きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.9.9 東京・浅草




2007.10.12(金)


 旅行帰りの今日は、覚悟していた通りの忙しい日でした。日中は日本詩人クラブの事務処理で忙殺されていたところに、夕方からお通夜。隣家のおばあさんですから行かないわけにはいきません。隣家にもいろいろありますけど、そこは親しくさせてもらっている家で、義務感もだいぶ薄れるというものです。しかし、実はそのおばあさんと会った記憶がありません。隣家は次男か三男で、おばあさんは長男の家にいたようです。ま、これも近所付き合い、義理は欠かせません。



房内はるみ氏詩集
『水のように母とあるいた』
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2007.9.30 東京都新宿区 思潮社刊 2200円+税

<目次>
T
樹下の水たまり 8             二本の木のあいだをながれる音楽 12
座繰りをまわす女 16            月めぐり 20
雪色の夜 24                やわらかく 26
ひとりあそび 30              マザー・ツリー 34
U
編む人 40                 秋炎 44
水のように母とあるいた 48         ふゆり ふゆり 50
たそがれ泣き 54              そこにあるもの 58
真昼の先 62                こぼさぬように 66
V
文旦とパウル・ツェラーン 70        猫町通りの時計店 74
ゆれる冬 78                山ユリの家 82
シャドウ 84                去りゆくもの 88
十二月の庭師 90              釣り人 94
あとがき 96



 水のように母とあるいた

水のように 母とあるいた
風が 光りはじめた 九月の街を

病室の白壁に すいこまれていった
父の息
わたしと 母のあいだから
父という存在が 消えていこうとするとき
母は ゆっくり とけはじめた

さむい台所で はたらく母が とけていく
くらい廊下で たたずむ母が とけていく

早春の森でふれる 雪解けの水のような
わたしの知らない 母の体温が
はじらうように とまどうように
母をこえて
わたしのなかに ながれてくる

わたしはまだ 母の水を
堰きとめる湖を もっていない
けれども 母の水は とめどなく
わたしのほうへ ながれてくるので
わたしたちは 水のように とけあって
あるいた

路地のおわりに サルビアの花が ゆれている
ゆれている わたしたちの水も
水位を 定めることは むずかしい

 7年ぶりの第2詩集です。タイトルポエムを紹介してみました。「父という存在が 消えていこうとするとき」に「わたしと 母」が感じたものを「水のように とけあって」と表現した佳品です。最終連の「わたしたちの水も/水位を 定めることは むずかしい」というフレーズもよく効いていると思います。
 本詩集中の
「編む人」「そこにあるもの」はすでに拙HPで紹介しています。「ゆれる冬」も紹介していましたが、本詩集ではかなり改変をしてあります。いずれもハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて房内はるみ詩の世界をご鑑賞いただければと思います。



総合文芸誌『まほろば』68号
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2007.10.31 奈良県奈良市 河野アサ氏発行
1500円

