きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2008.1.22 爪木崎・水仙群生 |
2008.2.26(火)
2・26事件の記念日。日本が太平洋戦争へと突っ走る大元の事件と認識しています。だから、というわけではありませんが、何の脈絡もなく伊豆の河津町に行ってみました(^^; 河津桜とはどんなものか、発祥の地で見てみようとミーハー根性、野次馬根性を出してみたものです。結論から言えば、まあ、いいんじゃないの、というところでしょうか。
ちょうど「河津桜まつり」というものをやっていて、平日だというのに大変混雑していました。桜の樹よりヒトの数の方が多いんじゃないかと思うほどです。河津川沿いの土手2kmほどに、桜並木や菜の花ロードがありました。写真は混雑の途切れた瞬間を撮ったものですが、この直前直後は押すな、触るな、というほどの賑わいでした。
お薦めのコースを全部歩くと5〜6kmになりますから、その半分ぐらいでやめてしまいましたけど、河津桜の原木を見たり、来宮神社に立ち寄ったりして楽しみました。来宮神社には樹齢千年以上という、国指定天然記念物の楠があって、その大きさは圧巻でした。神社の裏にありますからすぐには見られず、神社を回りこんで行くと急に現れるという感じで、何人もの人たちが「おおぉ!」と声を上げていました。もちろん私もその一人です。
来宮神社では意外なものも発見しました。忠魂碑です。戦没者のお名前が刻まれていまして、それは当たり前のことですから別に珍しくはないのですが、丹念に見ていくと戊辰戦争での戦没者が書かれていたのです。忠魂碑オタクではありませんから、詳しいわけではないんですけど、初めて見ました。伊豆からの出兵といえば西軍でしょう。わが祖先の主君、會津藩と一戦を交えて亡くなったのかもしれません。日本の近代史を目の当たりにした思いです。
「河津桜まつり」は500円という格安の駐車場も多く準備されていて、利用はしませんでしたが出店も充実していたようです。町を挙げての一大イベントなんでしょうね。よろしかったら訪れてみてください。ただし来年ね。この日記は4月15日に書いていますから、とっくに終わっています(^^;
○山本萠氏詩集『遠いものの音(ね)』 |
2008.3.31 埼玉県所沢市 書肆夢ゝ刊 1500円 |
<目次>
春の歌 8 草蜉蝣(かげろう)・夏 10
夕映えのように 12 夏の挨拶 14
うつくしかった夏 16 蜂よ 18
脱皮 20 秋のなかほどへ 22
点燈の木 24
(素描八点)
光りの花となり 34 爆風に 36
世界に向かって 38 落梅のころ 40
なにもない掌に 42 宇宙の野へ 44
静かな雨 46
(素描八点)
夢の方角から 56 日々 ひとのこの とがゆるせかし 58
眠れぬ夜を 60 白い夏帽子 62
染付の青 64 水際 66
処置室より(桜のころ) 68 晩秋の陽は 注がれ 70
卓上に 72 風の書物 74
あとがき 76
染付の青
海べりに棲むひとの手紙の中に
小石ほどの
古伊万里の陶片が入っていた
浜で 拾ったのだという
まるく穏やかに 磨滅して
もう
別の域へ達しかけた化石のようだ
波と 風と
名づけられぬもので 濯がれ洗い出され
数百年 永い夢だったね
というふうに
しんと
目醒めている
磁肌に 微かに滲んだ染付の青は
何ものの 泪(なみだ)の跡だったろう
貝殻に似たそれを 掌にのせ
時折
こうして 遠いものの音(ね)を聴く
エッセイ集や書文集、写真詩集など多くの著作のある著者ですが、詩集としては5冊目になるようです。女子パウロ会というところの月刊誌『あけぼの』の扉詩として3年間書いたものをまとめたとのことでした。体裁は、目次でも判りますように素描も入った美しいスタイルになっていました。
