きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2008.8.28 松島 |
2008.9.22(月)
渋谷に行ったついでに、話題の映画「次郎長三国志」を観てみました。主演・中井貴一のスマートさが目だって、それはそれで良かったのですが、なんだかモノ足りないというのが正直な印象です。私は、戊辰戦争で敗れた東軍の遺体が西軍に指示によって放置され、それを手厚く葬った次郎長に期待していたのですが、そんな場面はまったくありませんでした。村上元三の原作にもそれは無いようですから、求める方が無理な注文なのかもしれませんね。
もう時効だからバラしてしまいますけど、高校1年のときに家出をしたことがあります。流れ着いた先が清水港。たまたま地元のヤクザが経営する店でアルバイトさせてもらいました。ヤクザの店とは知らずに働いていましたが、チンピラがウヨウヨしているのでおかしいとは思ったのです。そのうちチンピラとも仲良くなって、女を紹介するの、酒を呑みに行こうのと言い出しました。それを見ていた親分が一言。
「素人さんに手を出すんじゃねえ」
私はヤクザを賛美するつもりは毛頭ありません。しかし、この親分の言葉にはシビレました。本物は一線を画すものだと、そのとき思ったのです。清水次郎長の流れを汲むヤクザは違うんだな、とも。実際に流れを汲んでいたかどうかは知りませんけど、なにせ清水港ですからね。長じて戊辰戦争の経緯を知るにつれ、次郎長には敬意さえ抱くようになりました。その次郎長の映画ですから期待したのですが、当てが外れたという次第です。そのうち誰かそういう視点で映画を作ってくれないかなと思っています。
○小川聖子氏詩集『過ぎ去った谷』 |
2008.8.11 東京都板橋区 待望社刊 非売品 |
<目次>
第一部 むこうがわへ
入れ歯 12 さがしもの 14 ある男の一生 16
祖母 18 接待 21 伝言 24
霊魂忘却試論 27
第二部 こちらで
男になりたい女 32 髪切り工場 36 透明人間 39
慈悲 41 左手の仕事 44 刷り込み 46
ドリップトリック 48 十三夜の逆襲 52 麻酔 56
さびしい島ふたたび 60 ちいさな玉 63 時間論 66
予見 69
第三部 おちこち
紡ぎ歌 76 アラブの少年 78 バベルのうた 81
音楽売り 84 くるみ割り人形 87 ドロティアの息子たち 91
悔悟 94 三つ子の異国 97 過ぎ去った谷 104
特使 107
あとがき 111 .略歴 112
麻酔
がっしりした上背のある女医が全身麻酔をかけてくれた
予備麻酔のファーストショットがうまくいったとき
長髪を後ろにひっつめ パンツ式の白衣で仁王立ち
寸分のミスも許されない真剣勝負の形相だ
前夜 病室にやってきて彼女は説明した
「エビのように丸くなって腰椎に麻酔をかけます
筋弛緩剤を打って食道にチューブを入れます
入れ歯などはめていませんか」
「あの どうやってチューブを入れるのですか」
という間の抜けた問いに
「口をこじあけるのですよ もう意識はありませんから」
とあたりまえのように答えた
うまく意識を失いますようにと
内心 姑息にねがった
手術は成功して
呼応反応チェックが賑やかにおこなわれた
病室への移動寝台で吐き気がすると喚いた
退院してすっかり回復した頃
麻酔の恩寵にはやばやと無神経になり
「自殺とは麻酔なしの手術なり」というたわごとを
ノートに書きつけた
今日でもなお麻酔なしで手術をする国があることを
最近になって知った――
十分な消毒薬もなく
うす暗いあばら屋で
虫垂炎の手術を受ける少女は横たわっていたという
いよいよ錆びたメスが腹部に入ったとき
少女はけなげに歯をくいしばり
両目から涙を流しながら呻いたが
泣き叫びはしなかった
若い血がどす黒い血の上にほとばしり落ちた――
言葉に麻酔をかけてはいけない 詩人よ
けれども狭い世界しか知らない言葉は
世界の誰かの苦悶にたいして
盲目的に残酷な仕打ちをしてはいないか
歯を少し削るにも気軽に麻酔をかけてくれる国で
表現される痛みに真実味はあるか
