きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.7.11 玉原高原




2008.8.31(日)


 呼ばれていたイベントがあったのですが、サボらせてもらいました。夏の旅行の疲れも出たようで、今日はどこにも出かけず終日、いただいた本を拝読して過ごしました。



槇晧志氏追悼集『潮騒』
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2008.8.15 さいたま市大宮区
廣瀧光氏代表・杭詩文会発行 非売品

<目次>
潮騒 −花の日の記憶− 槇 晧志 5
わが名 わがうた −詩集『善知鳥』より− 槇 晧志 10
弔辞 鎌田理次郎 14
   弓削緋紗子 17
   伊早坂 一 19
追悼
槇晧志のこと=つむじ風と来た酒徒  中村 光行 24   槇さん、教え子に会つたかい   筧  槇二 28
槇晧志先生をしのんで        石川 蝶平 30   日本酒を愛して         今村 紘司 33
あなたのために……         浦田伸二郎 35   槇先生の声          大久原今日子 38
槇晧志先生の思い出         金井 節子 40   槇 晧志君           鎌田理次郎 42
甚大なる存在            北原 立木 45   秩父の思い出−槇先生を偲んで− 栗原 澪子 47
槇先生、感謝。           関根 將雄 49   槇先生を悼む          高安 義郎 51
槇晧志先生追悼「白い象の中の白い狼」杜澤光一郎 53   槇晧志先生を偲んで       外村 文象 56
槇晧志さんを偲んで         中村 泰三 60   男の色気      福田 崇廣・金子 久枝 63
表現に厳しい先達詩人        藤倉  明 66   晧志さんと「橘」        松本  旭 68
さようなら−槇さん         松本 鶴雄 71   思い出を紡ぐ          宮本 正和 74
槇先生を偲んで           村上 悦也 80   桑田真澄選手からのおくりもの  桑田 敏恵 83
校歌・海・野球           山村  健 84   白く光る海           山口 格郎 86
言の葉の水先案内人         河田  宏 88   想う−翼を下さった師      遠藤 富子 95
恩返しは日輪にして         大谷 佳子 96   「同期の桜」を歌いながら    尾崎 花苑 97
「創友乃会」            笠井 光子 99   無ではなく           郡司 乃梨 101
ありがとうございました       白瀬のぶお 103   先生お世話になりました     巴  希多 104
素に戻る              二瓶  徹 105   槇先生との出会い        比企  渉 107
道を決めて下さった槇先生      平松 伴子 109   追悼              三浦 由喜 114
槇晧志先生と二上山         山丘 桂子 116   ふみびとに捧ぐ         廣瀧  光 118

皆様のご交情に感謝         今田 安砂 123   あとがきに代えて潮騒のむこうへ 廣瀧  光 124
<題字・尾崎花苑>



 わが名/槇 晧志

わが名は灰色なれば
君がむらさきのみ聲もて
いかにとも呼び給ふことあるまじ。
年經たる湖
(いづみ)の畔
崩れ果てし伽藍の陰に
飛び散らひ捨て埋れたる
灰色の魂
(くれ)にしあれば……


 わがうた

わがうたは
 千尋
(ちひろ)の湖(うみ)の底の藻の
ひそめる魚
(うを)の口先に
 碎けし水泡
(みなは)の影となり

   (第一詩集『善知鳥』より)昭和二十四年九月十日発行

 昨年11月に83歳で亡くなった槇晧志氏の追悼集です。私は生前にお会いしたことはありませんが、指導なさっていた『杭』誌でご高名は存じ上げていました。そのお人柄と人脈の広さは「追悼」でもよく分かります。
 ここでは追悼集に載せられていた「わが名 わがうた」を紹介してみました。〈わが名〉を〈灰色の魂〉と規定するところに詩人の真摯な魂を感じます。改めてご冥福をお祈りいたします。



詩誌『複眼系』41号
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2008.8.25 札幌市南区
ねぐんど詩社・佐藤孝氏発行 500円

