きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2009.12.7 神奈川県湯河原町・幕山




2010.1.14(木)


 日本詩人クラブでは毎年、日本詩人クラブ賞・日本詩人クラブ新人賞・日本詩人クラブ詩界賞の贈呈を行っています。略して日本詩人クラブ3賞と言っていますが、会員900名近くに加えて会員外からも200名ほどにご推薦いただいて、その年の優れた詩書を顕彰しようというものです。2010年のクラブ賞は第43回、新人賞は第20回、詩界賞が10回を迎え、日本詩壇の中でそれ相応の位置を占めていると自負しています。

 会員外からの推薦は8割や9割の返信で推薦をいただけるのですが、問題は会員推薦です。返信率は会員外の半分ほどでしょうか。会員外は名の知られた詩人に推薦をお願いしていますので、贈られてくる詩書も多く、推薦しやすいのでしょうけど、会員には年に数冊、数10冊しか贈られてこない人も多いようで、誰を推薦してよいか分からないという声もありました。それが返信率に反映しているのかもしれません。

 今年の推薦締切りは1月20日消印まで。午後、理事長から電話があって、会員の返信率が少ないので、Eメールを持っている会員に投票を呼びかけてくれないかという依頼でした。一応、受けましたが、実はこれが大変なんです。私が電子名簿を管理していますので、本になっている会員名簿にはメルアドを載せていない人でも把握しています。入会申込書に書かれていたり、詩集や詩誌に載せている情報を丹念に集めていますから、それなりに分かっています。しかし、メールで一括して送信するためには、私のメールソフトでは1行に全てのアドレスを記入しなければなりません。メルアドは日によって変わってしまうものですから、事前の準備しておくこともできず、そういう依頼がある度に名簿から抜き出して1行につなぎ合わせるという作業になります。

 理事長の心配も分かりますので夜になってから作業を始めましたが、8時半から10時半までみっちり2時間かかってしまいました。一括で送信できる良い方法があればいいのですが、勉強不足で…。まあ、そういう訳で、推薦ひとつをとっても裏方はそれなりに苦労してますというお話しでした。それに免じて、3賞のうち、できるところだけでも推薦してやるか、というお気持ちになっていただければありがたいです。




○門脇照男氏著『しおり籠 −小説や随筆を書きながら
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1998.12.17 東京都国分寺市 武蔵野書房刊 2400円+税

<目次>
1 子供は大人の父 9            2 通町
(とおりちょう) 10
3 のれんに腕押し 12
.           4 「の」の字 14
5 私にとっての名作 16
.          6 菊池寛の「短篇の極北」 18
7 文字芸者 20
.              8 推敲は楽しい 22
9 五十年目の正月 25
.           10 コレだ! 27
11 眼福 29
.                12 「あはれ」で「をかし」く「おもしろ」い 32
13 モチーフは餅腑 34
.           14 矗々 36
15 雪 39
.                 16 「ことばに会う」(1) 41
17 童話と私 43
.              18 「ことばに会う」(2) 46
19 「外套」から出てきた 48         20 「ことばに会う」(3) 51
21 ありがとう 54
.             22 二人旅 56
23 おそくはない 59
.            24 N・Tさんへ 61
25 父カネテル 64
.             26 ワープロ食わず嫌い 66
27 桜桃忌に 69
.              28 夢の狩人 72
29 三種の愛機 75
.             30 例えば氷山 77
31 散読のなかで 80
.            32 服は服でも 83
33 「こけし屋」で 87            34 指から血が 91
35 私の八月十五日 94
.           36 書くことが鈴なり 98
37 母ヌヒ 102               38 小説を産む 105
39 本に会う、人に会う 109         40 舞台の中へ 113
41 田の畦
(あぜ) 116            42 読む愉しみ、書く歓び 120
43 「吉行淳之介展」で 123
.         44 雨の嵯峨野路 127
45 うたごころ 131             46 ポーチにて 135
47 頃日
(けいじつ) 139.           48 叩(たた)けよ、さらば… 143
49 年の瀬に 146              50 「百」の話 150
51 枝折籠
(しおりかご)(1) 154         52 枝折籠(2) 158
53 枝折籠(3) 163             54 枝折籠(4) 167
55 枝折籠(5) 117             56 枝折籠(6) 175
57 枝折籠(7) 179             58 枝折籠(8) 184
59 枝折籠(9) 189             60 枝折籠(10) 195
61 枝折籠(11) 200             62 枝折籠(12) 205
63 白峯 211                64 なつかしい小説 218
65 「遠藤周作さんを偲ぶ会」など 222
.    66 神田(こうだ)川の畔(ほとり)(1) 225
67 神田川の畔(2) 229           68 神田川の畔(3) 233
69 神田川の畔(4) 237           70 神田川の畔(5) 241
71 一枚の写真 244             72 神田川の畔(6) 249
73 小説を書かぬ日 253           74 小品のこと 256
75 書いていますか 260           76 足摺岬にて 264
77 入野の月 268              78 山の湯で 272
79 何を書こうか 275            80 何を読もうか 279
  あとがき 283




