きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2009.11.18 神奈川県松田町・松田山山頂付近




2009.12.4(金)


  その1

 昨日から吉本隆明『高村光太郎』の電子化を進めています。
 日本ペンクラブの電子文藝館に、しばらく前に私の提案が認められて「高村光太郎作品抄」を載せました。『千恵子抄』『道程』などの一部に加えて、戦中・戦後の詩を公開して、光太郎の全体像が見えるようにしたいと思いました。ところが、ある作家から、亡くなった詩人の負の部分を載せるのはいかがなものか、というクレームがつきました。それに対して、決して高村光太郎を貶めるものではなく、光太郎本人も後世の判断に委ねたいと書いていること、現在の日本を考えるとき、光太郎の過ちを他山の石とし、むしろ光太郎の潔さを賞賛し、私たちの身の処し方を考える手本としたい等の反論を行いました。
 この考え方は電子文藝館委員会でも承認され、日本ペンクラブでは会長をはじめ多くの理事からも賛同を得ています。

 しかし、私の貧弱な思考ではその程度で、もっと理論的な裏づけが欲しいところです。私が調べた範囲では、数人の批評家がこの問題を採り上げていますが、なかでも吉本隆明の『高村光太郎』が群を抜いた分析を行っていました。電子文藝館委員長から、吉本さんの『高村光太郎』を載せられないかな、という下問があり、載せられるといいですね、と応えていましたけど、無理な相談だと思っていました。当代随一の批評家に接触できる機会も伝手もなかったのです。

 ところが何と、先日、委員長が吉本さん宅に伺ったのです! 伝手があって実現したわけですが、今までの経緯を説明して、『高村光太郎』をぜひ電子文藝館に、とお願いしたところ、私たちの思いに賛同してくれ、さらに掲載の許可も与えてくれました!
 驚きましたね。あの吉本隆明が賛同し、掲載の許可まで…。吉本さんを神様扱いするわけではありませんが、私たちがやってきたことは間違っていなかったと自信を深めました。

 それでさっそく電子化を、となった次第です。『高村光太郎』を全て載せるわけにはいきませんけど、重要な「戦争期」「敗戦期」「戦後期」を載せさせていただきます。電子化のあとは委員会での校正、HTML化、PDF化の作業が入りますから、すぐにご覧いただくことはできませんが、うまくすれば年内に公表できると思います。吉本さんの緻密で斬新な批評をぜひご覧ください。
 また、講談社文芸文庫では『高村光太郎』を比較的楽に入手できます。掲載する3章以外にも光太郎に対する鋭い分析を読むことができますので、よろしかったらお求めください。ネットでお買い求めいただけます。




詩誌『すてむ』45号
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2009.11.25 東京都大田区
甲田氏方・すてむの会発行 500円

<目次>
【詩】         かぐや■川島  洋 2     ペンライト/カップル■井口幻太郎 4
            行く先■甲田 四郎 8       二十歳で産んだ子■松尾 茂夫 12
       竹の某日/萩の家■田中 郁子 14            疳の虫■青山かつ子 18
           春風駘蕩■閤田真太郎 20          冬の茂林郷■松岡 政則 22
夏の娘のために、秋の初めに……■水島 英己 25  ヨツスジハナカマキリの諦念■藤井 章子 28
           トマト畑■長嶋 南子 31       按摩の清さん・2■坂本つや子 34
【詩集評】 長島南子『猫笑う』◆八木 忠栄 39       水島英己『楽府』◆小峰 慎也 42
    松岡正則『ちかしい喉』◆眞神  博 44
【エッセイ】        道◆閤田真太郎 46          読書の感動◆田中 郁子 48
すてむ・らんだむ 49
同人名簿 60       表紙画:GONGON




 
春風駘蕩/閤田真太郎

 ピッチングって知ってる?

ピッキングなら知ってます
 おっ 変化球で来ましたな 実は
 盗るほうでも投げるほうでもない
 水の揺れかたのお話しなんですがね
……………?

 バケツに水を入れて
 一輪車で運ぶ姿を想像してください
はいはい
 わたしが進むに従い
 水は前後に揺れはじめます
ふむふむ
 水の揺れはだんだん大きくなり
 バケツから飛び出るようになります
 これをピッチング(縦揺れ)と申します
 ところが::
ところが?
 左右の腕で
 ローリング(横揺れ)運動を
 一輪車に与えながら進むと
どうなる?
 アアラ不思議
 だんだんバケツの水は揺れなくなり
 最適のシンクロ状態では::
では………?

