きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2009.11.3 足柄峠より箱根・大涌谷を臨んで




2009.11.4(水)


  その1

 特に予定のない日。いただいた本を拝読して過ごしました。




金子秀夫氏詩集『満潮の音』
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2009.11.1 横浜市西区 福田正夫詩の会刊 1500円

<目次>
T
エミール・ノルデ対話 7            海との対話 10
日々 13                    野イチゴの実 16
無題−井上靖氏に 19              対話の秋 21
富本憲吉の壷 23                蝉 27
あかつきの早春 29               ふたこぶラクダ 32
回転ドア 37                  隅田川 39
伝来の地 42
U
海 49                     記憶の戸口 55
冬の日の別れ−杉浦良三さんへ  57       感謝 59
死者の魂を運ぶ鳥−西川修 悼 63        子浦港、石垣りんさん埋骨式で 68
鎌倉八幡宮へ 71                浦賀のトビ 73
秋の日 75
あとがき 86
表紙・扉版画 福田達夫             レイアウト 福田正夫詩の会




 
感謝 オスカー・ピーターソンに

  ――ジャズ ピアニスト、オスカー・ピーターソンは
  二〇〇七年一二月二三日夜、カナダ・オンタリオ州
  ミシソーガの自宅で死去。八十二歳。

オスカー・ピーターソンが死んだ
おどるようにステップしては
ピアノに戻り 演奏した
大柄の肥えた ピーターソン
音は温かで
からだからからだへと鳴りひびく
音色に思わず からだをゆさぶる
ピアノに おおいかぶさって
両手をたくみに動かし
鍵をたたく
なんとも楽しい 励ましに
いつも満たされて聴いた ピーターソンのピアノ

ゆったり会場に姿を見せ
日本に来られて 好きな日本に来られて
会えて演奏できるのは うれしい
短いスピーチ残して

ピアノにむきあう
いつもの ピーターソンになって
夢を語ってくれる
そして人生が短くても 生きることはすばらしいのだと

あなたのトリオの演奏が
満潮の音をたて私の耳に流れ込む
笑いかけたり 隣りの妻にうなづいたり

早暁に海からあがる太陽の光のめざめ
真晝 白雲に呼びかける鶴たちのすごい声
夕映えの山に落ちる燃え尽きる火
みんなでかざす手に指に音が伝わる
未知の呼び声に和してリズムを打つ
ピーターソン
あなたの生演奏はもう聴けない
あなたが死んだ悲しみより
勇気をもらえた感謝で いっぱいだ

雨上がりの一二月の朝
動物園のまわりの坂道を歩いてきたあと
ひとりで あなたのトリオがひいた
「酒とバラの日々」「ピープル」「インパネマの娘」
「グッドバイJ・D・」を聴き
あなたに遠くから小さな声で グッドバイを言い
いかに生きて演奏し死んだかを考えている

 詩集としては7年ぶりですが、たぶん第13詩集ぐらいになると思います。本詩集にはタイトルポエムはありません。紹介した作品の第4連の〈あなたのトリオの演奏が/満潮の音をたて私の耳に流れ込む〉というフレーズから採ったのだと思います。〈オスカー・ピーターソン〉をそれほど多く聴いてきたわけではありませんが、たしかに〈満潮の音〉という印象が強いですね。それにしても巧い表現をしたものだと思います。〈あなたに遠くから小さな声で グッドバイを言い〉というフレーズには著者のシャイなセンスも表出しているように思いました。




井上嘉明氏詩集『封じ込めの水』
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2009.10.20 東京都千代田区 砂子屋書房刊 2500円+税

<目次>
 
T
樹雨 12        偽名 16        封じ込めの水 20
手紙 24        ビスケット 28     埃について 32
すすぐ 36       伝言板 40       草をむしる 44
 
U
闘牛場にて 48     木の重い椅子 52    剥ぐ 56
残す 60        脱出について 64    サイド(側) 68
崩落 72        ニノジ 76       午後の丘にて 80
 
V
骨酒 84        捕縛 88        目かくし 92
蝉 4 96       海のたくらみ 100
.   水 104
締める 108
.      箸について 112.    木へ挨拶 116
あとがき 120
装本・倉本 修




 
封じ込めの水

まわりを塩水に囲まれた水
そこだけ ぽっかりと明るく
動かない
南極には冬になっても
摂氏二十五度をくだらぬ水が
あるという
厚い氷が
夏の熱気を封じ込めているのだ

わたしの内側にも
たしか塩水に包囲された水がある
それは母からもらったような気がするが
定かではない
あるいは
羊水とともに ほうり出されたとき
泡立つ満ち潮のなかから
自分の分け前の熱い水を
取り込んだのかも知れない

