きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.10.9 八方池




2008.11.19(水)


  その2




詩誌『山形詩人』63号
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2008.11.20 山形県西村山郡河北町
高橋氏方編集事務所・木村迪夫氏発行 500円

<目次>
詩●若い詩人よ/いまもうたっているか/木村迪夫 2
詩●嘘/阿部宗一郎 5
詩●小詩集 いろはにほへと/菊地隆三 9
評論●出発論あるいは可能性への旅――浜崎あゆみ『
A Song for XX』論/万里小路譲 15
詩●ばら色の人生/佐野カオリ 21
詩●仮の宿/高橋英司 26
詩●季節の終わりを言う者あらば/大場義宏 28
詩●答えのありか・花のような女/近江正人 30
詩●ことのは落ち/平塚志信 34
後記 37




 
若い詩人よ/いまもうたっているか/木村迪夫

東京の友だちの家で
山のむらの
映画を観たのは
ずい分とまえの話

そこはぼくの村からはるかにのぼった
過疎のむらで
牛飼いの若い詩人は
薄灯りの寝床の中で詩を書いていた

独り
布団のはしから頭だけを突き出し
自作詩を朗読していた

〈吹雪の夜、恋に疲れて死に絶えた雪女の、うた〉
〈腐った乳房のバラード〉

母屋から遠い牛小舎の 牛は
画面いっぱい
寂しさに耐えているように
目だけが異様にやさしすぎた
小舎じゅうに奔
(おど)る詩のひびきを追いながら
どの牛も
この村の原風景を捜しているかのように

〈立ちあがると、どの牛の尻も乾いた糞がこびり着いていて〉
〈傷ついてなお怯むことのない兵士のよう 痛々しかった〉

東京の友だちの家には
牛小舎はあろうはずもないが
牛飼いの若い詩人とぼくとは
(くつわ)を並べて 寝た

吹きつけるふうでもない
かすかな風の気配が
啼く牛の声とともに
夜ふけの街へと走ってゆく

あれから何年になるか
若い牛飼いよ
いまも牛を飼っているか

若い詩人よ
いまも詩を書いているか

 〈布団のはしから頭だけを突き出し/自作詩を朗読していた〉というシーンが印象的な作品です。〈傷ついてなお怯むことのない兵士のよう 痛々しかった〉というフレーズは、〈山のむらの/映画〉の中の〈牛飼いの若い詩人〉と〈東京の友だち〉、そして〈ぼく〉との3者に掛かっているように思います。〈牛飼いの若い詩人〉はいつの間にか映画の中の詩人と〈東京の友だち〉とがダブルイメージになって、ここは見事だと思いました。作詩の勉強をさせていただいた作品です。




季刊詩誌『現代詩図鑑』第6巻3号
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2008.11.1 東京都大田区 ダニエル社発行 600円

<目次>   表紙画・来原貴美『木と人形』
海埜今日子・・書評 架け橋の動物 2     松岡政則・・・磊は打倒されなければなりません 9
水野るり子・・会話(Tに)
. 13        北川朱実・・・八月の詩集 17
白井明大・・・「ふろあがりの足」 21      春木節子・・・沼のほとりで 25
福田武人・・・先刻を恥部する 29       高橋渉二・・・逃亡蜜蜂 昆虫の書20 31
山之内まつ子・濃く焦げることを 37      竹内敏喜・・・この秋 40
荻 悦子・・・百合 43            若狭麻都佳・・夢見るマンドラゴラ 47
坂多瑩子・・・塔の中で 52          倉田良成・・・いつ見きとてか 56
海埜今日子・・てんてまり 60         松越文雄・・・教室の空 64
高木 護・・・小物 68            小野耕一郎・・橋 71
森川雅美・・・(影が目の前を過ぎさっていく)74 佐藤真里子・・火祭り 78
岩本 勇・・・なった 81           北野 丘・・・白筏 83
枝川里恵・・・雪の花 88           佐藤すぎ子・・魔ものの使い 92
岡島弘子・・・大翼竜展にて 二〇〇八年夏 96 原 利代子・・クマキリ 100

支倉隆子・・・苺市へ 104




 
八月の詩集/北川朱実(きたがわ あけみ)