タイトルの「遠いものの音(ね)」という作品はありません。紹介した「染付の青」の最終連から採ったものと思われます。「もう/別の域へ達しかけた化石のよう」な、「名づけられぬもので 濯がれ洗い出され」た、「古伊万里の陶片」から聴こえてくる音は、著者の内部の呼吸のように感じられます。装幀とともに美しい作品だと思いました。
○季刊文芸同人誌『青娥』126(終刊)号 |
2008.2.25 大分県大分市 河野俊一氏発行 500円 |
<目次>
詩 歩く歩く歩く/林 舜 2
スズキさんさようなら/田口よう子 5
朝に/河野俊一 8
椅子が/河野俊一 12
「青蛾」三十年記念短期連載 「青娥」思い出の作品7/河野俊一 16
青娥のうごき 24
編集後記 24
表紙(西寒多神社の藤・大分県大分市)写真 河野俊一
椅子が/河野俊一
椅子がパンツをはこうとしている
が
脚が四本もあるので
簡単にははけない
前二本はけても
後ろ二本には
ゴムがやっとひっかかるだけだ
後ろ二本がはけても
今度は前二本が入らない
椅子は次に
右の二本の脚を通す
私はおせっかいだとわかっていても
「対角線、対角線」
と声をかけてしまう
右二本でも無理
ということは
左二本を先にはいても
無理なはずなのだが
左二本を試みようとしている
椅子は思いのほか律義だ
しかし
律義なだけではパンツははけない
椅子はしばらく考える
そして再び
前二本を先にはく
私は思うのだ
パンツに四つ脚を通す穴があるだけでは
パンツをはけるとは限らない
と
その時
私の背後から大きな声がした
「何をやってるんだ」
振り返ると
やや大ぶりの椅子が
きちんと四本脚のパンツをはき
立っているのだ
――何をやってるんだ
その声は
まさに私が
息子を叱る時の声そのものであった
何をやってるんだと言われても
パンツをはこうとしてるだけなのに
毎号楽しみにしていた『青娥』は、今号で終刊だそうです。作品もさることながら、河野さんの様々な企画も楽しみに拝読していただけに、実に残念です。大分県の貴重な詩誌が消えるということは、大分県に限らず日本の詩壇の損失だと思っています。
しかし、部外者がいくら力んでみたところでしかたありませんから、ここは作品の紹介で30年に及ぶ活動を讃えたいと思います。最後の詩は「パンツ」の話でした。この作品の喩はさまざまなものを含んでいますが、最も重要なのは「その声は/まさに私が/息子を叱る時の声そのものであった」というフレーズでしょう。「思いのほか律義」な「椅子」という「息子を叱る」「私」は、「パンツをはこうとしてるだけ」の椅子に荒い声をあげてしまいます。「私」に出来るものがなぜ「椅子」はできないのか。そう思っている大人が大勢いることをこの作品は教えてくれているように思います。
余談ですが、私が以前勤めていた会社にはパンツを穿く≠ニいう業界用語がありました。主に原価計算のときに使われましたが、原価は計算のしかたによって大きく変わります。現場で製品を造っている担当者は、原価をなるべく上に設定してもらった方があとあと楽なので、なんだかんだとパンツを穿かせる≠けです。それを管理部門の原価設定者が一枚一枚剥がして、本当のところの原価を突き詰めていきます。ですから、原価会議のときは喧々囂々。品質管理という、原価の面ではいわば聖域にいた私はニヤニヤしながら見ていましたが、この作品には、そんな「パンツ」の意味が含まれているのかもしれませんね。
○詩誌『ササヤンカの村』18便 |
2008.3 宮城県栗原市 佐々木洋一氏発行 非売品 |
<目次>
O「ササヤンカの村」のささやかな思い
(1)うたたね…高村 創
(2)かぐや……日和田眞理
(3)隙間切り…佐々木洋一
隙間切り/佐々木洋一
しろくしろく長い壁がどこまでも
続いている
一服し さらに進んでも
さらにしろくしろく長い壁が続いている
しろくしろく長い壁はのっペらぼーのように
さらに永遠のように続いている
ふと片側の小花に目を移し
進もうとすると
しろくしろく長い壁に
一筋の隙間があることに気付いた
目を入れると 目を