まわりの乾きが
攻めてくる日のあることを
わたしは知っている
砂漠を行く商人のように
最後の砦の水の封を
切る日のことを

誰かに もらうのを
あてにするのではなく
自分自身のための
末期の水を
さかずき一杯ほど
底に残して

 5年ぶりの第10詩集です。ここではタイトルポエムを紹介してみましたが、このタイトルについて「あとがき」に書かれていましたので、それも紹介してみます。

 <この詩集タイトルを考えついたのは、私が詩になじむ過程で〈水〉への思いがあったせいだろう。〈水〉はふしぎな存在だ。この思いは年毎に深まるばかりである。海や波など、とらえどころのない大きなものよりも、たとえば両手で水をすくうとき、あるいは羊水に漂っていたという、原初的な記憶をイメージするとき、わたしは〈水〉に一層傾いていく。
 金子光晴が書いたものの中に、「生きている条件として、僕らは、例外なく肉体を支給されている」というのがある。〈肉体〉を〈言葉〉に置き換えると、詩を書く意味が浮かびあがってくるような気がする。〈言葉〉はわたしたちが選び抜いたものでも勝ち取ったものでもない。〈肉体〉と同様に〈支給〉されたものなのだ。食物や水を〈支給〉されるのと同じように――。>

 〈南極〉の〈厚い氷が/夏の熱気を封じ込めている〉という〈摂氏二十五度をくだらぬ水〉から、〈わたしの内側にも/たしか〉ある、〈自分の分け前の熱い水を/取り込んだのかも知れない〉〈塩水に包囲された水〉への展開が見事です。さらに〈末期の水〉へと結びつけていくのは、詩人の矜持と言ってもよいでしょう。「あとがき」の言葉とともに印象深い作品だと思いました。




詩と批評『逆光』72号
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2009.10.25 徳島県阿南市
宮田小夜子氏発行 500円

<目次>
ある事件       木村英昭 2       野ユリ        嵯峨潤三 4
境          大山久子 8       がっしょうのつぼみ  川西温子 10
なみだ橋       川西温子 12       白浜海岸へ      沙  海 14
眠れない夜     近藤美佐子 16       たった一本の幸   近藤美佐子 18
Mウェーブ    ただとういち 20       気になる女性
(ひと) ただとういち 22
飾り窓の外から    藤原 葵 24       涙         宮田小夜子 26
バスストップ     鈴木千秋 30       コンサート      細川芳子 32
海から        細川芳子 34       永遠の少女      香島恵介 36
貨幣が嗤う      儚田侑子 38
シリーズ
詩(詩人)との出会い(38)
 河上 肇 詩集   鈴木千秋 40       2009年8月30日  儚田侑子 46
生還         木村英昭 49       食肉市場の見学をして 多田統一 47
コラム〔交差点〕高越山麓榎谷  52
あとがき            56       表紙 嵯峨潤三




 
野ユリ/嵯峨潤三

扁平で楕円形の
ユリの種子は
どこまでも飛んで行くという
山の斜面の到るところに
野ユリが群生していた
内海の島と島を結ぶ
スカイライン沿いに
夏の日差しをうけて
白い花弁が際立っていた

橋の上から
岬に突き出した漁港が見下ろせた
小さな集落が水底に浮かぶように見えた
キクオさんは一本釣りの漁師だった
いつも寡黙だったが ときおり
日焼けした顔をほころばせた

夜が白み始めると
かれは門柱の上に
食べ物を乗せておく
鳥がやってきて餌を持って飛び去る
キクオさんの孤独な一日が始まる

この静かな町にどこからともなく
病原体
(ウイルス)が忍び寄ってきていた
死の噂が拡がる だが
キクオさんは朝 家を出る
(びっこ)をひきながら修業僧のように歩いた
みえない時代をさがしに
息子たちからの消息も途絶えていた

貧しいキクオさんの食卓
老いた漁師にはそれで充分
あれは遠い日
来る日も来る日も魚は穫れた
そして 倹
(つま)しく家族は
寄り添っていた

北へ行く鳥
一羽の鳥が運んできたのか
風が運んできたのか
雑草に覆われたキクオさんの
庭の 百日紅の傍に
白いユリの花が凛として
咲いていた

 〈野ユリ〉に仮託した〈キクオさん〉の物語ですが、〈みえない時代をさがしに〉〈跛をひきながら修業僧のように歩いた〉という〈キクオさん〉の姿が見えるようです。〈来る日も来る日も魚は穫れた〉〈遠い日〉を懐かしがるでもなく、〈キクオさんは朝 家を出る〉のでしょう。〈一本釣りの漁師〉の〈孤独な一日〉が映画のシーンのように浮かんできました。
 なお、作品中に差別用語と誤解されやすい言葉がありますが、作者の意図を尊重してそのまま転載させていただきました。






   
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