きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2008.10.9 八方池 |
2008.11.29(土)
午後から日本詩人クラブの事務所に行って、アンソロジー『現代詩選』の編集に参加してきました。校正刷りを精読するだけですから、仕事としては大したことがありません。問題は量ですね。400人を超える会員の作品を10人ほどで手分けして読んでいきました。一人あたり40編を読む計算。まあ、詩ですからこなせますけど、これが小説だったら……。もっとも、小説で400編のアンソロジーはあり得ませんけどね。
その足で夕方からは銀座に出向きました。8丁目のクラブ「鳩ぽっぽ」で、久しぶりに金丸麻子さんのソロ・コンサートを聴いてきました。タイトルは、コンセール・ア・銀座「まるでお芝居のように」〜15年目の真実〜。サブタイトルからすると、歌手生活15年ということらしいです。私はそのうちの10年ほどをおつき合いした、ということになりましょうか。
携帯の写真なので綺麗に撮れていなくてゴメンナサイ。雰囲気だけを味わってください。
「鳩ぽっぽ」はもともとシャンソンの店として有名なのですが、やはり銀座の夜にはシャンソンが似合います。でもね、店内は禁煙なんですよ。ワインを呑みながら煙草の煙を眼で追い、シャンソンに耳を傾けるというのが<正統派銀座の夜>だったと思うのですが、そんな時代は去ったようです。休憩時間に行ったエレベーター前の喫煙場所で、何人かのおぢさま達に加わって、そんなことも思いました。
○前田利夫氏詩集『虚空に繁る木の歌』 現代詩の新鋭7 |
2008.11.11 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 1800円+税 |
<目次>
かなしみ 6 海の風景 9
伝書鳩 13
*
あまのがわ 18 廃船――夜明けのとき 26
浮遊する夢の形状 34 不寝番――みずの瞑り 41
蒼い微光 50 三月の手紙 57
森の心象 62 五月の街 68
花についての三つの断章 75 包まれる夏の風景 84
感傷的な夏より――連弾する午後の夢 90 虚空(そら)に繁る木の歌 96
夢の経験 104. 喪失――失われるとき 109
あとがき 112
そ ら
虚空に繁る木の歌
序章
薄くけむる霧のほさきが、揺れている。
墨を散らかしながら、配列されて褐色の顔をした、
巨木の群を潜ると、
わたしは、使い古された貨幣の森が、度々、裕福な空に向かって、
墜落するという、眩いひかりを帯びた、
大きな門に、夕暮れのにおいを捲いて、
流れ着いた。
門の前では、多くの老婆が、朽ち果てた仏像にむかって、
滾々と、経文を唱えている。
一度として声が整合されることがなく、
錯乱した音階が縦横をゆすり、
ずれを暗く低い空にばら撒いている。
うねる恍惚する呟きは、途絶えることがない。
わたしは、飽和した風船のように膨れた足を癒すために、
曲折するひかりを足に絡ませて、草むらにみえる、
赤い窪みに、眼から横たわる。
それから、徐に、長い旅の記憶を攪拌して、
老婆たちの伴奏で、追想の幕をあげるのだ。
1
海原の話から始めよう。
それは、真夏であるのに、ほとんど青みのない海である。いや、その海は色を
持っていたのだろうか。どこまでも、曲線の丸みを拒否した、単調な線が、死
者の心電図の波形のように伸びている海である。時折、線の寸断がおこり、黄
色の砂を運んでいる鳥が、群をなして、わたしの乗る船を威嚇する。わたしは、
その度に、夥しい篝火を焚いて、浅い船底に籠り、母のぬくもりの思い出を頬
張りながら、子供のように怯えていた。
そのとき、いつものように手をみると、必ず、父がくれたしわだらけの指がひ
かっている。わたしは、熱くこみあげる眼差しで、その手のくすんだ欄干を握
りしめるのだ。
線が繋がるまで。
気まぐれか。少し経って、線は太く変貌する。
一面、靄を転がしている浅瀬ができる。船は座礁して、汽笛を空に刺す。林立
する陽炎が、立ち上がり、八月の色をした服を纏う少年たちが、永遠の端に、
立ち止まっている、みずの流れを渇望して、わたしに櫂をあてがう。わたしは、
櫂を捨てようとすると、少年たちは、足首を掴み、なにかを口走っている。彼
らの後ろには、仏典の文字のような垂層な垂直の壁が、見え隠れしている。わ
たしは、少年たちが、なにを話しているのか、言葉がわからずに、かれらが眠
るのを待って、急ぎ逃走するが、いけども声は、遠くから聴こえて、わたしか
ら、離れなかった。それは、なぜか、遠き幼い頃、聴いたことがある懐かしい
声に似ていて、気がつくと、目の前を、幼いわたしが、広い浅瀬のなかで、ひ
とり泣いているのだ。
