きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2010.3.18 早稲田大学・演劇博物館




2010.4.26(月)


 特に予定のない日でした。いただいた本を拝読していました。




詩誌『環』136号
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2010.4.30 名古屋市守山区
若山紀子氏方・「環」の会発行 500円

<目次>
神谷 鮎美 し 2             安井さとし ゆらぎ 5
加藤 栄子 ずるずる 8          東山かつこ マフラー 10
高梨由利江 渡り鳥が 渡る 12       若山 紀子 爪を切る 14
<かふぇてらす> 17
神谷鮎美 東山かつこ 安井さとし 加藤栄子
<あとがき> 若山紀子 20         表紙絵 上杉孝行




 
ずるずる/加藤栄子

長いこと
長いものがずるずる

ずるずるわたしの中から出ている
紐のような
あなた
紐のような
わたし

長いこと
もうもう長いこと
ずるずる出てきて
巻きついて
年月が過ぎて長くなるほどに
いたいたしくおもしろく

お互いさま
ずるずるいたいたしく心地よく
いいことして
わるいことして
どんどん巻きついて

いまもずるずる
わたしの中から出ている
あなた
わたし
陽だまりの長いお話は
かなしくあたたかくずるずる

ハサミを手に
いつまでも切れない

 〈あなた/わたし〉を夫婦と採る必要はないかもしれませんが、この詩にはそれが一番よく合っているように思います。〈長いこと〉〈紐のよう〉に〈ずるずる出てきて/巻きついて〉、そして〈いたいたしくおもしろく〉、〈いいことして/わるいことして〉…。それでも〈ハサミを手に〉しても〈いつまでも切れない〉。長いこと一緒にいる男と女なんて、そんなものかもしれませんね。




佐久文学『火映』7号
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2010.4.28 長野県佐久市
佐久文学火映社・酒井力氏発行 300円

<目次> 表紙題字 春日愚良子
     表紙板画 森貘郎
春の風邪(俳句)…春日愚良子 3       きだみのる回想(3)(随想)…春日愚良子 4
空氣の美味し(俳句)…野中威 7       俳句をはじめた頃(随想)…野中威 8
黒い雪/かげろふ(俳句)…森貘郎 12     詩とは/葬送あれこれの/職人図(詩)…遠山信男 13
雨寺(詩)…森貘郎 16            ア・キ・バ(詩)…作田教子 18
呼ばれて(詩)…田中眞由美 21        転落3(創作)…酒井力 24
巣立ち(詩)…奥重機 32           気迫(詩)…高地陸 34
マゾの故郷はサドの御胸/人生は流離いの旅路 入院そして男と女(随筆)…高地隆 42
 (詩)…西條由美子 38           老残のひととき(詩)…佐久文雄 44
雷雨(U)(詩)…小林広志 46        消えた村/黄砂(詩)…酒井力 48
文学賞の窓(7)…酒井力 52         深謝寄贈詩誌・詩集等12月〜3月 53
【火映】の意味・執筆者住所…55       後書…56




 
黄砂/酒井力

山並みの緑が
黄土色の息につつまれ
煙るように
辺りは一変していく

大量の砂塵が
海の向こうで
舞い上がり
何もかもふくんで
風が運んできたものとは

かつては陸続きだった
列島が
いまこうして大陸と
一つに結ばれるのは
けっして悪くはないと
思うのだが……

無責任に遺棄され
宙をむしばむ汚染物質

  頭上を覆っているのは
  黒い魔の手だ

透明のなかに充満する
不透明な顔が
体にも感じないほどの
微量で致命的な
ふくみ笑いをしている

 〈黄砂〉によって〈かつては陸続きだった/列島が/いまこうして大陸と/一つに結ばれる〉という発想がおもしろいと思います。これは、現状の地図だけで考えないこと、嫌われる黄砂でさえ〈大陸と/一つに結〉ぶという役割があることを教えてくれていると思います。視点を変えると立派な詩になるという見本かもしれません。




詩誌『ERA』第二次4号
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2010.4.30 東京都目黒区      500円
東大大学院川中子研究室発行所・中村不二夫氏発行

