きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2009.11.18 神奈川県松田町・松田山山頂付近 |
2009.12.7(月)
その2
○新・日本現代詩文庫74『只松千恵子詩集』 |
2009.12.20 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 1400円+税 |
<目次>
季刊「文學舘」より
娘・8 スワヤンブ・ナート寺・9 ダサイン祭・10
詩集『わたしのイソップ』(一九八五年)抄
カースト制・11 ジャン・12 中禅寺陸軍病院・13
十月・14 月・15 落人部落・16
革命−昭和二十一年・17 目黒川・18 わたしのイソップ・18
詩集『黒川千軒おいらん淵』(一九八七年)抄
動物たち・19 鉄輪(かなわ)・20 小田さん・21
ある恋・22 友よ・23 陋巷窮死・24
黒川千軒おいらん淵・26
詩集『絲綢之路』(一九八九年)抄
間宮海峡・28 間宮林蔵・29 雑踏・30
花と草とウイスキー・30 夜光杯・31 オアシス・31
香妃・32 老い・33 星・34
平頂山事件・35
詩集『驢馬』(一九九一年)抄
ロバ(1)・36 ロバ(2)・37 ラクダ・38
天山越え・39 胡笳(こか)・40 アソローム・アレークン・40
カラ・ブラン(黒い嵐)・41 敦煌莫高窟・42 月と花・43
貴族とドレイ・43 奴隷方程式・44 砂漠の風・45
千人針・46 白樺・47 待つ・48
われもこう・49 霧・49 栗とドングリ・50
詩集『漂えど沈まず』(一九九五年)抄
出征・52 ブランケットボーイ・53 アダモ・54
金木の猫・55 さびしい広場・56 トゲ抜き地蔵・57
カラス・58 マタハリの死・59 雪の夜・60
裏通り・61 地下道・62 故郷・63
ポンペイ.十三人の家族・64 占い師・67 生きる・68
老人と馬・69 デパートの角・70 母・71
戦後・72 マタイ受難曲・73 請求書・74
漂えど沈まず・75
詩集『どこへ行く』(二〇〇二年)抄
よろずや・76 月の王 ルートヴィヒ二世・77
モジリアニ・79 シベリア・80 アカメーエッ・81
石橋のある風景・83 土葬・84 どこへ行く・85
詩集『赤い紐でしばられ』(二〇〇七年)抄
お母さん・86 菜の花・87 返すもの・87
夫との別れ・88 父よ・89 中国の病院で働いた長兄のこと・90
夭折した姉・92 出征(次兄)・93 もう少し生きて(三兄)・94
八風山(はっぷうざん)(四兄)・96.ヘルペス・97 息子・98
林蔵の来訪・99 生地(いくじ)温泉・100 山村暮鳥(一)・101
山村暮鳥(二)・102 狩猟民族は森へ帰る・103. ハンガリー狂詩曲・105
交響曲.モルダウ・106 少女エマの話・107. 老いを見る・109
光と共に西へこそ行け・110 ロンドン塔の王子たち・111 フランシス・ジャム氏へ・112
尹東柱(ユンドンジュ)の一生・114.クリスマス・116
未刊詩篇
シンクロニシティー・117 十字架を仰いで・118. 詩劇「鹿島(かしま)」・119
エッセイ
沼の詩人 澤ゆき・124
その1 杉山平一氏の詩業について(抄)・138
その2 杉山平一「全詩集」について・141
解説
伊藤桂一 真のやさしさの視線――詩集『驢馬』によせて・144
杉山平一 只松千恵子さんに就いて・145
宮澤章二 詩集『漂えど沈まず』に寄せて・147
