きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2010.3.18 早稲田大学・演劇博物館 |
2010.4.18(日)
午後から都内の先輩詩人宅に伺って、ある出版社の社主と3人で呑んでいました。社主が最近出版した編著作のお祝いの会です。社主と会うのはこれで2回目ですけど、前回から一緒に呑みましょうと話していましたので、今回ようやく約束が実現しました。こんなことを書くと叱られるかもしれませんが、本当に小さな出版社で、売り上げも多いとは思いません。しかし、良心的な佳い本を出しています。私もいずれそこから出してもらえないかなと、夢みたいなことを考えています。
話はとりとめもなく、3時間ばかり呑んでいました。至福の時間でした。呼んでくれたお二人に感謝しています。
○P氏詩集『へきらく』 |
2010.3.7
山形県酒田市 メディア・パブリッシング刊 2286円+税 |
<目次>
空…6 花幻…14
夜の桜…22 不浮空母−病院生活小景…26
湖北幻想…46 野ざらし幻想…52
碧落…58 摩耶幻想…68
夏の日に…80 わがウチナ−Okinawa幻想…86
エーゲ残照…100. 此岸…110
中有…122. 柴犬プルの生涯…130
老犬プルの死を巡る夢物語…150. 土人形の居る風景…164
あとがき…182
装画…峯田義郎 装幀…村上修一
へきらく
碧落
――吉原にゐるに碧落まで探し 古川柳
たかが女のために
人生まで擲(なげう)つつもりはないなどと
ことさらに粋がるほどのことじゃない
平安朝の昔から
空ばかり眺め暮らした
薄命の女性もいたし
水となって流れ去った女を求め
夕靄のかなたへ
消え去る男もいた
いわば 私はその遠くかすかなひとしずく
愛しきものよ
百夜(ももよ)通いの愛憎の縺(もつ)れるくちなわ
狂おしく燃え盛る嫉妬のほむら
我とわが身を苛(さいな)む甘やかな罠(わな)
十一面観音の美の化身に
恭順の意を表し
手を合わせ 目をつぶって
清水の舞台から
心もそらに
身を擲(なげう)つ
ああ堕ちる どこまでも堕ちていく
息づまる動悸の中 疼(うず)く生身の歓喜天と化し
わたしは堕ちる まっさかさまに
蒼く碧い奈落の天へ
だが
どこまで落ちても
碧落の底へは行きつかぬ
身をゆだねきった一瞬の
自堕落の戦(おのの)きの果ての解放
まっ白い骨となって
宇宙の微塵(みじん)と散らばれ
頭上に広がる碧落のかなたに
限りなく堕ちてこそ
※
涼しさやほの三日月の羽黒山 芭蕉
上の空なる月そのままに
うはの空なるわが心
西の峰にかかる
三日月
その細い月より
細い眉に魅入られ
行方も知れず
思いは漂い
はろばろ
わが身の果ては
いかになるらん
※
雲の峰いくつ崩れて月の山 芭蕉
やっとの思いで雲の上に立つ
死出の山 月読み山上の虚空
突如 青天の霹靂(へきれき)とはこのこと
雷獣威嚇(いかく)し ひれ伏す者らを
跳梁(ちょうりょう)し去った夕暮れ
碧落のかなたから
光の矢放たれた時
背後の密雲の中に
それは現れたもうた
ご来迎(らいごう)の尊いお姿
虹色の光背までもまざまざと
※
語られぬ湯殿に濡らす袂かな 芭蕉
南無観世音
急坂を転げ下れば そこは
恋の山と呼ばれ
他言を禁じられた雲霧の谷
淡い月明かりの下に
浮かび出る
母の
生命(いのち)のふくらみ
残雪の白い山肌のあわいに
盛り上がる 赤土の恥丘
とろとろ 情念の秘湯は ほとばしる
死から生へ
冥闇から碧落へ
死の狭間から甦る真言
胎内岩の深い奥津城(おくつき)に
母恋しのお札を貼れば
浄らかな水に
手がじんとしびれるばかり
長く山形県内の高等学校長を勤めたという著者の、15年ぶりの第3詩集ですが、このあとに紹介する第4詩集『たまゆら』とともに箱入りになっていました。装幀もセンスのある詩集です。
ここではタイトルポエムを紹介してみました。碧落とは青空のこと。〈地球からどこまでも堕ちていけば、それは限りなく天へ昇っていくことになる。あるいはその逆も同じこと。どこまでも昇っていきたい〉(あとがき)とあるように、〈奈落の天〉を目指す詩人の魂が感じられる作品です。挿入された芭蕉の句も奏功している作品だと思いました。
○P氏詩集『たまゆら』 |
2010.3.7
山形県酒田市 メディア・パブリッシング刊 2286円+税 |
<目次>
原風景…7
雪の道 湖底 おちんちん 産業道路 魔法のお菓子 チューインガム秘法 山中で 尾生の信 雨 遠い季節 無限軌道 故山
心象点景…49
時の海 陶の旅 鳥たちの旅 脈の旅 鳥海 如月 海鵜 円空 山霧 純粋 弓張月 籠り月 二十日月 待宵草 風 津軽富士 海雪
女人憧憬…93
はちどり 蜜のお話 ありんこ砂潟族 小鳥 いのち 朝の素描 瞳 春 白い山塊 甘露 はぐ 混沌 三日月 北の桜 新雪 天女 わが観世音 たまゆらの道