 79 
何を書こうか

 何を書こうか、とここ何日も思っている。思うばかりで、よし、これを!というものが出てこない。もやもやした感情がつのるばかりで、何も書けない。
 本当なら、何を書こうか、などと思い迷わずに、すぐ、これだ! 今はこれを書くのだ、というものがあればいいのだが、それがない。ないから迷っている。
 ある高名な小説家が、ある雑誌のコラムで、私の書いている短い随筆などサラサラと、たちどころに書き上げているのだろうと読者は思うかも知れないが、どうしてどうして私は、短い随筆やエッセイを頼まれても、何を書こうかと四、五日は悩むのである。そのあげくの果てが、たちどころに書き上げたのだろうと読者には思われるに違いないものなのだ、と書いていたのを最近読んだ。詩人の田村隆一氏も「〆切があるから、あきらめて放棄する」と言っていた。
 そんなものを読んだからというわけではないが、昔から私はそうなのだ。
 今書いているこの文章だって、もう四、五日前から何を書こうか、といささか迷っていた。その迷いの果てがこんな文章になった。
 迷ったからといって、決していいものが出来るはずはない。迷いがいはないのである。
 だが、迷うということをあながち軽蔑すべきでもない。それは誠実の証しでもある。
 でもここで、重大な一つのことに行きあたる。
 君は本当に、何を書こうかと思い迷ってきたのか、ということだ。漠然とした迷いのムードの中で、迷いを愉しむとまではいかなくても、真に思いを凝らして迷ったのか、ということである。そうではあるまい!という答えが返ってくる。
 漠然としたムードの中でとりとめもなく迷っていても、何も見つかるはずはないのである。奇術師が何もない空中へ手をさしのべて、サッと鳩をつかみ出したり、花を咲かせたりするぐあいにはゆかぬのである。
 その奇術師も実は、漠然としたムードの中で、鳩をつかみ花を咲かせたわけではなかったのだ。種もしかけもあったのである。それを知りながら観衆は、息をのみ、喝采する。
 その種やしかけが、文章ではペンなのだ。具体的な物質なのである。そのペンが、肉眼では見えない鳩をとらえ、空中に花を咲かせる。すべてはペンのしわざなのだ。
 重大な一つのこととは、ペンを手に握る、ということだったのだ。ペンが鳩をとらえ、ペンが花を咲かせる。
 漠然とした妄想の中で迷っているのなら、それをそのままペンで、紙の上にそれを書くのだ。するとそこへ書いた鳩や花は、生きもののように紙の上を這いはじめ、次々と、その生きものは、思いもかけなかった所へ行ったり、自分でも気づかなかったものを、その生きものが見つけてくれる。
 一行が一行を呼ぶ――、とはそのことだろう。
 ペンで一行書いたことが生きものになって、次の一行を呼びこんでくれる。時には立ちどまって考えてくれる。自分の頭で考えていることが(というよりは、その一行にひかれて)、空中に拡散することなく、紙の上に記録されてゆく。その記録にはげまされて、その生きものはまた、もぞもぞと動き出す。そのようにして一つの文は、長い文章のうねりの痕跡を残してゆく。
 小説家の宇野千代(一八九七〜一九九六)は、何を書こうかと迷った時、窓の外を見たら小雨が降っている。だから、「小雨が降っている」という短い一文を書きつける。その自分の書いた一文をじっと見ていると(これは私のつけ足しだが――)、次々と書くことが浮かんでくる、という意味のことを書いていたのを思い出す。随筆もその一文を書くことで、書けると思うが、かなり長い小説だって、その短い一文から出発することができる。あとはそれこそ、その筆者なり作者なりの個性で、さまざまの作品になる。
 いま面白いことを思いついたが、十人なり二十人なりの人が、「小雨が降っている」という一文を冒頭にして(その一文は変更しない)、三枚なり五枚なりの作品を書けば面白いのではないかと思った。三枚とすると、せいぜい一時間――、その時間の制約の中で、とにかく一つの作品を仕上げるのだ(途中になってもしかたがない――)。これは自分一人でもできる面白いゲームである。
 何を書こうかと迷った時は、時にはこうしたことも面白いのではないか。それが病みつきになると、もう「何を書こうか」と迷うことはない。といえば、いかにも味けない。大いに悩み、妄想することも又楽しいことかも知れないので、そうしたい人はそれでよいのだろう。が、堂々巡りで大した収穫はないかも知れない。
 書くという必死の思いは、妄憩の中でも、必ずペンを握らせているはずだ。その時浮かんだ妄想のエキスを、単語でも何でも紙の上に書きつけてゆく。そして大いに悩み、妄想するのがよいだろう。
 「ペンを持って考える」というこの重大な一つのことを実行していると、ペンは書きたくてむずむずしている物質だから、きっと紙の上に字を書かずにはおれなくなるだろう。
 ふだんの自分のことを棚に上げて、何だかうまうまと言いすぎたような気もするが、この文章も、ふと浮かんだことをそのまま書きつけているとこんな文章になった。
 何の芸もない文章だが、これも悩みの果ての妄想の所産だろうか。そうでもあるまい。一時間半ほどで書けた。勿論あとで多少の推鼓はしたけれど――。   (一九九八・七・三〇)

