きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.11.21 静岡県裾野市・五竜の滝




2008.12.12(金)


  その1

 日本詩人クラブの「国際交流の集い」に招聘したメキシコの詩人、アンバル・パスト氏が来日し、夕方から東大駒場のファカルティ・ハウスで歓迎夕食会が開かれました。理事は全員出席せよとのことでしたから、私も参加させてもらいました。
 アンバル・パストは私と同年の1949年米国ノースカロライナ州生まれ。9世紀のポーランドに王朝を開いたピアスト王の末裔で、先祖は18世紀に米国に移住してピアストからパスト姓を名乗りました。アンバルは1974年に米国からメキシコに移住、1985年にメキシコ国籍を取得しています。米国を捨ててメキシコに移ったときの言葉がふるっています。アメリカは貧しい国だが、メキシコは豊かな国…。もちろん物質文明を謂っているのではありません。文化の広がりと深さについての言葉です。

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 写真は挨拶をするアンバル・パスト。私と同年ですから、失礼ながら白人女性はトシヨリ臭くなっていると思い込んでいましたけど、ご覧の通りの若さです。会話は英語もスペイン語もOKなのですが、本人の希望でスペイン語のみとなりました。英語がかなり嫌いなようです。
 ファカルティ・ハウスに併設されているレストランからフランス料理が運ばれ(実は、それ以外はありません(^^; )、和やかに懇親しました。明日は青学会館で「国際交流の集い」。それを皮切りに2週間ほどの滞在中、横浜詩人会、日本ペンクラブでの講演の他、春日部共栄高校での特別授業など盛り沢山の日程です。初来日とのことですから、日本の良いところも悪いところもしっかり見ていって欲しいと思います。




アンバル・パスト氏詩片『捧げる詩』
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2008.12 署名入り第一版 8/100 非売品

<目次>
捧げる詩 アンバル・パスト 細野豊訳
Dedicatorias  Ambar Past




 
捧げる詩/アンバル・パスト  細野 豊・訳

この詩をわたしといちども寝なかった男たちに捧げます
生まれなかったわたしの子供たちに
誰も書かなかった詩に

この詩を自分の子供を愛さなかった母たちに捧げます
誰にも付き添われずに
ホテルで死んだ人たちに

これを壁に落書きした人に捧げます
男に女に
拷問された無名の人に
ついに自分の名前さえ言わなかった人に

この詩を痛みで泣き叫ぶ人たちや
妊産婦たちに捧げます
バスターミナルで市場のアーケードで
叫んでいる人たちに

これを自殺した人たちに捧げます
アンソロジーの中で
忘れられてしまっている詩人たちに
死体を洗う人に
どんな男とでも寝る女たちに
いつもひとりで眠る人たちに
この詩を愛し合って石になってしまう
代母たちや代父たちに捧げます
聖金曜日に椀で水を浴びて
魚になってしまう人たちに
黒鷲になりたかった男に
空を飛べる夢を見る人に

この詩を星が輝く夜の主に捧げます
火の金剛鸚哥に
蠅たちの嘆きに
緑色の雨に
蜜を貯える者に
弟たちの兄弟愛に
泣き顔の仮面に
でこぼこの蝸牛に
四隅の排水溝に
儀式用の葡萄酒を造るため樹皮を集める人たちに

人々が泉へ洗濯に行くときに笛や太鼓を鳴らす人にこれを捧げます
滝で水を浴び菖蒲の水で髪を濡らす女
(ひと)
砂糖黍畑で子供に乳を与える女に
水たまりの油の中に虹を探す人たちに
腕で歌を創りだす漕ぎ手たちに
雨の中で玉蜀黍
(ニクスタマル)を洗う人たちに
水を入れた瓶を頭に乗せ
街道を行く女たちに
蛍を見ている女の子に
手にランプを持つ女の子に
燃え盛る切り株を持って飛び跳ねる子供たちに
火の上を走りぬけ
死者たちを台所に埋葬し
瓦礫の中で歌う者たちに
瀕死の人たちの寝床で死を欺く者に
星たちとともに燃えてしまないように丘から下りる人に
死の手を掴んでともに踊る者に
多くの嫁を持ち頭にイグアナを乗せて運ぶ女たちに
暑い土地でアイスクリームを売る縮れ毛の者たちに
明け方の彗星を見分ける海老捕りの漁師たちに
シャツをまくり上げ斧をよこせと言う男に
丸いタマル(*1)やムムとチピリン(*2)のタマルを売る女に
柔らかい玉蜀黍をもぎ取って生で食べ
鶏を盗む犬の脚を縛る者たちに
マラカスを作り
色恋沙汰で人を殺す者たちに
友だちを埋葬するときに墓穴へ入ってしまう者たちに
惚れ込みすぎて屋根から降りられない詩人に
出来ることをする者に
この詩を喫茶店へもプールへもめったに行かず
電話の使い方も知らない人たちに捧げます
銀行へ行ったこともなく
テレビに映ったこともない人たちに
誤字だらけの恋文を受け取る
夜間小学校の女生徒たちに
決して書き始めない詩人たちに
自分の尊厳を飲み干すウエイターに
他人の衣類を洗う老女たちに
意見を述べようとせず
声もあげない女たちに
男の同意がないと幸せになれない女たちに
地面に横たわり群集の中で言葉を呑み込んでしまう者たちに
前掛けを着けたまま眠り
夫が先に射精してしまうとき家事をあれこれ考える女たちに