<目次>
詩・短歌
Ono君…村山精二 5           携帯方針…宮内憲夫 6
愛の通信…宮内憲夫 7           商店街の汎神論…望月苑巳 8
リトルボイス(Tanka・2)…時代駅舎 10  リトルボイス(Haiku・2)…時代駅舎 12
歌詞I MARIE…時代駅舎 14      歌詞U 心奪われ…時代駅舎 15
『獲(かく)』…奥宮教生 16         星で…田中眞由美 17
兄弟喧嘩(兄、石田寿和を悼む)…石田天祐 18  誰
(た)そ彼(かれ)…石田天祐 19
兄の失踪…石田天祐 20           故里の家族…石田天祐 21
街角(V)…三木 昇 22           穏やかな日々…久我久美子 24
エルニーニョ…真鍋佐紀子 26        阿修羅…平賀勝利 27
あけび…平賀勝利 28            晩秋の相撲場で…平賀勝利 30
石段のまち、伊香保…野口繁雄 31      陽がくれて…坂城あたり(しなの鉄道)…野口繁雄 32
ひさしぶりに…田中あたり(しなの鉄道)…野口繁雄 32
決断−思春期…野口繁雄 33         神座
(かんざ)音頭・足助(あすけ)旅情…石田天祐 34
神座音頭 カラオケ盤…35
戯曲 吉良上野介(全四幕)…阪上誠一36
エッセイ
「お前の夢を見た」太宰のはがき…つつみ眞乃64 埴谷雄高との出会い…冨貴高司 65
回想 麻生知子…各務麗至 68        アグン・ライ氏…亀井はるみ 76
異人邂逅記(藤本光城)…石田天祐 80    彼らは、真性と言った…小川 正 84
パリ万博余聞(生野銀山の近代化)…滝沢忠義86 「ウンコ大好き」…河野アサ 88
ブラック・ソルジャー…志賀内牧嗣 92    われわれは動物ではありません…志賀内牧嗣 97
続 ブラック・ソルジャー…志賀内牧嗣 102 「ホテルニッポン」…志賀内牧嗣 105
「その男 ゾルバ」…志賀内牧嗣 113     『暮れなずむ刻』last love を書き下ろして…石原滝子 120
小説
轍のあとを(六)…久我久美子 122      追憶のノクターン…山田一好 131
冬の富士…奈良志都美 147          連載第4回(最終回) 宙
(そら)は燃えたか…石原滝子 153
「まほろば」(一)…河野 アサ 161
小説
ヒバリ鳴く螺旋の春に 〜家持の謎〜 第一章…鹿内信光 164
ウイリアム・フォークナーと南北戦争…依藤道夫 169
偽志倭人伝
(ぎしわじんでん)…石田天祐 175
相撲史研究ノート(三)…石田天祐 195
イザナミ語造語辞典(六)…石田天祐 211
編集後記…石田天祐 230
○表紙絵「集落への道」とカット…山田一好  ○カット…ねねこすず子



 兄弟喧嘩/石田天祐
  (兄、石田寿和
(としかず)を悼む)

丘に登るのは三度目だった
十年前には母と
五年前には父と
今回は兄と一緒に登った
坂道を車で登る間
兄は寝台に横たわったまま
終始沈黙していた
少年の頃 三才年上の兄とは
よく言い争った
口喧嘩のあと 気まずくなると
兄弟は久しく口をきかなかった
六十五才になっても
兄はどこか頑固で
二日前 私が帰郷してからも
知らん振りを押し通した
丘の頂に登ると
浜名湖が一望のもとに見渡せた
大雨の予報がはずれて
空は蒼く晴れ渡っている
兄は一言の挨拶もせずに
丘の上の建物の奥に身を隠した
少年期の共有の記憶を辿りながら
私は丘のめぐりを歩き回り
故里の光景を俯瞰
(ふかん)した
初恋の少女の村が
昔のまま湖畔に広がっていた
私が故郷を出てから
すでに四十数年になる
近頃は法事以外に
父母のいない実家には帰らない
麓から風が強く吹き上げて来た
背後で兄の呼ぶ声がする
私はあわてて振り返ったが
兄の姿はなかった
燃え盛るボイラーの咆哮
(ほうこう)する声が
建物の奥から聞こえて来る
不器用だった兄の性格を思いやり
私は深く耳を澄ました
「兄弟喧嘩なんか、二度としないからな」
兄の声がやっと聞こえて来た
平成十八年五月二十一日 昼下がり
神上がりする兄の煙は
快晴の空の果てに吸いこまれた (平成十八年六月十七日朝)

 亡くなった兄上への追悼詩ですが、どこにも死≠ニいう言葉は現われず、見事です。「神上がりする兄の煙」も、よく選ばれた言葉だと思います。作品全体に男同士の「どこか頑固で」「不器用」な様が見てとれます。兄上の人間性がよく伝わってきました。特に「兄弟喧嘩なんか、二度としないからな」というフレーズには注目しました。最高の餞の言葉でしょう。
 今号では拙作品を巻頭に使っていただきました。御礼申し上げます。



詩誌『ひょうたん』33号
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2007.8.31 東京都板橋区
相沢氏方・ひょうたん倶楽部発行 400円

<目次>
水野るり子/天青石のカラス…2       森ミキエ/風船葛…4
中口秀樹/本の…6             中口秀樹/やすむ…9
中口秀樹/荒れて…10            相沢育男/もとをただせば…11
村野美優/女神…12             柏木義高/日常の匙…14
水鳴きょうこ/火鼠、水鼠…16        大園由美子/雨の日は…24
大園由美子/秋の口笛…25          小原宏延/ある夕焼けの話…26
岡島弘子/せんぷうき…29          長田典子/真昼、月に溺れる…30
小林弘明/触れる…36
柏木義高/こもれび日記(26) そのあと、なにを読んだろう?――吉村文学との出会い(2)…38
表紙絵−相沢律子



