きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.8.28 松島




2008.9.25(木)


 午後から小田原で西さがみ文芸愛好会の運営委員会が開かれました。この秋に『文芸作品に描かれた西さがみ』という本を刊行しようとしていますが、当初の刊行趣旨を最高議決機関である運営委員会に一度報告してあるものの、その後の実務は4人ほどのコアメンバーで進めています。いつまでも報告なしで進めるのも問題ですから、ここらで途中経過を報告しようとなりました。20名近い委員の皆さまにお集まりいただいて、刊行委員長、事務局長、会代表者から報告があり、特に異論もなく了承されてホッとしています。

 この秋、とは言っても晩秋になりますが、小田原の伊勢治書店でも発売されますので、よろしかったらお買い求めください。コアメンバーの私が言うもの何なんですが、佳い本になると思います。古いところでは泉鏡花や北原白秋、近くは川崎長太郎、三島由紀夫など、意外な人が小田原近郊を舞台にしたものを書いています。その44編をピックアップして、当会員が現地調査をし、資料を漁って解説を書いています。全国的にも珍しい企画ではないかと自画自賛。発行部数は1000部ですから、すぐに売り切れになるかも(^^;



秋田律子氏詩集
『目覚めよと呼ぶ声あり
−白いヴュール
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2008.10.1 高知県高知市 ふたば工房刊 1500円+税

<目次>
 T
櫻の森 10      白雪姫 14      記号として 18
カード 22      夜 26        大人の約束 30
作家以前 34     資源ゴミ 38     花びらのモニュメント 42
ごめんね 48     出口なし 52
 U
海の象徴として 58  鏡 60        つぼみ 62
悲しみの行方 64   コメディエンヌ 66  雨 68
夢の思い 70     想像上の 72     遺伝子の傷 74
舞台裏で 76     闇夜 78       コンサートで 80
化身 82       次ページ 84     原風景 87
豊かな問題 88    喧嘩 90       フロイトに 92
パンドラの厘 94   あなたと 96     決算 98
モンタージュ 100
.  夜光虫 102.     黄昏 104
鏡よ鏡 106
.     デフォルマシオン.108 ごめんね 110
 V
八月 114
.      思い出の花火 116.  きっと明日 118
あいうえお 120
.   日にち薬 122.    私の中の料理 124
教室 126
.      セレナーデ 128.   あきらめない 130
未来形 132
.     夢から 134.     ごっこ遊び 136
猫じゃ猫じゃ 138
.  学校 140
あとがき 143
カバー装丁・安井勝宏



 豊かな問題

おなかいっぱい食べた方が
太らない
脳に満足を感じさせることに
意味があるらしい
その記事を読んで
この頃の私は
食べたくないのではなく
飢えていたいのだ
ということに気がついた
ほしいと思わないのに
手に入れることができる
そこいらじゅうにあふれる
ありふれた物達に
幸せを見い出せなくなって
いるらしい 私
ある意味で
とんでもなく幸せな私が
飢えることだけで
そんな安易な虚構と訣別したいと願っている
太るとか
太らないとか
豊か過ぎる問題だった

 2年ぶりの第3詩集になるようです。紹介した作品は視点がおもしろく、謂わば逆転の発想ですが、真実を言い当てているように思います。〈脳に満足を感じさせること〉は大脳生理学的もそう言えるのかもしれませんね。そこから〈この頃の私は/食べたくないのではなく/飢えていたいのだ/ということに気がつ〉き、〈飢えることだけで/そんな安易な虚構と訣別したいと願〉います。現代の〈ほしいと思わないのに/手に入れることができる〉物質文明への警鐘とも採れましょう。〈豊か過ぎる問題〉を発見した佳品だと思いました。



詩誌『詩創』13号
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2008.9.30 鹿児島県指宿市
鹿児島詩人会議・茂山忠茂氏発行 350円

<目次>
詩作品
つら
面…安樂律子 2              鶏…安樂律子 4
火の島…田中秀人 6            許された時間…植田文隆 8
いまだ出会えず…植田文隆 10        足音…妹背たかし 12
誕生日…妹背たかし 13           生きる…桐木平十詩子 14
安保先生…桐木平十詩子 16         漆黒…美 澄 19
「想い」…茂山忠茂 20            燃える…茂山忠茂 22
流れて尽きず(冬のつぶやき)…野村昭也 24  ファルージャ…野村昭也  28
案山子…岩元昭雄 32            N子との語らい…岩元昭雄 33
娘の新著…岩元昭雄 36           見えない密林…宇宿一成 38
通夜は雨…宇宿一成 41           負けた子に…宇宿一成 44
「詩人会議」九月号より転載
詩誌評・詩の洪水にひたりながら…宇宿一成 46 星の歌が聞こえる…植田文隆 50
「詩人会議」十月号より転載
詩誌評・詩に抱かれる危機感…宇宿一成 51
詩創十二号読後感 世界とのかかわり方…宇宿一成 55
おたよりから…57
後記…63                  受贈詩誌・詩集…64