椰子葺きの小屋の暗がりで起き上がる女たちに
掘建て小屋でトルティーリャ(*3)を作る女たちに
髪の毛が燃えてしまい
スカートが煤で汚れてしまった女たちに
屋根で瓢箪を日に干し
肘掛椅子を持っていない男たちに

ツォツィル語(*4)の歌で子どもたちを寝かせつけ
爪の間に垢をためている者たちに
塵拾いたちに
草むらを刈る者たちに
ノパール(*5)の種を撒きトルティーリャに塩をつけて食べる者たちに
日中も働く夜回りの男に
毎朝百のベッドを整えたため靴が壊れてしまった女に
海辺でガムを売る歯のない老人に
立ったままトラックに乗ってココアの産地へ向かう者たちに
顔が黒く汚れ
泣き叫んだために耳が聞こえなくなった女たちに

この詩を鎖で繋がれた男に捧げます
殴られた子どもたちに
アルコール中毒患者の息子たちに
他人の幼子たちの面倒をみて自分の子どもには半月に一度しか会わない女たちに
学校で雑巾がけをし自分の名前も書けない女に
孤児院の食卓で食事をする女たちに
どこかのパン屋で竈の側にうずくまる身体障害者たちに
公衆便所を清掃し
夜明けに街路を掃く者たちに
キャバレーで踊ることに
飽き飽きしている女たちに

この詩を他人のために建てた家で死ぬ日干し煉瓦作りの男に捧げます
通夜に来ていつまでも口を閉じたままの詩人に
火山が教会を埋めてしまった夜に逃げだした者たちに
自分の子どもたちを過ぎ去る年月のように
ひとりずつ埋葬してしまった隣人たちに
自分の子どもたちを血を性を売らなければならなかった者たちに
これ以上失う何物もない者たちに
この詩を雇い主の土地に侵入する搾取された農園労働者たちに捧げます
お金の下にトンネルを掘る者たちに
精糖工場に火をつける者たちに
影のない者たち月のない夜に橋を見つめる者たちに
ゲリラ兵になり山の中で初めて女を知る
十三歳の少年たちに
傷ついたふたりに
禿げた女たちに
オルガ(*6)の袋鼠に
打ちのめされた雄犬たちに

法律で真実が禁じられている国々に生まれる子どもたちに
名前を変えてしまい
何年もの間家族に声もかけていない人たちに
一度も同じ寝床で眠らなかったが
共同墓地に一緒に埋められている人たちに
この詩を死体保管所で首を刎ねられた詩たちの中に
息子を探し求める母親に捧げます
どれが息子の死体であるか分からずに
ひとつひとつを抱いて別れを告げる女に

  *1 タマル=玉蜀黍の粉を練り、肉や野菜等の具を入れ、玉蜀黍等の皮で包んで蒸した食物。
  *2 ムムとチピリン=いずれも植物で、その葉でタマルを包む。
  *3 トルティーリャ=玉蜀黍の粉を練り、薄くのばして焼いたもので、メキシコやグアテマラの伝統的主食。
  *4 ツォツィル=マヤ族の一部族。
  *5 ノパール=サボテンの一種。食用に栽培もされる。
  *6 オルガ=女性の名前。

 上述の夕食会でアンバルより頂戴しました。長詩「捧げる詩」が折り畳まれた紙(マヤのラカンドン族手製の樹皮紙ウウン)の両面に、一面は日本語、もう一面はスペイン語で印刷されています。杉板で表紙を作り、帯は椰子の葉から作った紙のようで、日本詩人クラブと会員に感謝して100部を手作りしたとのことでした。

 ここでは全文を紹介してみましたが、ちょっとショックを受ける内容です。日本の現代詩≠ニは、いったい何なのかを考えてしまいます。人間を見ることが文学なら、この詩はその具現と云えるでしょう。米国を捨てたアンバルの真骨頂と思いました。聲に出して味わってみてください。




詩とエッセイ『沈黙』37号
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2008.12.10 東京都国立市 井本氏方発行所 700円

<目次>

山田 玲子 おはなし――未来に   2     鈴木 理子 香水             4
村田 辰夫 謡曲余情(蝉丸と逆髪) 7     村田 辰夫 謡曲余情(松浦佐用姫と狭手彦)10
宮内 憲夫 ステージの壁      13     宮内 憲夫 安住処            15
井本木綿子 吉祥天女像       17     吉川  仁 カタストロフ         20
天彦 五男 K子
(ほくろ).       24
エッセイ
井本木綿子 小栗上野介       28     天彦 五男 栗名月            31
あとがき
井本木綿子 鈴木 理子             <表紙> 天使の像 スペイン 作者不詳




詩と評論『操車場』19号
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2009.1.1 川崎市川崎区 田川紀久雄氏発行
500円

<目次>
■詩作品
渇きと眠り −11 坂井信夫 1       会食の海 池山吉彬 2
風のダンス(3) 鈴木良一 4        コメディアン 長谷川 忍 6
明日を祈る気持ち 田川紀久雄 8      涙の中で歓びを 田川紀久雄 10
■俳句 秋時雨 井原 修 11
■エッセイ
新・裏町文庫閑話 井原 修 13       異和感と批判 −つれづれベルクソン草(9)− 高橋 薫 14
削り屋は見た 野間明子 16         朗読、いのちの発声 紫 圭子 18
語りについて考えた 坂井のぶこ 20     詩人の聲 田川紀久雄 2
末期癌日記・十一月 田川紀久雄 24
■後記・住所録 36



   
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