きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2010.2.25 神奈川県南足柄市・枝垂れ梅




2010.3.27(土)


 午後から東大駒場で日本詩人クラブの現代詩研究会が開かれました。講師は小柳玲子さん、演題は「夢幻・詩・絵 −夢にまで現れる狂気の画家、リチャード・ダッドをめぐって」。リチャード・ダットは小柳さんが発行している詩誌『きょうは詩人』の表紙絵にたびたび使われていますから、名前ぐらいは記憶していたのですが、まさに狂気の画家で、興味津々でした。
 リチャード・ダット(1817〜1886)はイギリスでロマン派の画家として才能を期待されていたそうですが、26歳のときに父親を悪魔と思い込んで刺殺。以後、一生を刑務所で過ごしながらも絵筆は離さなかったという、極めて異色な画家だそうです。

 講演には、小柳さん制作の画集『リチャード・ダット』の絵も抜粋して使われましたが、なんとその本を先着○○様にプレゼント!というので、私もさっそく1冊いただきました。上がその表紙です。6,000円近い画集ですから、これだけでも今日の講演会はしっかり元が取れました(^^;
 画集には習作時代から晩年まで、主要な作品が60編ほど収められています。日本ではほとんど知られていない画家ですから、1993年の初版ながらまだ在庫はあるようです。興味のある方は小柳玲子さん、または発行元の岩ア美術社に問い合せてみてください。

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 写真は会場風景。私は、小柳さんが1980年の『叔母さんの家』で第6回地球賞を受賞したときに観客の一人としてお話しを伺って以来ですから、実に30年ぶりのまとまったお話しです。講演はこの30年の小柳さんの足跡を辿るものでもありました。一人の詩人の生き方を知るという意味でも貴重なものでした。記録はいずれ雑誌『詩界』に載るでしょうから、日本詩人クラブの会員・会友の皆さまはそちらも楽しみにしていてください。




詩とエッセイ『異神』107号
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2010.3.20 福岡市中央区 各務章氏発行 500円

<目次>
「小詩集とエッセイ」
金魚の飼い方/田中圭介 1           丘のひかり・うしろ姿/各務 章 4
朝明け・杖下に死す 槍波を渉る6/金子秀俊 7 磨く・操り糸/田中裕子 13
沈みゆく島嶼/麻田春太 17
「エッセイ」(一) 「世界の裏側」を読む 各務 章 22
「エッセイ」(二) 雛祭り 各務 章 34
「編集後記」 各務 章 37




 
磨く/田中裕子

磨くほど
はね返され
際立ってくるものをのぞき込めば
微妙にあざむかれ
手を止めたところからうっすらと積もるものが
だん だん とむこう側を遠くする
そう思っていた

甲高い鳥のひと声が
ひかりを低くしぼりあげ
急いで消えていく 鏡

磨けば
許し難く刺してくる
それをわたしは
くもりなく受けとめたことがあっただろうか

 〈鏡〉を〈磨く〉ことによって見えてくるのは、〈だん だん とむこう側を遠くする〉〈うっすらと積もるもの〉であったり、〈ひかりを低くしぼりあげ〉るものであったり、〈許し難く刺してくる〉ものであると謂うのですから、詩人の感性とは凄いものだなとつくづく思います。こんなことを感じながら鏡を見る人は少ないんじゃないでしょうか。そればかりではなく、最終連では〈それをわたしは/くもりなく受けとめたことがあっただろうか〉と自省します。この謙虚さにも感心させられた作品です。




詩誌『交野が原』68号
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2010.4.10 大阪府交野市
交野が原発行所・金堀則夫氏発行 非売品