 火鼠、水鼠/水嶋きょうこ

  火鼠

ぶらんこをこいだ。林の中の公園でこいだ。木々の緑が重苦しくうっとうしい。湿った黒い瓦
の家が林の隙間から点々と見えている。ふりはらい力をこめた。地面から離れ、鎧のような緑
をかすめ、かなたの青空に近づいてゆく。力を込めるごとにからだは大きく揺れ、肩が羽みた
いにふくれてくる。ぷっとブランコのてっぺんで吹っ切れる音がしてこのまま自由になれるん
じゃないかと思った。「何がほしい。自由になったら何がほしい」林の中で急に声が聞こえる。
風を受け、浮力を抱え、わたしのからだは、空に向かってすくっと伸びた。頭上には白い横長
の雲が見える。目の前に真っ白な骨が浮かんだ。煽る風を受け、からだが、音を立てている。
ああ、わたしは骨がほしいんだ。つなぎとめる骨が欲しいんだと思った。バランスを崩す。わ
たしは地上に舞い戻る。風が頬の傷をこすってゆく。

   鼠の顔をした女の夢を思い出した。女はわたしに話しかける。「亡くなった子どもが不憫
   で、不憫で。お友達を連れてきてあげたかったのよ。」何か大切そうに白い袋を持ってい
   る。淋しげなふくらみ。袋の中は、角がうっすらと出っ張って、小さな固いものが入っ
   ているように見えた。中のものは、ぶつかり合い、乾いた音をたてている。小鳥のよう
   な小さな骨。わたしの欲しかったものが、あそこにあるのかもしれない。女はどんどん
   林の中を歩いてゆく。わたしも思わず後を追う。鼠の顔は、まっすぐに前を向く女の頭
   になったり、こちらを振り向きながら叫ぶ男の歪む顔になったり、次々といれかわるの
   だが、誰になっても震える細い指で白い袋だけはしっかりと抱きかかえていた。枝のし
   なる音がする。白い袋が風でいきものの皮膚みたいになびいている。感触を確かめたい。
   この手に抱き取りたい。足を速め、女からわしづかみに袋を取り、林の中を一気に走り
   出した。白い袋はコトコトと音を立てている。骨は、まざりあっているのだろうか。持
   ち直すたびに、袋の中のものは動き、「おぎぁ」と言う声をたてたり、薄く笑いあう声が
   聞こえたり、段々袋は重くなってくる。

ぶらんこは、不規則な音をたて、急に止まった。ガクンとからだに衝撃が走る。見上げると、
鎖をむすぶさびた金具が歪んでいる。仕方なく、ぶらんこを降り、林の中の公園を歩いてゆく。
化石のような匂いがした。きゅっと縮む落ち葉を、足裏で踏みしめる。ぶな、くぬぎ、こなら、
すぎ、重なりあう密集した木々で、林の中は暗い。木々が覆い被さり、いつまでも続いてゆく。
木洩れ日が、細い荒れた道だけを照らしている。広い林の公園は、歩いても歩いても、尽きる
ことがない。木々はますます生い茂り、枝葉が重なって、光は届かなくなってきた。枝が絡む
暗い緑のトンネルを、背をかがめ、わたしは歩き続けた。濡れた枝葉がわたしのからだを傷つ
ける。すり切れた腕の皮膚が痛む。靴が黒土で汚れてゆく。

絡まる枝で身動きがとれなくなる。このまま、わたしは、誰にも知られず、林の奥深く、取り
残されてゆくのだろうか。頭上で風の音に交じり、見知らぬいきものの声が聞こえた。心音が
早くなる。出口を探さなければ。ここから抜け出さなくては。枝をはらい、這うように歩き続
けると、トンネルの先に光が見えた。足を速める。光をたどる。道なりに進むと、急に視界が
開けた。見晴らしの良い高台に飛び出る。樹皮の割れた木に手をかけ、からだを大きく伸ばし、
小高い丘から見下ろす。包まれたまばゆい光に慣れてくると、速く動くものが見えた。目をこ
らす。林の中、木々にさえぎられながら、上下に伸びる、うっすらと白いものが徐々に近づい
てくる。木々をかきわけ、林の奥から、姿を現したものは、夢で見た鼠の顔をした女だ。鼠は、
何かを探している。夢の中でわたしの奪った骨を、白い袋を、現実の今も探し続けているのか
もしれない。

