きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.9.27 栃木・和紙の里




2008.10.1(水)


 2008年10月になりました…。現実の日付は2009年1月12日です。ようやく9月までUPし終わって、これから10月分に取り掛かります。いつになったら現実の日付に戻れるやら心もとない気分ですが、がんばります! 礼状は3ヶ月も遅れて、誠に申し訳ありません。遅れを取り戻すべく努力しておりますので、どうぞご容赦ください。



大畑善夫氏詩写真集『地蔵寺の四季』
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2008.9.24 埼玉県蓮田市 私家版 非売品

<目次>
晩秋の地蔵寺 表紙             初めに 2
水子供養地蔵尊建立由来石碑文 3      紅葉の中の地蔵寺 5
ひなまつり 8               花の頃 11
こどもの日 鯉のぼり 14          5月の節句 17
梅雨時 20                 七夕祭り 24
講堂の掛け軸 27              孟蘭盆会 8月13日全山灯明 29
お彼岸 35                 こけし 39
紫雲山地蔵寺にいくには 40         秩父札所第31番札所 鷲窟山 観音院 41
補足 43



 こけし

新月のかすかな微笑み
双の手は見えず
人の世に何も求めるものはないのです

こけしの名の語源は(子消し)
昨日の暗い東北の歴史のなかで
間引きされた水子のことです

虫よりも短いこの世の日は
その小さな片掌で数えられ
悲鳴もなく無明の彼岸に帰って行きました

祖父 祖母 父 母 兄 姉 …
小さな獣のように寄り添う屋根の下で
御仏の我が子よ
お前には炉端の火に手をかざす間もなく
他の星に旅立って貰うより仕方がなかったのです

その後母は何度も自分の首が締め付けられる夢を見た
そして
同じ夢の中で
殺された子供が恨みのことばもなく
花の中から微笑みかけてくるのを見て
泣いた
慰めの言葉を持たぬ父は
野辺送りの墓標もない子供の為にひとり木を刻んだ

遠い世界に向い微笑んでいる こけし

 埼玉県秩父郡小鹿野町にある秩父札所三十一番・観音院近くにある水子地蔵寺(正式には紫雲山観音寺)だけを扱った詩と写真集です。写真はシロウトだから詩画集でも写真集でもない、と「補足」で述べていますが、どうしてどうして、なかなか立派な写真集です。
 地蔵寺には14,000以上の水子地蔵があるようで、その全てに赤い涎掛けと風車が付いているそうです。それを四季折々、いろいろな角度から撮った写真が圧巻でした。ここでは詩「こけし」を紹介してみましたが、〈こけしの名の語源は(子消し)〉とは以前聞いたことがあります。しかし〈慰めの言葉を持たぬ父は/野辺送りの墓標もない子供の為にひとり木を刻んだ〉とは気づきませんでした。私にとっては新しい発見です。そして〈殺された子供が恨みのことばもなく/花の中から微笑みかけてくるのを見〉たという〈こけし〉に、仏教の深い慈愛を感じました。この詩写真集も作品「こけし」も、現代人の私たちが見落としてしまうものを拾い上げた佳品だと思いました。



詩誌『EOS』14号
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2008.9.30 札幌市東区
EOS編集室・安英晶氏発行 500円

<目次>
  昆虫の書(一八)*橋渉二/2
のすたるじあ/空き地*安英 晶/8
     塵のみどり*小杉元一/12

題字・表紙絵 橋渉二
表紙絵:恵み(木版 24×28cm)2007年11月作
   (イスラエルで入手した聖地写真集のモザイク画をアレンジしました)



 昆虫の書(一八)/橋渉二

 楽園油天道

「葉っぱにくっつく小さな油虫を食ベ
シラミや黴まで食べまくる
そうやって楽園の植物をきれいにしてやる
俺は楽園の掃除夫 アブラテントウだ
この仕事に誇りを持っているから
油を売るなんてことはしない
人間様はよくゴミをポイ捨てにする
自分の子どもまで捨てているが
小さなアブラムシにも劣るな
シラミやノミだってそんなことはしない
そんな人間は黴だ黴菌だ虫酸が走る
そんな人間は頭から足の先までバイキンだ
食べてやろうか その黴をその恥をその罰を
おっと 俺はねチョー忙しい掃除虫
楽園の仕事にはローテーションがあって
人間のことなんかかまっているひまはない
人間のことなんか虫は無視する
楽園の隅から隅までピッカピカにする
俺様はアブラテントウムシだ
テントウ仲間のナナホシもシルバーたちも
アブラムシやシラミなどを食べてはいるが
俺様の油が乗った仕事の量にはかなわない
俺様は楽園の掃除夫 ナンバーワン
どうだ すごいだろう えらいだろう
ところで 楽園のほぼまんなかに
天の木というのが立っていて
そこに食べてはいけない木の実が成っていた
それはそれはうまそうな木の実だった
俺様がここをきれいにしてやってるのだから
ちょっとぐらいつまみぐいしてもいいだろう
と 俺は木に登りその実を食べてしまった
その日 楽園の主人が見廻りにやってきた
俺は隠れようとしたが見つかってしまった
『いつもきれいにしてくれてごくろうさん
だが取ってはいけないと命じた実を食べたね』
と主人は言った 俺は言いわけをした
『掃除の褒美として少しならいいかと思い』
『その思い上りのゆえにあなたは卑しくなる
そういうことをしたあなたは呪われるだろう
あなたは生涯食べ物を見つけようとさ迷う
あなたはつねに命を狙われるものとなる』
と 主人は俺に言った」

