きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2010.3.18 早稲田大学・演劇博物館




2010.4.5(月)


 特に外出予定のない日。日本ペンクラブの詩アンソロジーをチェックしたり、いただいた本を拝読して過ごしました。




月刊詩誌『歴程』567号
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2010.3.31 静岡県熱海市
歴程社・新藤涼子氏発行 476+税

<目次>

自由 次は熊野……河津 聖恵 2      細雪…………………清岳 こう 5
無題…………………是永  駿 6      雨のち曇り…………高橋 順子 8
高田馬場……………甲田 四郎 10      南下…………………市原千佳子 12
土神様については…岩佐 なを 14
エッセイ
惑惑不惑日記(1)土と砂を噛む。……………和合 亮一 16
父の本棚から4 よれよれのコートの伝説…相沢正一郎 18
版画…………………岩佐 なを
写真…………………北爪 満喜
後記…………………柴田 恭子




 
高田馬場/甲田四郎

押されて吊革につかまると
座っていた若い女性がつと立って
笑みを浮かべてどうぞと言う
思わず笑いを返して礼をのべて掛ける
じじいそれだけのことで暖かい

出口ヘの階段は右の壁際が上り
矢印があるから上っていくと
真向かいに下りてきた靴
黙って止まって見上げると黙ってよけていく
それだけのことで
家を出てから道が全部上りだったと気がつく
吹き下ろす風に逆らって
一段また一段踏みしめて地上に出れば上り国道
後方から前方へ私をつないでいる
ネズミのようなものが駆け上がっていく
五〇〇メートル先青信号が点いた
○○さーんと尾を引く声で私を呼んだ人は還らず
タクシーはだめだ歩くのだ
山登りのように足元を見て歩くのだ
敷石を正確に一つおきに踏んでいけば
入試合格ということも昔あったし
一つおきでなくてもホラもう着いた
人生はほんのいっときだ
徒手空拳あとはケンカするだけだ
いざというときになるとおじさんが死ぬヤツは放っとく
じじい自分で自分のタスキをかける

みんな下った下りはラクだ
たちまち駅に着き壁際を下りていったら、
下から見上げたじじいの形相がすごかった

 〈じじい〉の遣い方は難しいものだと思っていますが、この作品では成功しています。作者を投影した作中人物という設定ですから、読者にも好感を持たれるのだと思います。〈高田馬場〉駅をモチーフにして、日常のありふれた情景を描きながら、その上で〈家を出てから道が全部上りだったと気がつく〉。この感性は並ではありません。甲田節が新たな境地に入っていると感じた作品です。




会報『ヒロシマ・ナガサキを考える』97号
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2010.4.15 東京都葛飾区
石川逸子氏編集・ヒロシマ・ナガサキを考える会発行 非売品

<目次>
戦争孤児の心の闇(金田茉里)  P2    詩・浅見洋子          P11
私の戦争体験(斉藤洋司)    P13    中国残留婦人たち(大出美代)  P15
日本の「満州移民」(石川逸子) P22    捕虜になって(篠原正男)    P27
『八月の果てを読んで』(藤原立子)P29    最年少の靖国合祀        P38




 
ポチ/石川逸子

戦争末期 繰上げにより十九歳で徴兵された
わたし 敗戦の日は 通信兵として
埼玉県高麗村に駐屯しておりました

故郷の川越に復員できたのは その年の十月
喜び迎えてくれた家族のなかに 小さい愛犬
白黒まだらのポチの姿が見えません

飼い犬の供出をせまられ やむなく町はずれ
の屠場に連れていったそうです
殺されていく犬たちの絶叫

「そこにポチを置いてきた とてもおとなし
く座ってこっちを見ていたよ」
弟は泣いていました

毛皮は兵隊の服 肉は缶詰にしたとか

だまって 去っていく弟を見ている
ポチの姿が目に浮かぶようです

 ・「定年時代(09・8・戦争の記憶・可児初男)参照

 戦争は人間にとっての悲劇であるだけでなく、人間のよき伴侶である〈犬たち〉にとっても悲惨であることを知らせてくれる作品です。弱いものにとっては何のメリットもない戦争はなぜ起きるのか。〈小さい愛犬/白黒まだらのポチ〉は弱いものの象徴です。愛犬を見つめながら、現在でも考え続けなくてはいけない問題なのだと感じました。




詩誌『錨地』53号
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2010.3.31 北海道苫小牧市
入谷寿一氏方・錨地詩会発行 500円

 目次
<作品>
旅の仕度……………………………………………宮脇 惇子 1
烈女菩薩・溺死の夜に・ホシノサカナ…………入谷 寿一 3
閉じこめられていても・きっと 待ちぼうけ…浅野 初子 9
ガラス拭きの少女…………………………………斉藤 芳枝 13
落下…………………………………………………山田幸一郎 15
作品 四拾壱・四拾弐・四拾参…………………山岸  久 17
コミュニケーション………………………………関 知恵子 20
雪の日に……………………………………………笹原実穂子 23
Beatiful World.………………………………サワダヒカル 25
夢のあとさき・釣…………………………………岩城 英志 26
神のあとおし………………………………………あさの 蒼 29
落下の構造X 空の環……………………………遠藤  整 31
飛び降りたくなるの・愛してる………………中村えみりぃ 33
<エッセー>
☆寄稿
新井幸夫詩集『わが縄文』を読んで……………矢口 以文 37
宮脇惇子詩集『スローグッバイ』を読んで……光城 健悦 39
紅い年輪の『水の樹』……………………………畑野信太郎 41
☆同人作品 浅田隆詩集『証言』を読んで……入谷 寿一 43
インド旅行記………………………………………斉藤 芳枝 47
純白の夢を咲かせて………………………………宮脇 惇子 50
<風鐸>『錨地52号』に寄せて……………………………… 53
受贈詩誌・詩集紹介…………………………………………… 52
同人近況……………………………………………… 36・46・51
あとがき………………………………………………………… 55
同人名簿………………………………………………………… 56
 表 紙……………………………………………工藤 裕司
 カット……………………………………………坂井 伸一




 
旅の仕度/宮脇惇子

午前零時を回る頃
母は決まって
薄墨色の気配の中にいそいそと起き上がる

旅の仕度をしなければ――
明日の朝は
家へ帰るのだから と

冬ざれの網膜の裡に
群青色の晴れやかな海原
フレップの紅い実のなる異郷の家を
映しているのだろうか

めざましどけいうでどけいめがね
けしょうすいてかがみへあーぶらし
いればけーすにょうぱっととらんぷ
てっしゅぼっくすさぷりめんとのこばこ
ごみいれもろもろのかみぼおるペんのおと

それらが母を象る全て
欠かすことのできないつましい小物たち

布袋二個に雑多に詰めこんで
夜明け前
母は疲れて寝息を立てている

その傍らで
小物たちは元の場所に還っていく

 ここが
 この場所が
 我が家なのですよ

なんども領いてはいるけれど
毎夜
はるかな我が家への
旅の仕度に余念がない

 今号の巻頭作品です。ちょっと痴呆が始まった〈母〉を描いていますが、第4連がよく効いていると思います。〈欠かすことのできないつましい小物たち〉が〈母〉という人間像を浮かび上がらせています。第7連の〈小物たちは元の場所に還っていく〉というフレーズも佳いですね。現実に戻るという具象がここにはあります。痴呆は哀しいことですが、それも含めて人間を信じたくなる佳品です。






   
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