きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2009.11.18 神奈川県松田町・松田山山頂付近




2009.12.13(日)


  その3




津坂治男氏著『残月・狂骨の交感』
−若き佐佐木信綱と中野逍遥−
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2009.11.1 三重県鈴鹿市 私家版 非売品

<目次>
心友、中野重太郎 5      逍遥の片恋 6
信綱の「磯馴松」 8       信綱と昌綱 9




  
心友、中野重太郎

 中国文学者二宮俊博氏から労作『明治の漢詩人中野道遥とその周辺』をいただいた。氏は椙山女学園大学教授。このところ毎年津坂東陽の詩書『杜律詳解』の「訳注稿」を読ませてもらっていて、それが次の第十回で完稿になるというが、今度の書も三百ページを優に超える大冊である。
 この中野造遥、私も若い頃から『日本現代詩大系』を通じて知っていた。島崎藤村がその遺作に触発されて、第一詩集『若菜集』に追悼の詩を載せているということも…。しかし乏しい漢詩文読解力では、残念ながらほとんど読みこなせないでいた。そこへこの出版、これを学恩というのかと痛感した次第だ。
 逍遥中野重太郎は愛媛県宇和島の出(慶応3生れ)。南予中学卒業後上京、明治二十七年今の東大漢学科を卒業。研究科で支那文学史を編纂中、11月に急性肺炎で夭折した。27歳。杜甫やドイツのシルレル(シラー)を敬慕し、漢詩で新体詩以上の抒情をうたい上げた。死後、子規・漱石・信綱ら友人たちが資金を出し合って、一周忌に『逍遥遺稿』正外二編を出版。これは後に日夏耿之介も激賞。昭和四年には訳文に原文が付されて、岩波文庫の一冊となった。
 自身宇和島の出身である二宮氏は格別の想いをこめてこの先覚詩人の業績を発掘。宇和島は藤堂高虎が初めて大名になった地であることもあり、藩士の末裔の一人である私もことに関心をもって読ませてもらった。ところが読み進むにつれて、この逍遥が現在私が住む鈴鹿市出身の歌人歌学者佐佐木信綱と親交があったことを知った。それで、この「泗楽」に前回発表した信綱の新体詩とあわせて、明治の詩の曙といったものを再考察してみることにする。
 信綱はその著『明治・大正・昭和の人々』と『作歌八十二年』で逍遥のことを述べているが、前者「中野逍遥」の後半にはこうある。

  君は実に、自分にとつて益友であり、心友であつた。君と自分との交はりは、明治二十五年十月の城南評論な
 る、雨夜文段と題した自分の文に、「学ぶ所同じからずといへども、志す所同じきをもて相親しき狂骨残月の二
 人秋雨軒を撲つ夕ベ、月明雁を照らす夜、一室に会して文を談ず。文は二千年の昔に遡り、下当世に及ぶ。談は
 天外に馳せ、また人情の機微に入る。静かに羽觴をあぐれば、談益々深く、談益々深ければ、興益々高し。

 云々とある。「狂骨は君の号、残月は当時の自分の号であった」と注釈して…。(觴は、さかづき)
 後者では、「明治二十七年 二十三歳」のページに、
「十一月 親友逍遥中野重太郎君が世を去った」等と述べ、さらに「一方多情多感の詩人で、その熾烈の情は血と涙とを以て綴ったというべき多くの詩を世に遺した。君は狂骨、自分は残月と号したので、自分は狂残銷魂録を二十五年十月の城南評論に掲げもした。その学ぶ所は異なっておるが、生涯の心友である先輩の永眠は嘆わしさに堪えなかった」などと述べ、最後に

 欺かはし君の詩巻
(うたまき)とこしへに天地(あまつち)の間(あひだ)にのこりてあらむも

と悼歌を載せる。
 なお「残月」は有明の月をあらわす言葉で、抒情的だが、一種冴えた感じもする呼び名だ。
 因みに明治中期の若い魂二つの切り結びを描いた「狂残銷魂録」(銷は消す・しずめる)は其一・其二に分かれ、それらに挟まれるようにして逍遥の「狂残痴詩」十篇がある。

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 四日市郷土作家研究紀要『泗楽』第16号に載せたものの抜刷だそうです。ここでは冒頭の「心友、中野重太郎」のみを紹介してみました。〈この中野造遥、私も若い頃から『日本現代詩大系』を通じて知っていた〉とありますので、私もさっそく手持ちの『日本現代詩大系』(1950.11.30河出書房)を調べてみましたら、第2巻の巻頭に『逍遥遺稿』抄として「思君十首」と「道情七首」が載っていました。中野逍遥の写真もあり、詰襟に細縁眼鏡の好男子という印象です。

 浅学にして中野逍遥を今回初めて知りましたが、佐佐木信綱との交遊もまた世に知られていないのではないかと思います。その意味でも本著は貴重な論考と言えましょう。このあと「思君十首」の解説が出てきますけど、その内容は本著に譲ります。興味のある方は本著を入手して、どうぞご覧ください。




個人誌『軌跡』53号
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2009.12.15 三重県鈴鹿市
稽古舎・津坂治男氏発行 非売品

<目次>
詩    楽園・ツワブキ 2
評 伝  やまと魂・谷川士清(その七、その時その座標で) 4
エッセイ 子どもも大人も(まど・みちおの世界) 10
     進化している?――あとがき 12




 
楽園・ツワブキ/津坂治男

じゃきじゃき邪気払う剪定の長挟みの下
ぬっと草色の首突き出したツワブキの茎
北の山茶花の垣の格子から 差し込む
斜めの光吸い込もうと? 駐車場越しに
団地の娑婆の匂いたっぷり嗅ぎ取ろうと?