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 あとがきにはこの本ができた由来とタイトルについて書かれていますから、それも紹介しておきます。

 <平成五年、丸亀市の「四国新聞社西讃支社」に文化教室が設けられ、「小説・随筆作法」の講座が開かれた。私も三十名ほどの会員と共に、月二回の講座に合わせて、コピー一枚の文章を書き、「小説・随筆を書きながら」のタイトルで、受講の人たちに読んでもらった。文中、50「百の話」にあるように、一応百篇をめざしているが、それが80に達したので、一本にまとめてもらうことにした。
 本の表題『しおり籠』は、文中51「枝折籠
(しおりかご)」のエピグラフにあるように、上田秋成『春雨物語』の「目ひとつの神」にある「いかで我がさす枝折(しをり)のほかに習ひやあらん」を借用した。「枝折」(莱)は、元来、山道を歩く人が木や草の枝を折り曲げて、自分の歩いた道しるべとしたものである。ここ数年、「文化教室」の人たちと共に歩んだ私の、乏しい枝折のいくつかが、ここに収められている。>

 ここでは「79 何を書こうか」の全文を紹介してみました。モノを長く書いている人なら誰もが経験するだろう〈もやもやした感情がつのるばかりで、何も書けない〉状態をうまく表現していると思います。〈詩人の田村隆一氏も「〆切があるから、あきらめて放棄する」と言っていた〉とうエピソードも良いですね。私には何より〈十人なり二十人なりの人が、「小雨が降っている」という一文を冒頭にして(その一文は変更しない)、三枚なり五枚なりの作品を書けば面白いのではないか〉という部分が印象的でした。これは詩でもテーマ詩と称して、テーマを決めて書くことと通じているかもしれません。しかし〈一文を冒頭に〉するというはやったことがありませんし、やったという話も聞いたことがありません。そこを強制的に最初の1行は同じにするといのは、たしかにおもしろいものができるだろうなと感じます。一度やってみたいと思わせる文章です。
 なお、6段落目の〈迷いがい〉には傍点がありますが、きれいに表現できないので割愛してあります。ご了承ください。