 ぴたりと動かなくなります
 まるで わたしの姿のようではないですか
 水面下に激しく揺れるものを抱えて
 春風駘蕩 これこの通り

嘘ばっかり

 〈ピッチング(縦揺れ)〉も〈ローリング(横揺れ)〉もヨットで使う用語ですし、ハンググライダーやパラグライダーの世界でも使いますから〈知って〉いたのですが、浅学にして〈春風駘蕩〉がよく判りませんでした。ネットで調べてみると[
1.春風がのどかに吹くさま。「―たる穏やかな日和」。2.物事に動じないで余裕のあるさま。ゆったりとのんびりしているさま。「―たる大人(たいじん)」]と出ています。これで〈水面下に激しく揺れるものを抱えて/春風駘蕩 これこの通り〉が理解できるようになりました。

 作品は掛け合い漫才のようでおもしろいのですが、一つの〈
揺れに対して別の揺れ〉を与えて制御するという、最新の科学の手法を謂っているようにも思います。端的なのが騒音対策です。騒音の波長を計測して、瞬時にマイナスの波長を与えることで騒音を低減するという手法があります。それと同じことが書かれていると思います。しかし、科学はそこまでで、〈春風駘蕩〉までは行きません。ここから先は詩の世界。新しい詩の役割をも感じた作品です。




個人詩誌『伏流水通信』33号
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2009.11.25 横浜市磯子区 うめだけんさく氏発行 非売品

<目次>

捨て犬夕…………長 島 三 芳 2       公園の若者………うめだけんさく 4
回想の刻…………うめだけんさく 6
   *
フリー・スペース(32)              二本の映画から…うめだけんさく 1
   *
後 記…………………………………8       深謝受贈詩誌・詩集等………………8




 
公園の若者/うめだけんさく

深夜の公園に人影が動いていた
一人の若者が立木の周りを跳ね
シャドーボクシングをしていたのだ
彼の荒い息遣いが
冬に向う空気を震わせて
通りすがりのこちらに伝わってきた

私はウォーキングの途中だが
黒っぽく動く彼の挙動を通して
ああ似ているなと思った
どこへといってぶつけようのない心が
あれも青春の形なんだ

時代に抗い
鬱積する怒りの矛先を
拳にこめてどこまであるとも知れない闇の
目の前のよどんだ空気を破るように
拳を振り回すより方法が分からないのだろう

若者の力のこもった拳の
闇を切り裂くシャドーボクシングが
私の胸に響くのを感じて
公園を通り抜けて行きながら
背中の彼に声援を送っていた

そういえばこの公園には
辛夷の木が五、六本あるが
花をつけるのは春を待たなくては
そう呟きながら
若者の心に告げることばが
私には見つからず
ただがんばれとくりかえす以外なかった

 〈深夜の公園〉で〈シャドーボクシングをしていた〉〈一人の若者〉への共感。〈どこへといってぶつけようのない心〉と〈時代に抗い/鬱積する怒りの矛先〉の先には〈どこまであるとも知れない闇〉。ここには年齢を超えた人間同士としての共感や連帯感が表出していると思います。最終連が佳いですね。〈ただがんばれとくりかえす以外なかった〉〈私〉の暖かさが伝わってくる作品です。




詩誌『万河・Banga2号
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2009.12.1 沖縄県名護市 網谷厚子氏発行 非売品

<目次>
銀河/根路銘葉月 2              新しい季節/あおきくみ 4
ピーターラビットの森/やすだともえつ 6    ロングスカートとシャンプーの香り/やすだとみえつ 8
オン・ザ・グリル/星野由美子 10        春の宴席/星野由美子 11
ビリー/星野由美子 12             ガイアの色/下司雅士 14
薄いねむり/網谷厚子 16
ことだまの嘴−星野徹の〈鳥〉について 網谷厚子 18
鑑賞(第二回) 桑田佳祐 TSUNAMI 網谷厚子 20
あとがき 22




 
新しい季節/あおき くみ

ぼくの指先できみがめくれる

ふたりの明日を塗り直そうと
桃色のカンヴァス買ってきたけど
きみはきっと
天女のように残酷な
笑みを浮かべてきくだろう

……空はどこにあるの

ぼくのランドセルのポケットの中で
しわくちゃになって壊された
あの日の午後の灰色の空
過ぎゆく時間の正体は
きみだったのか
ぼくだったのか
わからないけど
正しいのはいつも女のほうだって
ねえちゃんいってた

過去から未来へ
ねえちゃんからきみへと
受け継がれていく血の共犯
だけどぼくは
やっぱりぼくは
女になんかなれそうにないから 面倒で
だからぼくは じっと黙って
きみがぼくの胸からえぐり取ろうとする
窓のいたみに耐えていよう

失うことで知ろうとしている
新しい季節の混合色を
パレットいっぱいに広げて

ぼくはこれから
きみを愛さず
友を愛さず
かあさんさえも愛さずに

きみにたどり着けずにいた夜と
いつまでもたどり着けずにいる夜を
何度も何度も塗り重ねていこう

きみのふたしかな体温みたいに
ぼくをあざ笑う 桃色のカンヴァス
いつかはぼくも届くのだろうか
そこだけが鮮やかな ぼく自身のかなしみに

 〈正しいのはいつも女のほうだって/ねえちゃんいってた〉というフレーズには思わず笑ってしまいましたけど、案外、真実を伝えている言葉なのかもしれません。作品は小学生が主人公のようですが、別の見方もできるように思います。たとえば〈灰色〉の〈カンヴァス〉。〈桃色のカンヴァス〉との対比で考えてみましたが、そういう読み方もできるなと思った作品です。






   
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