 クスリ吸って捕まったヤツらの更生、いや
 復帰のシナリオ作りに躍起のテレビが
 ひびきわたり居間には あるじは怒って
 どうせヒトってそんなんだと 彼は相手にしないで

ツワブキの花ほころぶ 何千何万世代受け継いだ
成就のDNAかたちにしようと しがないぼくの
痩せた敷地の果てからも 黄色い舌ヒマワワみたいに
途切れ途切れの陽の精求めて あえぐ大地の性
が派遣した蘇えりの美女? イケメン? 選りすぐって…

 戦に傾いたあの日の裏口槇垣の陰
 つわ者じゃないツワブキ細々生き耐えていて
 母はその茎摘んで弁当のおかずにした
 空襲で家ごとすべて滅んだはずだったが……

きっと、彼らは地下で生き延びたのだ
フランスのレジスタンスの闘士のように いつか
強欲の声、貪欲のヒトから地球取り戻そうと
無数の網の目列島の根に張りめぐらせて
庭のあちこち顔出す したたかな木賊のように――

 たった3年の辛抱じゃなく 5年いや10年[ ̄]死ぬまで
 (これはクスリの前科犯) 心入れ替えるまで彼らヒトらが
 <白い粉運ぶ黒い血管組織がこっそり笑っているって?>
 コンクリの無気質世界の有り難がりやがいっぱいいる限りは ネ

それでも我慢出来ないのが自然の掟…木賊はコンクリの
その下をも潜って地下茎のばし スギナより手強く
けむじゃらのリュウノヒゲのむらむらからもからだを起こし
億年かけて立ち上げた地球の田畑と野原と庭の
憲法を勝手に変える敵許すなと! と

 
yellow ツワブキ おれの出番と
 うたた寝から醒め 務め今こそ果たそう と
 陰から茎出す 花噴き出す 繁り抜く――ヒト不要
 とまでは言わないけれど もともと彼らは新参者

ぼくらは日陰に楽園創り出す ホトケの御弟子
香る頭髪は虫を呼び寄せ 明日を呼び込み
黄と緑と赤の炎えるタスキをあちらの山まで
“友愛”のヒトとは じゃきじゃき邪気払いして(仕分けて)

 トカゲも冬眠の前に興奮 まわりの花茎の下
 地上・地下すべて 生き物の占有地にと……

  さあ 茎立てよう! 花噴き上げよう! 目覚めたツワブキ
   よかったら ヒトもいっしょに――

   さあ 茎立てよう! 花噴き上げよう! 叫ぶツワブキ
    よかったら ヒトもいっしょに――
                      <11/15 名古屋朗読会で>

 朗読用に創った詩のようです。〈ツワブキ〉と〈クスリ吸って捕まったヤツら〉の対比がおもしろいと思いました。〈どうせヒトってそんなんだ〉という思いが根底にあるのかもしれません。2度出てくる〈じゃきじゃき邪気払う〉という言い回しもおもしろいと感じました。




隔月刊詩誌『叢生』165号
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2009.12.1 大阪府豊中市
叢生詩社・島田陽子氏発行 400円

<目次>

おとぎばなし 島田陽子 1         いろはにほへど…… 下村和子 2
天王山 曽我部昭美 3           鳩 他 原 和子 4
贈りもの 他 藤谷恵一郎 6        路地 福岡公子 7
浮雲やった 他 麦 朝夫 8        曲がり角 八ッ口生子 9
島田陽子作「傘」賛歌 毛利真佐樹 10    オゴロ 山本 衞 12
小さな家族の小さな会話(七) 由良恵介 13  巣の構図(3) 吉川朔子 14
秋愁 秋野光子 15             ピーナツの殻 竜崎富次郎 16
秋の一日 空が、 江口 節 18       二つの街 木下幸三 19
点滅する赤信号 佐山 啓 20
エッセイ 身辺雑記(5) 毛利真佐樹 21
本の時間 22     小径 23       編集後記 24
同人住所録・例会案内 25          表紙・題字 前原孝治  絵 森本良成




 
おとぎばなし/島田陽子

やさしい目をした 声の静かなひとに会った
昔 よくうたわれた歌について訊かれた
彼が生まれる前のこと
記憶のまゆからつむぎだしたことばは
照りつける日射しに 伸びきったゴムだった

若いひとは駆け足でやってきて
あわただしく去っていく
だから 知らない
別れぎわのなにげない一瞥が
海を思いがけず波立たせてしまったこと
忘れていたものを呼びさましてしまったことを

海はうろたえた
こんな不意打ちがあったのだ
長い年月
(としつき)を経て
おだやかな満ち引きをくり返していた海は
つぶやくようにうたいはじめた
ちいさなおとぎばなしを

海は静かだ
またとない贈りものを砂に埋め
いつものように 陽を受けている

 〈昔 よくうたわれた歌について訊かれ〉て、〈思いがけず波立たせてしま〉い〈忘れていたものを呼びさましてしまった〉という作品ですが、それを〈不意打ち〉と捉えながらも、〈ちいさなおとぎばなし〉とし、〈またとない贈りもの〉とも受け止めています。ちなみに〈若いひと〉は〈知らない〉かもしれませんが、1970年の大阪万博のテーマソング「世界の国からこんにちわ」は作者の作詞です。それを念頭におくとこの作品はより味わい深くなるでしょう。






   
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