菖浦の伝承
性別のまだない生誕と
ひとつの大きな眼が浮遊する
はじめての光の中で
カインを見すぎた
弱視よ
真意に戻れないまま
樹々の眼窩の空洞

 おそらく花のなかに 最初の視覚
  が試みられた


対話なく摘みとった花の
神秘な採光
いくど 刺し透されたか
わたしたち
ぱらぱら 眼球は飛び散り
天使の見えない
黒い斑点病に盲いている

闇の原野に生きる
眼球の群衆
視覚が発威する
狂声の気迫
獣が美しく在る証に
共存を拒絶しつづけているのか

 緑色の眼をしたシメールが
門衛の
  ように吠えたてる

    ※ルドンの「(黒)」木炭画・石版画の作品より

 フランスの画家、オディロン・ルドン(1840〜1926)の絵に触発された作品ではなかろうかと思います。昨年、渋谷の
Bunkamuraで『ルドンの黒 眼をとじると見えてくる異形の友人たち』展があったようですから、作者はそれを観たのかもしれません。私は残念ながら観に行っていませんが、〈糸の切れた風船の頭が消えて/貌から索れた自在/闇に放された獣の/眼球の純粋〉などのフレーズからはネットで調べた「眼=気球(1878)」という作品が想起されます。絵を詩語によった造形した見事な作品だと思いました。



『かわさき詩人会議通信』48号
kawasaki shijin kaigi tsushin 48.JPG
2008.9.1 非売品

<目次>
表現は、一つの言葉を探すため? 作家フローベルの厳しさ/河津みのる
時事風刺十二題/斉藤 薫
不眠症/寺尾知紗
オリンピック/枕木一平
介護士の派遣/さがの真紀
解けない疑問符 ―詩とはなんですか―/山口洋子
居酒屋タクシー/小杉知也
こころ映え/寺尾知紗



 オリンピック/枕木一平

東京オリンピックが開催された その二年前
私は社会人になった
今のJRがまだ日本国有鉄道と呼ばれ
職員のタマゴは何でもやらされた

東京は突貫工事で高速道路が作られ
競技場が作られ すべてオリンピック一色
それはさまざまな企業に影響を与えた
国鉄では東海道新幹線が開通した

職場ではオリンピックどころではなかった
私たちに仕事を教えていた先輩の多くは
新幹線要員となって抜けていき
まだ半人間にもならない私たち新人が
ベテランたちの仕事を引き継いだ

無我夢中で働き学んだ
貨物の仕事になり 入換作業のなかで
もうダメか と
目をつむってしまうような危険を
何回体験したことか
その後 この仕事を続けてゆくことになり
目の前で 何人の仲間が命を落とし
手や足を失っていったことか

二千八年夏
今年は中国でオリンピックが開催される
あと開幕まで何日 そんな記事をみるたびに
若かったあのころの自分が思い出される
オリンピックのある年 その夏は
わたしにとって とくべつ あつい。

 今年の北京オリンピックに〈東京オリンピック〉を重ね合わせて、〈若かったあのころの自分が思い出される〉とした作品ですが、第4連の〈目の前で 何人の仲間が命を落とし/手や足を失っていったことか〉というフレーズには驚かされます。TVや新聞ではほとんど報じられていないように思います。しかも、その裏では〈もうダメか と/目をつむってしまうような危険を/何回体験したことか〉という事実があります。そんな危険と隣り合わせで、現在も鉄道の仕事は続けられているのだと、改めて考えさせられました。



隔月刊誌『新・原詩人』19号
shin genshijin 19.JPG
2008.8 東京都多摩市 江原茂雄氏方事務所
200円

<目次>
《この詩17》花・野菜詩画集(抄) 作:羽生槙子 紹介:江原茂雄 1
 ゆれる菜の花 チャワンカケ 雀と菜の花 七月の庭・きゅうり ブルーベリー・夏の夕暮れ シソの実 ホオヅキ ひとりぼっちのオンブバッタ アゲハの蛹
読者の声 4
詩 向こう岸/神信子 5            */さはしやよい 5
  休息/江原茂雄 5
廃歌/あらいともこ 5           短歌/伊藤真司 5
狂歌・川柳/乱鬼龍 5           多摩川シリーズW 登戸有情/江 素瑛 6
栃の花便り/浴田由紀子 6         事務局より 6



 向こう岸/神信子

よちよち歩きだが
なんとか自分の足で
ここまでは
歩いてきた

夜の闇には
まだ時間がある――
草いきれの激しい
おおまがときの川の渚

「じんさあん じんさあん」
向こう岸から
私を呼んでいる
懐かしい声

死んでから
更に美しくなった友よ
でも まだ
そこには行けない

   (「掌」96号より)

 最終連が佳いですね。〈死んでから/更に美しくなった友よ〉というフレーズには意表を突かれましたが、それほど思い入れている〈懐かしい声〉があるということは羨ましい限りです。それでも〈でも まだ/そこには行けない〉と締めるところに、この作者の生きる力勁さを感じました。よくまとまった佳品だと思います。



   
前の頁  次の頁

   back(8月の部屋へ戻る)

   
home