きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.6.11 軽井沢タリアセン・塩沢湖




2007.7.19(木)


 以前から行ってみたいと思っていた静岡県沼津市戸田(旧戸田村)の造船郷土資料博物館を訪ねました。ロシアの軍艦ディアナ号と言えば、日本史にちょっと詳しい人ならすぐに思い出すでしょうが、幕末に沈没した船です。さらに詳しい人なら、プチャーチンがロシアに帰国するために、戸田村で日本最初の洋式帆船ヘダ号が造られたことを思い出すでしょう。それらの資料が、おそらく日本で唯一遺されている博物館です。

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 写真は博物館前に展示されているディアナ号の錨です。沈没した船から後日引き揚げられました。私の興味はディアナ号にはなくヘダ号ですが、館内は撮影禁止なので、やむなく…。
 ヘダ号はもちろん現存していませんが、復元模型がありまして、2本マストの堂々たるものでした。100tほど、50人も乗ればいっぱいという小ささです。しかし、ロシア人の指導の元とはいえ日本人によって初めて建造された洋式帆船、贔屓目にもよくできた船だったと思います。ちょっと丸みがかって、どこか千石船を連想されるのは、やはり文化の違いということでしょうか。

 売店で1979年初版、2002年再版の戸田村教育委員会発行『へだ号の建造−幕末における−』を求めました。内容はプチャーチンの来航から始まって、ディアナ号の沈没、ヘダ号の建設と村民との交流など264頁、一級の資料です。一気に読み終わってしまいました。地方の、特に村・町の教育委員会というのは、こういう地元の史実を明らかにするという仕事をよくやっていると思います。学問的にも評価に耐えるものと云えましょう。小さな博物館を訪ねて地元の資料を収集する、それが以前にも増して楽しみになっています。



鈴木比佐雄氏他編『原爆詩一八一人集』
1945〜2007年
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2007.8.6 東京都板橋区 コールサック社刊 2000円+税

