きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2009.9.4 筑波山・ガマ石




2009.10.18(日)


 ギャラリー譚詩舎「秋の文学サロン」2日目。今日は鼎談で、詩と建築のシンポジウム「都市・建築の継承性とヒューマニティー」が開催されました。
出演は河東義之(建築史)・鈴木浩(都市計画)・溝口章(詩人)・布川鴇(詩人)の皆さま。定期借地権の登場によって20〜30年で取り壊すことを前提としたコンビニ、世界貿易センター跡地開発コンペで優勝したダニエル・リベスキンドの建築など、話題は世界中に飛んで面白かったです。
 なかでも印象的だったのは、台風の倒木で壊れた室生寺の五重塔についてです。TVでも放映された五重塔に寄りかかる巨木は記憶に残る映像だったのですが、建築の専門家に言わせると、あのくらいの被害は木造建築にとって何でもないことだと言うのです。事実、塔は先年、再建されています。木造建築のしぶとさを改めて認識しました。

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 配布された資料の中では、福島大学教授の鈴木浩工学博士(写真左端)のリーフレットがコンパクトによくまとまっていました。すべてが重要な論点なのですが、ここでは一部だけを紹介しましょう。

 <「まちづくりは民主主義の学校」といわれる。わが国で多用される「多数決」は、まちづくりにはふさわしいとはいえない。それどころか有害ですらありうる。まちづくりはすべての人々に快適性と安らぎを提供する止め処ない活動だからである。そのような手続きを経て、まちのグランドデザインを共有することがヒューマニズムの出発点である。>

 シンポジウムタイトルのヒューマニティーに関連した部分ですが、安易な多数決の有害性を示す好例と捉えました。ここからさらに詩との関連に話は結びつきますけど、いずれ冊子になるでしょうからここでは述べません。

 夕食は141号線沿いの「草五庵」で摂りました。医者にしばらく飲酒を禁じられているという鈴木教授が私のクルマを運転してくださり、私もしっかりと呑むことができました。2次会はメイン宿泊所のペンションで。今夜は2日目ということもあり、昨夜のような貸切ではなく他のお客さんもいたので22時半には解散。心地良い酔いでぐっすりと眠りました。皆さま、最後までありがとうございました!




柳生じゅん子氏詩集『水琴窟の記憶』
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2009.10.20 福岡市中央区 海鳥社刊 2500円+税

<目次>
 *
牛蒡…8        えんどう豆…12     白菜…16
とうもろこし…20    にんじん…24      蓮根…26
朝の科学…30      蕎麦…34        月下美人…38
名を呼べば…42     天の鈴虫…46      キノコ浄土…50
 **
静かな橋…56      別れ…60        橋に灯りが…64
七並べ…68       大豆…72        草の行方…76
いちょう並木…80    編みもの…84      光る窓…88
水琴窟の記憶…92    兎がいた日…96
あとがき…100




 
大豆

プチッとふくらんだ白い花。側にしゃがもうとすると風も
ないのに花は後ずさりします。触ろうとする手をどこから
か伸びてきた黒い腕が それは おまえのものではないと
 遮ってきます。

そこは南満洲鉄道の社宅の畑……と言いかけると いやこ
こは昔から満洲族が耕してきた土地だと 野太い声が地面
を這ってきます。

大事なお花よ 摘まないでね。若い母がたしなめています。
欠乏するばかりの配給生活。隣室の東北出身の人の助言で
作物を保存し 食い継ぐ方法。生きていく術と有り様を天
地を返し 耕しなおしているところです。

この夏 戯れに蒔かれたプランターの 大豆がよく育って
います。あれから何代目の鳩かしら。右へト ト トと行
っては 満鉄職員の子どもだから帰ってこられたのね。左
ヘト ト トと戻っては 撫順は石炭があったから 厳し
い冬を越せたのね。喉が詰まるようなことを問うてきます。
お腹をすかせた子どもたちと同じ目をして 豆の実りぐあ
いを探っています。

毛布も着る物も 出来るだけ収容所に供出したけれど と
ても間に合わなかったわね。大麻の袋を被って避難してき
た人たちで ごった返していたのよ。北の方から下ってき
た人たちを受け入れて 社宅でも一家族一部屋ずつに詰め
て助け合ったの。それでも満鉄社員の人たちに限られてい
たからね。九十歳になる母が 昨日のことのように後ろめ
たさを語ります。偶然の針の穴は大きくなるばかり。写真
の中で枝豆を食べていた三歳のわたしはオロオロと その
穴を出たり入ったりします。