<目次>
道の駅…………………常田 淑子…2     フクちゃん……………高橋 淳子…4
球を追う………………高橋 淳子…6     とり介さん……………水谷  …7
午前零時………………板垣美佐子…8     薔薇のオイル…………板垣美佐子…10
無駄遣い………………米谷 文佳…12     神様の居る 夜………米谷 文佳…13
作家の家………………本庄 英雄…14     月寒公園………………本庄 英雄…16
口の口・唇は…………小林小夜子…18     だから…………………小林小夜子…20
老人会…………………金崎  貢…22     青畳……………………金崎  貢…24
バナナ…………………金崎  貢…26     肉ぢやが………………金崎  貢…27
猫をさわる女たち……金崎  貢…28     ある淋しさ……………金崎  貢…30
四行詩…………………佐藤  孝…32     祭り残しの書…………佐藤  孝…35
学校に向かって叫ぶ…佐藤  孝…38     おれはマチュピチュ…佐藤  孝…40
後書……………………………………40     表紙写真「白樺二本」佐藤  孝



 ある淋しさ/金崎 貢

銀座一丁目にある
スーパーの 入口にあった
スタンドの灰皿が
買物客に邪魔なのか
今朝から撤去された

利用者は 大半が女性
会社を抜けだした
O・L3人組は
腕組喫煙 談笑後
打揃って 去ってゆく
次の常連は
黒い スーツに白い襟を出し
うなじが 清らかな
女子大生
まだ馴れない手つきで紅い唇から
煙の吐き出しもぎこちなく されど
風情があって 艶
(なま)めかしい
どんなきっかけで 煙草を覚えたのか
仕送りの 親が見たら
さぞ 嘆くことだろう
そんな 光景が 消えたのだ
もの淋しい

 〈銀座一丁目にある/スーパー〉に限らず、〈入口にあった/スタンドの灰皿が〉〈撤去された〉という事態は私も何度か目撃していて、タバコ好きとしては〈もの淋しい〉思いをしています。作品は灰皿が設置されていた当時を回想していますが、〈利用者は 大半が女性〉だったのは事実でしょう。たしかに〈O・L3人組〉の〈腕組喫煙〉、〈女子大生〉と思しき女性が〈まだ馴れない手つきで紅い唇から〉〈煙の吐き出し〉ている姿もありました。それにしてもよく見ていらっしゃるなと感心した作品です。



詩とエッセイ『解纜』139号
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2008.8.8 鹿児島県日置市
西田義篤氏方・解纜社発行 非売品

<目次>

周期−ずれ・……村永美和子…1        周期−ゴミと・…村永美和子…3
坂−長崎にて・…村永美和子…5        白い雲・…………石峰意佐雄…7
風見男・…………石峰意佐雄…9        みずの径
(みち)…池田 順子…15
警告・……………中村 繁實…18
エッセイ「小さな窓から」 聖火リレーの妨害・…中村 繁實…22

沼のほとり・……西田 義篤…24
編集後記                   表紙絵…石峰意佐雄



 沼のほとり/西田義篤

リュックを背負った松葉杖の大男は
一ヶ月に数回 村に現われた
失った右足を誇示するかのように
空洞のズボンの裾を大きく揺らして
肩まで垂れた長髪は汗と埃にまみれ
髪におおわれた暗い顔に
眼だけが鋭く光っていた

男は村の家々を巡り
土間でリュックの中味をひろげる
塩漬けや生の肉塊
首を折った彩り美しい野鳥
幼虫のぎっしりつまった蜂の巣
茸や山菜
季節の草花や熟した木の実
一升瓶のなかでまだ蠢いている蝮
縄で十字に結ばれた石亀
ときには男がつくった木彫りの動物もあった
うす汚れたリュックの中から
さまざまな物を取り出してみせる男は
華やかな手品師のようだった

寡黙な男は
相手に媚へつらう様子は微塵もなかった
低い声でその品物の値段だけを云う
金銭のある者は金銭を払い
持ち合わせのない家は
それにみあうだけの品物を用意する
物々交換でもいいのだ
米・塩・味噌・黒糖・魚の干物
薩摩芋や南瓜・衣類や陶磁器……
男が承知さえすれば何でもよい

えたいの知れない余所者を
村人は本能的に嫌う
松葉杖の男も例外ではなかった
だが 男の持ってくる鹿や猪や鳥の肉を
人々はひそかに待ち望んでいた
敗戦後の食料難の時代だ
新鮮な肉など滅多に口にすることはなかった
男がやってきた日の夜の食卓は
どこの家も賑やかになった