森田 進 人生的社会的抒情詩の世界――炯眼とやさしさ・148
年譜・154
娘
ヒマラヤの麓の村ポカラ トタン屋根を押しつぶ
しそうな豪雨 フランスの男と 男を慕い追って
きた娘と 娘を取り戻そうと空を飛んできた母親
と 三人三角形に坐ったまま
ふたつに分けておいた財布のひとつはバンコック
で盗まれ 外国人ばかりの中にたった一人 カト
マンズからポカラヘ向かうバスは山崩れを見つけ
るたびに立往生し 男の乗客たちは汗まみれにな
ってバスのうしろを押した 母はそのたびに何度
も溜め息をついたのだよ バイヤーンの樹は空か
ら幾すじもの根を垂らし 襲いかかるばかりの勢
いで 地上めざして根付こうとしている マルシ
ャンライ川の流れは早く ヒマラヤは白い魔王の
ようにそそりたち 娘よ お前に会いたいばかり
に
娘を奪った男を見るわたしの目は憎しみに溢れて
いる そんな目でジャンを見ないで――追ってき
たのはわたしよ お父さまはどうしても許してく
れなかったじゃない どんなにわたしが手をつい
ても 涙を流して頼んでも 二人を認めてくれな
かったじゃない ジャンという奴を連れてこい
思い知らせてやると言ったじゃない 気の弱い子
と思っていた娘の口から奔り出る 焔のような言
葉 わたしが欲しいのは お金でもドレスでもな
いわ あたたかい心よ ジャンのほか知る人もい
ない亜熱帯の異境で 娘はこれからどうやって生
きていくのか
もうイヤ 我慢して嘘で凝り固まった暮らしをす
るのは わたしは見栄や外聞など気にしない 貧
乏でもいい 本当の暮らしがしたいのよ わたし
は―― 三人三角形になってなん日も坐っていた
が はじき出されるように すごすご帰り支度を
始めたのは母親 このわたし
雲の切れ間からいま すっくと姿を現わした神々
の棲むという山 ヒマラヤ わたしはこれからの
ち もう二度と銀いろに眩しく光るこの山を見る
ことは無いだろう 王宮の別荘の庭に咲くハイビ
スカスの花は 娘とわたしを繋ぐ血のいろ フェ
ワタール湖に白い風がわたり無人のボートが流さ
れていく ハイビスカスの花静かに揺れて ポカ
ラの村はもう夕暮れ
1985年に59歳で出した第1詩集から2007年の第7詩集まで、さらに未刊詩篇やエッセイを加えた文庫です。ここでは季刊詩誌『文學館』の第1号(1983年発行)の作品で、かつ巻頭詩を紹介してみました。詩作品ですから〈三人三角形〉が事実かどうか問題ではありませんが、〈ヒマラヤの麓〉まで〈フランスの男〉を〈慕い追〉う〈娘〉と、それを追う〈母親〉の〈わたし〉の人間模様が見事です。〈はじき出され〉た母親の心理もよく伝わってきました。最終連の〈ポカ/ラの村はもう夕暮れ〉というフレーズが決まった佳品だと思いました。
○詩と散文『RAVINE』172号 |
2009.12.1
京都市左京区 薬師川虹一氏方・RAVINE社発行 750円 |
<目次>
詩■
荒賀 憲雄 歩く影 2 木村 彌一 儚い食事をする人 5
谷村ヨネ子 夕 8 中井不二男 萩の牢 10
名古きよえ 街の動き 13 苗村 和正 杜若 16
中島 敦子 泰山木 18 村田 辰夫 蟻 20
薬師川虹一 死に様 22 訳詩 リジア・シムクーテ詩集『輝く風』の内「輝く風」より(終) 24
山本由美子 ある夏の日 28 藤井 雅人 伝説 30
成川ムツミ 言い訳 32 乾 宏 少し考えていること(私も死ぬだろうこと) 34
古家 晶 帝釈天(二) 40 白川 淑 ご近所さん(と) 42