森當氏作品集『ギリシャ幻想−参州松平郷ほか−
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2009.11.25 東京都八王子市 武蔵野書房刊 1800円+税

<目次>
狂言 松月院……………………5        参州松平郷………………………19
ギリシャ幻想……………………35
(一)アテネ空港………………36       (二)四脚門……………………41
(三)山の家……………………52       (四)エーゲ海クルージング…67
(五)ピレウス港………………85       (六)雪のメテオラ……………99
(七)デルフィ幻想……………113       (八)ロードスのビーナス……127
山元の遺産………………………147
あとがき…………………………241




 
ギリシャ幻想

  (一)アテネ空港

 師走の半ば順司は大助の誘いにのって、N空港からドイツのフランクフルト空港経由で八日間の長いギリシャ旅行にでかけた。それは順司にとっては現実逃避の旅だった。
 この時期、それぞれの地区で四年に一度の土地改良区理事の改選が行われていた。順司の任期は翌年の一月まであったが、前年の十二月中に各地区の候補者を決定し、市の選挙管理委員会に提出することになっていた。
 「三期十二年も理事をつづけてきたから、今度は新しい人と交代したい」と、順司は地区の区長に申し込んだ。土地改良区理事も候補者が多数のときは公職選挙法で定められた投票によって決めることになっていたが、年中農作業に追われていた農家にとって、暇くい虫の理事になりたい人はなくて、結局、候補者の選出は地区役員会がやることになっている。順司が辞退を申し込んだことで、地区の中に波紋が広がっていった。
 「事業を完成させてからにしろ」という声が強いようだった。若い役員の縊死事件も含めて、責任逃れではないか、という声もあった。
 しかし、順司はそれらを承知の上で出発したのである。それは順司がこの一年間、悩んだ末に到達した結論だった。妻の晃代にも相談し、友人の大助にも話したが、順司にとってそれ以外に方法はなかった。それはまた、人生の節目をつけることであり、新しい道を見つけることでもあった。順司はギリシャ旅行を妻に話した。年末には雑用の多いことを承知していた妻も、今度ばかりは順司の行動を非難しなかった。
 N空港を十時三十五分に出発したルフトハンザ航空の737便は、フランクフルト空港へ現地時間の十四時三十五分に到着した。時差が七時間あって、およそ十一時間の長いフライトだったが、順司はほとんど眠ったままだった。大助は機内食も食べようとしない順司の身体を心配したが、飛行機が着陸体制に入ってから目を覚まして、まわりを子供のように見回している順司の表情を見て、呆れながら、ほっとしていた。
 空港に着いてみると、ここは雨が降っていた。ヨーロッパの冬は雨季であるといわれているが、さらに乗り継ぎのミュンヘン空港に着いたときは雪で、滑走路のまわりは薄墨色に覆われていた。ミュンヘンからギリシャヘの中型ジェット機のタラップにはしめった雪が舞い下り、乗客たちは髪の毛の雪を払うようにして機内に乗り込んだ。百人に満たない乗客の中に日本人の顔はわずかで、満員の機内は人いきれで、むっとする感じだった。大助たちの隣に座った添乗員の説明では、乗客の半分は出稼ぎに出ていたギリシャ人で、クリスマスが近づいて故郷に帰る人たちらしかった。言われてみれば、機内売りのみやげ物をいくつもまとめて注文していた。
 「ギリシャの人口はおよそ一千百万人、そのうち四百万人が外国で働いています。いってみれば出稼ぎ大国ですね」
 気さくな女性添乗員は笑って解説してくれた。ようやく目を覚ましたらしい順司が、その添乗員に身をよじるようにして顔を向け、「どこの国へ出かけているのですか」と話しかけ、添乗員を苦笑させていた。
 ギリシャのアテネ空港に到着したのが二十二時四十分、日本を立ってから二十時間がたっていた。大助は少しふらつく順司を先に立てて機内から空港へ降り立った。
 真夜中に着いたアテネ空港は土砂降りだった。
