きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2009.9.4 筑波山・ガマ石




2009.10.26(月)


 午後から湯河原町の「グリーン・ステージ」で櫻井千恵さんの朗読の会が開かれました。台風20号が向かって来ていて、雨もかなり降っていましたから、今日は聴衆が少ないだろうなと思っていましたけど、なんのなんの、30人ほどが集まって、いつもより多いほどでした。
 今日の朗読は井上靖の「夏草冬濤」5章より。配布されたリーフレットを転載します。
〈伊豆湯ヶ島のおぬい婆さんの元で、小学校を終えた洪作は、三島の叔母の家に下宿して、沼津の中学校に通っていた。
 海辺の町で青春に目覚めて行く、洪作少年のキラキラした日々。特別な事柄が起こるわけでもない、そんな或る一日のことが、さわやかな筆致で描かれている。
 「しろばんば」「北の海」と並ぶ、三部作。井上靖の自伝的長編小説である。〉

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 三島の叔母から沼津の親戚の家へ挨拶に行くように言われて、洪作はしぶしぶ出かけて行くのですが、その家にいるのが洪作と年が近い二人の姉妹。蓮っ葉な姉と、こまっしゃくれた妹。この3人の会話がおもしろいのですが、この先は小説に譲りましょう。
 ここでは櫻井さんの見事さをお伝えします。小説では洪作、姉妹、そして叔母と、多数の人間が登場します。その声の使い分けが見事でした。特に姉妹は年齢も近い設定ですから、これは大変だなと聴いていましたけど、性格のちょっとした違いが分かるように朗読していました。あとから他の人からも意見が出ていまして、皆さんもそのことを言っていましたから、やはり感心したんでしょうね。私は小説の朗読はやらないと思いますが、詩の朗読の場合でも参考になりました。収穫でした。ありがとうございました。




杉野紳江氏詩集『虚空にもどる父』
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2009.10.30 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊
2000円+税

<目次>
T
虚空にもどる父 8   
Ma Belle Amie 12  最期の言葉 16
十五夜 20       四十九日の法要 24   笑おう! 28
誕生祝い 32      囲碁の本 36      柳屋のポマード 38
入れ歯 40       手紙 42        春の草花 46
目黒川沿いの桜 50
U
芸者とロボット 54   「馬」と「鹿」 58    キス 62
交通事故 66      クマリ 70       ネパールの火葬場 74
スネーク・ショー 78  ケニアの雄ライオン 82 ラクダ四十頭 86
V
古書市場 90      南部のジプシー・クィーン 92
賢すぎる消費者 94   春の交通安全キャンペーン 98
添え書き 101
あとがき 106




 
虚空にもどる父

夏の夕暮れ
肩で大きく 最後の一呼吸をし
父は 静かに逝きました

「おじいちゃんが 死んじゃった!」
泣き叫ぶ孫の声

陸士時代の上官から届いた長い弔辞

 祖国の激動の中に生まれ育ち
 幾多の困難の中に身を処し……
 立派な家庭を築き
 世の為にも尽くし得た……

そう、お父さん
最後まで あなたは立派だった
私の誇りでした

戦後
「名医であるより良医たれ」を
座右の銘として
八十歳になるまで
患者の脈を取り続けた父

お父さん
見てごらん
あなたのお通夜には
杖をついた患者さん
酸素マスクをした患者さん
皆が 手を合わせてくれるよ

月明かりの中で
私も
虚空にもどる あなたの魂を
いつまでも 見つめています

 第1詩集のようです。ご出版おめでとうございます。「T」は父上への鎮魂作品集となっています。ここではタイトルポエムで、かつ巻頭作を紹介してみました。〈「名医であるより良医たれ」を/座右の銘として〉というフレーズに父上のお人柄がよく出ていると思います。それにしても〈八十歳になるまで/患者の脈を取り続けた〉とは素晴らしい父上です。父上のご冥福をお祈りするとともに、著者の今後のご活躍を祈念いたします。




沢田敏子氏詩集『ねいろがひびく』
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2009.10.15 東京都千代田区 砂子屋書房刊 2200円+税

<目次>
T
土の家幻想 10      It 12          窓 16
あおみのくじら 20    新店(しんみせ)まで 24  影三昧 28
敷居 32         盲目の間に 34      鏡のかけら 38
U
前歴 44         どうぶつ列車 48     やさしい視線 52
その そとのこと 56   雫−長江第一湾の 62
V
御嶽
(うたき)の数ほど 68.  身内のひとから 74    病む人 76
突然、晦冥のなかから 80 顔 まじまじと 82    いつまでもおぼえていてください−最後のインタビュー 84
茅の輪くぐり 88
W
花色の帽子 92      午後の平野を 96     時の間に挟まれて 100
桃恋歌 104
.       有為の水辺で 108.    S女の花 112
あとがき 119
初出覚書 122