<目次>
序文 「核」と人間との対峙を 御庄博実…12
1945〜59年
峠 三吉 『原爆詩集』の序…16 仮繃帯所にて…16 微笑…17
栗原貞子 生ましめん哉−原子爆弾秘話−…18
原 民喜 原爆小景…19
大原三八雄 茶わん…23
福田須磨子 忌
(い)まわしき思い出の日に…24 原爆のうた…25
大平数子 慟哭…26
小倉豊文 紙の墓−亡き妻に−…28
湯川秀樹 原子と人間…30
御庄博実 原子の歌「盲目の秋」より…32
嵯峨信之 ヒロシマ神話…34
白鳥省吾 ボロボロの神…35
永瀬清子 滅亡軌道…36 廃墟はまだ冷えていない…37
長谷川龍生 追う者…38
浜田知章 太陽を射たもの…40
木島 始 起点−一九四五年−…42
木下夕爾 火の記憶−広島原爆忌に際し−…45 長い不在…45
深川宗俊 冴えた眠から…46
堀ひろじ 小止みなく雨が…47
真壁 仁 みどり幼く…48
米田栄作 川よ とわに美しく…50 八月六日の砂…51
長津功三良 広島にて 二篇…52
小野十三郎 原爆十周年に…53
大木惇夫 ヒロシマの歌…54
井上究一郎 樹木のない街はさびしい−広島(一九四七−四九)…56
イリヤー・エレンブールク 長崎の雨…57
ナーズム・ヒクメット 死んだ女の子…58
1960〜69年
犬塚昭夫 冬−胎内被爆者の手記…60
大原三八雄 破誠…61
岡 隆夫 太田川…62
さかもと ひさし 冬の眼球…64
田中喜四郎 憤怒…66
風山瑕生 ヒロシマはわがもの…68
深川宗俊 小さな骨…69
堀ひろじ 凍てつく大地に…70
1970〜79年
諫川正臣 コスモスの花…72
伊藤勝行 水牢−久しぶりに写真の整理をした…73
石川逸子 ヒロシマ連祷 41…74 ヒロシマ連祷 42…75
上滝望観 ハイビスカス物語…76
金丸桝一 一枚の服…77
北畠 隆 僕は広島の旅人だけど…78
栗原貞子 ヒロシマというとき…79
四国五郎 かたまり…80
ジャック・ゴーシュロン ヒロシマの星のもとに…81
津田定雄 ヒロシマにかける虹…85
山田かん ロスアラモス…86 地点通過…87
1980〜89年
葵生川 玲 傘のある私信…90
有馬 敲 ヒロシマの鳩…91
伊藤眞理子 たずねびと−昭和の聞き書−…92 名簿…93
伊藤瑞子 八月の空に…94
入江昭三 かんざし…95
石村柳三 春の風(昭和四八年初春・広島市平和公園を訪れて)…96
金丸桝一 みんなもういちど新しいのだ…98
桜井さざえ 閃光…99
近野十志夫 園井恵子の広島−あるタカラジェンヌの死まで…100
趙 南哲 座布団…104 炭…105
新川和江 ヒロシマの水…106
中 正敏 空の鍵…107 石…107
鳴海英吉 被爆…108
西岡光秋 その朝…110 苦い記憶…110
吉田美和子 小さな風…111
1990〜99年
うおずみ千尋 八月 蝉しぐれ−被爆五○周年に−…114
大井康暢 ビキニ…115
理田昇二 ヒロシマ−造形 ライトボックス 片瀬和夫「夜に寄せて」…116
高 炯烈 『長詩 リトルボーイ』終焉…118 草の葉…119
崔 龍源 はじらい…120
柴田三吉 さかさの木−ヒロシマにて…122 ヒロシマのピアノ…123
下村和子 「こわれもの 注意」…124 微香…125
鈴木比佐雄 海を流れる灯籠…126
辻元よしふみ 戦争ってヤツ…127 みだらな銃口…127
津田てるお コーヒーはブラック…128
豊岡史朗 20世紀…129
中間末雄 五十年日の八月六日…130
芳賀章内 垂らしている…132
浜田知章 弄御子
(らぬさい)…134
平原比呂子 ボタン…137
福田万里子 危険物埋蔵地…138
松尾静明 さあ−アメリカが臨界実験をした日に−…139
みもと けいこ フロッタージュ…140
御庄博実 変貌する河辺で僕は…142
柳生じゅん子 形見…143
よしかわ つねこ ヒロシマ発・他人の街−死んだ少女の声−(戦争を起こす世界中の政治家たちに)…144
2000〜07年
秋村 宏 海へ…146
秋山泰則 原爆の痕…147 戦死…147
朝倉宏哉 祈り…148
安藤元雄 夏の花々…149
李 美子 蓮の花…150
飯嶋武太郎 二つの出版記念会…151
池山吉彬 ヨード液色の夜…152
石下典子 六十三年後の夜…153
伊藤眞司 少女二体の蝋人形に−広島平和資料館にて−…154
伊藤眞理子 秋望…155
伊藤芳博 世界の終わりに(映画「ヒバクシャ」より)…156
井野口慧子 水蜜桃…157
上田由美子 ガラスのかけら…158 夾竹桃…159
岩崎和子 母の戦争…160
有働 薫 六歳の夏 広島駅を通った…161
江口 節 朝顔…162
大掛史子 最初のみどりはスギナだった…163
