きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2010.4.9 山梨 中村キース・ヘリング美術館




2010.5.30(日)


 NTTから勧められて無料試聴したひかりTVの契約最終日。結局、契約することにしました。
 ひかりTVというのはインターネットを介してTVやビデオを観るというものですけど、契約数が少ないんでしょうね、2ヶ月間無料試聴しませんかと電話がありました。ただならいいやと思って試聴したのですが、まんまとハメられました。おもしろいんです。
 TVの方はロクな番組がないので、すぐに見なくなりました。ビデオは初期の無声映画から始まって最新作まで、なんと5000本の在庫。これから新作もどんどん加わるわけですから、映画館並みの量になっていくだろうと思います。
 で、契約はビデオのみ。TV+ビデオの契約料は高いですし、TVを見る気がありません。都合のいい時間に観て、一時停止のまま続きはいつでも観られるというのも、不規則な生活をしている私には好都合です。レンタルビデオもいいけど、こんな方法もあるのかと、時代の流れを感じています。




沢村俊輔氏詩集『ブリキのバケツ』
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2010.6.18 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<目次>
T 家族なんだね
こいつ 8      アメ玉 12      いいわけ 16
入学 18       顔 22        空 24
海水浴 28      雨 32        旅 36
切符 38       タンポポ 42     秋 46
(かど) 48
U 子供がいるよ
道 52        料理 54       魔法 56
大人 58       方位磁石 60     ランドセル 62
ブリキのバケツ 70  運動会 76      メリーゴーランド 80
試験 84       夏祭り 88      忘れ物 92
公園 96
あとがき 98




 
ブリキのバケツ

そこにあったのは田んぼと畑と原っぱばかり
一里先の芋畑に夕日が沈む
そんな町で
ぼくと弟は
学校が終わるとザリガニ獲りに行った
田んぼの用水路にはたくさんのザリガニがいた
はさみが真っ赤で大きいのが
“まっかちん”
ぼくも弟もそいつが狙いだ
網を用水路へ入れ 十メートルも引きずれば
何匹ものザリガニが網にかかった
そのたびにブリキのバケツヘザリガニたちを放り込む
ザリガニはおもしろいように獲れた

ガリガリ
シャカシャカ
ザリガニたちは互いに馬乗りになりながら
バケツの中から
ぼくと
弟と
空を
見ている

“ザリガニを獲る”
ただ、それだけの快感
この何ら脈絡のない
残酷で無造作な行為を止めさせたのは誰でもない
夕日だった

ぼくと弟は
大漁の喜びにひたりながら家路につくと
ブリキのバケツは我が家の庭の片隅に置いた

ガリガリ
シャカシャカ
ザリガニたちは
相変わらず
互いに馬乗りになりながら
バケツの中から
ぼくと
弟と
空を
見ている

ぼくと弟は
ザリガニはそのまま
いつまでも
生きているものと思っていた

ガリガリ
シャカシャカ
日が経つに連れて
その音は弱々しくなっていった

数日してから
バケツの中を覗いてみると
ただ、いっぴき
共食いの果てが
その底にいて
淋しそうに
ぼくと
弟と
空を
見ていた

 第1詩集です。ご出版おめでとうございます。タイトルポエムを紹介してみましたが、「あとがき」には関連した言葉が載せられていますので、それも紹介しておきます。

 〈生きるということは、ある日突然、ブリキのバケツに放り込まれたザリガニなのです。狭い場所で、同じような姿形のものたちは、葛藤し、命尽きていくのです。そして皆、空を見ます。なぜか、空を見ます。これは遺伝子に組み込まれた不思議な力によるものでしょうか。無意識のうちに、空のはるか先にある広い宇宙に自分の根源を感じているのです〉

 私も弟とザリガニ獲りに興じた小学生時代がありました。〈ガリガリ/シャカシャカ〉という音はまったくその通りで、いまでも耳に残っています。たしかに〈残酷で無造作な行為〉だったのですが、当時はそこまで考えていなかったように思います。いまなら〈淋しそうに/ぼくと/弟と/空を/見ていた〉ザリガニの気持ちが少しは分かるかもしれません。生の哀しみをうたいあげた佳品だと思いました。