 負けた子に/宇宿一成

悔しがれ、と言わんばかりに
試合に負けた子供を親たちは迎えて
負けて悔しいか、
悔しいと思ったのなら良い、と
どの親も一様に言うので
悔しさは広い会場を埋め尽くす勢い
私はどうにも居心地が悪く
文庫本を腰に二階の外階段へと逃げ出した

人に負ける悔しさは
人に勝ちたい思いを育てるかも知れないが
ここで勝つとは人を負かすことなのだろう
勝ち負けではない処に武道の真髄は在ると
思うのだけれど
どの親も負けた子供に悔しいかと聞くのだ
負ける悔しさなんて
生きてゆけばいくらでも味わえるではないか

武具を身につけることを禁じられた琉球で
素手を鎧として身を守るために
空手は生まれたと聞き及んでいたが
どうやらここで競われているのは
謙虚な護身術ではないらしい
甥の応援に駆り出されて私は
会場の熱気にまみれているのだが
負けた子よ、どうか泣かないでおくれ
涙は惜しむべきではないがその涙では
次に負かした相手に同じ涙を流させるだけだ

型を作りながら拳の向こうに
倒れる人の気配を感じたようにたじろぎ
一瞬よろめいて減点され敗れた選手に
私は親しみを感じ
さらに応援することを放棄して
会場の外へ走り出した幼子たちにこそ
もっとも強い共感を覚えた
妙な応援には違いないのだが
万が一にも将来
日の丸を背負って戦うなどと
言い出さないでおくれと念じながら

 世の中には同じようなことを感じる人がいるものだなぁ、と思いました。私も〈勝ち負け〉のある競技やゲームは嫌いで、避けて通ってきました。〈人に負ける悔しさ〉もさることながら〈勝つとは人を負かすこと〉に後ろめたさがつきまとうのです。作品はどうやら〈空手〉の試合のようですが、たしかに空手の〈真髄〉は〈謙虚な護身術〉だろうと思います。しかも、できるだけ使わないというのが本物の武道家だと聞いています。その思想が今でも沖縄の人にはあるように感じています。〈型を作りながら拳の向こうに/倒れる人の気配を感じたようにたじろ〉ぐのが人間らしいと思いますね。作品は〈人に勝ちたい思い〉が〈日の丸を背負って戦う〉ことにまで展開させ、〈勝ち負け〉は決して競技だけのことではないと看破して見事です。

 私事ですみませんが、私が作者と同じような感じ方になったのは、中学校のバスケット部にあるようです。対外試合は全敗。おそらく私がキャプテンだったせいでしょうが(^^; しかし、当時の部員たちとは半世紀近く経った今でも交流があります。全敗したけど、俺たちはもっと違うものを得たようだな、というのがある部員の弁でした。
 蛇足です。勝敗を競うのは嫌ですが、例えば運転免許のような資格試験は大好きです。一定のレベルに達すれば、誰でも資格を得られるというのは、精神衛生上まことによろしいと思っています。



詩誌『極光』10号
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2008.9.20 北海道小樽市
花井秀勝氏発行 1000円

<目次>
詩  この真夏日の/野村良雄 2       ニゲラ/田中聖海 4
   バス停留所/鷲谷峰雄 6        居場所/光城健悦 8
詩論 北海道詩の可能性について(3)/高橋秀明 11
   ――更科源蔵におけるマゾヒズムの論理2
詩  野球場にて/岩木誠一郎 18       カラーピーマン/橋本征子 20
   反世界/若宮明彦 23          流れしずむ標的/坂本孝一 24
海外の詩 
Yone Noguchi(1875〜1947)=野口米次郎(明治8-昭和22)/熊谷ユリヤ 26
     二十世紀初頭の英米文壇が絶賛した日本生まれの世界的詩人
詩  捨児のウロボロス/高橋秀明 30     八月の父の行方/斉藤征義 32
   指/谷崎眞澄 36
   
.、、、
詩論〈現代詩〉宣言の為の草稿(三)/原子 修 38
      
.、、、、、、、、、、、、、   、、、、、、
   ――〈言葉の精密な意味での現代詩)は〈永久芸術運動〉である
詩  指と船乗り/竹津健太郎 42       バラード 憲法の木/原子 修 44



 バラード 憲法の木/原子 修

血と肉を焼く戦場の火は消えたけれど
大量虐殺
(ジエノサイド)の火照りに
全身全霊を焙りつくされたぼくの
干上がった心のなかは
いつまでも見渡すかぎりの焼野原だった