<目次>
《詩》
月/八重洋一郎 1
藤椅子に座るひと/八木幹夫 4       砂塔/瀬崎 祐 6
伊達邵
(イーターサオ)/松岡政則 8       ベンガルの少年の微笑みと/白井知子 10
船日/斎藤恵子 12             クイズ。/中島悦子 14
イド(id)/一色真理 16         どうぶつのかたちをした磁石で冷蔵庫に留められている二、三のメモ/相沢正一郎 18
額縁のない絵画/宮内憲夫 19        長野隆のもう一つの墓/山田兼士 20
わざ/岩佐なを 22             少年の橋/藤田晴央 24
老犬たちの後ろから/大橋政人 26      緑の中で/高階杞一 28
聖徒たちの足/森田 進 29         邪魔/望月昶孝 30
定点/渡辺めぐみ 32            聖夜のカノン/川中子義勝 34
樹木人−未来への釈明/溝口 章 36     ひこばえ/金堀則夫 38
枯葉/北畑光男 40             ライマン・アルファの森/佐川亜紀 42
望月まで/北原千代 44           黄の花は/田中郁子 46
選ばれて/田中眞由美 48          風邪の華/岡島弘子 50
ウッドストック/片岡直子 52        難民/松尾 静明 54
スーパーマンの孤独/望月苑巳 56      弔/山本十四尾 58
ゲーム/美濃千鶴 60            結婚写真/古賀博文 62
水都/犬飼愛生 64
.            《へのへのもへ字》/海埜今日子 66
《評論・エッセイ》
■梶井基次郎のモダン都市観察−崖上の感情・崖下の感情/寺田 操 68
■詩を書くひとたちへの贈り物 高橋英夫著『母なるもの−近代文学と音楽の場所』/岡本勝人 72
■昭和初頭の詩の同人誌の一断面/李村敏夫 74
■極私的詩界紀行5/冨上芳秀 100
 山本博道詩集・以倉紘平詩集・北川朱実詩集・松岡政則詩集・長嶋南子詩集・山田兼士詩集・金堀則夫詩集・山本十四尾詩集・小松弘愛詩集・吉井淑詩集
《郷土エッセイ》 ◇かるたウォーク『たわらを歩く(7)』/金堀 則夫 102
《書評》
清岳こう詩集『風ふけば風』砂子屋書房/原田道子 76
海埜今日子詩集『セボネキコウ』砂子屋書房/新延 拳 78
大井康暢詩集『遠く呼ぶ声』砂子屋書房/田中国男 80
山本楡美子詩集『森へ行く道』書肆山田/須氷紀子 82
田原詩集『石の記憶』思潮社/宇佐美孝二 84
北川朱実詩集『電話ボックスに降る雨』思潮社/谷内修三 86
山田兼士詩集『微光と煙』思潮社/細見和之 88
伊藤芳博詩集『誰もやってこない』ふたば工房/苗村吉昭 90
柴田三吉詩集『非、あるいは』ジャンクション・ハーベスト/上手 宰 92
山本十四尾詩集『女将』コールサック社/横田英子 94
杉山平一著『巡航船』編集工房ノア/國中 治 96
季村敏夫著『山上の蜘蛛』みずのは出版/時里二郎 98
編集後記 104
《表紙デザイン・大薮直美》




 
少年の橋/藤田晴央

少年のわたしが
病で入院していたとき
飼っていた仔犬がもらわれていった
仔犬の世話をしていたのはわたしであった
告げられてわたしは
病院の枕を濡らして泣いた
母は昼も夜も
編物を教えてわたしを育てていた
犬の世話をする人間はいなかった

退院してからすこしたって
犬をもらった男が自転車に犬を乗せてやって来た
遠い村に住む知らない男だった
男は用事を済ますと
犬をかごに入れて帰っていった
わたしは乗り始めたばかりの自転車で尾行した
遊びなれた町から
見慣れない町をいくつ過ぎても
時おり見える仔犬の茶色い頭を追いかけた
やがて長い橋があった
手ぬぐいで鉢巻をした男は
こともなげに橋を渡って行った
その先はわたしの知らない村であった
りんごの花が白い花であることを
そのとき初めて知った
欄干の上をゆく
仔犬の姿があった
橋のたもとに立つわたしを
振り返ったようだった
男の自転車がりんご畑に消えた
わたしは子供自転車の
ハンドルをにぎりながら
いつまでも橋の下の
川をみつめていた
どんどん
きらきらしてくる春の川を

 こうやって子供は現実を学んでいくのだなと感じた作品です。〈編物を教えてわたしを育てて〉くれた家庭でも〈仔犬〉を飼うことはできます。しかし、〈病で入院〉すればすぐに手放さなければならない現実。それでも〈犬をもらった男〉は大事にしてくれているようです。それが分かりながら〈乗り始めたばかりの自転車で尾行〉する〈わたし〉の心理も、〈わたし〉自身には分かっていたのでしょう。それが〈いつまでも橋の下の/川をみつめていた〉というフレーズに出ているように思います。私たちはこうやって大人になってきたのかと、思わずふり返ってしまった佳品です。






   
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