日鳥章一氏詩集『水辺の朝』
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2010.5.20 東京都八王子市 武蔵野書房刊
2000円+税

<目次>
朝になれば 5               光の時間 9
水炎 11                  マイヨールの花 15
砂星 17                  棒 19
光の水 21                 街 23
午後の神託 26               歌うと 29
七月の朝に 32               魚を読む日 34
秋の朝の光の中で 37            シャガールのアクロバットを見る 40
緑色のオルコム氏 43            水のような発言 46
地球儀があって 50             
Silent Green 53
Silent Blue 55.              MAROONにて 57
再びデラシネに 60             冷たい水 64
溶ける光 66                レストラン「ミナト」にて 69
誰も君を見ていない 76           水の匂いがして 80
嵐の日に 82                光の朝に 86
雨の日、僕は鳥を食べている 90       森で 94
ベートーベンに 97             水を 100
樹の夢 103
.                パウル・クレーの夢 105
雨が降っている 110
.            君といて 112
覚え書き 116




 
光の水

水を見ていた
いつも
それが黒い水であっても
水を飲むと
不思議な感覚になる
みそぎをされている気がする

遠い空
水は空に浮いている
水は僕にとって
神のような存在の気がする
空に浮いた水
遠く
まるで別の世界のようなものに思えるのだ

水を飲む
光を飲んでいる気がする
心が透明になり
僕の身体もいつしか空白になり
まぶしい光に包まれる

水のことを考えると
この世の何ものからも開放される
僕自身が透明で美しい
存在になれる気がするのだ

 28年ぶりの第2詩集のようです。水が多く描かれている詩集で、紹介した作品もその端的な例といってよいでしょう。〈水を飲む〉と〈光を飲んでいる気がする〉という感覚がこの詩集を特徴づけている詩語のように思います。おそらく、〈水のことを考えると〉〈僕自身が透明で美しい/存在になれる気がする〉からなのでしょうね。水の詩人と呼びたくなった詩集です。




永島貴吉氏著
『千住の庄三 捕り物控 菊花の約
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2010.4.30 東京都八王子市 武蔵野書房刊 2000円+税

<目次>
第一章…4      第二章…74      第三章…148
第四章…218     あとがき…270




  第一章

 その男庄三がいつの頃から千住の宿
(しゆく)に住み着くようになったのか、所の人ははっきりとは言うことができなかった。気がついたらいつのまにか日光道中筋裏手のしょんべん長屋に住まっていたという体で、それほどに、特に秀でた容姿でもなく、粋な目立ったところもない三十路過ぎの男であった。
 それが裏長屋のなかで住人の耳目を引くようになったのは、ひとつには髪結床の出戻り娘お鈴といつの間にか所帯じみた暮らしを始めたこともあったが、縮緬の帯の背中に十手が刺さるようになってからのことだった。木綿のどうということもない藍染めの単衣に鶯茶の縮緬の帯という、釣り合わないといえば釣り合わないその背中に、いつの間にか十手の先が見え隠れし、以来、庄三の長屋への人の訪れが繁くなったこともあって、自然と長屋のなかでその存在を噂されるようになったのだった。十手には房はなく、柄に麻紐が巻かれて、握りが太くしてあった。

 もっとも、お鈴との絶やさぬ情交の喘ぎが先に長屋の茶飲み話ともなってはいたのだが、それは長屋の女房連中の羨みともやっかみとも取れる色話としてであり、十手を授かった今は、庄三の生まれから生い立ち、長屋に流れ着くまでの暮らし向きまでもがあれこれと詮索されるまでに至っていた。
 あの歩く時の足さばきはありゃあ町人じゃないねえ、腕の傷はありゃ刀傷じゃないかえ、きっともとはお武家で親に勘当されたもんじゃないのかい、女房の床の喘ぎからするとその筋の遊び人か新吉原あたりの怪しい商売の男じゃないのかいなどと、井戸端で洗い物をする女房連中の噂話がともすると聴こえてくるのだった。所のもの好きが家主に探りを入れたこともあったが、先
(せん)の家主とは代が替わっていたうえ、人別帳には岡引庄三、生国は千住上宿、店請人千住下宿髪結五兵衛、同居人鈴とあるだけだったともいう。

