きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2010.2.25 神奈川県南足柄市・枝垂れ梅 |
2010.3.30(火)
特に外出予定のない日。終日いただいた本を拝読して過ごしました。
○詩と批評『POETICA』62号 |
2010.2.28 東京都豊島区 中島登氏発行 500円 |
<目次>
恋/阿賀 猥 778 むかしむかし/清水恵子 780
油売り/高島清子 782 男と女とおんな/みくも年子 784
あなたの音色/小舞真里 786 プレリュード/中島 登 788
見知らぬ女への遺言/中島 登 790
恵贈御礼 聲のライブラリー
油売り/高島清子
びんつけ油をくださいな
かぷかぷ とっぷん とと・と・・と
もう一杯はおまけです
ありがとう いいお天気ね 春よねぇ
まだ少し待って
油だからね
まあ お茶でもひとつ
あら茶柱
びんつけ油を買いに来るのは
髪結いのおかねさん
良くしなう手で
たっぷりした黒髪を
島田や桃割れに結い上げます
時代のキャリアウーマンの
おかねさんは
今は丁子色の写真の中から
油屋の客を見ています
びんつけ油はありませんか
ごめんなさい
ああ もうこんな時間
百年も経ったなんてねぇ
〈びんつけ油〉とは、これまた古風な、と思いましたら〈百年も経った〉という設定でした。〈時代のキャリアウーマン〉は、100年やそこらでは変わらない、と読み取りました。そういえば〈もう一杯はおまけです〉、〈まあ お茶でもひとつ〉は現代にも通用しますけど、現実にそういう店は少なくなってしまいました。作者の意図からは外れてしまいましょうが、そんな時代の変遷までも感じさせた作品です。
○詩誌『砦』伍号 |
2010.3.31
沖縄県南城市 橋渉二氏発行 非売品 |
<目次>
べろぜぶぶ 昆虫の書26 4
賽泥(さいどろ) 10
イスラエル・ノート 補稿二 ヘブル配列 16
イスラエル・ノート 補稿三 アダムとエバのパンツ 19
詩画 パラダイス 21
砦・インデックス 22
あとがき 25
べろぜぶぶ 昆虫の書26
べろぜぶぶは牛馬を螫(さ)す
牛馬は狂ったように跳びはねる
べろぜぶぶはイエバエより大きい
体長三〇ミリ アブの親分だ
欲張りのべろぜぶぶ
たくさん血を吸おうと強く螫す
しつこい奴でなんどでも螫しまくる
べろぜぶぶはストーカーだ
牛や馬につきまとい皮膚に産卵する
幼虫は皮下に居そうろう
牛や馬の血を吸って育つのだ
ストーカーの血を受け継ぐために
かつて ギリシャに蠅踊りがあった
半裸の女が腰をふりふり踊る
女は盛りのついた牛 馬 豚だ
べろぜぶぶに螫されて狂った家畜だ
べろぜぶぶに踊らされている蠅踊りだ
女は踊る ギリシャの男の前で
たくましい男たちの目の矢に刺されて
いや 女が 男の高慢を刺し 欲情を刺す
べろべろ べろべろ べろぜぶぶ
べろべろ べろべろ べろぜぶぶ
太陽の下(もと) 神のことはさておき
ドーゾ ドーゾ 殿方にあげよう恋なすび
ドード ドード 殿方とあたしの恋なすび
ドード ドード※ 殿方に盛りのつく恋なすび
太陽の下(もと) 神のことはさておき
かつて バアル・ゼブブはカナン人の神
それをヘブルびとはベルゼブブと皮肉った
世に君臨する蠅の王 ベルゼブブ※
蠅に臨むことは人にも臨み
ここも狂い あそこも狂う蠅踊り
人間はハエになんらまさるところはない
べろべろ べろべろ べろぜぶぶ
かつてあったことは今もある
牛を螫し 馬を螫すべろぜぶぶ
女は男を刺し 男は女を刺す
太陽の下(もと) 神のことはさておき
世の終りまでつきまとうべろぜぶぶ
※ドード(ヘブル語)は、旧約聖書「雅歌」に使われている言葉で「愛」を意味し、愛撫あるいは愛の営みも指す。
※ベルゼブブ(ベルゼブル)はバアル・ゼブブ(蠅の主=蔑称)の派生語とされる。ヘブル語でゼブルは住居を意味し、
ベルゼブルは「居住の主」という意味で、悪霊の頭(かしら)とも呼ばれる。イエスはこれをサタンと同一視した
(列王記下一・2/マルコによる福音書三・22等)。
べろぜぶぶ→更に皮肉をこめた造語。
(新共同訳聖書事典等参照)
シリーズ「昆虫の書」の26番目の作品です。聖書から題材を採った詩ですが、最終連の〈かつてあったことは今もある〉というフレーズが全てを物語っているように思います。
残念なことに『砦』誌は今号をもって第一期終了、しばらく休刊だそうです。第二期の早期開始を望みたいと思っています。
○詩誌『詩のひろば』3号 |
2010.3.3
奈良県大和郡山市 司茜氏発行 非売品 |
<目次>
片山 蒼子 雫が一滴 2 椅子と師走 4
中田 康世 四月のまがりかど 6 春が来て… 8
戸田真智子 零余子(むかご)ご飯 10 カバヤ文庫 12
岡田 悦子 月よ 眠れぬ夜に 14 ふたり 16
葉七 木綿 爽竹桃 18 曲がり角 20
大倉 元 旅人 22 只今997人 24
桑山 俊子 秋の暮 26 花びらの舞 28
なか なみ 母とお茶炒り場 30 心の鍵 32
司 茜 ギシュウサン 34 正午のシャボン玉 36
写真にアタック 38 あとがき 司 茜 60
雫が一滴/片山蒼子
流しの棚の上にある重曹洗剤の噴霧口から
ふいに
雫が
ぽとん と滴る
昨夜は今年初めての寒い夜だった
テレビでは北国の初雪を映している
一転して
今日は暖かい日の午後三時
二階のアイロン台の上で
また 糊付け噴霧口から
ふいに 雫が ぽとん と滴る
使っていない噴霧口から
雫が
ぽとん
あまりにつまらないこの頃
かすかな兆しに揺らぎ
携帯音が軽やかに鳴る
信州に暮らす息子から
十七夜に
生まれた結月ちゃんの
宮参りの誘い
来週は雪を冠したアルプスの山々と
柔らかな結月ちゃんに
瑞瑞しい
一滴に
会いに行こう
年に1度の発行で、3号目を迎えた今号の巻頭作品です。〈重曹洗剤の噴霧口〉、〈糊付け噴霧口〉、それぞれから〈滴る〉〈雫〉を〈かすかな兆し〉と捉えた感性に敬服しましたが、それ以上に驚いたのは〈結月ちゃん〉を〈瑞瑞しい/一滴〉とした点でした。ここには、いわゆる現代詩に毒されていない言語感覚を感じます。巻頭にふさわしい詩と云えましょう。