きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2008.9.27 栃木・和紙の里 |
2008.10.25(土)
特に外出予定のない日。終日いただいた本を読んですごしました。
○柏木義高氏詩集『日常ノ匙』 |
2008.10.15 東京都板橋区 A Factory 刊 1500円+税 |
<目次>
T 空
空蝉のよろこびについて 6 いつか きっと 12
人生の並木道 14 つぶやくひと 18
つぶやき 22 ひねくれたこころのころ 24
やさいづくり 28 タマネギ 30
日常の匙 35 初夏のしずく 38
ブランコのかなしみ 42 ウインブルドン 44
子殺し 46 死者の花 49
蝿と雪 52 あねさんと吉とサギ師の話 54
アキニレの木陰で 58 詩を書く前に書いた詩――追悼・辻征夫 60
鵯――ある作家の死 70
U 木
木からの手紙 74 そのころの木 78
木の中心 80 そんなとき木は 82
木 84 おばあさんの木 86
V 母
母を背負って公園へ行く 90 こんどあなたに会うときは 94
あとがき 100
装丁・相沢育男
装画・相沢律子
日常の匙
以前
高村さん宅におじゃましたとき
ふと 発見したものがある
うす暗い
廊下の端っこに
「匕箸の用」の煤けた張り紙
箸 について――
力を入れずとも自在に使えるようにすること
つかむ、つまむ、はさむ
ご飯粒ひとつ、豆ひとつ、菜っ葉ひと切れ…
さかなも
猫がチェッと舌打ちするくらいに
きれいにほぐして食べること
蕎麦はもちろん
割箸でなくっちゃ つるっと
おまけだが
鼻持ちならんやつがいたら
箸で鼻をつまんでポイと
それから 匙
カレーライスはもちろん 匙
まさか箸では…
炒飯(チャーハン)も匙 お粥も匙 スープはスプーン
味付けは匙加減ひとつだ
なにごとにつけ短気を起こして匙を投げるな
日常の匙を磨け
匙に映る暮らしの種種(くさぐさ)を愛せよ
「光太郎さん、
夕飯の用意ができたそうで
智恵子さんが呼んでますよ」
*高村光太郎に「晩餐」という詩がある(『智恵子抄』所収)。目立たないが好きな詩である。その中の詩句〈日常の瑣事にいのちあれ/生活のくまぐまに緻密なる光彩あれ〉から、「瑣事」を「匙」にもじった。なお、高村さん宅におじゃましたことはない。
*匕箸(ひちょ)・さじとはし
12年ぶりの第4詩集のようです。ここではタイトルに近い「日常の匙」を紹介してみましたが、〈「瑣事」を「匙」にもじった〉としても〈味付けは匙加減ひとつだ/なにごとにつけ短気を起こして匙を投げるな〉などのフレーズは独自な視点と云えましょう。パロディーと言ってしまえばそれでオシマイになってしまいますけれど、この作品にはそれを越えているものを感じます。
なお、本詩集中の「木の中心」はすでに拙HPで紹介しています。初出から若干の改訂がありますが、こちらもおもしろい詩です。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて柏木義高詩の世界をご鑑賞ください。
○詩誌『東京四季』95号 |
2008.10 東京都八王子市 東京四季の会発行 500円 |
<目次>
〈扉〉紅い服の君に ………松丸 俊明(1) 月見 …………………………佐々木重子(2)
無の刻 ………………………門田 照子(4) 柿の実 ………………………萩原 康吉(6)
雨あがりの夕暮 ……………谷田 俊一(8) 朝の青さ クロード・ロワ 水谷 清訳(10)
手帳 …………………………中原 歓子(12) 詩をかくこと ………………瀧本 寛子(14)
空っぽは ……………………岡田 優子(16) 蝉 ……………………………石川 照子(18)
アガパンサス ………………鳥羽 貞子(20) このままの、母を …………山田 雅彦(22)
蜘蛛 …………………………松原 寿幸(24) 四季の花 ……………………竹原 政子(26)
紫陽花の色 …………………大塚理枝子(28) ランドマークタワーにて …言寺 はる(30)