 千住は、板橋、品川、内藤新宿と並ぶ四宿のうちの一つで、奥州道中、日光道中を通し、北国との出入り口になっている。隅田川を挟んで川向こうが千住下宿で、日光よりのこちら側が千住上宿としてそれぞれ街道筋に宿場を構えている。奥州方面からの参勤交代の要衝の地でもあり、上宿には本陣と脇本陣が設けられ、早くから江戸防衛の例外として隅田川に千住大橋が架橋されて、千住を上宿と下宿とに分かっている。下宿は朱引きの内だが、上宿は御府内の外に位置している。
 軒を並べる宿のなかには飯盛り女を幕府許しの下に置くところもあり、旅人以外にもそれを目当ての博徒などの出入りも激しい宿場町である。夕方にでもなれば道行く人の脚を止めようと盛んな客引き合戦が行われ、埃じみた街道筋はたいそうな賑わいを呈するのだった。

 庄三はその人ごみをかいくぐるようにして、しょんべん長屋のわが家へと歩を進めていた。千住下宿から千住大橋を渡って、日光道中筋を背を伸ばしながらもゆるやかな流れのように歩いているのだった。その足さばきはなるほど流れるようでいて、どことなく隙を窺わせないもののようでもあった。
 今日は捕り物絡みの聞き回りではなく、お鈴の父親五兵衛の髪結仕事の手伝いの帰りでもあり、背中の十手の代わりに手には剃刀や鋏、毛抜き、梳き櫛、元結などが入った台箱を提げている。
 千住大橋を渡ってから六町ほど行った、街道筋の下駄屋の角を右に曲がり込んだ奥にある裏長屋の木戸をくぐり、腰高の油障子を開けながら「いまけえったよ」と声をかけた。
 すると、いつものように「あらっ、大変だったねえ」とお鈴の声がする。
 お鈴は声を返すと、またいつものように濯ぎの湯を小さな盥桶
(たらいおけ)に汲んでくる。湯屋に行ったのか、袖口の広い浴衣を身に着けていた。
 庄三はその袖口からお鈴の腕を撫でさすって、二の腕を軽く揉みまわすのだった。
 「あら、いやですよ。まだ暮れ六つの鐘も鳴ったばっかし」
 「なに言ってんだい。おめえこそ、なんか変なこと考えてやしねえか」
 「あらいやだ」とお鈴は嬌声をあげ、はにかんだ表情を隠す風にして土間にかがみ、庄三の手を拭ったあと、足の汚れを濯ぐのであった。
 庄三はじっとその仕種を見つめていたが、おもむろに手を伸ばすとお鈴の襟元から手を忍ばせた。
 「あらっ」と、お鈴は眼を上げたまま庄三を見返してくる。
 忍ばせた指先が動くたびに眼の中が揺らぐようにも見えた。
 「嫌いでもあるまいしさ」
 庄三がそう言うと、お鈴は足の濯ぎもそこそこに体を投げ出すように身を寄せてくる。庄三はお鈴を抱きかかえてそのまま奥へと入り、そっと横たえるのだった。
 「ねえお前さん、わたしらのこと随分噂になってて、ちょっと外聞がわるくないかい」
 庄三の指先が裾を割って入ると、お鈴は瞬間体を震わせながら、そう言った。
 「いいじゃねえか、どうせやっかみ半分だろう。言いたいだけ言わしておくさ。それより、今日はまた一段と……」
 庄三はお鈴の欲望を引き出すかのように挑発してみせるのだった。お鈴は庄三の腕の中で堪えきれない喘ぎを洩らしてしまいそうなのをじっと耐える風にして、眼を閉じている。それがいっそう庄三の欲望に火をつけるかのようだった。
 庄三の愛撫は執拗でいて、やさしくお鈴をうねりの中に巻き込み、渦となって体の底から高みへと導いていった。