背丈低く時代と切り結び 誰にも分け隔てなく 大地の声
を掬いあげては 辛抱強くニンゲンを養っています。青く
さく 甘く はじけやすく わたしの記憶の最初に咲いた
花。知ってゆくほどに その白さを増しています。

 7年ぶりの第6詩集です。ここでは**から「大豆」を紹介してみました。〈三歳〉で敗戦を迎えたときの、ほぼ実話と思ってよいでしょう。〈九十歳になる母が 昨日のことのように後ろめ/たさを語〉る辛さが伝わってきます。〈南満洲鉄道の社宅の畑……と言いかけると いやこ/こは昔から満洲族が耕してきた土地だと 野太い声が地面/を這って〉くることを、戦後生まれの私たちも肝に銘じなければなりません。歴史に翻弄された家族を記録した佳品だと思いました。




詩誌SPACE88号
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2009.11.1 高知県高知市
大家氏方・
SPACEの会発行 非売品

<目次>

美術館に行く/松木俊治 2           上山ひろしさんの思い出/中上哲夫 4
ヌー/木野ふみ 5               姿勢/近澤有孝 8
洞窟の相続人/豊原清明 10           夕陽まで/日原正彦 12
秋の雑木林で/筒井佐和子 16          還暦/中原繁博 18
蕪村句を読む/指田 一 24           回り燈籠の絵のように(13)/澤田智恵 26
 §
所存/かわじまさよ 60             文化の/中口秀樹 61
夏をねすごした肉/松田太郎 64         坪で少年が/大岸真弓 66
求愛/笹田満由 68               スキン・ディープ/南原充士 69
不都合はないのだが/坂多瑩子 74        雨だれ/秋田律子 76
手/山川久三 78

詩記 おじいちゃんごめんなさい・約束/山崎詩織 20
俳句 内田紀久子 80              秋田律子 82
エッセイ 遠くからよってくるもの/山沖素子 34
小説 ストーカーになんてなるなよ/大石聡美 36 『ワイルド・ラブズ』(最終回)/豊原清明 51
評論 実体と《イデア》について/内田収省 84
編集雑記・大家 104




 
ヌー/木野ふみ

こんどの川渡りにわたしを混ぜてくれませんか
そう頼んでみたらクキクキと角をしゃくり
「ご勝手に」
あっさり言ってくれたヌー

生きるということをこう甘く簡潔にすこやかに捉えられては
どんな表現も受け付けない我々の生態が根こそぎ崩れる
説得の叫びが土壌になって降りそそぐと思ったのに

いつか映像でヌーたちの川渡りを観た
ラインに乗せられ吐き出された大量生産の跳ね牛土偶が
煙と飛沫の中にうごめきどよめき
合戦関ヶ原と酷似した風景に唇閉じられず
転生があるとしても戦国時代の兵はいやだ
ましてヌーなど
強く思ったのに

だけどヌーに混ざりたい
川を渡るヌーに混ぜてもらいたい
これほどの塊に撹拌されたなら
あれもこれもきっとなんとかなる
ヌーのどれかの背中か横腹か角にしがみつき
息を止め目をたたみ悲鳴とどろかせ気がつけば向こう岸
かつてないどさくさ
怒涛もワニもライオンも無視するだろうわたしひとりなど

ヌーは灰褐色を散らしてはまとめ
そこら一帯ドの音にしてパワーせわしく
生きていることにも気づかない

わたしはたちまち硬直し
「橋を架けてもらえば」
おそるおそる言ってみたら
ヌーも川もちょっといやな顔をした

 〈いつか映像でヌーたちの川渡りを観た〉から出来た詩だと思うのですが、〈そこら一帯ドの音にしてパワーせわしく〉走るヌーに〈あれもこれもきっとなんとかなる〉と思ったところがユニークです。詩は静かな場面ばかりではなく〈かつてないどさくさ〉からも降り注ぐものなのかもしれません。最終連の〈ヌーも川もちょっといやな顔をした〉というフレーズがよく効いている作品だと思いました。




季刊詩誌『詩と創造』69号
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2009.10.20 埼玉県所沢市
書肆青樹社・丸地守氏発行 750円