巨木がひしめきあう湿った亜熱帯の森
もう使用されなくなった炭焼小屋に
いつからか男は住みついていた
赤錆びたトタン屋根
半ば崩れかかった小屋には窓もなかった
森の奥にある沼に行くには
小屋の近くを通らなければならなかった
異臭を放つ小屋がみえると
ぼくらは息を止め
一気にそこを駆け抜けていくのが常だった
男が猟銃を持っていることを知っていたし
子どもをさらっていく噂もあったからだ

照葉樹が周囲から迫ってくる沼
半分水に浸された枝もある
烈しく陽光が降り注ぐと
暗緑に澱んだ沼もさんざめく
沼は底無しだから決して近づかないようにと
親からはきつく戒められていた
それに森や沼のほとりには
松葉枝の男が仕掛けた鳥獣用の罠もあった
だが長い夏の間
沼は幾度も悪童たちのひそかな遊び場だった
子どもは危険な場所に惹れるものだ
仲間が鮒や鰻を釣っている間
私は水草をかきわけ網で水中をまさぐる
沼は水生昆虫の宝庫だった
水上に群れてせわしげに走りまわるアメンボ
大小さまざまな種類のヤゴ
羽化直前のギンヤンマのヤゴは私の手の中で
観念したのか動こうとしない
腹部を上に向け水面につかまっている風船虫
光沢のある硬い翅の源五郎
蛙を捕えているのは獰猛なタガメ
扁平な尻を水面に突き出して呼吸しているタイコウチ
長い鋏をもてあますミズカマキリ
背中一面に卵を負い子育てをするコオイムシ
私はそれらを片っ端から捕え
馬穴に放り込む
持ち帰って水槽で楽しむのだ

樹影がのびて沼を覆い尽し
藪蚊が騒ぎはじめると
ぼくらは沼を後にする
いつも暗くて長い帰り道

夏がすぎ秋が深まっても
松葉杖の男は現われなかった
私たちはいつも待っていた……
いろいろな噂話があったが
村の娘とどこか遠くへ逃亡したというのが
どうやら真実のようだった
見掛けよりずっと男は若かったのだろう

戦争後の六十三年がまたたくまに流れ
その数だけの夏が通過する
広漠とした暑さのなかに佇むと
喪失した故郷の遙かな水の風景が甦る
沼へ通じる草いきれの径は草木に閉され
もう辿ることはできないだろう
誰も訪れることのない沼のほとりでは
生きもの達の生の営みがいまも続いているだろう
ホテイアオイの青花が水に浮び
水面すれすれに蜻蛉の群れは交差する
朽木の上から魚を狙っているのは瑠璃色のかわせみ
土色の水生昆虫たちは
相変らず水底を這いずりまわっているだろう
漆黒の闇がおりてくれば
獣たちの眼も光るだろう
そして大きなリュックを背負った松葉杖の男の姿を
鮮やかに想い出したりするのだ
私たちに悦びと怯えを残して
忽然と姿を消した名前も知らない男
男はとっくに亡くなっているだろう
だがどこかの町で年老いて
ひっそりと暮しているかもしれない
疼く膝をなだめながら
濃密な森や獣の血を洗い流した沼を
ときどき懐かしんでいる――
私はなぜかそう思いたいのだ

 良質な短編小説を読んだあとのような感慨に襲われました。〈敗戦後の食料難の時代〉の影を引き摺った子ども時代を、東北の片田舎や北海道の炭鉱町で過ごした私も似たような話を聞いたことがあります。それは〈リュックを背負った松葉杖の大男〉だったり、哲学者めいた華奢な老人であったりするのですが、おそらく全国にそういう人が多かったのでしょう。戦争の痛手を一身に背負いながら、〈寡黙な男〉たちは〈もう使用されなくなった炭焼小屋〉でひっそりと暮らしていたのかもしれません。
 その男が〈村の娘とどこか遠くへ逃亡した〉らしいというのが、この作品に花を添えています。そうあってほしいですね。〈どこかの町で年老いて/ひっそりと暮しているかもしれない〉、〈私はなぜかそう思いたいのだ〉というフレーズに、作者の深い人間性も見えた佳品です。



   
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