待ちあわせた人と
10分すれ違って
そのまま二十年が過ぎてしまった

10分とは
どれほどの時間なのだろう

コーヒー一杯なら
急いで飲めるし
地下鉄は二つか三つ先に行ける
会議中
落書に夢中になる時間であり
雪の日のマフラーが
肩をあたためる時間でもある

世界では
10分の間に
少数民族が消えることがあるけれど

受験に二度失敗した理由
(わけ)
その間に私は説明できないし
今日一日のさびしさをしまっておくには
あまりにも小さい

まっ青な空を 飛行機雲が二本
交差して すれ違って
どこまでも離れていき

待ちくたびれた人が
横断歩道をいくつも渡って
群衆にまぎれ込んでいくのがわかる

いつまでたっても遮断機が上がらない
踏切りを渡り
盆踊りの音頭がとぎれとぎれに聞こえる
もう無い公園を抜けて

私は
待ちあわせの場所へと急ぐ

その人に読んでもらおうと思った
八月の詩集は
今も鞄の中だ

中から 雷鳴が聞こえる

 〈10分の間〉何が出来るか、それがおもしく感じた作品です。〈雪の日のマフラーが/肩をあたためる時間〉、〈受験に二度失敗した理由を/その間に私は説明できない〉時間、〈今日一日のさびしさをしまっておくには/あまりにも小さい〉時間など、詩人としの本領発揮と云えるでしょう。タイトルと呼応している〈その人に読んでもらおうと思った/八月の詩集〉も佳いし、何より最終連が佳いですね。〈八月〉の〈雷鳴〉と〈詩集〉の叫びが聞えてくるような作品だと思いました。




詩と散文『多島海』14号
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2008.11.20 神戸市北区 江口節氏発行
非売品

<目次>
Poem.           生活 * 森原 直子…2
             相似形 * 森原 直子…4
     昭和に、ご機嫌!其の二 * 松本 衆司…8
             黒い虫 * 彼末れい子…12
           女は老いて * M・ノエル…14
               島 * M・ノエル…16
                   江口 節=訳
Prose.          秋思譜 * 森原 直子…18
        採取生活の楽しみ * 彼末れい子…22
オッチャンとオバチャンが足らんV * 松本 衆司…27
           内面の手記 * M・ノエル…36
                   江口 節=訳
同人名簿…39 入り江で…40  カット 彼末れい子




 
島/マリー・ノエル(1883−1967) 江口 節=訳

ひとり風に吹かれる私の島に 故郷はない
遠くから小船がいくつも 滾る思いでとりかこみ
灰色のカモメが飛び交う下で 呼びかけるのに
私の島には 港もなく 桟橋も町もありはしない

私の島には ひそやかに山がそびえ
一番高いところで 神のかかとにぶつかり
追い返されて…北風の中にまたひとり
ただ海ばかり 海は島を寄せ付けず

永遠に前奏曲が続くのか と嘆きつつ
死へ向かう天の道 そのきざはしで
神の愛がかすかに私を呼ぶ 私の島は
飛び立つ思いを挫く 孤独という地

孤独であれば 神の広いお心さえ不安に思える
絶えず ご自分の鳥を何羽も沖に放たれるのに
いつだって 水の上を飛び越えてはこない
ひたすら鳥を失い ひたすら鳥を放たれる

悲しみはきりもなく 大地は荒れ狂い
頑丈な地面の間に 底知れぬ深淵が揺れる
私の島よ おまえは沈黙に閉ざされる
こみあげる言葉も むなしくさえぎられる

 マリー・ノエルはフランスの詩人のようで、その名から女性と思われます。今号では2編翻訳されていましたが、そのうちの「島」を紹介してみました。〈島〉は〈孤独〉の喩と採ってよさそうです。欧米人の思想にとって〈神〉は欠かせない存在ですが、〈神のかかと〉という表現には驚きました。日本人で無神論者の私ではとうてい発想できません。〈永遠に前奏曲が続くのか〉という詩語も佳いですね。前奏曲でしかない人生とはどういうものか考えてしまいます。日本ばかりに閉じこもらず、広く海外の詩にも目を向けなければいれないなと感じました。



   
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