<目次>
巻頭言 詩と人格/石原 武 4
詩篇
わたしは紙屑ではない 嶋岡 晨 6
鳩が鳴いている 清水 茂 9          牡牛 原子 修 12
声 山本沖子 14                言霊頌(スピリトゥスしょう)−
Qui vive? 内海康也 16
紅葉と竈/渦 尾花仙朔 18           川 八木幹夫 20
メークイン 橋本征子 22            沖縄 北川朱実 25
かつて そして 今このとき 崔龍源 28     水子 韓成禮 31
雨はすでに 柴田三吉 34            謎 佐川亜紀 36
白い夢 房内はるみ 38             ボール三個分 新延 拳 40
バランス考 司 由衣 43            森 颯木あやこ 46
めざめよ 猟人よ 岡崎康一 48         ふりゆくもの 岡山晴彦 52
ちょっとだけ 吉永 正 54           青の蝶 丸地 守 56
エッセイ
小詩人・大詩人−愚者の断想 嶋岡 晨 60
私のアルス・ポエチカ(3) 内海康也 63
τραγωσια(山羊の歌)−旅の終わりに 森田 薫 66
広重の詩−往生際の時間(6) 北川朱実 71
美術館の椅子「アイ・ウェイウェイ展−何に因って?」を観て 牧田久未 75
プロムナード 丸山薫の「愛について」こたきこなみ 80  オレオレ詐欺と詩人 黒羽英二 81
現代詩時評 一線を画す極めて高い活動のクオリティー 古賀博文 82
海外の詩
あるピアニスト イヴ・ボヌフォワ 清水茂訳 88
『雪水(スノウ・ウォーター』と「北」(3) マイケル・ロングリー 水崎野里子 90
光の波紋/枯木だという話 他 チョ・オヒョン(゙五鉉) 韓成禮訳 95
ツタ/花の種を集めて 他 ト・ジョンファン(都鐘煥) 韓成禮訳
靴が私を履き/熱い夏 他 イ・ジェム(李載武) 韓成禮訳
新鋭推薦作品「詩と創造」2009新鋭推薦作品 109
闇の中の人影 松本ミチ子/夏 万亀佳子/遭難したものの周辺 松木定雄/浮島の森 太田美智代
研究会作品 106
時代 菅野千代/キャベツ畑 仁田昭子/落とされた痛み 植田文隆/水空 宮尾壽里子/こおろぎ 弘津亨/森の雨 宇宿一成/赤褐色 金屋敷文代/交わる 清水弘子/<水>の物語 山田篤朗/花 尾崎淑久/ね カズ君 池上耶素子/公園 香咲萌/寝顔が 大山真善美
選・評 丸地 守・山田隆昭
書肆青樹社の本書評 121
橋本征子詩集『秘祭』/菊池柚二詩集『散歩の理由』/森田薫エッセイ集『Tραγωσια−山羊の歌』
評 こたきこなみ




 
沖縄/北川朱実

屋根の上で
獅子
(シーサー)
大声で笑って
それから あわてて漆喰に戻った

誰も見ていないと
気を抜くのは
人も神サマも同じだ

空っぽになった檻の暗がりには
六十余年前の村があり
人が通るたびに
いなくなった犬が吠えかかる

吠えやんだあとの静けさが
吠える前よりふかいのは
双眼鏡を反対から覗いたときのように
見るものすべてが
遠いからだろう

石は どのように欠けていったか
戦場は
体のどのあたりまで這いのぼったか

長い時間をかけて 何か熱心に
シュレッダーしていた図書館員は
眉毛に
粉々になったものを付けたまま

一瞬
顔を上げて私を見た

そのひんやりした視線を
海水で洗っていると
岩の間から 小さな気泡が
休みなく湧いてくる

海を見下ろす墓石の
まんじゅうにたかった蝿は
生きていくことの
静かな了解のようで

今でも
空には
青いものがあると思っている

 沖縄旅行を題材にしていると思いますが、〈誰も見ていないと/気を抜くのは/人も神サマも同じだ〉などのフレーズを読むと、この詩人の視線の確かさを感じずにはいられません。そして〈六十余年前の村〉にも想いを馳せ、〈吠えやんだあとの静けさが/吠える前よりふかいのは/双眼鏡を反対から覗いたときのように/見るものすべてが/遠いからだろう〉と、思考の深さに敬服しました。






   
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