大崎二郎 笑い 三つ…164
大塚欽一 慰霊祭が終った後で…166
大原勝人 火の中の誓い…167
大山真善美 probably>might(多分>かもしれない)…168
沖長ルミ子 振り向くと…169
奥 重機 暴虐のあと…170
尾内達也 August…171
片岡 伸 黒い雨…172
加藤 礁 ムルロアの白い波…173
金子以左生 解
(ほつ)れぬ…174
川村慶子 恐竜夫妻の小さな近況報告…176
河村信子 噂…178
北畑光男 木の魚 丸木美術館にて…179
金 水善 黒い爪(八月六日以後 廣島はヒロシマになった)…180
北村 均 ぶらんこ…182
木村淳子 彼女は黙っていた−被爆のマリア像によせて…183
草野信子 爪の先まで…184
葛原りよう 出口はどこだ…185
くにさだ きみ アカイ背をもつ被爆の記録−広島・長崎・原子爆弾の記録から−…186
くりはら すなを 臨界…190 ばくはつはもう終った…190
倉岡俊子 痛恨…192
黒羽英二 終りの始まり…193
甲田四郎 ゴジラ…194
河野俊一 キャッチボール−非核のねがい…195
腰原哲朗 ミリユウ 花は花でも…196
小島禄琅 ぬくもりと共に哀しさを描くもの…197
酒井 力 白い記憶…198
近藤明理 世界の共通語…200
坂上 清 八月は消滅した <犯罪者は裁かれなくてはならない>…201
相良蒼生夫 野の草の花・核…202
佐川亜紀 ヒロシマの眼…203
佐相憲一 長崎…204
真田かずこ 空…205
重光はるみ 見る…206
島田陽子 あの日 わたしは…207
白河左江子 今 ふつふつと心にたぎるもの…208
杉本知政 義兄
(あに)の夏…209
国子英雄 沈黙…210
鈴木茂夫 現実と幻想…211
鈴木比佐雄 相生橋にもたれて…212
鈴木文子 へいわをつくろう…213
瀬野とし 宝蒸し…214
高梨早苗 あの日の空を誰が知っていたか…215
滝 和子 誕生日は…216
竹内美智代 花の顔…217
田中詮三 あの上空−目覚める悲歌−…218
円中眞由美 ひそかに…219
千葉 龍 ヒロシマ・ナガサキの落穂…220
塚本月江 身代わり…221
津坂治男 人百倍…222
遠山信男 詩もまた行動します かがやく青い地球のために…223
徳沢愛子 あ・鳩が−長崎報告−…224
鳥巣郁美 原子力の行方は…225
中 正敏 星ではない…226 エピック・トピック「余聞」…226
中岡淳一 みどりが滴り…227
長津功三良 八月・そして白刃…228 歩く…229
長沼士朗 マグロ塚 「第五福竜丸」を忘れない…230
中原澄子 一九四五年八月九日十一時二分・長崎…232
中原道夫 赤い背中−それは、魔性と化した長崎の−…234
苗村吉昭 渇き…235
なんば・みちこ 戦争…236
西村啓子 祭典…237
原 圭治 スミソニアンの誤算…238
馬場晴世 八月の道…240
原田勇男 叔母への手紙…241
日高てる 水ヲクダサイ−原爆記念日朗読ノタメニ…242
日高のぼる セミ−校歌断章…244
扶川 茂 八月のうた−孫娘に−…246
福谷昭二 ただようもの…247
藤元温子 美しく 核実験に…248 妹が哭く…249
本多照幸 ポロニウム…250
前原正治 夏の幻想的なメモから…252
増岡敏和 鳴る…254
御庄博実 童女を抱くあなたと…255
水崎野里子 シンガポールの原爆資料館にて…256
宮崎 清 時間の関節…258
宮本智子 もしも あの…260
村永美和子 電飾…261
森 哲弥 数値残照…262
森田海径子 壬生発 広島行き…263
柳生じゅん子 菜の花…264
安永圭子 忘れてはいけない…266
楊原泰子 母の悲しみ…267
山佐木 進 声…268
山下静男 戸板の人は…269
山田輝久子 お土産…270
山本 衞 食べなかったお弁当…272
山本聖子 それからの…273
山本倫子 何も知らなかった何も…274
山本十四尾 飛翔 出発…276
結城 文 原爆のことをはじめて聞いた日…277
吉川 仁 告発…278 報告−広島にて…278
横田英子 夾竹桃の花よ…280
吉田博子 あかるいあかるい光の中で…281
吉田義昭 科学狂時代…282
若松丈太郎 死んでしまったおれに ジョー・オタネル撮影「焼き場にて、長崎」のために…284
解説・編者あとがき
解説1 ヒロシマが告げるもの 石川逸子…288
解説2 原子爆弾でも負けんもの、川の水−解説にかえて− 長谷川龍生…292
解説3 「ヒロシマの哲学」に呼応する詩人たち 鈴木比佐雄…295
編者あとがき
 決して風化しない証を世界に 山本十四尾…299
 原爆詩集のことなど 長津功三良…300
 編註…301