 そしてこんな交情が一刻以上、ともすると二刻近くもつづくのであった。その間にあげるお鈴の嬉声と喘ぎは二十世帯もあろうかという裏長屋のなかに忍び音となって流れ、長屋の住人たちの耳の底に余韻となって残った。長屋奥の雪隠のいばりの音さえ聞こえかねない安普請である。そんなわけで、お鈴が同居して以来、二人は長屋のなかで噂の種となったのだった。

 はじめは井戸端で聞こえよがしに「好き者だねえ」「子供らの耳によくないよ」「出戻りだからじゃないのかえ」と噂し合っていた女房連中も、三日とは置かない喘ぎと嬉声に呆れるよりも驚いたといった体でお鈴を眺め、お鈴の恥ずかしげながらも悪びれないその生活ぶりに、次第に何人かの女房が声を掛けてくるようになった。今では「昨日は笛の音がしなかったねえ」「うちの宿六にも見習ってほしいもんだよ」などと挨拶代わりのように、気軽に声を掛けてくる。

 「また声をあげたかねえ……」
 「ほら、見ねえ、この腿
(もも)んところ」
 「あらっ、大変だ、勘弁しておくれ」
 お鈴は、太腿の血が滲んだ爪痕をいとおしそうに撫でさすった。
 「また長屋中に聞こえちまったんだろうねえ……。あたしはお前さんとこうしているのがなによりもうれしいんだけど、……どうにも声が抑えきれなくて、ちと恥ずかしい」
 お鈴が胸の中でくぐもった声で言う。
 「いいじゃねえか。俺はそういうお前が掛け替えがねえんだから」
 「うれしい。そう言ってもらえると」
 お鈴はそう言ってまた、いっそう体を寄せてくる。
 「でもさ、こう言うのもなんだけど。あたしは……お前さんがきっとどっかに行っちまうんじゃないかと思うと……ときどき、こう……、気が気じゃなくて」
 この話になると、お鈴はいつになく心細げに体を小さくする。
 「またその心配かい……。安心しなよ、こんな俺を引き取ってくれて世話まで焼いてくれる五兵衛父つぁんやお前を見捨てるわけがねえよ」
 「うん、そりゃあわかってるんだけど……、わかってるんだけどさ。ときどき、……いっそのこと、お前さんがお父つぁんの跡でも継いでくれれば、なんてね。……そう思っちまうんだよ」
 お鈴はそう言って、庄三の胸を指先でなぞった。
 「わかってるさ。わかってるんだが……。いましばらく、ちっと我慢してくんなよ」
 庄三はすまないというように、そう言った。
 お鈴は暫く黙り込んでいたが、
 「またあたしの我儘が出ちまったね、勘弁しておくれ」
 と、ぽつりと言った。
 「それより、ほら見ねえ」
 そう言って庄三は、股間にお鈴の手を導いた。
 「元気だこと……。だけどその前にご飯を食べちまわないとね、うふふふ」
 「その前にってことは、お前……」
 お鈴は浴衣を羽織って土間に下り、へっついの前にかがみこんだ。焼き火に火がつくと、いまさらながら入り口の腰高障子に心張り棒をかっている。
 庄三は薄い煎餅布団を三つ折りに畳んで、狭い部屋の隅へと押しやった。

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 〈もとはお武家〉の〈岡引庄三〉が〈刀傷〉を受けた相手と対決する、因縁の時代小説とでも謂いましょうか、ともかく面白くて一気に拝読しました。ここでは「第一章」の冒頭部分を紹介しましたが、〈髪結五兵衛〉と〈出戻り娘お鈴〉の人間性もよく描けていて、江戸庶民の生活も味わうことができました。冒頭部分は〈お鈴との絶やさぬ情交〉の一端を垣間見せていますけど、さわやかな印象で、理想の男女を見る思いです。
 物語は庄三の意外な過去を底流にしていて、まったく厭きさせません。現代にも通じる人間ドラマ、お薦めの1冊です。






   
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