日本語の詩集としては3冊目で、他に英語の詩集が2冊ありますから、通算5冊目ということになります。ここではこの詩集に中ではちょっと異質な「麻酔」を紹介してみました。最終連に全てが集約されていると思います。特に〈言葉に麻酔をかけてはいけない 詩人よ〉というフレーズにはドキリとさせられますね。〈狭い世界しか知らない言葉は/世界の誰かの苦悶にたいして/盲目的に残酷な仕打ちをしてはいないか〉という言葉にも考えさせられます。私たちの〈表現される痛み〉には本当に〈真実味はあるか〉と検証する必要があるのかもしれません。なにせ私も〈歯を少し削るにも気軽に麻酔をかけて〉もらっている口ですから。
○文芸誌『扣之帳』21号 |
2008.9.10 神奈川県小田原市 青木良一氏編集・扣之帳刊行会発行 500円 |
<目次> ◇表紙 木下泰徳
◇カット 木下泰徳/宮本佳子
小田原の文学発掘(15) 大衆文学の達人−吉川英治のこと――岸 達志 2
オオコノハズク・アオバズク =白秋の『木兎の家』のみみづくをめぐって=――田代道彌 22
酒匂だより――町田紀美子 29
小田原城と高源院崎姫――今川徳子 30
少年金次郎の読書――尾上 武 36
ボクの映画館(1)「まだ御料簡が、若い、若い」と由良助はいった――平倉 正 42
カルメン日記――桃山おふく 48
来大連的信(大連からのたより)(7)――水谷紀之 54
足柄を散策する(12) 文学遺跡を尋ねて 我が産土の町・小田原(8)――杉山博久 56
足柄周辺の碑文を探る(5) 神仏詣での道しるべ −いにしえの道標考――平賀康雄 60
強羅ホテルに滞在した山口誓子――佐宗欽二 74
時代を語る絵画 −ゴヤのこと――本多 博 78
安叟宗楞(19) 安叟和尚の画賛 青木良一――85
編集後記
ギャラリー情報(新九郎) 47
小田原の文学発掘(15)
大衆文学の達人−吉川英治のこと/岸 達志
大衆文学の誕生
――『和之帳』では今まで小田原の文学者を取り上げてきましたが、今回は吉川英治を取り上げたいと言われた時は驚きました。
岸 吉川英治は小田原に縁が深い作家だからです。横浜生まれですが、お父さんは小田原の人です。
吉川英治は国民作家といわれ、昔は大衆文学といわれました。これに対するのは純文学で、この方が高尚のように思われていました。 ところが、吉川英治は大衆作家として初めて文化勲章をもらっております。昭和三十五年でした。大仏次郎も文化勲章をもらっていますが昭和三十九年でした。大仏次郎は昭和の初めに「鞍馬天狗」や「赤穂浪士」を書いていますが、この人は純文学の扱いをうけています。大仏や十一谷義三郎の「唐人お吉」も、『現代日本文学全集』(改造杜・昭和二年)に収められています。大衆文学作家と見られている人たちは別扱いになっていました。
ところが、昭和三十年代になると吉川英治が先ず文化勲章をもらうようになった。だんだんと大衆文学と純文学の境がなくなってきたようです。
――どうして大衆文学と純文学に分かれるようになったんですか。
岸 それは出発点が違うんですね。大衆文学は講談から始まっているんです。講談は江戸時代に流行りました。明治十七年に三遊亭円朝の「怪談牡丹燈籠」の速記が東京稗史出版社から出たのが始まりだといわれています。
――その円朝の「怪談牡丹燈籠」を今、構成・演出鴨下信一で、白石加代子が演じています。私はこのあいだ平塚に出かけて見てきました。
岸 木村毅(き)が、『大衆文学十六講』(昭和八年・橘書店)で発達史的にまとめております。その頃円朝の講談が続々筆記され新聞に掲載されたんです。また外国の小鋭の翻案も載せたようです。純文学の方は、坪内逍遥の『小説神髄』から二葉亭や漱石鴎外という流れで発展して来たんです。
――『我輩も猫である』も新聞小説です。
岸 ええ、漱石以外にも新聞小説を書いている人はいっぱいいます。
新聞小説には二種類あって、一つは先ほどの講談の速記、もう一つはさっきの『現代日本文学全集』中の「新聞小説集」で、福地桜痴・原敬・山路愛山・池辺三山等、かなり固いものを新聞小説としているのです。新聞の多くの読者はそれより講談や浪花節を速記したものを喜んだようです。それで野間清治が『講談倶楽部』を出すんです。
――『講談倶楽部』は雑誌ですね。吉川英治の小説も出しています。それは何時頃ですか。