鼻を入れると 鼻を
隙間は呑み込もうとする
誘惑を払い退け
さらに進むと
とどまった所に
また隙間があることに気付いた
気にとめると 気にとめたところに
隙間が存在し
わたしを呑み込もうとしていたのだ
天涯孤独
わたしはその隙間に
全身を入れた
エイ ヤッ
隙間切り
天下晴れて
わたしの全身は
死を擦り抜け
真っ青な大地の広さに
叩きつけられたのだ
「気にとめると 気にとめたところに/隙間が存在し/わたしを呑み込もうとしていたのだ」というのは、ことわざで言えば男は閾(しきい)を跨げば七人の敵あり≠ニ通じているように思います。そうして「天下晴れて/わたしの全身は/死を擦り抜け」てきているのでしょう。ヘンな採り方をすると人生訓のようになってしまいますが、ここでは最終連でそれを食い止めているように思います。「真っ青な大地の広さ」が作者の詩神、あるいは詩心だとも感じました。
○『宮城県詩人会会報』6号 |
2007.12.31 仙台市若林区 今入惇氏方・宮城県詩人会発行 非売品 |
<目次>
現代詩・言葉と音楽のバイリンガル/佐々木洋一 1
みやぎ・現代詩の午後/原田勇男 1
詩誌の動き 『海棠』/西田朋 2
詩通信『想音窟だより』/高村創 2
『宮城の現代詩2007』刊行 2
トピックス/砂東英美子 2
リレーエッセイvol.5 『詩を読む』/小熊昭広 3
新入会・会員刊行詩書・会員刊行詩誌など・受贈書誌 4
後記 伊達泳時 4
私は、詩とはこうあるべきだという信念を持てないまま、今に至っています。だから、年齢を重ねるに従って、詩の読み方は変わって来ています。若い頃は、言葉をフリージャズを聴くように、意味よりも語感に引っかかりを感じながら、それを快感として身体ごとのめり込む読み方をしていました。その後は、言葉から触発されて生まれてくる青い生命体のように瑞々しいイメージを探し求めながら読みました。そして、今は、ただ気持のよい言葉に出会いたいと願いながら読んでいます。こう振り返ってみると、そんな変化がありながら、一貫していたのは、詩を読むという行為から得られるものとして、言葉から自由になれる、ということがあったような気がします。それは、言い方を変えれば、自分が生きる可能を広げさせてくれる言葉に出会いたいと願っていたことなのかもしれません。また、飽和した意味の世界を窮屈に感じる意識があったのかもしれません。
最近読んだ本、梅田望夫『ウェブ時代を行く』(ちくま新書)にアメリカのシリコンバレーの投資家ロジャー・マクナミーの「若者はバンテージ・ポイントに行くべきだ」という言葉が紹介されてます。この「バンテージ・ポイント」を梅田望夫は「見晴らしのよい場所」と翻訳しています。これを読んで、自分が詩に求めているものは、この「見晴らしのよい場所」に立つことを可能にする言葉ではなかったかという思いが浮かんできました。それは詩の世界だけに限らず、日常の生活の中で必要な、自分がよりよく生きるための基本となる意識ではないかと思ったりもします。
--------------------
紹介したのはリレーエッセイvol.5、小熊昭広氏の『詩を読む』の中間部分です。「詩を読むという行為から得られるものとして、言葉から自由になれる、ということがあったような気がします」というのは、名言です。詩を読むことによるメリットは、私は考えてもしょうがないことだと思ってきましたが、「言葉から自由になれる」ことだと言われると、なるほどなぁ、と素直に頷いてしまいます。ここでは「フリージャズを聴くよう」な、「青い生命体のように瑞々しいイメージ」と言っていますが、表現できない感情や風景を、詩という言語で書くことによって「言葉から自由になれる」と採ることができるでしょう。
「若者はバンテージ・ポイントに行くべきだ」という言葉も佳いですね。詩は「見晴らしのよい場所」に立つことを可能にする文学なのかもしれません。
← 前の頁 次の頁 →
(2月の部屋へ戻る)