たまゆら遥曳…139
ひとひらの雪 春のそら いさよひの月 尺八を吹けば ふとんのお山 なかま ぢっぢの足場 心のありか 初雪 枯れ蓮 妖怪眉毛 たまゆら揺曳 追憶の安寿 耳を澄ませば わがふるさと
あとがき…178
装画…峯田義郎
装幀…村上修一
おちんちん
僕が国民学校三年の時 突如 青空は開けた 内陸特有の
夏 油照りで風は死に 人っ子ひとり見えぬ午後 僕の目は
村の貯水池で 釣り糸を垂れている
かぼそい少年の後ろ姿
を見出だした 少年は 帽子もない 坊主頭に
いっぱい汗を
噴き出させ 苦行僧のように じっと動かぬウキを見つめて
いた
その頃 文句なしに軽蔑すべき存在として思い込まされて
いた 朝鮮人と呼ばれる家族が 村になん世帯か
疎開したま
まになっていて しかし 僕は 痩せこけて眼を光らせてい
た少年にひそかに親近感を抱いていたのだ 「釣れっか?」
せいいっぱいの親しさを込めて僕は話しかけた だが 少年
は チラ と見たきり
返事は返ってこない 痩せた肩を硬直
させたままウキを見つめ続ける 「フナこ釣れっか?」こと
さら少年は肩をそびやかしたようだった 僕の頭にカッと血
が上る 「釣れっかって聞いてんだズ!」 後ろから肩を突
いた瞬間 驚くほど軽く 少年は
壮大な水しぶきを上げて落
ち込んでいった 手足をばたつかせて
張り渡された 針金を
掴もうとしている 僕は 後も見ずに
家に逃げ帰った 台所
で水を飲もうとしたが 柄杓のアルミが
歯にカチカチと鳴っ
た
長い空白があったように思われた 突然けたたましいおば
さんの 金切声 がして 座敷にいた母が
あたふたと 応対す
る気配がした ののしる声
おろおろなだめる声 少年の
甲高い泣き声 恐るおそる 障子の破れから
覗いた僕の目に
飛び込んできたのは おばさんに 手を掴まれた
パンツ一丁
の少年の姿 そして
パンツの大きな破れから見えた おちん
ちんだった
僕 は裏口から逃げた 稲荷神社の
床下にもぐりこんで泣
き声を殺そうとしたが この罪は もう
一生消えない もう
家には帰れない と思うだけで
哀しさは止めどなく咽喉の奥
から突き上げてきた
なぜかその後のことは何も覚えていない ただ 僕たちよ
りずっと貧しかった少年のおちんちんは 臆病で卑怯だった
日本の少年の出発点だったのだと 今も思う
こちらが第4詩集です。著者は私よりちょうど一回り上の年代になりますが、私が小学校4年生のときに住んでいた静岡市で〈文句なしに軽蔑すべき存在として思い込まされて/いた
朝鮮人と呼ばれる〉人たちの集落があったことを思い出しています。あるとき、その集落の少年たちと石の投げ合いになりました。喧嘩の理由は憶えていませんが、少なからぬ〈ひそかに親近感を抱いていた〉私には意外でした。ふり返ってみると、子どもだった私たちにも〈臆病で卑怯だった/日本の少年の出発点だった〉のかもしれません。半世紀ぶりにそんなことを思い出して、最終連に示された著者の良心に感激した作品です。
○隔月刊詩誌『叢生』167号 |
2010.4.1
大阪府豊中市 叢生詩社・島田陽子氏発行 400円 |
<目次>
詩
残り香 曽我部昭美 1 どこにでもいる天使たち・三題 原 和子 2
心音 藤谷恵一郎 4 日常 福岡 公子 6
見てるんや 他 麦 朝夫 7 蟇蛙と引っ張り長音符 毛利真佐樹 8
想いで 八ッ口生子 9 男の役割 山本 衞 10
小さな家族の小さな会話(九) 由良 恵介 11 孤立 吉川 朔子 12
筆談夫婦 竜崎富次郎 13 雛(ひいな)の日 秋野 光子 14
エンピツ 今井直美男 15 カレンダー 江口 節 16
黒い影 木下 幸三 17 フラッシュバック 佐山 啓 18
鳥のことば 島田 陽子 19 気配 下村 和子 20
エッセイ 身辺雑記(6) 毛利真佐樹 21
本の時間 22 小径 23 編集後記 24 表紙・題字 前原孝治 絵 森本良成
同人住所録・例会案内 25
筆談夫婦/竜崎富次郎
この頃
耳が遠くなった
ひそひそ話や耳打ち話が
聞こえなくなった
大きな声を出すのいやだから
かみさんはやおら紙を取り出すと
目の前にかざす
「まだごはんは いいですか」
筆談ホステスというのが話題にされたが
これは筆談夫婦かな
補聴器の厄介にならんと聞こえん
とは、困ったものだ
「今から買物にいって来ます」
メモをかざして
かみさんは出ていく
テレビをつけると 口パクの金魚が泳いでいる
おかげで口ゲンカがへり
家の中は 静かだ。
最終連では思わず笑ってしまいましたが、当事者は笑い事ではないだろうと思います。私の父親も〈耳が遠くなっ〉ていますから、状況はよく分かります。それにしても〈テレビをつけると 口パクの金魚が泳いでいる〉のは、どんな気持ちなのでしょう。いずれ我が身。今のうちから覚悟が必要なようです。