こうして ラクエンアブラテントウは
楽園から追放されたのだった
アブラテントウは悔いることもなく呟やいた
「ちえっ 主人なんて勝手なものだ
さんざんこき使っておいて追いだすなんて」
楽園の外では油虫やシラミが見つからず
農園のトマトやナスビを盗み食いした
人間の敵になり害虫と呼ばれるようになった
お尋ね者は小鳥にも命を狙われて逃げまわる
襲われたときはブッと臭い屁をひるのだ
だが屁をひるたびにみずからの屁の勢いで
テントウムシは転倒した ドット
ドット・ドット死ぬまで命を狙われ
目をつけられるドット・ドット
その点々模様を翅に背負っている
その点 テントウムシ自身は
わかっていないのだった

 今回は〈ラクエンアブラテントウ〉が主人公ですが、〈人間様はよくゴミをポイ捨てにする/自分の子どもまで捨てているが/小さなアブラムシにも劣るな〉という科白は耳に痛いですね。〈ちょっとぐらいつまみぐいしてもいいだろう/と 俺は木に登りその実を食べてしまった〉のはアダムとイブのモジリでしょうが、「ちえっ 主人なんて勝手なものだ/さんざんこき使っておいて追いだすなんて」という〈呟や〉きには一理あるように思います。擬人化された〈楽園油天道〉虫は人間の反照なのかもしれないと思った作品です。



個人誌『一軒家』22号
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2008.10.15 香川県木田郡三木町
丸山全友氏発行 非売品

<目次>
草の体温/丹治計二 1           花/友里ゆり 2
一軒家に贈られた本より 3
多田光敏詩集『ささやきの小径・第二集』から 「遊ぼ」「遠い日々」
たやまたみえ詩集『渚の小石』から      「雲」「赤トンボ」

お客様の作品
中井久子(随筆) 紅葉の栞 7        徳増育男(俳句) 8
窪田幸司(詩) 親子の絆・なのに 9     山田周蔵(随筆・俳句) ひとりごと 10
宮脇欣子(随筆) 希望の花 14        友里ゆり(詩) 御用聞き 他 15
高松恵子(詩) あなたの優しさ 他 17    高橋智恵子(詩) 傘・短冊・セミ 18
吉田博子(詩) ミニトマトに・空 20     高崎一郎(詩) 青空は悲しみの二十奏 他 21
篠永哲一(随筆) まんじゅう 23       沢野 啓(詩) 午後の校庭・雨の日 25
内藤ヒロ(随筆) 千年の「源氏物語」 26    坂戸敏明(随筆) 母の叱責 29
荒木伸春(随筆) 抱夢園 30         田山民江(詩・短歌) 母の入院 他 32
深野久恵(詩) 鬼の仮面 35         星野歌子(随筆・詩) 百回忌 他 36
小山智子(短編小説・詩) 飛ぶ日(3) 他 38  佐竹重生(詩) 生きる時とは 40
池田みち(詩) おじいさんの童話 41     宇賀神妙(俳句) 春終る 42
角田 博(随筆) 青春日記(四) 43      小倉はじめ(随筆・詩・俳句) フロント夜話 他 45
平山洋一(随想) 桑の実 48         山上草花(詩) 麦の穂 他 49
川西一男(川柳) 50             吉原たまき(詩) 初夏の風 51
藤井彌峰子(詩) 虹の橋 52         吉村悟一(詩) インド洋の陰影 53
戸田厚子(詩) 素朴な詩 54         大山久子(詩) 春の夜の雨 55
中原未知(詩) 桜の木の下で 56       田島伸夫(随筆) 詩が生まれる春に 57
千葉喜三(短編小説・詩) あこや姫の恋 他 60 佐藤暁美(詩) ほたる・うばゆり 62
森ミズエ(童話) ツバメとみつばち 63    星 清彦(詩) 捨てる 67
小島寿美子(詩) 夕陽の秋に 68       佐竹重生(詩) 一軒家 裏表紙

全友の作品
小説「怨念」 69              詩「孤独」他 76
近況「入院日記(1)」 79



 一軒家/佐竹重生

風は右から 左から捩れあって
いっこうに止まらない
家は渦巻く潮にもまれ 壁ははがれ
防ぐ思案も揺れて 浮遊するぼく

闇の波間に 見えた仄な光
四国の山から届いた
一軒家の裸電球の光
ぼくはためらうことなく
蛾になっていた

忘れていた人間の声が聞こえる
優しい日射しの縁側で
飾らない裸電球の暖かい光の中で
家主の語る四国の話に
客人たちの四方山話に
静かに聞き入る
西の街で 東の里で
刻んだタマネギから洩れる
裸電球の光に濡れた人々は
遠い昔置き忘れた人間の故郷を
思い出すに違いない

 個人誌『一軒家』への応援歌と採ってよいでしょう。〈四国の山から届いた/一軒家の裸電球の光/ぼくはためらうことなく/蛾になっていた〉というフレーズに作者の謙虚な姿勢を感じることができます。私も毎号〈家主の語る四国の話に/客人たちの四方山話に/静かに聞き入〉っています。まさに〈遠い昔置き忘れた人間の故郷〉をこの『一軒家』に見ることができますね。今後も長く拝読していただければと思っています。



   
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