きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2010.5.23 静岡 中勘助文学記念館




2010.6.9(水)


 今日も特に外出予定のない日。終日、いただいた本を拝読していました。




月刊詩誌『歴程』569号
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2010.5.31 静岡県熱海市
歴程社・新藤涼子氏発行 476円+税

<目次>

賑い。と。絶望。と。…支倉隆子 2     にんげんは台座…浜田 優 5
燃えるゴミ…酒井蜜男 10          塔…嵯峨恵子 12
しょうもない奴…見忠良 14
エッセイ
惑惑不惑日記(3) 雨上がり…和合亮一 16
父の本棚から6 だいどころをながれる静かな川…相沢正一郎 18
版画…岩佐なを
後記…市原千佳子




 
塔/嵯峨恵子

 村にあるひとつの塔。塔についてはかつて何度も語られてきた。
塔はずっと昔、村が出来る前からあった、村が出来た頃に有力者た
ちが争って建てたいくつかの塔の残ったひとつだとも言われた。ど
ちらにせよ、塔が村にあることは確かだ。村のどこからでも見える
塔は古ぼけてかすんで見える。一番上には吹きさらしの窓が開いた
ままだ。美しいというほどの塔ではない。
 村では誰もが知っている塔だ。知っていながら、誰も塔について
語りたがらない。塔の中に何があるかを知らない。塔の中に入った
ことがない。塔は教会の敷地内にあるが、神父は塔は教会のもので
はないと言い張る。ものではないがあるからそのままにしてある。
村長はあれからは税が取れぬ建物だと嘆く。しかし、壊すことも出
来ないのでそのままにしてある。土産物屋の女将は塔が観光にでも
なれば修理したり、大事にされるのだろうが、何の役にも立たない
のでそのままにしてあると残念がる。
 かつて、あの塔の中に入った者がいた。酔っ払った靴屋のおやじ
がある晩にふらふらと塔の扉をこじ開け内に入った。一晩中、内で
大声で歌っていたが、翌朝になると、男は塔の上から吐き出される
ように落とされ、首の骨を折って死んでいた。旅の途中でこの村に
立ち寄った兵士がいた。彼は塔をめずらしく思い、何の不安もなく
塔をよじ登った。てっペんまでいくと彼は窓に入り込み、嬉しそう
に手を振っていた。数時間後、塔の下に二つに切断された兵士の体
が投げ出されていた。五歳の男の子が壊れた壁穴から塔の中に入り
込んだこともあった。母親が半狂乱になって、子供を外から呼んだ。
すると男の子は何事もなかったかのように穴から出てきた。子供の
話では塔の中はがらんどうで階段もなければ、仕切りもないと言う
のだが。
 塔の姿はしだいに古くなっている。傾くようにかしいで見える時
がある。夕暮れの陽が落ちる時間、陽に寄り添うように塔がかしぐ
のだ。空に向って崩れているのか。煌々と月が明るく塔を照らす夜、
星の海の中で塔はいっそう高く伸びているようにも見える。
 塔についてはもう誰も語りたがらない。塔の歴史。塔にまつわる
話。どこからでも見える塔はどこからも見えないも同じだ。塔が塔
であるために誰かを必要としたことがあったか。ある日、塔が崩れ
落ちようと村人たちは塔が以前からなかったかのように振舞うだろ
う。そのようにしてある、村にあるひとつの塔は。

 〈村にあるひとつの塔〉は何の喩だろうかと考えます。〈村が出来る前からあった〉塔、〈何の役にも立たない〉塔、〈男の子〉だけは〈何事もなかったかのように穴から出て〉こられる塔。そして〈どこからでも見え〉、〈どこからも見えないも同じ〉な塔。これらが象徴するものは土着的なスピリチュアルなものかもしれません。それは田舎だけでなく都市の中にも存在するように思います。人間関係が希薄な分だけ、都市により多く存在するもの。そんなイメージに捉われた作品です。




個人詩紙『おい、おい』78号
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2010.6.8 東京都武蔵野市 岩本勇氏発行 非売品

<目次>
詩 さて
岩ちゃんのおい、おい日記(四)




 さて

女房とセックスしなくなって
もう
何年になるかなあ
アンタが
「せっくす、せっくすっていい加減にしてよ……」
と言った
その日から
その時から
酔いがさめて
しまった
私は言葉に生きるニンゲン
私は言葉にオレやすいニンゲン
私は言葉で修復できるニンゲン
なのだが……

 〈その日から/その時から/酔いがさめて/しまった〉というのはよく分かりますね。詩人は〈言葉に生きるニンゲン〉であるとともに〈言葉にオレやすいニンゲン〉なのです。しかし、〈言葉で修復できるニンゲン/なの〉ですから、〈さて〉どうなるか、と続くはずです。期待しましょう!




詩誌『呼吸』第U巻28号
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2010.5.1 京都市右京区
日高滋氏代表・現代京都詩話会発行 500円

<目次>

 有馬 敲 6 疫病ふせぎ タバコは吸え
名古屋哲夫 7 無理経 「磐井の乱」考
 日高 滋 9 町の声ぼくの声 史的発言のゆくえ
安森ソノ子 11 アーリントン国立墓地で
 司 由衣 12 消えた妖姫 野の花
 長岡紀子 14 雨の日の紅梅 ひとひらの落ち葉に寄せて
 田村照視 16 岐路 大動脈瘤
  方韋子 18 アメリア・シェルター 壁
遠藤カズエ 22 食卓の花 小さな赤い靴
 赤井良二 25 残虐な戦争
 井上哲士 26 京名物(U) 薔薇への回帰 旅びと
平木光太朗 29 詩「ことば」〜詩が産まれる時
エッセイ
名古屋哲夫 32 死刑容認が最高を示したこと
 井上哲士 34 洛北の春「宝ケ池」
 田村照視 35 朗読会を終えて
◆扉詩 動物たち 有馬 敲
◆編集後記…36
表紙・中扉写真−井上哲士
表紙=京都府立植物園内女人立像 阿部正基作「岐路」より




 
タバコは吸え/有馬 敲

タバコを止めよう と思うな
思うと タバコが気になる
気になると 喉が乾く
乾くと 胸がむかむかする
むかむかすると 頭がおかしくなる
おかしくなると ストレスがたまる

タバコはあした吸え
きょうは我慢して あしたがきたら
そのあした吸え
そしてそのあしたがきたら
そのあしたに吸うのだ
タバコは吸え

 おもしろい禁煙法ですけど、喫煙者の私にはちょっと身につまされます。いまのところ〈タバコを止めよう〉という気はないのですが、いずれはと思っていました。しかし、昨今の嫌煙運動に反発して、意地でも吸うつもりです。〈あしたがきたら/そのあした吸〉うのと同根でしょうが、1日1本でも、10日に1本でも、それこそ1年に1口でも、私は喫煙者ですと宣言するでしょうね。はい、〈タバコは吸〉います!(と、タバコに手が伸びて…)






   
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