岸 明治四十四年(一九一二)ですね。『講談社五十年史』をみますと、創刊まもなく講談の速記者の方から浪花節と一緒に載せるとは何事だと抗議があったんです。講談師と浪花節語りとは合わなかったようです。そこで、野間清治はむかしの話を速記するだけの時代ではない、新しい人に新しいものを書いてもらおうとなったのです。これが大衆小説の発端になったといわれています。
そういうわけで、大衆文学というのは純文学とは出発が違うんです。
――吉川英治は大正十年(一九二一)東京毎夕新聞に「親鸞記」を書いています。この「親鸞記」も講談の流れですか。
岸 あれはちょっと違うんです。あの頃宗教文学ブームが起っているんです。倉田百三の「出家とその弟子」や石丸梧平の「山を降りた親鸞」とか、イエス等いろいろな作家が書き出したんです。江原小弥太の「新約」とか賀川豊彦の「死線を越えて」などがあります。そういうブームのなかで吉川英治は毎夕新聞の社命で無署名で書かされたといっています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
毎号楽しみにしている「小田原の文学発掘」は〈大衆文学の達人−吉川英治のこと〉でした。このあと吉川英治の少年時代や〈小田原の人〉だったというハシャメチャな〈お父さん〉が語られていくのですが、割愛します。小田原の伊勢治書店で発売していますから、興味のある方はお買い求めください。
それにしても〈大衆文学と純文学〉は〈出発点が違う〉というのは知りませんでした。その違いについてもこのあと詳しく出てきます。講談社が『講談倶楽部』から成ったというのは知っていましたが、その大元は〈講談や浪花節を速記したもの〉とは、これも知らないことでした。対談の相手の岸達志老師は禅寺の住職さんです。その博識には毎号畏敬の念を持って拝読していまして、今号も期待を裏切りませんでした。「小田原の文学発掘」ではありますけれど、書かれていることは日本の文学発掘です。お薦めです。
○文藝同人誌『金澤文学』24号 |
2008.9.30 石川県金沢市 金沢文学会・千葉龍氏発行 1600円 |
<目次>
扉の詩 生かさねばならぬ辛さ、に/千葉 龍…5
小説 血肉(ちにく)/千葉 龍…6
評論・エッセイ
アイデンティティは再編成される −さまぎまな他者をめぐって−/谷 かずえ…34
二つの狂気からの連想/池田星爾…45
複眼の世界/梶井重雄…52
連載特集7
その人と文学の故郷 芦田高子/柴田みひろ…55
敵が多い≠ヘ男の勲章 千葉龍第二詩集『魂のありか』ヘの跋(芦田高子)
乖遠(かいえん)の哭(こく) −師は眠るだけと哭いた愛弟子(千葉 龍)
私のなかの芦田高子(千葉 龍)
「新歌人」恋歌(千葉 龍)
詩
差し伸べられた手/骨/診断書/雛祭り 清崎 進一…72 ミネルバの家 おしだとしこ…74
小樽運河 池端 一江…75 こごみの季節 名古きよえ…76
舞い散る雪はまるで 大湊 一郎…77 野の風景 池田 星爾…78
居座ってやろうがい 越田 茂…80 遺されしもの げん のこ…81
有無眼 長尾まみり…82 ある鎮魂歌/天城峠 外村 文象…83
大道 清沼 覚…84
童話 花野村のお客さま 西村彼呂子…87
詩賓席(国内) 夏 中山 純子…90
特集 誌上小詩集 南 邦和
寓話(道化師・蝶・パカチ・蟹)/腐食画/神宮駅前停留所 馬−中国残留孤児異聞−/鳥/ロカ岬/グラナダの大…91
詩と日常…97
俳句 無縁佛 村上 京子…98
短歌 老松 高橋 協子…99 友 上野 政代…99
川 村上 京子…100
小説
紅色の帳 北村ともひで…101 タイムトリップ 吉村 まど…123
母霊超抜 −東京多摩道院− 下林 昭司…131 果たされた約束 佐々木栄志…140
月光 尾木沢響子…144 朝ぼらけ 畔地 里美…148
詩賓席(海外)
文貞姫(ムン・ジョンヒ) 訳・韓成禮(ハン・ソンレ) 朝露/椿の花/タンポポの膝…160
黄仁淑(ファン・インスク)訳・韓成禮(ハン・ソンレ) アカザ/静かな隣り/突きあたる路地…162
韓成禮(ハン・ソンレ) ポインセチア/川辺で/ジョン・ドウ(Jhon
Doe)さん、とても退屈だ!…164