 被爆/鳴海英吉(なるみ えいきち)
  1923〜2000年、東京都生れ。詩集『ナホトカ集結地にて』『鳴海英吉全詩集』。詩誌「列島」「鮫」。千葉県酒々井町に暮した。

中国残留孤児
この ふざけた呼び名を おれは言わない
敗戦のとき 中国から一番さきに 逃亡した
関東軍の 高級将校とその家族が
抜刀して 一般人を突きとばして 乗車した
おれは 着剣し警備していた
暴徒化しそうな 避難民の群れを 射つのか
一番統制のある 軍人家族から 乗車させた
ならば この記録はなんだ
(大本営命令・満州全土は……これを放棄するも可なり・八月十日)
言い訳はいい 言い訳はいいから
棄てたと言えばいい

少し白髪の混じる人々を 抱いてみろ
中国の黄土の匂い
なぎ倒し殺した血 硝煙の匂いがする
首から一元・二元と 書かれた木札をさげ
難民収容所の前に 並んでいた子供達
おデキがある 痩せている
選別されて 買われた子供達、
ソ連兵の銃口に 押しまくられ
つき飛ばされながら おれは子供達を見る
泣きながら老兵が 乾パンを投げる
拾う元気もなく 立っていた子供達の
今 白い髪をすいてあげてくれ
ざらっ 掌に黄砂が落ちてこないか
子供を 売ったとは言えないから
名乗れないとか 金がかかるとか
日本語が出来ない 恥曝しになる
時代がわるい わたしは関係ない
子供を捨てる 避難民も捨てる
女たちの捨てる戦後の始まり
女の捨てた幻影の母

お母さん……ママン……

この朝鮮の人々の碑に 花々
日本人の慰霊碑より 少なくないか
水はたっぷりあるか 乾いていないか
突然 ある日 畑のなかから 連行され
喚けば銃尻で 殴り倒される
ふるさとは 沈黙の線上に流れ
別れの挨拶もない 山・川・家族……
そのまま 日本に連行され 広島に

おれたちは これしか 膝を折れないのか
大地を 手で掘り
顔を埋めなければ ならない事がある
軍部の責任だと言う
なにも 知らなかったと、口ごもる
ならば 知っていたらどうした
誰に 何を問うたのか
列を組まず 叫ばない 唄うな
花々を投げるな 千羽鶴はいらない
力をこめて 打ち据えられること

お母さん オモニィ……

日本人とおなじに らんいの皮膚は垂れ
凄まじい火にあぶられ 死
朝鮮の人々は 二度被爆した
中国に捨てられた子供の死
青黒い 玄海灘 がちゃがちゃ 擦れる骨
白い骨と声が 擦れ合う

黙りきれ 沈黙し 声を出さない
それに 耐えきれなくなったら
列ではない 組むのではない 歌でもない
ならば おれはどうする
合掌した掌を開く 腕を伸ばしてみる
決意とは そう言うものだ
おれは 問う

 長津功三良、鈴木比佐雄、山本十四尾お三人による編集で、物故詩人を含めた181人が参加する反原爆アンソロジーです。21世紀初頭の記念碑と云っても過言ではないでしょう。さらに増補版も考えているとのことで、編者の皆さまのご努力には敬意を表するばかりです。
 数多くの詩篇の中から、ここでは2000年に亡くなった鳴海英吉さんの作品を紹介してみました。2002年本多企画刊行の『鳴海英吉全詩集』にも収録されていますが、改めて「首から一元・二元と 書かれた木札をさげ/難民収容所の前に 並んでいた子供達」というフレーズに胸が塞がれる思いです。さらには「朝鮮の人々は 二度被爆した」という言葉に、先の大戦で朝鮮の人々が受けた苦しみの深さを考えざるを得ません。
 このアンソロジーは日本の良心と云っても良いでしょう。いや、各国からの参加メンバーがいらっしゃるからというばかりではなく、世界の文学者、科学者の良心とも云えましょう。ぜひお読みいただき、後世に受け継ぎたいアンソロジーです。



山本純子氏詩集『海の日』
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2007.8.21 東京都千代田区 花神社刊
1600円+税

