きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2009.9.4 筑波山・ガマ石




2009.10.6(火)


 来る10日の土曜日には日本詩人クラブの10月例会が開かれます。会員・会友の皆さまにはすでにご案内の葉書が行っていると思いますが、そこに書かれていない裏情報をお知らせします。会員によるスピーチ、講演が行われますが、実は私も小講演を行います。内容は「オンライン現代詩作品研究会」についてです。

 日本詩人クラブでは6年ほど前からメーリングリスト(ML)による「オンライン現代詩作品研究会」を年に数度開催しています。現在のML登録者は80名ほど。その人たちは何をやっているのか分かっているのですが、Eメールをやっていない人など残りの800人ほどの会員・会友には、何をやっているのかが分からないというのが現状です。機関誌『詩界』に私が2度書いていますけど、それだけじゃ分からないかもしれませんね。それで現理事会から例会の席で一度、小講演で説明してくれ、と頼まれていました。それが10月10日というわけです。

 担当理事には1時間ぐらい時間がほしいと言ったのですが、却下(^^; まあ、10分ぐらいかなと思っています。インターネットそのものを知らない人をターゲットに、配布する資料も準備します。興味のある方は、会員・会友以外でも参加できますから、是非おいでください。場所・時間の詳細は
こちら をどうぞ。




坂東里美氏詩集『変装曲』
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2009.10.1 東京都目黒区 あざみ書房刊
2100円+税

<目次>
TSEED=8      落脳日和=10     詩臭までのエキス=12
 黒すぐり=14      いかなご=16
U粘菌生活=22      球体以前=26     メイドの土産=31
 朗詠問題=38      三鱗帽=41
U個時記=50       灯台へ=53      舌下の一群=56
 シバの女王=60     F・昆虫記=65    さぼてん島=68
 懐中日記=71      寅午=代
Wコケにまつわる考察およびその他=84
  ヒカリゴケ=84      虎穴=85       固形物=86
  
Coquettish=87.     モスバーガー=88   糞上のコケ=89
 タデ科植物誌=90
  すかんぽ=90       いぬたで=91     蓼喰う虫=92
  ぎしぎし=93
 魂拾い=96       穴路G=98
あとがき 108
ジャケット「お天気占い師」 本扉「ララバイ」 共に池田忠利





 
メイドの土産

大阪日本橋、はいつも曇天。電気屋街の客引きの声が
今日は鬱陶しく感じないのは、〈小型人型ロボット組
立てキット〉を持って歩いているからだ。これを買っ
た店で、「メイド喫茶ヘブン/コーヒー一杯無料券」
を貰った。まっすぐ家に帰ってロボットを組み立てた
いところだが、大枚をはたいてやっと手に入れたこと
だし、まずコーヒーで祝杯というのもいいかな。ロボ
ットを製作するといえば、少し前までは一部の研究者
たちだけのものだったが、プラスドライバーと、パソ
コンさえあれば、シロウトでもロボットが作れるとい
う組立てキットが最近売り出された。このことを知っ
たとき、僕の心の暗闇の中で 子どもの頃からの夢が
一番星のように輝き始めた。

「メイド喫茶ヘブン」は、メインストリートからひと
つ角を曲がったビルの三階にあった。木製のドアを押
すと鈴の音がして、それと同時に「お帰りなさいませ。
ご主人様!」という声。スカートのふわふわした黒の
ワンピースにフリルのいっぱい付いた白いエプロンと
白いレースの髪飾りの女の子が三人。思わず一歩退く
も、「こちらへどうぞご主人様!」という声に俯きな
がらもついていく。「これが今流行りのメイド喫茶と
いうものか」という言葉だけがぐるぐる回る。こうい
うのは苦手だ。コーヒーを飲んだらすぐ出よう。コー
ヒー一杯無料券をテーブルに置くと、「ロボット組立
てキットをお買い上げのご主人様には、とぉーっても
素敵なお土産をご用意しておりまぁーす。」とアニメ
から抜け出したような大きな身振りでメイドが言っ
た。

店の中の馬鹿馬鹿しいほどの明るさに比べて、窓の外
がさらに薄暗くなったような気がする。どこからか「フ
ィー」「フィヒュー」ともの悲しげな口笛のような音
がする。きょろきょろしていると、メイドがコーヒー
を運んできて、「鵺
(ぬえ)でございますご主人様。」「どうぞ
これでお射止め下さい。」といって、手のひらのサイ
ズの弓矢を置いていった。