評論・エッセイ
シネマ歌舞伎二題―― 野田版 研辰の討たれ 京鹿子娘二人道成寺/三木英治…167
精神の陽性/外村文象…173
『津軽』への旅 −太宰治の果てを探る−/松井郁子…177
詩
未完成な空間/希望 柳沢むつ子…182 せいたか泡立草 山形紗和代…184
使命 上田 政代…184 野性と混浴−白山奥岩間噴泉塔− 下林 昭司…185
目を閉じて/高倶利抄 村上 京子…186 新聞紙の立て方 ハンダシンカズ…190
詩人の死 迎火(むかえび)もせで自(みずか)ら仏哉(ほとけかな) 千葉 龍…188
エッセイ
愛しのバイオリンと嘆きの弓 池田 星爾…191 杉並だよりW あやかしの居酒屋 中条 佑弥…196
木曽節異聞 向井 成子…198 記憶力 高橋 協子…199
わが世代 食の思い出 池端 一江…200 バスの中で 山崎寿美子…201
ニューヨーク、ボストンの旅 吉岡 昌昭…203
詩
走り続ける/三千六百五十三のカウントダウン 佐々木栄志…212
こひうた/在る 秋葉 遼…214 蜃気楼 川野謙一郎…215
風景・人間・それぞれの時間 坂 勤…216
エッセイ
新しい試み 研 まち子…218 時空人間〜コラム3題 永山 敬三…220
中島公園の散策 平野 幸彦…222 売れない漫画家の恋 村雨 晴彦…223
遺言書という小説 中田 邦雄…226 無縁仏 柴田 昭雄…227
月光(ムーン・ライ卜) 高橋はる美…231
茨城の江沼・大聖寺一行「ふる里加賀へ」「加賀の走り移民一行」−加賀市内二日間の動向を新聞記事で知る−池端大二…232
書評
生命の完全燃焼と温かな視線 外村文象詩集『影が消えた』を読んで 金子 秀夫…236
「生」のリアリティに触れる 外村文象詩集『影が消えた』 谷 かずえ…238
言葉に内在する愛と死 おしだとしこ『流れのきりぎしで』 谷 かずえ…239
展望(詩と小説)
詩誌東西南北 谷 かずえ…241 誌界・読点 吉岡 昌昭…249
哀惜の福中都生子
少女の瞳物語 千葉 龍…254 福中さんの思い出 三木 英治…258
●グラビア…1 ●「残心(ざんしん)」あとがき…260 ●バックナンバー…268
●金沢文学会のきまり(会員募集のしおり)…272 ●入会申込書…273 ●原稿募集…274
【題 字】竹中晴子(同人。書家=石川県かほく市)
【表紙の絵・マドリードの街角】外村文象(同人。詩人,画家=大阪府高槻市)
【カット・画・写真】牧田久未(詩人。デザイナー=京都市) 山谷金光(ドクター。写真家=弘前市)
堀 義雄(彫刻家=川口市) 竹内正企(詩人。画家=近江八幡市)
生かさねばならぬ辛さ、に/千葉 龍
ぼくを識っているすべてのひとが
ぼくを記憶の外に押し出してくれるまで
ぼくを生かさねばならぬ辛さ
いのち とは
なにものとも関わりなく
生きているもののことだ と
賢しらに囁いたものがいる。
だれだ! おまえは
ぼくを生かさねばならぬ辛さ を
半分持って行け
せめて
耳鳴りの半分だけでいい
持って失せろ。
記憶の半分もおまけに付けてやろか
私がこの文章を書いているのは2009年の1月4日です。ですから書けることなのですが、紹介した主宰・千葉龍さんはすでに亡くなっています。2008年の11月26日に東京會舘で日本ペンクラブの「ペンの日」が開催されました。そこで私も千葉さんにお会いし、少しお話しさせていただいたのですが、その晩、ホテルで急死しています。それが最期となりました。
この作品は次々と亡くなる文学上の友人を描いていると思います。〈ぼくを生かさねばならぬ辛さ〉からは解放されたわけですが、そんなに早く逝くとはご本人も思っていなかったでしょう。いまごろは彼岸で友人たちに冷かされているのかもしれません。この号が最後の編集で、私のことも少し書いてくれていました。その御礼もしないうちに旅立たれてしまって、私も困惑しています。
千葉龍さん、長い間お世話になりました。ありがとうございました。あちらでもいつものサングラスで、元気でいてください!
享年75歳。ご冥福を改めてお祈りいたします。
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