 ドイツのフランクフルト空港のどこまでも広がっている途方もない広さのターミナルビルや、乗りついだミュンヘン空港の都会のデパートの売場のような明るい華やかさと比べると、真夜中に着いたせいかアテネ空港の中はがらんとして、なぜかうらぶれた田舎の雰囲気があって、しかも、雨の中で蒸し暑かった。順司は出発のとき大助の言ったように冬支度で着ぶくれしてきた。さらにミュンヘンの雪を見てセーターを重ね着した。真冬の格好で梅雨の季節へ飛び込んだようで、入国手続きは汗だくであった。
 空港から三十分ばかり、出迎えのバスに乗ってホテルに着いたときには夜中の一時半をまわっていた。順司は部屋に入ると上着を脱ぎ捨ててバスルームにとびこんだ。浴槽のコックをひねったが、赤茶けた水が、ちょろちょろと出ただけである。
 「日本のホテルと違って、夜中に二十部屋もいっせいに湯を出せば、水庄が下がって水も出なくなるのだ」
 大助はベッドの上にトランクをひろげて、悠々として下着をとりだしていた。
 「やっぱり田舎の旅館なのだ」
 大助の誘いにのって出かけてきたことに、順司はふと後悔のような苦い思いをかみしめていた。ホテルはアテネの中心部にあって、夜目に見た外観は日本のビジネスホテルであったが、市街地のホテルにしたら、星三つぐらいだろうと大助は言っていた。
 しかし、玄関を入ったロビーはとにかく狭い。フロントの前に五人も立てば出入り口がふさがってしまう。
 「安いツアーで来たのだから仕方ないだろう」
 大助はすましたものである。
 「身体を拭いて、早く寝るぞ」
 裸になった大助がバスルームの中に入っていった。部屋の広さは畳十枚ぐらいありそうで、ベッドが二つ並び、その間に小さなテーブルが置かれ、スタンドがのっている。足元にはソファー、そのうえの壁にはテレビがあった。大助がスイッチを入れたのか、なにやら二人の男女が話し合っている。ここはギリシャだからギリシャ人だろうが、わかるはずがない。
 ホテルはアテネ市内の大きな通りに面しているらしく、深夜だというのに自動車の排気音が喧しい。順司は重いスーツケースを奥のベッドの上に放り上げ、バンドとロックをはずしてふたを開けた。とたんに寒さを心配してつめこんできたジャンパーやセーターが勢いよく跳びだしてきた。
 「この調子では、この先が心配だな」
 順司がぼやいて、
 「不眠症が重くなりそうだ」と、声を出したときに、バスタオルを身体に巻きつけた大助がベッドのわきに立っていた。
 「嘘をつけ、日本からの飛行機の中では食事もとらずに大いびきで寝ていて、不眠症もへちまもないぞ」
 大助が皮肉に笑った。言われてみれば確かにフランクフルトに着くまでの記憶がほとんどなかった。機内で最初に出されて飲んだワインがよく効いたのだろう。
 「機内でだされたワインが残っているから、これを飲んで早く寝るぞ」
 ベッドの上であぐらをかいた大助が、小さなボトルをふって見せた。
 「おれはもういい。風邪薬をのんで寝る」
 「おい、おい、ギリシャまで来て風邪薬はないだろう」
 大助はあきれたように順司の顔を見た。文句を言いながら眉間のしわがとれて、晴れやかな表情になっている。大助は連れてきてよかったと思った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 1998年から2009年の間に文芸誌『農民文学』に収録された作品を集めたもののようです。「狂言 松月院」は珍しい創作狂言です。「参州松平郷」と「ギリシャ幻想」は連作と言ってよく、30年ぶりに濃尾のある山村を訪れた司馬遼太郎から“私の脳裏にある清らかな日本がまた一つ消えた”と酷評された地に住む〈大助〉が、同じ司馬遼太郎に“ヨーロッパの片田舎になりはてたギリシャ”と言われた地を見に行くという設定です。この設定自体もおもしろいのですが、ギリシャの風物の描写や意外な展開に魅了された作品です。おそらく著者が実際に行ったのでしょうが、ただの紀行文ではなく、小説としたところが著者の力量の成せる技でしょう。ここでは「ギリシャ幻想」の第1章だけを紹介してみましたが、力作です。
 「山元の遺産」はそれらと趣きを異にした作品で、バブルで大金が入った農夫の話。大金は入ったものの妻と死に別れ、一人住まいの自宅に若いコンパニオンたちを引き入れてのドンチャン騒ぎ。急死のあとに子どもたちが知った農夫の意外な事実。こちらも頁を繰る手を止めさせないおもしろさでした。お薦めの1冊です。