早川 玲子 持ち駒 45 木村三千子 淘汰 48
藤田 博子 皆既日蝕 50 並河 文子 往く夏の早朝に 53
久代佐智子 DVD 56 堤 愛子 行き違い 58
牧田 久未 ご契約なさいますか 60 ヤエ・チャクラワルティ アヴィニョン 66
石内 秀典 辺境にいる 69
同人語■
藤井 雅人 京都エコ詩!? 36 牧田 久未 お風呂・密談・睡眠不足 37
藤田 博子 運命愛 38 古家 晶 お会いしたい仏さま 39
エッセイ■
福田 泰彦 月日かさなり、年経し後は、……XU 70
村田 辰夫 T・Sエリオット詩句・賛(40) 73
<表紙>『天野大虹作品集 画と詩』より「河岸」(1983)
言い訳/成川ムツミ
ちょっぴり拗ね者の血も混じっている
そいつが動きだすと手におえない
気取り屋だってそうだ
いい恰好ばかりしたがるから
気付いた時はとり逃がしたあと
惜しい気持を夢の中で拾う始末
何糞ッ
の精神は少女期の戦時体制の賜り物
掛け声だけはすさまじいが
砂原に跡をしるすようなもの
自己犠牲なんて悲壮ぶっても
流行り歌ばりのお粗末さ
それでいい
まるめてぐっと絞ったら
おお なんと芳醇
確実に年輪の手応えはある
生きてきたと題したこの詩
一読されたあと
A氏は確かにこう言われた
自分自身を否定することから
詩ははじまる
それでないと他者は入って来てくれない
そう言われても
否定すべき自分自身なんて
とっくに雲隠れしてしまって
いるのですが
「言い訳」に終始した作品ですが、おもしろいですね。〈ちょっぴり拗ね者の血〉や〈気取り屋〉は誰にでも身に覚えがあるでしょう。〈悲壮ぶって〉る〈自己犠牲〉を〈流行り歌ばりのお粗末さ〉と喝破したところは見事です。最終連の〈否定すべき自分自身なんて/とっくに雲隠れしてしまって〉というフレーズがよく効いている作品だと思いました。
○個人詩通信『あん』34号 |
2009.12.5
北九州市八幡西区 鷹取美保子氏発行 非売品 |
<目次>
骨考U ――放たれて 青を抱(いだ)いて 真夏の独行 −義母に
青を抱(いだ)いて
広い庭のからっぽの犬小屋
そこだけが
ぽっかり小春日のようで
赤ん坊の掌ほどにも柔らかな
光につつまれている
白内障に
目の喜びを失った老犬は
神の心さえ味方につけていたのか
ほんの一日静かに横たわり
逝った
沈黙という知恵をもち
優しさをあたえることに
悲しみをわけあうことに
疲れをしらず
豊かな尾をふっていた
景福として
この地に在ったもの
肉球は 駈けまわった野を覚え
湿った鼻は 花の香を楽しみ
形のよい耳は 樹々の話を聴いていた
終の日に
役目をおえた魂は
右にも左にも曲がることなく
真っ直ぐに昇っていった
天空のまほろばで
地で与えられた血縁(ブラッド)という名を
誇らしげに名乗り
数えきれない父祖や
代々ハチと名づけられた犬達に
来歴を語り終え
今はただ
両の瞳に
この上もない青を抱(いだ)いているのだろう
今日も
空の極みから
自慢の長い遠吠えがとどく
「詩と思想」273号
この作品の下にエッセイがあって、14年近く飼っていた犬が死んだことが分かります。私も1年余前に15歳の犬を失くしましたから、この作品の言わんとしていることはよく判るつもりです。第5連の〈役目をおえた魂は/右にも左にも曲がることなく/真っ直ぐに昇っていった〉というフレーズからは、〈神の心さえ味方につけていた〉犬の“幸運”さえ覚えます。第6連も良いですね。〈誇らしげに名乗り〉、〈来歴を語り終え〉というフレーズにこの犬の生きた証を見たように思いました。