きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2010.4.9 山梨 中村キース・ヘリング美術館




2010.5.15(土)


 特に外出予定のない日。終日、いただいた本を拝読していました。




個人詩誌『玉鬘』54号
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2009.11.23 愛知県知多郡東浦町 横尾湖衣氏発行
非売品

<目次>
◆詩 「水の族」「雷鳥」「秋のお茶会」「紫檀木画槽琵琶」
◆御礼*御寄贈誌・図書一覧
◆フラワーアレンジメント
◆あとがき




 
水の族

ここに来るのは
久しぶりです
クーが亡くなってから
はじめて訪れました

クーは愛嬌を振りまいて
とても人懐っこいシャチでした

水族館の水槽は
四角かったりドーナツ型だったり
まるで海を切取ったかのようです

彼らは
信じているのでしょうか
ここが海だと

 海はもっともっと広く
 おだやかだったり
 荒れ狂ったり
 寒かったり
 温かかったりしますのに

ここが海だと信じなければ
きっと生きてはいけないのでしょう
狭い水槽の中を
死ぬまで回り続けたり
行ったり来たりして

君はきっと
知っていたのでしょうね
どんなに明るく振舞っても
眼はどこか虚ろでした
そして時々潤んでいましたから

 あなたがたは
 水の族
 わたしたちは
 地上の族

海の世界を
もっともっと知りたいのなら

 私たちが
 そこまで行かなければ
 いけないのでしょうね
 水の中に
 滞在する術を
 知っているわけだから

水槽の底から
覗くように見上げる
光が散乱している
切れ端のような空を

 *シャチのクー(雌)
  太地町立くじらの博物館との繁殖整理の共同研究のため、二〇〇三年に名古屋港水族館来館。二〇〇八年九月一九日に死亡。

 〈シャチ〉が〈ここが海だと信じなければ/きっと生きてはいけない〉運命ながら、〈君はきっと/知っていたのでしょうね〉と察する詩人の眼に敬服する作品です。最終連の〈切れ端のような空〉という詩語も佳いと思いました。
 なお、明らかな誤字は訂正させていただきました。ご了承ください。




個人詩誌『玉鬘』55号
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2010.1.26 愛知県知多郡東浦町 横尾湖衣氏発行
非売品

<目次>
◆詩 「お料理のレシピ」「星の花」「雪椿」
◆ブログ・コメント
◆御礼*御寄贈誌・図書一覧
◆生け花「椿」
◆あとがき




 
お料理のレシピ

料理ブログに
レシピの材料の分量を書いていないと
なぜか疑う人がいる
本当に作っているのかと

 目分量ではいけないのだろうか

体調によって味付けは変わるだろうし
病気の家族がいれば
その家族に合わせて料理をしないだろうか
家庭には家庭の味がある
レシピ通りに作るものもいいが
家庭の料理はその家庭の好みがあるだろう
ロボットがコンピューターが
作るわけではないのだから

 料理はレシピ通りに作る

本当にそれでいいのだろうか
愛情はどこにいったのだろうか

 自分の舌で判断しながら
 レシピにはない調味料を加える

 私は料理がほとんど作れず、ましてや〈レシピ〉を見るなんてことはありませんが、それでも〈料理はレシピ通りに作る〉わけではないだろうなと思います。〈目分量〉でもいいし、〈レシピにはない調味料を加える〉こともよいのではないかと感じた作品です。




個人詩誌『玉鬘』56号
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2010.4.20 愛知県知多郡東浦町 横尾湖衣氏発行
非売品

<目次>
◆詩 「姫路城」「日本春蘭」「毒を飲み乾す」
◆御礼*ご寄贈詩・図書一覧
◆あとがき




 
毒を飲み乾す

目の前のワイングラスに
注がれている液体
血のように紅く
冷え冷えとした青色を
ときどき怪しく浮かべている

わたしはそれを飲み乾す
毒と知りながら

やがて拒絶反応のように
吐き気を催し
わたしの内で激しく暴れだす
時として
激痛が走るときもある

 毒を浄化し
 精製しなければ

闇を知らないものには
本当の光は描けない
カラバッジョの
『イサクの犠牲』『メドウーサの首』
『聖母の死』『キリストの埋葬』
が陽炎のようにゆらめく

 飢えと渇きが
 欲しがる水

毒と知りながら
またわたしはそれを飲み乾す

 〈目の前のワイングラスに/注がれている液体〉はワインだとは書かれていませんが、赤ワインを思い浮かべてよいでしょう。それを〈毒と知りながら〉〈飲み乾す〉のは、〈闇を知らないものには/本当の光は描けない〉から。詩人の矜恃を感じさせる作品だと思いました。






   
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