ある日 子どものぼくの
枯草のようにそよぐ胸のすきまから
とてもいい匂いのする風が入ってきて
ぼくの心のなかの荒涼とひろがる焼け跡に
木の実をひとつ落としていった

地獄の焔
(ほむら)を耐えぬいたぼくの絶望そのままの
黒くて固くてちいさな木の実
でも
その内部でいのちの火をほろほろと焚いている
ひと粒のちいさな木の実

ぼくの心のなかの
すぐには忘れられない焼け跡の
まだ戦火のほとぼりさめやらぬ土に
ぼくがそっと埋めてあげた
ひと粒の木の実

ぼくの心のなかの
たやすくは忘れられない焼け跡で
飢えにあえぐぼくの
人知れずながす涙のしずくをのんで
かすかな黄金の芽がほころび

じっと見守るぼくのまなざしの光を吸って
ういういしい茎がさみどりに伸び
みずみずしい双葉がまみどりにひらき
やがて すっくりと立ちあがった一本の幼い木
どんな植物図鑑にものってはいない不思議な木

ぼくが若ものになったとき
凛凛しく成長したその木の
梢にとまった鶯が綺麗な声でうたったのだ
――この木がいる限り
  二十歳
(はたち)のあなたが戦場に駆りたてられることは
  もう ありませんよ

ぼくが妻をめとったとき
さらに大きく成長したその木の
しなやかな枝にとまった山鳩が祝ってくれたのだ
――この木が元気に立っている限り
  戦
(いくさ)で家族が散り散りになることは
  もう ありませんよ

いつのまにか ぼくのまわりで
お金の黄金虫が飛びかい
高層ビルの大群が空をおびやかし
自動車の猛獣がおそろしい声で吼えたけり
ご馳走や豪華な衣装の大洪水が人々をのみこんでも

ぼくの心のなかの
いつまでも消えずに残る焼け跡で
いつのまにか見上げるばかりの大樹に成長したその木の
香ぐわしい常緑の葉むらからは
――平和をつらぬくのにも
  鉄の意志が要るのです
という諭
(さと)しの露がしたたたり

こまやかな梢の網の目からは
――自由とは
  とても腐りやすいものなのだから
  智恵の冷蔵庫でしっかり鮮度を保たなければ
という教えの光がきらきらと散りこぼれ

たくましく張りめぐらされた枝からは
――人権は
  権力をほしいままにする妖怪たちが
  いちばん貪り食べたい餌食なのだから
  命がけで守らなければなりません
という戒めの風がさわやかに吹きわたり

ぼくの心のなかの
一生消えずにのこる焼け跡で
いつしか
世界じゅうのどんなところからも眺められる
すばらしい高木に成長したその木の

葉に群がる蝶たちは
――戦
(いくさ)の災(わざわい)の火ではなく 庭の焚火のよろこびを
  永久
(とわ)に この地上に
と 美しく舞い

梢に咲く花々は
  殺りくの血ではなく 母の乳ながれる郷
(さと)
  永久
(とわ)に この世に
と あでやかにうたい

ぼくの心のなかの
息絶えるまでのこる焼け跡に
雄々しくそびえ立ついっぽんの大きな木のため
ぼくは 祈ったのだ

――太陽よ
  邪
(よこしま)な斧をふるってこの木を伐り倒そうとする
  心ない人々の暗黒の目に
  どうか
  ひとしずくの明察の光をともしてください

  月よ
  まがまがしい暴力のマッチが放つ戦火で
  この木を地球ごと焼きはらおうとする
  荒ぶる人々の狂気の髪を
  どうか
  サファイアの光でまばゆくなだめ梳
()いてください

 タイトル通り日本国〈憲法〉をうたった作品ですが、一読して佳い詩だなと思いました。憲法を〈どんな植物図鑑にものってはいない不思議な木〉としたところが新鮮で、憲法発布から現在までの時間の流れと、木と〈ぼく〉の〈成長〉を重ねて見事です。〈この木がいる限り/二十歳のあなたが戦場に駆りたてられることは/もう ありませんよ〉、〈戦で家族が散り散りになることは/もう ありませんよ〉と憲法の恩恵を讃えています。しかし〈平和をつらぬくのにも/鉄の意志が要るのです/という諭し〉には注目しなければならないでしょう。なぜなら〈自由とは/とても腐りやすいもの〉で、〈人権は/権力をほしいままにする妖怪たちが/いちばん貪り食べたい餌食なのだから〉です。この2つのフレーズには心底シビレました。〈すばらしい高木に成長したその木〉を〈命がけで守らなければな〉らないと、二読三読しながら思いました。日本国憲法に関しては随一の名詩と云えましょう。



   
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