祝杯どころではなく、コーヒーを一気に飲み干し、ロ
ボット組立てキットの包みと、一瞬躊躇したが弓矢も
掴んで、この居心地の悪い店を急いで出た。

家に帰るとさっそくロボット組み立てに取りかかっ
た。気持ちが高まってくる。身長三十四cm、体重一.
二kg、十七自由度。自由度というのは人間の関節に相
当し、自由度が大きいほど人に近い動きが出来ること
を意味する。二十四自由度まで拡張する。ここまでの
作業に約四時間。小型人型ロボットの本体が出来上が
った。ここからは、ロボットの動作を作成していく。
教示モードに入れるとロボットの各関節は脱力してい
るので、直接ロボットを動かしてポーズを作り、その
データをパソコンのソフトウェアで順番に登録してい
く。その作業が終わるとロボットは動き出すのだ。歩
いてしゃがんで前回りをしてまた立ち上がる。そんな
一連の動きもお茶の子さいさい。とうとう僕の家にロ
ボットがやって来た。いつの間にか深夜になっていた。

窓の外から「フィー」「フィヒュー」と口笛のような
音がした。昼間のメイド喫茶でのことを思い出す。「鵺
でございます。ご主人様。」メイドはそういって小さ
い弓矢を土産にくれた。ぼくはロボットに「頼政」と
いう名をつけた。そして弓を射る動作をひとつずつ登
録していった。だけど、弓を引く動作は複雑でなかな
か上手くいかない。矢は飛ばず、ぽとりとロボットの
足元に落ちるだけだ。やっているうちに意地になった。
鵺という正体の判らず、そして実体の無い仮想の敵。
それを射落とすというどうでもいいようなことのため
に、僕は多くの時間を費やすことになった。だが思い
がけなくその無駄な時間が地味な僕の生活を活き活き
とさせた。高性能ロボットコントローラーをさらに拡
張して、弓を射ることはもちろん、自由自在に動き回
る自立ロボット「頼政」がとうとう完成した。

窓に想像で描いた「鵺」の絵を貼り、それを的にして
の鵺退治ごっこに僕と「頼政」は毎晩興じた。そして
「頼政」はかなり正確に矢を的に当てることが出来る
ようになった。そのうちに絵の的に当てるだけでは退
屈になり、本物の「鵺」を求める気持ちが日ごとに増
してきた。得体の知れない邪悪な異形。葬り去らねば
ならないものの象徴としての。窓の外では、北東の方
向から黒い雲が沸き上がり、春の嵐が。

「フィー」「フィヒュー」強風が窓を叩く。稲光。雷
鳴。と同時に停電した。 「鵺!」と僕が叫ぶより早
く闇を貫く音。左胸に鋭い痛みが走った。そして生暖
かい波が溢れた。

  弓を握るロボット
  の金属の腕
  に映る白い月。

 4年ぶりの第3詩集です。“冥土の土産”ならぬ“メイド喫茶の土産”を紹介してみましたが、やっぱり最後は〈左胸に鋭い痛みが走っ〉て冥土行き。言葉遊びとしてもおもしろい詩集です。




個人詩誌『魚信旗』64号
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2009.10.15 埼玉県入間市 平野敏氏発行 非売品

<目次>
にわか雨内景 1    世の香り 4      つういん 6
晩酌 9        後書きエッセー 10




 
晩酌

おれの一日はこれで終わった
何が何でも一日は終わった
不安から始まって疲労で終わった一日が

やっと過ぎるのだ
美味
(うま)かろうが不味(まず)かろうが
とにかく晩酌というやつは「きょう一日を流してくれるから」嬉しい
祝杯とか自棄
(やけ)酒とかとは全然次元の違う酒
飲兵衛なら知っている待ち遠しい酒

くだを巻きながらガソリンとして呑む人
もの静かにゆっくりと味わいながら呑む人
一気に呑んで早く一日を過ぎたい人
呑み方にはいろいろあるけれど
情念をこめて呑むひともいる
女が居なくてもきょうの癒しを始める
迷いもなく無事に終わったきょうを称えることも忘れずに
あしたからの光明につながるように
夢を見るように楽しく酒を呑む
安い酒でも楽しくなる情念の晩酌
わたしははからずもこうして呑んでいる
晩酌は情念の対象として嗜んでいる

酒買って来いとはいうな
酒は自ら買ってきて呑む面魂
(つらだましい)
晩飯どき
あしたにつながるきょうに感謝しながら
「ありがとう」と注
()いでやるやさしい酒にするのである

 私にもよく分かる〈飲兵衛なら知っている待ち遠しい酒〉の詩です。ただ、私の場合は〈晩酌〉ではなく寝酒で、〈一気に呑んで早く一日を過ぎたい人〉の部類ですが…。〈酒買って来いとはいうな/酒は自ら買ってきて呑む面魂で〉というフレーズ、〈「ありがとう」と注いでやるやさしい酒にするのである〉という言葉は肝に銘じなくてはいけませんね。






   
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