線が細さを取り戻すまで。
やさしい日々も思い出す。
船上でのことだ。
古い、ミシンだっただろうか、
わたしが、失われたみどりの山河の文字の入った布を織る。
恋人は潤んだひとみで、書いてある文字を、わたしに尋ねた。
わたしは、生涯教えないことが、愛であると思い、
織物の文字を、夜ごと飛び交う、海鳥の唾液で、
丹念に、白く消していった。
線は、さらに細くなり、風に靡いて。
老婆たちは、経文を唱えつづけている。
仏像にむかって。
眠りながら、唱えている。
門にむかって。
………………
わたしは、門を眺めながら、棘のようなこめかみを、
過ぎゆく春に流し込む。
2
そうだ。都会の話をしよう。
それは、楕円形にも見えたかもしれない。整然としたビルの窓が、いっせいに
開かれていて、カーテンが静かな風に揺れている。暑い夏の眩暈のなかで、人
の姿の全く見えない街が、情操的な佇まいを見せている白昼。街の中央の方か
ら、甘い感傷の酒に酔った音楽が流れてくる。わたしは、寂しさと、湧きあが
る思いを感じて、その音色を尋ねてゆくのだが、音色の下には、瓦礫の廃墟が
一面、広がっているのだ。若い父がいた。祖父がいた。祖母がいた。すぐに、
わたしは、声をかけたが、声は、わたしの後ろに響いていって、前には届かな
い。逆光線だけが、少年になっている、わたしを、優しく包んでくれている。
溢れる汗を浴びて、声のあとを、振り返ると、世界は、時計のように、着実に、
冷たく、賑やかに普段着で立っていた。
こうして、二度目の訂正された始まりから、
楕円形はさらに、色づけされながら。
わたしは、耳のなかで、立ち上がる
ぬるい都会の喧騒を、眺望すれば、
やわらかい季節の湿地に、
殺伐とした抒情詩の唇がせりだしてくる。
にわかに、門は轟音をあげて、閉じる。
老婆たちの口は、唯ならぬ勢いを増して、
読経の声がもえだしている。
凍る古い運河の記憶がよぎる。
逝った父は、わたしの書けない紙に向かって、闇を昏々と眠っている。
蒼白い炎が、門を包む。
その熱によって、
わたしの血管の彼方に滲みこんでいる春の香かに、
きつい葬列のような月が、またひとつ、浮ぶのだ。
わたしの溢れる瞳孔をとおして、
音もなく、復員はつづいている。
闇のなかに遠ざかる感傷の声が、
書架の狭間で俯瞰する鳥の声が、
沈黙してゆく門をみつめて。
第一詩集だと思います。ご出版おめでとうございます。ここではタイトルポエムを紹介してみましたが、形而上的な、まさに詩でしか書けないものを書いていると云えましょう。言語感覚にも斬新なものを感じさせます。ストーリーテラーと謂ったら失礼になるかもしれませんが、構成力の確かさも魅力です。詩語としては「汽笛を空に刺す」、「仏典の文字のような垂層な垂直の壁」などが佳いと思いました。今後のご活躍を祈念しています。
○ヤマモトリツコ氏詩集 『はみがきおじさん/らっぱ男』 現代詩の新鋭9 |
2008.11.11
東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 1800円+税 |
<目次>
はみがきおじさん 6 居候 7 月夜 12
或る日 14 右目 15 お留守番 17
かりんとう 18 美しい死 19 芽 22
からすと目玉 25 後悔 26 顔 29
首塚 29 おひるね 31 からだ 35
さがしもの 36 夜中の街 39 蟻 41
さる 44
らっぱ男 47
らっぱ男 47 叫び 49 あさがお 53
秘密 55 帽子 58 みえこせんせい 60
たね 63 それから 1 65 それから 2 66
交差点 68 それから 3 70 行進 72
それから 4 74 爆発 77 ぼくの名前 81
夜の行進 83
退廃的なライオン 86 欲 89 夜の部屋 91
耳 93 凍える夜に 95 やすらぐ 99
恋 104. 曼珠沙華の夜 107
みはてぬ夢 あとがきにかえて 110
帯文より
かりんとからから骨の音
ふと見上げる白い月に夢を見ていたわたしが薄目を開いてささやく
らっぱ男に導かれてどこかへいってしまった僕の物語
美しく残酷でエロチックな刃を喉元に隠してほころびてゆく日々
○詩とエッセイ『異神』103号 |
2008.11.20 福岡市中央区 各務章氏発行 500円 |
<目次>
「小詩集」
田中裕子 小さな花 ドライマンゴー
小澤清實 いぼんじょ
田中圭介 スリッパ
金子秀俊 滄波を渡る 2
麻田春太 太陽柱(サンピラー)
各務 章 近い道遠い道 歩く
「エッセイ」
各務 章 (一)余白の輝き (二)方言の力強さ復活
「編集後記」各務 章
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