一心に探しながら動く女のからだは、走るうちにするすると輪郭がほどけた。ほどけた糸が絡
みあい、引きあって小さな炎をあげている。炎は鼠を包みこむ。声をあげ女はあっけなく消え
てゆく。そのはかなさにうろたえていると、炎は、風を受け、はためく布の形に急に広がった。
火の粉が飛び、林の中にそびえる大きな樫の木に燃え移る。音を立て、身をくねらせ、形を変
え、一瞬の間に大木が白い骨となるのをわたしは見届けた。風が吹く。煙をぬって、焼けた木
に光の粒子があたる。天空から光を受けた巨大な骨は、煙の中、強く白く輝き、ひび割れた古
い扉にわたしには見えた。ここから抜ける出口なのかも知れない。あの白い扉を破らなければ
いけない。

わたしは出口を求め、走り出す。夢の中で確かに奪い取ったものの感触を思い出しながら、走
ってゆく。足先が土を蹴り上げる。からだの中から力がわいてくる。眼下では火焔が流れ出し
た。広大な丘陵を、細くくねる丘をこれから焼き尽くしてゆくのだろう。炎が絡まる赤い空に
は、真昼の凛とした三日月が見える。三日月は、小さな子どもの骨の形をしている。わたしは
三日月にてのひらを伸ばした。今にも手が届きそうになる。「じ、ゆ、う、」とつぶやいてみる。
足先から土はくずれ、谷底から風にのって火鼠の鳴き声がわき上がってくる。

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 「火鼠、水鼠」というタイトルが示す通り、このあとに「水鼠」が続きます。作品の最後には連作「多摩のいきもの」9≠ニありましたから「火鼠、水鼠」も「多摩のいきもの」の範疇なのでしょう。夢と現、あるいは夢と現のあわいを描いているようでおもしろいですね。童話を読んでいるような気にもなりましたが、もちろん大人の童話、「じ、ゆ、う、」が底に流れていると思います。その面でもまさに自由≠ネ発想の作品と云えましょう。固い思考回路を揉み解してくれた作品です。



詩誌『礁』4号
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2007.10.15 埼玉県富士見市
礁詩社・穂高夕子氏発行 非売品

<目次>
詩作品
忘却の停車場/山浦正嗣 2         忘失の街/佐藤 尚 4
逝く夏に/佐藤 尚 6
俳句 執念の書/川端 実 8
エッセイ
死んではいけない/川端 実 8       正岡子規(8) 子規とカリエスと短詩文学/川端 実 10
金子みすゞの詩を読む(4) 穂高夕子 16    方向音痴奮戦記/秦健一郎 20
ほろびしものはなつかしきかな/中谷 周 26
詩作品
哀夏/近柑沙耶 32             ハマヒルガオ/穂高夕子 34
林檎/穂高夕子 36
編集後記…38                表紙デザイン 佐藤 尚



 逝く夏に/佐藤 尚

ぽとりぽとりと
踏みだす足取りに
行先を見失ってしまった足は
不安定な志向とかさなって
かぎりなくおもい
すれちがう人群れは
途絶えることなく活気に満ちた熱をまき散らし
靴音がしぐれのように波打ってゆく
ひとり茫漠とした幻影を背負いこみ
音の濁流に身をさらし
なすすべもなく佇ちつくす
長い道程を歩いた気がするが
たった一歩の短い距離を
限りない時間の浪費をかさねてきたのではと
疑いの視線をむける
迷うわたしのそばを
言葉を交わすこともなく足早に
原色の夏が通りすぎてゆく

 「長い道程を歩いた気がするが/たった一歩の短い距離を/限りない時間の浪費をかさねてきたのでは」というフレーズにハッとさせられました。慣用語として使われる「長い道程を歩いた」というのは、ある意味では傲慢なのかなとも思います。私たちは人生という長い道のりを歩いてきたように思いますが、それはひょっとすると「たった一歩の短い距離」にすぎず、ただ単に「限りない時間の浪費をかさねてきた」だけ…。そう思うと、何もやってこなかったし、やるべきことはまだまだ多いように思います。考えさせられた作品です。



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