詩誌『侃侃』14号
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2010.1.9 福岡市中央区 非売品
田島安江氏編集・書肆侃侃房発行

<目次>
きみの胸にかかる橋 井上瑞貴 2      岬は半島から切り出される 井上瑞貴 4
秋は冬に始まる 井上瑞貴 6        
Heal 鈴木 薫 8
ことばとは 鈴木 薫 11          髪を切る 田島安江 14
雨を降らせる樹 田島安江 17        パレード 船田 崇 20
こんなところ 船田 崇 24         接線に 吉貝甚蔵 30
氷期のための表記 吉貝甚蔵 35
▼エッセイ 死とともにあれ、清志郎 井上瑞貴 40
▼エッセイ 桜島の言い空 鈴木 薫 44
▼詩を読む 14 田島安江 本棚にたたずむ詩集10――林美脉子詩集『緋のシャンバラヘ』 46




 
接線に/吉貝甚蔵

マダガスカルのハリネズミが
トルファンのカナートに墜落する と
マラカイボのコンドルは
ヒマラヤのモンスーンに失墜する
タナカさま から オオノくん へと
        こぼれ 落ちる 音
が ある
アルマトイを駆け抜ける国境列車の
断絶
日射しの先のひまわりを
打ち負かすには
ほのかな香りの遠回りが必要だ その
首 まわすな とオオノくん
から あら どこ タナカさま
失踪し
この日の夕暮れは
消せないのだから
茫然と
自失する そんな
絵はがき の 液体化 に
るいるい の なみだ 放逸したのは
            唯一だから
途切れるまでに途切れるまでに
途切れてしまう
ベルホヤンスクの絶縁
いつも夕暮れは
南極のペンギンをおびやかし
雪原に置き忘れのブーツが光る
時は時雨れる
ゆえに
急ぎ足で
河川敷
立ち去る人の
影だけが残る ただ
斜度
すべる 三人称
雨を避けるためには
なくした傘でも取り戻すのか
踊るタナカさま まさか彼方へ
オオノくん
行くのか かの国
      どの国 その国
真昼の告別
なら 済ませたはずだ と
離れる人称の 点
アルハンガイのタルバガンは
ンゴロンゴロのサバンナに沈没する
もう迷わない と
照葉樹の森で
呟く それは
はるか うなだれたままの
帰路

 〈マダガスカル〉から〈南極〉、そして〈河川敷〉。〈夕暮れ〉から〈真昼〉。時空を自在に〈駆け抜ける〉詩だと思います。〈アルマトイを駆け抜ける国境列車〉というフレーズからは、コップの中の嵐ならぬ“アルマイトの中の嵐”を想起してしまいました。タイトルの「接線に」は、アルマイトの接線のように思います。そんな時空を思い通りに操る姿に、コップの中の嵐を見ている者のような視線を感じました。最終連の〈はるか うなだれたままの/帰路〉にもそれを感じます。〈南極のペンギン〉の姿を〈雪原に置き忘れのブーツ〉としたフレーズも、文字通り光っていると感じた作品です。






   
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