きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.5.3 前橋文学館




2008.7.8(火)


 朝から日本詩人クラブ関係の連絡業務をバタバタとやって、あとはいただいた本を拝読して過ごしました。



野島茂氏詩集『千曲川』
第6次ネプチューンシリーズ[
chikumagawa.JPG
2008.6.30 横浜市西区 横浜詩人会刊 1200円

<目次>
 T
干し柿 10      母と子 12      定年ということ 14
夢のあとさき 16   風薫る 20      他火考 22
方代忌 24      花信 28       一枚の写真 32
港の夜景 36     袖振り合うも 40   葉書 42
早春 44       丹沢山魂 48     終の住処 52
冬のけむり 56    清滝川の蛍 60    閉店 62
 U
月光  66      白日抄 68      世紀 70
雪万家 72      寒雨の日 74     菊焚火 78
しぐれ 80      涼しい風 84
 V
路地について 88   千曲川 90      冬の灯 94
京の雪 98



 夢のあとさき

このごろ しきりに夢を見る
教員生活の若き日々の夢を
黒板を背にして
教壇に立った日常のことを

三十七年間
教師という蛸壷の内に棲息し
ようやく退職して蛸壷から這い出し
三年も経つというのに
このごろしきりに
学校の日々の夢を見るのである

祭り屋台の山車
(だし)人形
白い首のような
頑是ない子どもたちの顔が
仄暗い教室の
青い灯に照らされて浮んでくる

雪の日 下校の途中
暴走したダンプカーに刎ねられて
亡くなったK男の顔

夏の茅ヶ崎海岸
友だちと遊泳中
高波に呑まれて水死したS夫の顔

父と別れ
病身の母とともに
消息不明になったM子の顔など

それぞれの小さな顔が
四十年近くも過ぎて
私に何の恨みがあるというのか
また 何を訴えたいのか
薄明の夢の芝生で
さわさわと口ごもる

深夜 眠が覚めると
まなじりに冷たく
泪が滲んでいる

 18年ぶりの第4詩集です。著者は小学校の校長を最後に退職したようで、小学校を舞台にした作品も収められていました。ここではその中から「夢のあとさき」を紹介してみました。著者と私とは20年の差がありますので、まさに私が小学生の頃に「教員生活」を送ったものと思います。私のクラスにもいた「K男」や「S夫」、そして「M子」。昭和30年代の、日本が高度成長期に向かう直前の学校生活に、私も「泪が滲」む思いで拝読した作品です。



飯島正治氏詩集『朝の散歩』
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2008.7.10 さいたま市南区 風心社刊 1905+税

<目次>
 1
大宮台地…8     日々…10       遊水地…12
台地の畑…16     農事日誌・晩秋…18  モッテノホカ…20
落花生…24      朝の散歩…28
 2
流氷…32       梅雨入り…34     春嵐…38
安和駅 1…40    安和駅 2…44    北本駅…46
メタセコイアの樹の下で…48
 3
空の傷…52      村の秋…54      敦煌の葡萄酒…58
ゴビ灘の風…62    ゴビの石…64     天山の雪…66
砂漠の黒煙…70    カシュガルのおき火74 流れる…78
茶樹源記…82     竹ロケット…86
あとがき…90     表紙画 飯島 誠



 朝の散歩

私の前を歩く小さな犬のコロが
ときどき振り返り私の歩みをせかす
そんなに急ぐなよ 疲れるよ
梅雨空の早朝 日課の散歩だ

お前が家に来て
地球が太陽をひと回り その間も
海や陸地は微熱を出し続けている
偏西風に乗って来る汚染微粒子のせいか
花粉症が治っても鼻の奥が変なのだ
だからお前と同じようにくんくんしている

テロや核問題や殺人
今日の朝刊も犯罪地図を描いている
他の群れを支配したいという動物の
本能を持ったまま脳を肥大化させたヒト
自分さえいま良ければのエゴイズム

私の周りの狭い地図のなかでも
約束を反古にされたり
思いが伝わらなかったり
そういうことが重なると気が滅入るのだ
霧雨が降りてきて暗い
近道して家に戻ろう

お前も犬の欲望を生きている
牛乳やささ身には目がないし
ときどき威張って吠える
けれど一片の小ざかしさもない

 8年ぶりの第4詩集だそうです。ここではタイトルポエムを紹介してみましたが、「他の群れを支配したいという動物の/本能を持ったまま脳を肥大化させたヒト」と、「牛乳やささ身には目がないし/ときどき威張って吠える」「犬の欲望」との対比がおもしろいと思いました。そして、最終連の「けれど一片の小ざかしさもない」という締めが見事です。「自分さえいま良ければのエゴイズム」との違いを考えさせられました。
 なお、本詩集中の
「モッテノホカ」は、すでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて飯島正治詩の世界をご鑑賞ください。



詩とエッセイ『橋』124号
hashi 124.JPG
2008.7.7 栃木県宇都宮市
橋の会・野澤俊雄氏発行 800円

<目次>
作品T
◇マサイの戦士 壺中天地 4        ◇さだめ 瀧 葉子 6
◇そのとき 相馬梅子 8          ◇不毛・他 島小夜子 10
◇雲 國井世津子 12            ◇天国の記憶 山形照美 14
◇滝 冨澤宏子 16             ◇昇進祝い 若色昌幸 18
◇稲苗・他 都留さちこ 20
石魚放言
たれぞいつ そのあいか 22         宇宙虫 山形照美 23
評論 多様な人間が織りなす人生讃歌・面白さ −懐かしの映画追想記(二)− 宇賀神 忍 24
作品U
◇レクイエム−帰巣する鳩へ 草薙 定 30  ◇セレンディピティ 江連やす子 32
◇母の手 大木てるよ 34          ◇渋滞−佐野アウトレットー 酒井 厚 36
◇春の植物 簑和田初江 38         ◇自己信頼 そのあいか 40
◇ことばぐすり 和田 清 42        ◇老残漫歩 そらやまたろう 44
◇国宝薬師寺展 野澤俊雄 46
書評 野澤俊雄
◇進 一男詩集『美しい人 その他』詩画工房 48
◇岡田優子詩集『陽が昇れば』土曜美術社出版販売 48
◇曽我部昭美詩集『記憶の砂粒』編集工房ノア 49
◇奥村さちよ詩集『窓の外を』編集工房ノア 49
橋短信 風声 野澤俊雄 50
受贈本・詩誌一覧 51
編集後記 52                題字 中津原範之  カット 瀧 葉子



 マサイの戦士/壺中天地

はるか遠くの動物を
見分ける能力を持つマサイ族
はるか遠くの人と会話する術を
携帯電話で身につけた。
充電所は大はやり
本業の床屋より儲かるんだ。

昔の棲家は今、自然保護区
遠くの動物認識能力を買われ
雇われたマサイの若者は
その土地を懐かしがる事は無い。
望郷の念を持つ老人は
自然保護区に入れない。

老兵は去り行くのみか
マサイの戦士

携帯電話片手に
昔に戻れはしないが
マサイとしての誇りは失わないと言う
マサイの若者よ

眼を凝らし
はるか未来を見渡したら
何が見える

 とてもおもしろい題材です。「はるか遠くの動物を/見分ける能力を持つマサイ族」が、さらに「はるか遠くの人と会話する術を/携帯電話で身につけた」わけですから、やっぱり21世紀なんだなと思います。しかし、それでも「眼を凝らし/はるか未来を見渡したら/何が見える」のかという最終連は、人類共通のものでしょう。「誇りは失わない」ことがキーワードなんでしょうね。今号の巻頭作にふさわしい佳品だと思いました。



   
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