<目次>
詩1
来任野恵子 生きよ愛しきものよ 4      中村不二夫 賢者U 8
北岡淳子  ゆるすという 11         田村雅之  陋巷に死す−悼・奥村真 14
橋浦洋志  虹の地殻 17           小川聖子  おおみず 20
清岳こう  紅乙女 22            瀬崎 祐  家族のいる時間 24
井手ひとみ たまご 26            田中眞由美 あなたは 知っているか 28
尾世川正明 ひたいにツノのある冬 32     細野 豊  死者たちと睦み合う夜 35
詩論・エッセイ1
冨長覚梁  言葉と求道の乖離なき歩み 38
溝口 章  詩と宗教/ボーダレスの世界 43
大宮勘一郎 誰のものでもなく−べンヤミン:小さなレリギオ 48
原田道子  自然という古文書との邂逅と、詩 56
坂井信夫  〈仮死〉からの生還−エマオへの道をめぐって 62
橋浦洋志  詩と小説 66
G・シュトゥンプ 自然詩の行方−マリオン・ポッシュマンの詩 69
詩2
畑田恵利子 雨の食卓 74           藤井雅人  ラグナロク−北欧神話から 77
吉野令子  いのるものよりのかたらい 80   貝原 昭  詩人の血は…… 82
佐々木朝子 夏の蝶 W 84          大森隆夫  幻光 86
大瀬孝和  裁きの日−風布組・大野福次郎 88 中村洋子  泥のひかり 90
田中美千代 鳩 3 92            川中子義勝 祈りのかたち−an Rudolf Bohren 94
岡野絵里子 黒糖ゼリーが残る 98
詩論・エッセイ2
大宮勘一郎 青ざめた残り香 101
小林康夫 昨年末のことだったか、たまたま同じ電車で 105
岡野絵里子 新川和江論6−白い花の挨拶 109
川中子義勝 比喩形象 figura について(編集後記に代えて) 117




 
賢者U/中村不二夫

男は待った たった一人の女を
はじめに女をみたのは K駅駅前通学路
男は 女に優しい言葉の一言もかけられない
待つこと十年 女は男の前から忽然と消えた
女は男の友人、ある舞台監督の籍に入った
その時男は病院の庭で車椅子を押していた
男は待った さらに多くの時を
たった一人の女のために

ある日 男は山頂で女の夢を見ていた
こうして一人でいる時間も長い もう何年も
その時 男の家の玄関の前に女の影が見えた
男は裸足で表に飛び出し 女を呼び止めた
ずぶ滞れの衣服 首には数箇所の傷が
女は三人の幼い子どもを引き連れていた
男は 女と子どもたちを家に招き入れた

翌朝 男の家の台所には女が立っていた
しかし 一瞬にして男の夢は吹き飛んだ
女は 男を置いて再び美の回廊へ姿を消した
誕生日 透明な蝋燭を立て
男は一人でその火を吹き消した
すでにその数は五十本を越えていた
あの日 男の前に現われたのは幻だったのか
女は若い男と新しい暮らしを始めていた

男の元に 女は帰ってくることはなかった
男の資金援助で 子どもたちは成長していた
男は再び待った たった一人の女を
残酷にも 時が女に裁判を下した
何者かの手によって 女の家に火が放たれた
若い男が去ると 女は社会から 子供たちから
そして自分からも冷たく見放されてしまった
男の前で 女は全身を震わせて発狂した
男は呆然と 救急車が走り去るのを見送った

早朝 男は女のために手製の弁当を二つ用意し
いくつもの電車を乗り継ぎ 郊外の病院に向った
この道を行けば きっとあの笑顔にすれちがう
男はあの時と同じように 胸をときめかせ……
その日 男は女をベッドから起こし損ねた
女ははじめて男の前で無邪気にほほ笑んだ
病室の窓 その向こう 彼岸桜の芽が膨らむ
世界の余白 居並ぶ二人の影は永遠だ
男は待った たった一人の女のために

 詩誌『詩と創造』71号に「賢者T」が収録されていますから、連作ではないかと思います。しかし、登場人物などで「賢者T」と紹介した作品との直接のつながりはなく、いずれ群像としてのまとまりが出てくる連作なのかもしれません。どういう展開になるか、今から楽しみです。
 紹介した「賢者U」の〈男〉と〈女〉は、男女に限らずひとつの愛の形を現しているのかもしれません。〈世界の余白〉に〈居並ぶ二人の影〉、それは人類の将来への不安のようにも感じました。






   
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