<目次>
満月 8       月 12        あんぱん考 14
観察日記 16     手をつないで 20   対潮楼 22
 *
どこかへ 28     六月 30       男の子が三人 32
少年 34       竹林を歩くと 36
 *
海の日 40      海の日 44      海の日 46
 *
いざ 50       夏 54        風下に 56
柵 60        角 64        落書き 66
 *
このごろ 70     葉書 74       電車の窓から 78
そのうち 80     風景 84       大徳寺あたり 88
大徳寺あたり 92   枯山水 94
 *
心抱いて――京都市立洛友中学校校歌 98
あとがき 102
初出一覧 105



 葉書

折り紙の
角と角とをぴしっと合わせる
ことがきらい

だいたいこんなもんだろう
と折っていくうち
当然ズレもできていき
折り鶴として
紙の表だけ見えて
めでたく完成となるところ
あちこちすきまに
ふがいなく裏が見えていて

あーあ
この紙、もともと
ちゃんとした正方形だったんだろうか
と、そもそもの原点に立ち戻り

ちょっと、やり直すから
もう一枚ちょうだい
と、紙の色と気分を変えて
五回目あたり
慣れも手伝い
ようやくぴしっと
折り鶴完成

ほら、見なさい
私だってこの通り
と、このたび
この人と
結婚することになりました

 2004年刊行の第2詩集『あまのがわ』で第55回H氏賞を受賞した著者の、第3詩集、受賞後初の詩集です。ほとんどの作品は著者の個人誌『息のダンス』で拝読していましたが、やはり詩集として纏まると迫力が違います。ここでは『息のダンス』7号初出の「葉書」を紹介してみました。最終連の決め方、タイトルと申し分ありません。主題は「このたび/この人と/結婚することになりました」ということと、それを伝える「葉書」だけなのですが、そこに至るまでの「折り紙」の遣い方には瞠目させられます。

 本詩集中の
「男の子が三人」、40頁の「海の日」「落書き」は、すでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて山本純子詩の世界をお楽しみください。



比留間一成氏譚詩集『河童の煙管』
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2007.7.20 東京都東村山市 書肆青樹社刊 1800円+税

<目次>
夢陶庵 泥泥
(でいどろ) 覚書 10
森の小宴 12
木の葉亭 20
星霜五十年 27
合歓の花 28
忘れもの 30
幻花 34
(なか)落ち 38
櫻貝 42
あとがき 46
扉カット−著者 装幀・挿画−丸地守



 幻花

河童と呼ばれ 又自称する男
薪の束の上に腰かけている
――川を下っていこうと思ってね
――海へか
白髪頭がゆれた
――別れに来たのだが ここへ来る途中 後から追い抜
 くものがいる 老婆だ その背の籠に 探し求めあぐ
 ねた蓮の花が挿してある 息をのむうちに 朝もやの
 中に消えていった

焚火の火床を掻きまぜ 炎を立てた 私は窯場へもどっ
た 窯の中は狐色になっている 数本の薪を抱え 焚き
口から放り込む 轟音と共に煙が
――きれいですね 真赤ですね
河童が肩を並べていた 窯の中の壺や徳利や碗が揺れ
表面に灰釉が汗の玉を見せる
――あれを取り出すと
どうなるのかという彼の前に盃を挟みだして置いた 空
気に触れ みるみる土肌となる 小さなひび割れの音

私は窯の蓋をし 焚火の座につく 彼は気に入りの盃を
手にした
――火炎の中の器物は幻ですね

飽くなく幻の花を 探し求め歩くという彼 私自身自分
が何を求めていたのか 言葉を胸に沈めた 夜の闇をほ
の明るくしながら彼は山奥に向っていった

 「河童と呼ばれ 又自称する男」が、世を斜に見るのではなく、しかしちょっと距離を置いて譚(はなし)ている詩集だと思いました。世俗に生きながらも少し離れる、これが詩人の本来の関係性なのかもしれません。紹介した作品では「――あれを取り出すと/どうなるのかという彼の前に盃を挟みだして置いた 空/気に触れ みるみる土肌となる 小さなひび割れの音」というフレーズに、実際やってみるという思い切りの良さを感じました。これが損得抜きの関係性だと思います。「火炎の中の器物は幻」という詩語にも詩の本質を感じさせられます。勉強させていただいた詩集です。



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