 
鏡のかけら

ねいろがひびく
音色が響いた

けれども 音も色もあれは向こうのこと
向こうのことを留め 伝えようとした
いささかの言葉
(ラング)を持ったばかりに
向こうは隔てられた
遠ざけられた
言葉を持ったにんげんは
地面に描いた窮屈な 
 から出ることを禁じられ
日暮れてもなお立ち辣んでいた
――そこで
わたしは目覚めたらしい
夢の最後に立って握り締めていた榾木
(ほたぎ)のようなもの
あれが言葉か それとも
記憶の火の中に燃え残っていた熱いあれか

祖母が身罷った齢は七十六 わたしが十二のときだ
幼いころ長い長い一日の大半をわたしは祖母と暮らした
祖母にはへんな癖があった
すなわち お菓子のことを
〈おかし〉ではなく〈おく
し〉と律儀に言うのだ
〈おく
し〉と書いて〈おかし〉と読むのとは逆に

芋は いも 柿は かき
餅は もち 炒豆は まめ
と呼び習わした先で不意に 食べたこともなかった
〈おく
し〉に出くわしたのだったろう
自らは口にすることもなく
傍らに坐るものらに与えるとき
〈おく
し〉は言葉ではなく
まじないだった 滋養だった

あれよりこのかた
文字を持たなかった祖母が
〈おく
し〉をそのまま〈おくし〉と
詠んでいたのが正しかったか誤りだったか
いやいや文字を習う暇なく子守りなどに出た
明治十六年生まれの彼女に  
・・・・・・・
〈おく
し〉は〈おくし〉と正しく誤読して
教えてくれたひとがいたのか
そのひともまたお菓子など食べたことがなくて
などと思っていたが

今日 わたしの中のわずかな欠片
(かけら)に反射して
届いたものがあった
いろ ね
音 色
言葉はそれらを向こうとこちらに反射させる
小さな鏡の欠片でさえあればよかったのだ
〈おく
し〉
燃えさしの榾を握り締めて
なお逆走し続けるひとよ

 19年ぶりの第5詩集です。この詩集にはタイトルポエムがありません。紹介した作品の第1連から採ったと「あとがき」にあり、〈遠い死者たちも含めてさまざまな向こうとこちらに響き、とどくようにと願い、つけました〉と続いていました。この作品での〈向こう〉は〈祖母〉になりますけど、〈祖母にはへんな癖があった〉ことを通じて、祖母の人間性が滲み出ていると思います。〈文字を持たなかった祖母〉が〈自らは口にすることもなく/傍らに坐るものらに与えるとき/〈おく
し〉は言葉ではなく/まじないだった 滋養だった〉というフレーズに、〈明治十六年生まれ〉の日本人の〈律儀〉さを再認識した作品です。




個人誌『水の呪文』42号
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2009.10.15 群馬県北群馬郡榛東村
富沢智氏発行 400円

<目次>
詩 かろやかなあしたへ/富沢 智 2
  登り窯/富沢 智 4
某年某月某日 −追悼・今井敬二−/富沢 智 6
独酒 12




 
登り窯

飲みながらでいいから
温度は千三百度辺りを保って
くべてくれ
二晩寝てねんだよ

そう言うと
敬ちゃんは母屋に引き上げた
そっと鉄の扉を開けると
窯は真っ赤に燃えていた
ごつんとした木っ端ひとつ
たちまち発火する

深夜の蚕小屋にのたうつ
龍のごとき登り窯
夜空にどのような炎を
吐き出しているのか知らない

火燃しは好きだった
煤だらけの天井の下で
戦後を生きた若い両親を見ていた
そのころのおれたちは
何もできないこどもだったが

溢れ出せば手に負えない熱さ
炎も己もなだめながら
ビールを飲む
熱い煙草を吸う
顔が火照る

物語ひとつ
くべてごらん
灼熱の向こうに落ちれば
おれたちの人生など一瞬で燃え尽きる
面白えだんべ
一眠りした敬ちゃんが
いつのまにか後ろで炎を見ていた

 今号は、亡くなった高校以来の友人・今井敬二さんの追悼号になっていました。詩作品は2篇とも追悼詩だと思います。今井さんは版画家でもあり、本誌の表紙を飾ってきたそうです。紹介した詩は「某年某月某日」の中にも出てきますが、〈敬ちゃん〉から〈くべてくれ〉と頼まれて、1晩〈火燃し〉をやったときのものです。〈そのころのおれたちは/何もできないこどもだった〉のが、今は〈物語ひとつ/くべ〉る年代になって、しかし〈いつのまにか後ろで炎を見ていた〉〈一眠りした敬ちゃん〉はいない…。淡々とした表現のなかにその哀しみを感じさせる作品だと思いました。






   
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