七月の花園 ……………‥…桐原 恵子(32) 希望の朝 ……………………神戸 朋子(34)
ほの青き闇の中で …………海上 晴安(36) 盛夏のクリスマスプレゼント小野 夏江(38)
人間魚雷 ……………………横山多恵子(40) 霧の谷へ ……………………木 瑞穂(42)
同人住所録・受贈誌 ……………………(46)
紫陽花の色/大塚理枝子
紫陽花に色がつき始めると思い出す人がいる
武蔵野の雑木林に囲まれたキャンパス
紫陽花が梅雨空の下で色気を競っていた
夕食後の花陰で テストの詩を暗記しながら
ふと 彼女が呟いた或る詩人の言葉
「その人を覚えている人を その人は忘れない」
大学を卒業すると間もなく日本を離れ
設計士のアメリカ人と幸せに暮らしていた
その後 姑が手のかかる病気になったとか
音沙汰が絶えて久しい
梅雨晴れの日曜日
飯田橋近くの瀟洒なイタリアンレストランに入った
同期会に出席したのは久し振りだったが
二年後に催される会が もう最後になるという
それまで元気で 参加できるという
クラスメイトは何人残っているだろうか
五月一日
学生寮で同じ釜の飯を食べた親友の一人が逝った
脳梗塞で倒れてから施設で車椅子による生活をしていたが
面会に行って話しかけても
もう首を縦に振ってくれることはない
学生時代には、三人一緒にバイトをしたり
少しばかり貯まったお金で外国映画を見にも行った仲間だが
アメリカの何処かで 友の訃報を知らない小柄な婦人の
髪は今頃 紫陽花の色に染まっているだろうか
〈学生時代〉から現在までの、時間の無常さを感じさせる作品です。〈設計士のアメリカ人と幸せに暮らしていた〉〈彼女〉を襲う〈姑が手のかかる病気になったとか〉いう不幸、〈脳梗塞で倒れてから施設で車椅子による生活をしていた〉〈親友の一人が逝った〉悲しみ。それら〈紫陽花に色がつき始めると思い出す人〉たちが、実は作中人物の現在を支えていたのだとも気づかされます。〈同じ釜の飯を食べた〉人たちと青春を共有したという無意識な意識が、私たちの人格形成の一部になっているのかもしれません。そんなことを感じさせた作品です。
○詩誌『鳥』51号 |
2008.10.10 京都市右京区 洛西書院・土田英雄氏発行 500円 |
<目次>
岩田福次郎 或る時 2 また或る時は 4
中東ゆうき ほたる 7 おんなのいのち 10 そうだった 12
元原孝司 世界最大の都市「上海」 14 老人介護保健施設 16
佐倉義信 旭山動物園が発信していること 18
榎本三知子 巨大迷路 23 冬日和 24
なす・こういち やってくる 26 羅漢みたいに 28
不思議な人の不思議な絵 なす・こういち 31
土田英雄 絵解き絵読み『洛中洛外図 舟木本』 32
旅の事件簿(2)(八重山紀行) 植木容子 38
作家の自殺を考える――太宰治 鬼頭陞明 42
アートの日常化〜 直島より 内部恵子 46
読み解く詩−桑本みわ子詩集『祝福のある場所』 土田英雄 50
表紙・カット 田辺守人
巨大迷路/榎本三知子
自分のいる位置が何処なのか
どっちにいくのか
不意に
ビルの林立する街中で
迷子になる
天から見ていた誰かが
ふっと一息吹いた
蟻みたいに私は吹っ飛び
行き着いた先は
貧乏くじというどん詰まり
狭い灰色の空が
馬鹿にしたように
笑う
こうしてああすればこうなる
正答や正義ほど嘘っぽいものはないなどと
利口ぶっても駄目ね
すぐに迷うんだから
都会は大きな迷路
「巨大迷路」というタイトルを見て、ひところ流行した迷路を想像しましたが違っていました。〈都会〉という〈大きな迷路〉のことでした。たしかに〈ビルの林立する街中〉は迷路のようです。ここでは地理的な迷路ばかりではなく、〈行き着いた先は/貧乏くじというどん詰まり〉というような人生の迷路や、〈正答や正義ほど嘘っぽいものはない〉に代表される思考の迷路にまで立ち入っていて、作品の厚さを増したと云えましょう。短い詩ですが、要点を抑えた佳品だと思いました。
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